ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※引き続きパーシー視点


第35章 ~パーシー・ウィーズリー~

 

 次にデートしたのは、クリスマス休暇の最終日だった。といってもお互い忙し過ぎてなかなか予定が合わず、どうにか仕事帰りに食事するという形で調整できたのだ。

 

 待ち合わせ場所は『タコハット』というファストフードで、ペニーはほぼ時間ぴったりに現れた。オフホワイトのロングコートに黒のタートルネックセーター、シルバーのネックレス、グレーのウールミニスカ、ストッキングにロングブーツ。厚手ながらも綺麗なシルエットにまとめられている。

 

 けれどGM社の仕事がよっぽど忙しいのか、少しやつれたように見えた。

 

「ひょっとしてペニー、少し痩せた?」

「わ、気づいてくれたんだ。なんか嬉しい」

 

 謎にガッツポーズを決めるペニー。

 

「筋トレとかダイエットもあるけど、なんだかんだで食事する間も無いぐらい忙しいのが、結局は一番痩せるんだよねぇ」

「食事はしっかり取った方がいいと思うけど」

「じゃあ、お言葉に甘えて今日はジャンキーなのも注文しちゃおうかな」

 

 メニュー表をタップし、ペニーが注文したのはドードーのタコスとマスターペッパーという歯磨き粉みたいな味のソフトドリンクだった。僕はサーモンの刺身ブリトーと黒バタービールを注文し、付け合わせのナチョスは2人でシェアする。

 

 なんとなく仕事や知り合いの話はしたくなくて、最近の天気やチェーン店の新メニューなど、無難な話題が続く。普段よりも饒舌なペニーを見て、それが僕への気遣いであることは明らかだった。

 

 段々と口数が減って、笑顔が作り物めいてきて、料理も食べ終えてしまう。どうにも盛り上がらない。

 

 結局、そのまま会計して店の外へ出た。

 

 冷たい雪が降る中、寄り添いながら2人で歩く。マグルの駅に着いたところで、ペニーが手を離した。

 

 

 「じゃあね」と言って別れようとする。

 

 

 「またね」では無かった。

 

 

 なんとなく、彼女が離れていくような感覚がして。

 

 

 

 嫌だ――と思った時には、考える間もなく口走っていた。

 

 

「よかったら……この後、『隠れ穴』に来ないかい?」

「え?」

 

 なんでそんなことを言ってしまったのか。グリモールド・プレイスと違って、これまでペニーを『隠れ穴』に招待したことはなかった。

 それはきっと、心のどこかでお世辞にも豪奢とはいえない実家に引け目を感じていたからなんだろう。

 

 

 

「……いいの?」

「もちろん、もし君が嫌じゃなければだけど」

「そんなこと無いって! 行く! ぜったい行く!」

 

 思ったより反応の強いペニーに驚く。

 

「あ、でも急に押しかけたりしたら迷惑だったりしないかな? こういうのって普通は事前に連絡しておくものだし、私たちの場合……ほら」

 

 もごもごと尻すぼみになったペニーの意図を察する。急に顔の内側が熱くなって、耳が熱を帯びていく。

 

 付き合ってもう3年も経つのだ。知り合いの学生カップルが就職してから続々と別れていく中、どうにか僕たちは壁を越えた。そろそろ将来に向けた準備を始めてもおかしくない、と周囲に思われる頃合いだ。

 

 

「大丈夫、何とかするから」

 

 

 ペニーを安心させるように微笑む。内心は心臓バクバクだったけど、ここまで来て今さら引き下がれるか、と謎に見栄を張ろうとしている自分がいる。

 

「わかった。じゃあ、私もちょっと準備したいから、1時間後に」

 

 長い付き合いの彼女にはお見通しのようだったが、敢えて気づかないフリをしてくれたようだ。手を振って一旦別れた後、ポケットの中から多機能両面鏡を取り出す。

 

 最初に思い浮かんだ相談相手はビルとチャーリーだったけど、2人ともまだ彼女を家に連れてきたことはない。トンクスとルーピンは独身時代が長いし、シリウスはご両親と険悪だった。となると、残る選択肢は1人だけだ。

 

「……仕方ないか」

 

 プロフィール画面に映る黒髪ウルフカットの後ろ姿――ジェマ・ファーレイに、意を決して助けを求める変幻自在術メッセージを打つ。

 

 まぁダメで元々だし、と開き直って多機能両面鏡を閉じようとしたところで、ヴーと手元が震えた。

 

 

 

『ーーとりあえず酒、入れとけ』

 

 

 

 すごいシンプルだった。ついでにオススメ酒&おつまみリストまでがご丁寧に送られてくる。

 

「……」

 

 この日、僕の命運は古き良き(悪しき)飲みニケーションに握られた。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「ああ、もう! 飲み過ぎるなって言ったのに!」

 

 2時間後、『隠れ穴』で悲痛な叫び声を上げながら、僕はファーレイのアドバイスを真に受けたことを後悔していた。

 

「いいのよ、こういう時ぐらい!せっかく()()()()()()()()()()()()()()()オーク樽熟成の蜂蜜酒だもの」

「喜んでくれて嬉しいです。おツマミも沢山あるので、お好きなだけどうぞ」

「あら、サラミとチーズまで買ってきてくれたの!気が利くわねぇ」

「こういうの好きな友人がいて、オススメを教えてもらったんです」

 

 ほろ酔い状態の母さんが「なんて良い子なの!」とペニーをハグした。父さんはそんな2人を見ながら目を潤ませ、グラスを傾けながら謎の感慨に浸っている。

 

 なんていうか、想像もしなかった光景だ。

 

 急いで買ってきた蜂蜜酒をペニーに持たせて「つまらないものですが」と『隠れ穴』から出てきた母さんに渡したところ、見事にこれが大当たりだった。

 そして家に招いたところで父さんが「本題に入る前に、とりあえず貰った酒でも飲んで場を解さないか?」と言い出し、なし崩し的に飲み会が始まったのだ。

 

 そして僕がスーツを着替えている間に、ペニーはすっかり両親と打ち解けていた。彼女が社交慣れしてきたからか、両親と思いのほかウマがあったのか、はてまた単なる酒の力かは不明だが、普通に楽しそうだ。

 

 

「ーーそれでねペニーちゃん、パーシーの初恋の続きなんだけどね。あれはホグワーツに入る前の年のことよ」

「うんうん」

「この子ったら、アイスクリーム屋のお姉さんに渡すラブレターを添削してくれって私に渡して来たの」

 

「なっ!? 僕が墓まで持っていくつもりの――」

 

 

 ―――僕は将来、きっと偉い人間になります。まだホグワーツに入学していないけど、既に教科書は全部読んで呪文も覚えているからです。卒業まであと2000日ほどありますが、どうか待ってもらえないでしょうか。

 

 

「わぁああああ!」

 

 僕は叫んだ。

 

「きゃぁああああ♡」

 

 ペニーも滅多に上げない黄色い声で叫んだ。

 

「かわいいですね!」

「そうなの! 子供の頃は可愛かったのよ!」

「でも、今も時々かわいいですよ」

「そうなの? 私の前だと小言ばっかり言うようになって……」

 

「あ! 2人ともグラス空いてる」

 

 放っておけば僕の黒歴史暴露大会になりかねない空気を換えるべく、母さんとペニーのグラスに蜂蜜酒を次々に流し込む。ついでに買いこんできたナッツやら生ハムやらドライフルーツを更に山盛りにして、2人の手に押し付けていく。

 

「ね、パースは飲まないの?」

 

 青い瞳をとろんとさせたペニーがからかうように言う。

 

「そうよ!今日ぐらい羽目を外していいんですからね」

 

 すっかり赤ら顔になった母さんにまで蜂蜜酒を勧められ、もうどうにでもなれと一気にあおった。

 

 ペニーと母さんが楽しそうにはしゃぐ声を聴きながら、徐々にそれが遠くなっていくのを感じる。

 

(そういえば最近あんまり寝れてなかったな……)

 

 そう気づいた時には、既に強烈な睡魔に襲われていた。

 

 

 **

 

 

「ーーだけど、パーシーは家族の為にずっと我慢してくれてたんじゃないかって、そう思う事があるのよ」

 

 どこか遠くから母さんの声が聞こえる。それに相槌を打つペニーの声も。

 

「ビルは長男で初めてだらけだったし、チャーリーもクィディッチに打ち込んでてね。フレッドとジョージはとにかく手がかかるし、ロンも小さかったし、ジニーは初めての女の子だったから」

 

 けれどガンガンと頭痛が酷くて、目も明けられないほどに眠い。それでも、2人の声だけは次第にハッキリしていく。

 

「パーシーはいつも優等生だったわ。本当に手のかからない、真面目でしっかりした子だった。でも、時々こうも思うの――私たち家族が、あの子に優等生の役目を押し付けてしまったんじゃないかって」

 

 やっとのことで重い瞼に力を込めると、母さんとペニーが90度回転した状態で話しているのが薄っすら見えた。それで、ようやく自分がソファで横にされていたことに気づく。

 

「それって、本人から聞いたんですか?」

「いいえ。あまり自分の事を話さない子だから」

 

 なんとなく想像できます、とペニーが柔らかく微笑む。

 

「聞いても本心を話してくれないとこ、ありますよね。でも、優しい人なのは知ってます」

「あなたにも、ちゃんと優しい?」

「はい。ただ甘いんじゃなくて、ちゃんと優しいです。小言が多いのとかも、しっかり私のこと考えてくれてるからなんだなぁって」

 

 それに、とペニーが続ける。

 

「いつも損な役目を進んで引き受けてくれようとするんです。私がGM社を起業した時に誘いを断ったのだって、たぶん失敗した時に支えられるように安定した職業に就いたんじゃないかって、そう思う時もあります」

 

 

 違う、そうじゃないんだ――。

 

 

 母さんとペニーの会話を聞きながら、泣きそうな気分になる。僕はそんな大層な人間じゃない。ただ単に、自分で諦めただけだ。

 

 たしかに子供の頃はハンサムで器用なビル、文武両道なチャーリーに憧れもした。

 けれど、勉強一本に絞ったのは自分に他の才能は無いと勝手に諦めただけ。夢を追いかけようとするフレッドとジョージ、そしてペニーのことだって憧れる気持ちが無かったわけじゃない。

 

 でも、それを面と向かって言ったことは無かったし、素直に応援したこともなかった。

 

 

 邪魔するような悪人にはなりたくないけど、応援できるほどの善人にもなれない。

 特別な存在への憧れを捨てきれず、けれど平凡へと落ち着く自分にだって価値はあると思いたい。

 

 本当にただ、それだけの話なのに。

 

 

 

「あなたみたいな子に好かれて、あの子は幸せ者ね」

「……そうでしょうか?」

 

 ペニーが不安そうに言う。

 

「私、たぶんパーシーが望んでるのと違う方向に進んでるんです。きっと本当は……この家族みたいな、温かい家庭が欲しいんだろうなって気がしてるのに……何も言わないのを良いことに私ばかり甘えちゃってて」

 

 昔はなんとなく、父さんみたいな大人になって母さんみたいな人と結婚して子供をたくさん作るんだろうな、と思ってた。良い悪いとか好き嫌いじゃなくて、ただ当然そうなるだろうなと特に疑問はもたなかった。

 

 

 最初はペニーも似たようなタイプだと思っていたけど、付き合ってみたら少しずつ違うと知った。

 

 

 ――マグル生まれゆえにマグルの家族から疎まれ、あまり家庭に良い印象を持っていないこと。

 

 ――ホグワーツでの生活を通じて、魔法使いとして自分の可能性をもっと試してみたいということ。

 

 

 既にペニーは、僕の母さんのような妻や母親とは違う道に進んでいる。これからも彼女と一緒に歩こうと思えば、貧しいけど子沢山で温かい家庭というウィーズリー家の伝統からは外れていくだろう。

 

 きっとマグル風の豊かで合理的な家庭像に近づいていく。

 

 

「だから、今日は嬉しかったです。パーシーの方から、こんな風に改めて紹介してくれて」

「そう言われると、たしかに変な感じね。ずっと前から会ってたのに」

  

 母さんがふふっと笑う。

 

「これからの事はまだ分からないけど……少なくとも今日、私はペニーちゃんと話せて良かったと思ってるわ」

「私も今日、モリーさんと話せて楽しかったです」

 

 2人が笑い合う声が聞こえる。安堵と情けなさで起きるに起きられなくなってしまう。

 

(そうか……僕は、ずっと不安だったんだ)

 

 平凡な家族だったはずなのに、どんどん僕以外が平凡から遠ざかっている感じがして。きっと、その中で自分だけが置いていかれるのが怖かったのだ。

 

 2人が飲み終わった頃に起きようと思っている内に、僕は再び眠りへと落ちていく。

 

 

 

 ***

 

 

 

 目を開けると、知らない技術書が視界に入る。

 

 (知らない本だ)

 

 もぞもぞと顔を動かすと、ひんやりしたものが頬に触れた。柔らかくてハリのある感触がペニーの太ももだと気づくのに時間はかからなかった。

 

「あ、起きたんだ」

 

 どうやら膝枕されてたらしい。身体を起こすと、Tシャツにドルフィンパンツというラフな格好に着替えたペニーが笑いかけてくる。僕が寝てる間、本を読みながら傍にいてくれたのか。

 

「ここは……僕の家か」

「うん。明日まだ仕事あるから『隠れ穴』よりロンドンの魔法省に近いし、ご両親から任されちゃった」

 

 えへへ、とはにかむペニー。なんだか僕まで恥ずかしくなってくる。

 

 

「夜景、綺麗だね」

 

 国際協力部の公宅はロンドンの再開発地区にあって、窓からは昼夜を問わず働いたり観光したりするマグルたちの営みがよく見える。

 

「落ち着かなくない?」

「魔法界に来る前はそう思ってたけど、やっぱり私は人が大勢いた方が落ち着くなぁ」

 

 静かだと寂しくて、と語るペニーはマグルの実家とほとんど絶縁状態だという。

 

 魔女であるがゆえにマグルの家族とうまくいかず、さりとて「マグル生まれ」の彼女が魔法界で歓迎されてるとも言い難い。魔法界に残る差別を「郷に入っては郷に従えだからね」と割り切ったり、学業や仕事で上を目指すのも、きっと僕の知らないプレッシャーや苦労があってのことなんだろう。

 

 そう考えると、キャリアのために沢山の純血エリートと親交を深め、たった一人で高級住宅街に住んでいるペニーのことが、急に不憫に思えてきた。

 

 マグル生まれにもかかわらず魔法界で大成功してるペニーは、ひょっとすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。 

 

 

 

「――そう言えば、フレッドとジョージから聞いたよ」

 

 

 落ち着いた声だった。全てを悟ったような柔らかい表情を浮かべて、ペニーが微笑む。

 

「可愛いよねー。将来有望だ」

「どうだか。学生の夢なんてすぐ変わると思うけど」

 

 知った風な口をきいた直後、他ならぬ僕自身がそうでないと気づいて、どこか可笑しくなってしまう。

 

 

 僕は子供の頃から偉くなるのだと息巻いて、実際にちゃんと勉強してたら監督生に12ふくろうに主席と見事なまでに優等生コースを歩んで、そのまま魔法省に入った。1年目はクラウチ氏の下で必死に働いて、気づけば入省2年目にして国際魔法貿易基準機構長だ。けれど、もっと上に行きたいという気持ちが衰えたことはない。

 

 

 ペニーは逆に、学生時代から出世にはそれほど興味が無かった。相応の実力があったから他人からの推薦を断れなかったといった感じで、魔法省に入っても周囲に押されて上に行くタイプだと思っていた。

 

 でも、7年目の就職活動の真っ最中に突然、ペニーは起業という道を選んだ、そして今では、まるで最初から起業家になるために生まれてきたかのように、自分の仕事に人生を捧げている。

 

 

「そうかな。あの2人は本物だと思うけど」

「本物?」

「うん」

 

 ペニーは目を細めて、ロンドンの煌びやかな夜景を見やる。大勢のマグルたちの残業と欲望、夢と一瞬の煌めきに照らされたペニーの横顔は、それに負けないぐらい輝いていて。

 

「何かになりたいって気持ちを持った子は、意外にいるんだよ。熱心に勉強して、評論家も顔負けの知識量で他人を批評したりしてるけど、実際になれる人はほんの少しだけ」

 

 でも、とペニーが言う。

 

「本当に心の底から何かをやりたいと思った人は、誰かに何か言ったり相談する前に――もう()()()()()()()んだよ」

 

 手の届く距離でそう語るペニーは、やっぱり今も僕の知らない世界に住んでいる。

  




 前回は難しい夢に挑むかで悩む双子、安定を選んだけど本当に正しかったかで悩むパーシーの話でした。その中で彼女のペネロピーは数少ない成功例として語らえてたのですが、彼女が本当にラッキーだったのかというと、実はウィーズリー家が当たり前のように享受している「温かい家庭」を失っているという。

 隣の芝生は青く見えるものですけど、みんな違ってみんな大変。

 そうは言いつつ、本作のパーシーは普通にエリートで原作ほど家族と喧嘩もしなければ才色兼備の彼女もいて、普通に勝ち組。
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