ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※原作改変あり。苦手な方はご注意ください。
※微BSS風味。苦手な方はご注意ください。
スネイプから教わる『閉心術』の訓練は、さっぱり進歩がなかった。むしろ、毎回だんだん下手になっているような気さえする。
訓練を始めるまではせいぜい夜中に額の傷がチクチク痛む程度だったのに、この頃は絶え間なく痛み、頻繁に感情が揺れ動いて傷跡に激痛が走った。
おまけに毎晩のように「神秘部」の入り口に続く廊下を歩く夢をみて、真っ黒な扉の前で立ち尽くすところで目が覚める。おかげで閉心術の訓練を思い出すだけで胃袋が揺れ、吐き気がするようになった。
思い切ってハーマイオニーとロン、そしてイレイナに打ち明けたところ、反応は人それぞれだった。
「病気と同じで、いったん悪くなった後は少しずつ良くなるんじゃかないかしら」
ハーマイオニーは心配そうに言った。
「スネイプの奴、本気でハリーを助けようとはしてないんじゃないか? だってあいつは元死喰い人だし、ひょっとしたら……」
「やめてよ。何度スネイプを疑えば気が済むの?」
ロンはスネイプを疑ってかかり、ハーマイオニーに窘められていた。
「普通にストレスなんじゃないんですか? 聞いた感じアカデミック・ハラスメントによる鬱っぽい気がするので、一度カウンセリングとか受けた方が……」
イレイナはめちゃくちゃ常識人っぽいことを言っていた。
「でも、閉心術の訓練は必要よ。本当に“例のあの人”がハリーの心に侵入してるなら、覗かれないようにしないといけないわ」
「そこはハーマイオニーの言う通りですけど、教える人は変えた方がいいんじゃないかと」
「でも、スネイプは『閉心術』の達人だって」
「一流の選手が一流の監督とは限りません」
結局、「閉心術の訓練は続けるけど、先生は変えてもらう」という方向で交渉することにした。
「じゃあ、これから一緒にスネイプ先生に話を付けに行きましょうか」
「うん。ありがとね」
こういう時、彼女はすごく頼りになる。ハーマイオニーが正しいけど厳しいことを言いがちなのに対して、イレイナは割と楽な方に妥協してくれる。
***
「……なぜセレステリアと一緒なのだ?」
スネイプの部屋に入ると、予想通り怪訝な顔をされた。ちょうど銀色の一筋を杖で取り出して「憂いの篩」に入れようとしていたところで、黒い瞳が胡散臭そうに僕たちを見据える。
「実はハリーに鬱症状の疑いがありまして、その原因がこの訓練ではないかという話が――」
イレイナが説明すると、スネイプは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「なるほど……ポッターが一向に上達しない原因は自分の努力不足ではなく、吾輩の教え方が下手であるからと。そう言いたいわけですな?」
そう言いたいわけです、と首を縦に振りたい欲求を抑え込んで俯く。スネイプは軽蔑するような目で僕を上から下まで見た後、イレイナに向き直った。
「よかろう。もともと吾輩とて不本意ではあったし、向上心のない人間に貴重な時間を割いてやるほど暇でもない。ダンブルドアにもそう伝えておく」
拍子抜けするほど簡単に要望が通ってしまったことに、自分でも少なからず驚いた。
「後任について希望はあるかね?」
「えっと……アンブリッジ以外なら誰でも」
「実に謙虚なことだ」
スネイプが皮肉っぽくせせら笑ったところで、部屋のドアが開いてマルフォイが走り込んできた。
「あっ――スネイプ先生……これは」
「ポッターは魔法薬学の補習に来ている。あまりの出来の悪さにセレステリアが耐え兼ねて、吾輩のところへ連れてきたというわけだ」
マルフォイは嬉しそうに「へぇw」という顔で僕を見た。
「それで、なんの用だね?」
「アンブリッジ先生から伝言です。調合して欲しい魔法薬があるだとかで」
「承知した」
スネイプは扉の方に向かって、さっとローブを翻した。
「ポッター、今日はここまでだ。また明日、同じ時間に来るがいい」
「はい」
スネイプに続いて部屋を出る直前、マルフォイが僕に向かって口パクで言った。
「ま・ほ・う・や・く・の・ほ・しゅ・う?」
ついうっかり机に置かれたフラスコをぶん投げそうになったところを「どうどう」とイレイナに止められる。
「私たちも出ましょうか。とりあえず訓練の件は何とかなりそうですし」
「その代わり、僕は魔法薬の補習を受けてることになったけどね」
これもスネイプのせいだ、と怒りで煮え狂いながら杖をローブをしまう。部屋を出ようとしたとき、視界の端にちらちらと銀色に輝く灯りが見えた。
立ち止まり、灯りを追うと「憂いの篩」が目に入る。
(ここに、スネイプが僕に見られたくない記憶が入ってるんだ……)
好奇心が湧き上がり、イレイナを見た。
「ねぇイレイナ、今がチャンスだと思うんだけど」
「何のでしょうか」
「重要情報だよ。スネイプが絶対に見せたくない情報ってことは、騎士団や死喰い人に関係があることかも」
「ハリー……」
瑠璃色の目を細めるイレイナ。
「あなた、やっぱり今からでもスリザリン入った方が良いのでは?」
「前向きに検討しとく」
――というわけで。
一緒に水盆に近づく。杖で『憂いの篩』を軽くつつくと、水盆の中にある銀色の物質が急に渦を巻き出した。思い切ってその上に屈みこみ、渦の中へと飛び込んだ。
そこで見た光景は、スネイプの心象風景だった。
――スネイプは昔、リリー・エバンズ……僕のお母さんを愛していた。
◇◆◇
僕――セブルス・スネイプとリリー・エバンズの出会いは、ホグワーツに入る前からのことだった。
近所に住む赤毛の少女が魔女だということに、僕だけが気づいていた。本人も気づいていなかったけど、ずっと彼女を見ていた僕にはわかった。
勇気を出して彼女にそれを伝えた時、リリーは最初ひどい侮辱を受けたと誤解した。けれど、ホグワーツから手紙が来る頃には魔女であることを受け入れ、ホグワーツ入学を楽しみにするようになっていた。
僕もまた、リリーと一緒にスリザリンで学べる事が楽しみだった。
――けれど、彼女が組み分けされたのはスリザリンではなく、グリフィンドールだった。
最初はそれを聞いてガッカリしたけど、幸いなことに僕たちの交流が途切れることはなかった。
ヴォルデモートの全盛期、2つの寮は互いに被害者と加害者が混在している状態で、とても表立って仲良くするわけにはいかない。
だから組み分けされたその日から、秘密の交流が続いていた。
場所は主に1階にある女子トイレで、そこには『嘆きのマートル』が憑りついているから、あまり他人は寄ってこない。最初の内は「女子トイレに入るなんて……」と気が引けていたけど、慣れればこれほど快適な場所もなかった。
何より、ここに来れば彼女と会える。僕の事を「セブ」と愛称で呼んでくれる彼女に。
「待たせてごめんなさい」
鼓膜に染みわたる可憐な声と共に、リリーがやってくる。
ボリュームのある深い赤毛に、アーモンドのような大きな緑の瞳、そして勝気な表情が眩しい。聡明で正義感があり、皆から慕われてる人気者だ。
成長してますます美人になってくる彼女に、僕はただ見惚れるしかない。
「セブ、私の顔に何か付いてるの?」
「……なんで?」
「だって、じーっと見てるから」
「いや、別に……なんでもない」
リリーとの交流は遊びというより、ちょっとした勉強会のようなものだった。彼女は魔法薬学に優れ、幸運なことに僕の得意教科も同じだったからだ。
魔法薬の本を開きながら、教科書よりも効率的な調合の方法をあれこれ議論する。時には実際に2人で考えた方法が上手くいくか、大鍋で調合しながら試してみたりもした。
傍から見れば色気の欠片も無い交流かもしれなかったけど、僕にとっては何よりも大切な時間だった。この満たされた時間があれば、他に何もいらないとさえ思えた。
けれど、その日は少し違うことが起きた。
「ごめんなさいね、マートル………うん、邪魔して悪かったわ」
リリーがトイレから出てきて、僕の視線を受けて首を横に振る。
「今日はダメみたい。いつになくマートルがご機嫌ななめ」
「仕方ない、そういう日もあるさ」
おのれマートル、後で呪ってやる――口では何でもない風を装いつつも、心の中で呪詛を吐く。マートルは定期的に癇癪を起してトイレを水浸しにするので、そういう日は秘密の交流会も急きょ中止になるのが常だった。
落胆を押し隠して「じゃあ、また今度にしようか」と返そうとした時、不意にリリーが口を開いた。
「ねぇ――たまには、ちょっと外でも歩かない?」
そう言うとリリーは僕の返事も聞かず、手をとって「行きましょ!」と連れ去っていく。想い人に手を引かれるという幸運に僕は何も反論できず、言われるがままに校庭へと踏み出した。
「いい天気でしょ」
たしかに、その日はとても気持ちの良い日だった。程よい日差しに適度な気温、カラッと晴れた空が少し眩しい。
けれど何より、無邪気に笑いかけてくるリリーの笑顔の方が眩しくて。ほんの僅かな時間だったけれど、甘ったるい青春の味に酔いしれた。
―――歯車が狂ったのは、その直後のこと。
校庭の少し離れた木陰には、既に先客がいた。同年代でグリフィンドールのネクタイを締めた男子が4人、徒党を組んで騒いでいる。その中心には、こなれた仕草でスニッチを離してはパッと曲芸のように洗練された動きでキャッチする男の姿があった。
4人が誰だか判別するのに、5秒とかからない。特に中心にいる男は、最初にホグワーツ特急で会った時から気に入らなかったが、ますます気に入らない顔つきになっていた。
すぐさまリリーのローブを引っ張って、その場を立ち去ろうとする。だが、現実というのは残酷なものだ。
「――やぁ、エバンズじゃないか!」
案の定、そいつはすぐにこちらの気配に気づいた。
「今日はどうしたんだ? こんな良い日に、よりにもよってスニベルスとデートかい?」
ジェームス・ポッターの軽口に、蔑んだような表情になって「は?」と返すリリー。緑色の瞳が徹底的に大嫌いだと言っていた。
「うん、その表情もいいね! なんか新しい趣味に目覚めそうだ!」
「ポッター、それは趣味じゃなくて病気よ。早く病院で診てもらいなさい」
結構キツめなことを言われてるのに、ジェームズはぱぁっと目を輝かせてブラックの方に向き直る。
「聞いたかシリウス! リリーが僕のこと心配してくれた!」
「悪りぃ、俺もお前の頭が心配だわ」
「ふっ、これだから恋を知らぬお子様は。いつか君も本気の恋をしたら分かるさ」
「一生わかりたくねぇ……」
けらけらと笑いながら、そいつは僕たちの間にずいと踏み込んできた。
「そうだ! そういえば――」
わざとらしく思い出したように勿体をつけ、ずけずけと近づいてくる。
「さっきハグリッドから、今度バーベキューでもしないかって誘われててさ。せっかくだし寮の皆も誘うつもりだったんだけど、エバンズもどうだい?」
「ハグリッドが? それは少し気になるけど……アクロマンチュラの丸焼きとか出てこないでしょうね?」
リリーが怪訝な目で答えると、ジェームズは「それだ!」と目を輝かせた。
「なんか物足りないと思ってたんだが、それこそ僕たちが求めてたものだ! ありがとう、エバンズ!」
「勝手に‟私たち”の中に含めないで。あとハグリッドには絶対に言わないで。やりそうだから」
「そんな! そっちのが盛り上がるのに!」
割と充実したイベントを提案してくるジェームズの誘いに、リリーも態度とは裏腹に興味を持ったようだった。気づけば会話の主導権はジェームズが握っていて、すっかり乗せられてしまった彼女の横顔を僕は見ていることしかできない。
早く、早く終わってくれ――。
羨望の真綿で首を絞められているかのような、苦しい時間が続く。
「それで、いつの予定?」
「来週の今日」
ジェームズがあっさりと告げたその日は、よりにもよって僕とリリーが交流できる数少ない日だった。
「えーっと……」
歯切れ悪そうなリリーの反応に、否が応でも気づいてしまう。
リリーは素敵な女性だと思う。彼女は本心を押し殺して、僕の為に本音を捻じ曲げようとしてくれている。そんな優しさが嬉しくて、でも同時にとても苦しくて。
彼女が僕に気を遣って言い淀んでいることぐらい、すぐに理解できた。それが一層、惨めだった。
「……行けばいいじゃないか。
「セブルス―――」
呼び止めようとする彼女の声を無視して、一人で立ち去っていく。
「っ……!」
自然と早足になり、あてどなく校内を彷徨う。
もともと、僕たちはお似合いではなかった。彼女はグリフィンドールの人気者で、僕はスリザリンのつまはじきもの。最初から合う訳が無くて、むしろ今までが幸運過ぎるぐらいだったのだ。
「あいつ以外なら……良かったのに! どうして……!」
他の相手であれば、受け入れられただろう。もしリリーに好きな人が出来て、たとえ僕と距離が開いてしまったとしても、せめて笑顔で送り出してあげたかったのに。
よりにもよって、僕が一番嫌いな相手……ジェームズ・ポッターなのだ。
学年で一番の人気者で、成績も良くてスポーツ万能。結構な頻度で悪戯をしては先生たちに怒られてれているけれど、そんな悪ガキっぽくて笑顔が絶えない明るさに、密かに憧れている女子生徒はスリザリンにすらいた。
間違いなく、リリーと並んでトップにいるべき人間だ。
(嫌だ……どうして、よりにもよって……!)
分かっている、つもりだった。
どんなにいけ好かなくても、あいつが優秀なシーカーでイケメンと呼ばれる部類に属していて、話が上手で人望もあって、おまけに友達にも恵まれている。どことなく親からも可愛がられ、チヤホヤされてきたんだろうという雰囲気があった。
そのせいか僕には明らかに欠けている、無邪気な部分があった。見ず知らずの他人だろうとロクに警戒もせず、自分から相手に心を開いて相手の心にもずけずけと入ってくる。
だからか、成功と同じぐらい失敗も多い男だった。自信過剰で良かれと思った行動が裏目に出ることなんてしょっちゅうだし、それで周りに迷惑をかけたり裏切られることも少なくない。
なのに、そのことをまるで恐れてはいなかった。たとえリリーに100回嫌われたって101回目に好かれればいいみたいな、迷惑で我儘なくせに底抜けに明るい男だった。
リリーもまた、人気者だった。老若男女問わずに親切で、正義感が強くて面倒見もいい。先輩から頼られ、後輩からも慕われ、同級生に友達も多い。寮監のスラグホーン先生のお気に入りで、このご時世では珍しく寮の垣根を超えた人望を集めている。
普通に考えたら僕なんかよりも、ずっとずっと――お似合いなんだって。
(でも…‥僕だって本当は、リリーの事が……)
けれど、それは叶わない。あいつが日向で光を浴びている限り、僕は日陰の人形のようなもの。呪わずにはいられない。
ジェームズがリリーに気があることは、周知の事実だった。というより、隠す気すらないのだろう。
リリーが髪型を変えたら、すぐ気づいて「すっごい似合ってる! めっちゃ美人!」と褒めちぎる。けど、アイツより先に僕だって気づいていたんだ。
マグルの間で流行っている歌をリリーが口ずさんでいれば、知らない曲でも「それ誰の歌? 教えて!」と絡んでくる。僕だって、こっそり誰もいない教室で彼女の好きな曲を理解しようと聞いたのに。結局、どこが良いのか全く理解できなかったけど。
もちろんリリーはその度にウザそうにしていたけど、アイツはめげずに何度もアタックしてくる。最初の内は見るに堪えず、僕やリリーはもちろん取り巻きのルーピンにすら「やめろ迷惑だろ」とストップがかかるほどだった。
けれど僕が落ち着いた現状維持を選択し続けている間に、アイツのアプローチはどんどん洗練されていって。
やがて口喧嘩をしても夫婦漫才みたいな感じになり、以前と違って本気で険悪な雰囲気にはなることもなくなった。
リリーの方も段々と慣れてきて、少しずつ心を開きかけている。そうした変化が分かるぐらいには、幸か不幸か僕もリリーのことを察することが出来る。出来ててしまっていた。
(やっぱり、僕とリリーじゃ住む世界が違い過ぎる。僕とポッターじゃ、違い過ぎる……)
そう言い訳して、僕は正面から戦うことを放棄した。人としての魅力で勝負するのではなく、死喰い人になって地位と権力を得ることでリリーを振り向かせようとした。
だから、リリーが「闇の魔術」を嫌っているのを知っていたのに、目を背けて没頭した。あれほど深く、面白く、心躍る世界に没頭している時だけは、意識しなくても済むようになると思ったから。
――自分の好きな人が、別の誰かと心の距離を縮めていく姿を。
そして幸か不幸か、闇の魔術にのめり込み、純血主義に傾倒してからは、スリザリンにも僕のことを認めてくれる人が増えてきた。
「やぁ、セブルス。今度のスラグ・クラブに君も参加するかい?」
ルシウス・マルフォイ先輩は、いつも余裕たっぷりで落ち着いていて、後輩に対しては意外と面倒見が良い人だ。孤立しがちだった僕がスリザリン寮で普通に過ごせるよう、こっそり気を回してくれた。
「おいセブ、この『セクタムセンプラ』って呪文、マジ半端ないな! 軽くリスペクトしちゃうわー」
茶髪でいつも制服を着崩しているエイブリーは、聖28一族の出とは思えないお調子者でバカだけど、僕の発明した闇の魔術を素直に褒めてくれるから、何となく放っておけない。
「つまりは、それこそがアルバス・ダンブルドアの限界なのだ。嗚呼、たしかに往年の彼は『今世紀最高の魔法使い』だったことだろう。だが、それこそがイギリス魔法界にとっての不幸……」
銀髪に眼鏡をかけたマルシベールは皮肉屋だけど博識で、何時間でも闇の魔術や純血主義、魔法界の在り方について議論していられる。常に人と違う視点から物事を評価する彼との会話には、いつも知的好奇心を刺激される。
彼らと出会えて、スリザリンに新しい居場所が出来た。リリーは嫌っているけど、僕にとっては「闇の魔術」という趣味を理解してくれる、数少ない友人たちだった。
――どうして、リリーは理解してくれないんだろう? 死喰い人になれば、地位も権力も手に入るのというのに。その全てを使って、君を幸せにすることだって出来るのに。
もちろん、結果は完全に大失敗。空回りどころか、日増しに距離が開いていく悪循環に陥った。
それでも、いつか理解してくれると信じ続けた。
何度も何度も、そう思い込もうとした。
そうして僕は、一人よがりな初恋を拗らせた果てに――。
「あんな汚らわしい『穢れた血』の助けなんか、必要ない!」
最後まで彼女が繋ぎとめてくれていた細い糸すら、自分の手で断ち切ってしまった。
◇◆◇
私とハリーが見た記憶は、そこまででした。
ガシッと腕を掴まれ、記憶の世界から強制的に引きずり出されます。そこにいたのは、成長しきった大人サイズのスネイプ先生でした。
「楽しかったか?」
顔面を蒼白にしたスネイプ先生が、私とハリーを見下ろしていて。
「……出ていけ」
声に怒りはなく。ただひたすらに、硬質で冷え切った声でした。
「出ろ。この研究室で、二度とその顔を見せるな」
ドアに向かって疾走する私たちの頭上で、死んだゴキブリの入った瓶が爆発します。私とハリーは弾けるように部屋から飛び出し、スネイプ先生との距離が3階分隔たるまで止まりませんでした。
**
ぜいぜいと荒い息をしながら廊下で立ち止まると、ハリーが言いました。
「……スネイプが僕をこんなに嫌う理由が、ようやく理解できたよ」
私も無言で頷き、先を促します。
「ずっと不思議だったんだ。いくら嫌いな相手だからって、その子供まで嫌いになるなんて相当だなって」
それは私も疑問に思っていました。たとえばハリーとドラコは互いに嫌い合っていますが、さすがにその子供まで憎めるかというと、そこは流石に別人だと割り切れるでしょうし。
ですが、スネイプ先生の場合は――。
「自分の方が先に好きだったのに、幼馴染の美少女が大嫌いなチャラ男にグイグイ迫られて、最初は嫌がってたのに段々と満更でもなくなって付き合うことになった挙句、最終的にはイチャイチャしながら子供まで作って幸せな家庭を築いてるんだから。そりゃあ、逆恨み拗らせて死喰い人にもなるって」
「いやそこまで言えとは言ってませんが」
やっぱりハリー、スネイプ先生のこと大嫌いですよね?
「でも――父さんも大概だった」
ずっと尊敬していた父親が想像と異なる人間だったことに、ハリーも少なからず思うところはあるようで。
「面白半分でスネイプに呪いかけるし、やたら髪の毛をカッコイイと思ってくしゃくしゃにするし、湖のそばにいた女の子たちに自分を見て欲しいみたいに、しょっちゅうチラチラ見てたし」
「失望しましたか?」
私の質問にハリーは「まぁね」と苦笑いして、それから。
「思ったより、ずっと普通の人だった」
「普通、ですか?」
「うん。傍から見ると痛々しくて、軽く調子乗ってて、思ったよりスネイプとどっちもどっちで……ごく普通の、15歳の子供だったんだなぁって」
少し恥ずかしそうに言うハリーに、私も頷いて。
「大人がみんな無能に見えたり、1回の失恋が世界の終わりみたいに思える年頃ですもんね」
「そうそう」
だからさ、とハリーは締めくくるように言いました。
「僕、やっぱりスネイプには気をつけるよ」
「え? ですが、あれはスネイプ先生の自業自得――」
「イレイナ」
母親によく似た綺麗なアーモンド形の緑色の瞳は、全てを悟ったような色をしていて。
「傍から見ればそうだと思うけど、僕がスネイプの立場だったら脳破壊されてる自信がある。あれはもう好きとか嫌いとか、そういう次元じゃないんだ」
「は、はぁ」
「ひとつ言えるのは――スネイプが僕に向けてるのは、超絶に重たい巨大な感情だってこと」
良い意味でも悪い意味でも、と。どこか怯えながらそう語るハリーに、私は。
「……恐怖ですね」
ダンブルドア「愛じゃよ、ハリー。愛じゃ」
ハリー「ヒエッ・・・」
本作のハリーは割とジェームズ寄りのスクールライフを送ってるので、原作よりもショック少なめ。とはいえ、スネイプが拗らせるのも理解はできる。その上で、やっぱりリリーに対するアプローチ明らかにミスってるから残当・・・みたいな。
原作者によれば「スネイプはリリーの優しさを愛していたが、彼女のように優しくなろうとはしなかった」とのことで、一方通行な愛もまた相互理解から遠い感情だなぁと。