ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
6月に入ると、さっそく
この頃になると先生たちも、もう宿題は出さずに過去問や予想問題の練習を各自にやらせるようになっており、生徒たちも試験以外のことしか考えられなくなって段々と行動もおかしくなっていきます。
特に試験に追われる5年生と7年生の間では、精神集中、頭の回転、眠気覚ましに役立つグッズの闇取引が大繁盛していきます。主な供給源は6年生で、特にOWL試験で好成績をとった生徒の売る商品は、本人の実績も相まってかなりの売れ筋に。
特にうまくやったのがレイブンクロー6年生のエディ・カーマイケルさんで、去年の
そしてハリーとロンにを2ガリオンする売買契約がまとまりかけた時、ハーマイオニーに止められて没収された瓶の中身をトイレに捨てられてしまいました。
「バカなことは止めなさい! 特にロン、貴方は監督生なのよ!」
その後もロンはハロルド・ディングルさんの「ドラゴンの爪の粉末」なるもので脳を活性化させる未練を捨てきれずにいましたが、実はドクシーの糞だったことをハーマイオニーから暴露されてからは大人しくなりました。
とはいえ、かくいうハーマイオニーもブツブツと独り言が多くなりましたし、ドラコはやたら「試験官と父上がお知り合いでね……」みたいな話をして「コネで受かるはず」と信じ込もうとしている様子で、アーニー・マクミランは勉強時間が何時間かを誰彼かまわず聞いては長時間勉強競争をしているようでした。
「僕は平均して8時間か9時間だけど、週末は10時間できる。イレイナ、君は?」
「平日も休日も10時間ぐらいですけど」
「……スケジュールをお聞きしても?」
私の場合は9時から18時まで、12時頃に1時間の食事休憩を挟み、ほぼ社会人の労働時間と同じ勉強スケジュールをこなした後、食事・入浴・リフレッシュしてから睡眠前に2時間ほど。もちろん、睡眠時間も8時間きっちりとっています。
「よくそんなに出来るなぁ」
アーニーが感心したように胸を反らせました。
「どうしても8時間を超えると、集中力が切れがちになって……集中力の秘訣とかってあるの?」
「十分な睡眠と、日頃からの慣れですね」
「やっぱり慣れかぁ……」
アーニーが唸るように言いました。
そう、人間というのは何事も習慣づけてしまえば惰性で出来るものなので、日頃から少しづつ慣らしてくのがコツというもの。
なので今年クィディッチ選手を辞めた私は練習時間をそのまま勉強時間に当てただけなので、実はそれほど勉強時間は変わってなかったり。結局、何事も日頃の行いなのです。
というわけで私は試験期間も比較的リラックスしており、特に追い込みとかすることもありません。ダフネやパンジーが夜遅くまで粘ろうと「箒を授ける」のキャッチコピーで有名なブルーオックスなるエナドリ等でもがく中、諦めたミリセントと一緒に少し早めの就寝です。
翌日も普通に目が覚めて、奇行に走る友人たち――心ここにあらずといった様子のブレーズ・ザビニはポットから紅茶をひたすら溢れさせており、トレイシーはコーヒーとバタービールに糖蜜パイで脳を覚醒させ、クラッブとゴイルは教科書を眺めていれば中身が入ってくると言わんばかりにページを高速でめくり――を遠巻きに見ながら、大広間を模様替えした試験会場に入っていきました。
最初の試験は魔法薬学で、スネイプ先生の「始めてよろしい」の言葉と共に全員で試験用紙をひっくり返します。
――――――――――――――――
問1 『スリークイージーの増毛薬』の効用について、適切なものを選択せよ。
(a)毛の量を増やす。
(b)抜け毛を減らす。
(c) 毛の色を濃くする。
(d) 毛を太くする。
――――――――――――――――
とまぁ、こんな感じで問題が延々と続き、誰もが真剣な顔つきで羽ペンをカリカリと走らせること約2時間ほど。緊張感の漂う空気の中、私が回答を書き込むペースは落ちません。日頃から積み重ねてきた勉強の成果が、いかんなく発揮される瞬間です。
(あ、今年の魔法薬学は簡単な年なんですね。去年と一昨年が難し過ぎて修正入ったんでしょうか……困りましたね)
すらすらと問題が解けていくのは快感ですらありますが、私ぐらいのトップ層になると一周回って困ってしまいます。平均点が上がってしまえば、それだけ周囲との差が付きにくくなってしまうので。
やがてテストが終わると、ミリセントが晴れ晴れとした表情を浮かべて大きく伸びをしました。
「身体が軽い……! もう、何も怖くない……!」
「その様子だと、張ってたヤマ当たった感じ?」
後ろの席に座っていたパンジーが質問すると、上半身で振り返ったミリセントはドヤ顔を浮かべて。
「舐めてもらっちゃ困るぜお姫様。体育会系は勉強が苦手なんてお約束、通じるのはフィクションの世界だけだから」
「そうね、言われてみれば最近のミリセントは勉強がんばって――」
「まぁ、いつも通り手応えゼロなんだけど」
「結局お約束通りじゃない」
呆れ顔になるパンジーに、耳を塞ぎながら頭をブンブン振り回して現実逃避に走るミリセント。
「あーあー、聞こえませーん。何も聞こえな―い」
「諦めた方がいいわよ。すぐ審判の日はやって来るから」
「未来は変えられるんだ。運命なんてものは無い……そう、信じる者は救われる……」
「途中まで名言っぽいのに、最後なんで急に他力本願なのよ」
「そういうパンジーはどうだったんですか?」
私が質問すると、パンジーは「待っていました」とばかりに不敵な笑みを浮かべました。
「知ってる? ドラコって魔法薬学すっごく得意なのよ!」
「うわ、出た出た」
うへぇ、と顔をしかめるミリセント。
「いるんだよねぇ、男できると急にそこだけ――」
「だから、私に魔法薬学の勉強なんて必要ないの」
「ん?」
眉をハの字にして固まる友人には目もくれず、パンジーはうっとりと
「いい女はね、男を立てるものなの。だからドラコの得意教科が魔法薬学なら、私はそこで張り合っちゃダメなわけ」
「まるで張り合えてるみたいに言うな?」
今や絶滅危惧種となった男の3歩後を歩く女――に見せかけた言い訳だけは100点満点な現代っ子に、一応は監督生ですので忠告しておきます。
「それで納得してるなら構いませんけど……正直せっかくドラコから魔法薬学をマンツーマンで教わるチャンスをだったのに、もったいないと言いますか……」
「ぁあーっ、本当のこと言わないで!?」
現実に引き戻され、思春期女子特有の甲高い悲鳴と共に顔を机に埋めるパンジー。ミリセントと私が「こいつ情緒不安定だな……」「ですね」と顔を見合わせていると。
「だってさ……その」
顔を傾けながらチラッと片目で私たちを伺うパンジーは、どういうわけか耳まで真っ赤に。そして怪訝な顔をする私たちに向かって、ボソッと消え入りそうな声で呟きました。
「……どっ、ドラコとマンツーマンとか……集中……できるわけないじゃない」
「うわぁ」
「オエッ」
そこには、教科書に出せるレベルの恋愛脳がおりました。いい加減、倦怠期とか無いんでしょうか。
「でも、パンジーの気持ちも分かるなー」
「私も~」
騒いでる声が聞こえたのか、ダフネとトレイシーまで近づいてきました。入学当初はあまり絡みの無かった2人ですが、学年が上がったことでメイク・ファッション好きという共通点もあって最近は一緒にいる姿をよく見かけます。
「ダフネも恋愛すると集中できなくなる感じなんですか?」
「うん。アンソニーと2人で勉強してるとさ、めっちゃ視線感じるんだよね」
「視線」
「主に胸とか」
「ふむ」
改めて確認してみると、たしかに程よいまろやかな丸みと、女の子らしい柔らかそうな質感、それでいて読者モデルやってたトレイシーのような作り込まれた曲線美とは異なる、生身の自然なたわみが――。
「あの、ちょっと近いんだけど……」
「……アンソニーさんが見惚れる気持ち、分かった気がします」
「……あ、ありがと?」
「なに? これから浮気でもする気?」
それ以上の微妙な空気になるより早く、トレイシーがからかうようにオリーヴグリーンの瞳を細めてきました。
「一応忠告しとくけど、彼氏持ちに手ぇ出すのは避けた方がいいよ。関係者全員が敵に回るから」
「あ、そこは常識あるんですね」
女版ブレーズ・ザビニというのが彼女の印象だったのですが、本人なりに一線は引いてる模様。
「わかる。トレイシーそういうの気にしないっつーか、むしろ楽しんでそうなタイプだと思ってた」
「はいミリィちゃん! 人を軽い女みたいに言わなーい」
「まさかそこを否定する気か?」
「だって私、しがない半純血だし? 親の代わりに恋人の七光り使うぐらい出来なきゃ、馬鹿正直に頑張ったところで生き残れないんだもーん」
慣れた様子で挑発気味に、誘うような上目遣いを演じるトレイシー。
純血主義の残るスリザリンではスタートラインから不利な半純血ですが、不公平だと文句を言う暇があれば逆に利用してやれという野心と計算高さには、きっとサラザール・スリザリンもニッコリでしょう。
「それはそうとイレイナ、大問1の問1って答え(d)で合ってたっけ?」
「ええ。(d)の『毛を太くする』ですね」
「あっぶな。時間ギリギリでやっぱり(c)な気がしたけど、初志貫徹して正解だったわ~」
無い胸をなでおろすトレイシーでしたが、横で聞いていたパンジーは「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげました。
「うっそ!? “増毛薬”って髪の毛を増やす薬じゃないの!?」
パンジーの驚いたような声に、傍にいたミリセントやザビニまで「えっ?」みたいな顔になっていきます。
「だってあれ、ハゲを治す薬じゃなかったっけ?」
「それは間違ってませんけど、厳密にいうと“薄毛を治す薬”なんですよ。薄毛の主な原因は髪の毛が細くなることであって、毛の量が減ることじゃありません」
「マジかー。素直に(b) の『抜け毛を抑える』にマークしちゃったわー」
急に将来が不安になったのか髪の毛を弄りだすザビニの横では、ドラコ・マルフォイが密かにガッツポーズを決めておりました。
勉強なんて所詮は就職するまでと斜に構える学生も多い今日この頃ですが、やはり学問は身を助けるものです。
◇◆◇
そして水曜日の「天文学」の筆記試験は惑星の名前を答えたり、衛星の周期を計算したりというもので、計算が少し面倒だった以外は特に問題もなく、夜間の実技まで待機です(「占い学」を履修している生徒は、午後にその実技試験がありました)。
試験内容は恒星や惑星を観測して正しい位置を図に書き入れるというもので、あたりは羊皮紙が擦れる音や望遠鏡と三脚の位置を調整する音、そして沢山の羽ペンが擦れる音の他は静まり返っていました。
そして1時間ほどが経ち、某SF大作の『死の星』そっくりの土星の衛星を書き終えた頃、試験監督のトフティ教授が「あと20分」と告げ、ケアレスミスが無いか復習に入ろうとした矢先の事でした。
(おや……『闇の森』が夜にしては明るいですね)
まだ望遠鏡を覗いている生徒たちの中、唯一全ての課題をやり終えていた私は、なんとなく望遠鏡で覗き込んでみます。
すると――。
校庭からバーン! と爆音が響き、何人もの生徒が「なんだ?」と原因を見ようと窓の外を見ると、ちょうどハグリッドの小屋が開いて中から漏れる光が、ハグリッドと大勢の魔法使いたちを照らしていました。
「エヘン、エヘン――森番ルビウス・ハグリッドに告ぐ! あなたは完全に包囲されています!無駄な抵抗は諦めて、大人しく出てきなさい!」
魔法使いたちの集団を率いるのは、「ソノーラス-響け!」で巨大なカエルの如き爆音を喉から響かせるアンブリッジ先生。もちろんハグリッドが素直に従うはずもなく、小屋の扉が勢いよく開いたかと思えば、これが俺の返事だとばかりにゴミ箱が投げつけられます。
「大人しくがクソ食らえだ! 人様の家を爆撃しといて、後から警告する奴があるか!」
ここまで騒ぎが派手になってくると、もはや試験どころじゃありません。トフティ教授が「試験中じゃよ!」と咎めても聞く耳を持つ生徒はおらず、リリィにノット、ダフネにザビニと次々に口を開きます。
「あの森番がマトモなこと言ってる……」
「普通に試験妨害なんだが」
「ねぇ、小屋の上で旋回してるのフリント先輩じゃない?」
「うぉっ、マジじゃん。てか、筋肉で制服ピチピチ過ぎてウケるw」
どうやらアンブリッジ先生が率いているのは魔法警察と闇祓いの混成部隊らしく、前者で小屋を包囲して後者を突入させるつもりのようでした。
ダフネの言う通り小屋の上空では箒に乗ったフリント先輩が旋回しながら「ルーモス・アヴェンジギウムー光よ、追跡せよ!」でサーチライトよろしくハグリッドを照射しており、巨大な拳を振り回す巨大なシルエットが浮かび上がっております。
「そもそも俺が何をしたって言うんだ!?」
「ハグリッド、君には黙秘権がある。君の供述はウィゼンガモットで証拠として用いられる場合があり、弁護士の立ち合いを求める権利が保障――」
「ゴズホーク警告なんざ知ったこっちゃねぇ! ドーリッシュ、こんなことで俺は捕まらんぞ!」
ハグリッドが吠えると、闇祓い部隊の隊長を務めるジョン・ドーリッシュさんはやれやれと首を振り、再び何事も無かったかのように続けました。
「……権利が保障されている。もし自身で弁護士を雇用できない場合、無利子でそのための資金をグリンゴッツから借りる権利も――」
「ドーリッシュ! いいから早く攻撃なさい!」
「……認められている」
死んだ魚のような表情で言い切ってから、大きな溜め息を吐くドーリッシュさん。あくまで手続き上の義務だから言ってるだけなのに、ハグリッドはもちろんアンブリッジ先生からも怒鳴られるのを見て、つくづく社会人の大変さを痛感せずにはいられません。
「おやめなさい!」
一触即発、といった空気を破ったのはマクゴナガル先生の声でした。
「何という事を!いったい、どんな理由があってハグリッドを攻撃するのです! 何もしていないのに、こんな仕打ちを――」
「何もしていない?本当に?」
対するアンブリッジ先生の回答は、実にシンプルなものでした。
「容疑者ルビウス・ハグリッドには、禁じられた森で危険生物を飼育しているとの疑いがあります」
少し後ろでハリーとハーマイオニー、そしてロンがハッと息を呑む音が聞こえました。
(なるほど、そう来ましたか……)
どうやらアンブリッジ先生も暴挙に出る以上、それなりに大義名分は整えてきてるようでした。
なにせ実際に去年は「尻尾爆発スクリュート」の件がありましたし、一昨年にはヒッポグリフによる傷害事件が発生しております。
というか魔法省が知らないだけで、実はドラゴンを孵化させたり、謎のギリシャ人から三頭犬を買ったりしてますし、抜き打ちの強制捜査ぐらいであれば正直あんまり文句言えない気がしないでもありません。
「とはいえ、証拠が無ければ魔法省も引き上げざるを得ませんし、過剰な捜査で物的損失が出たのであれば、後から損害賠償も含めて訴訟できます」
私は真っ青な顔をしているハリー達の方に向き直り、安心させるように言いました。
「さすがのハグリッドも去年と一昨年の事で反省してるでしょうし、スクリュートの尻尾の根も乾かない内にまた新しい危険生物なんて飼ってるわけ――」
「……」
「……」
「……」
「飼ってるわけないですよね……?」
おかしいですね、どうして3人とも無言なんでしょうか。
グロウプ「それ以上いけない」