ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※引き続きハリー視点


第45章 ~ベールの彼方へ~

 

 6つの粉々呪文が5つの方向に向けて放たれ、何百というガラス玉が割れ、そびえたつような棚がぐらりと揺れた。砕けたガラスと棚の破片が雨あられと降ってくる中、予言の声が鳴り響く――。

 

 

「逃げよう!」

 

 

 ロンの元に駆け寄り、一緒にシリウスを支えて走り出す。

 

 

 

「殺せ!」

 

 背後で「予言」を手に入れたルシウスが叫ぶのを聞いて、ロンが悪態をついた。

 

「あの嘘つき! 詐欺師! マルフォイ! なーにが‟純血名家の名誉”だ!」

 

 砕けた「予見者」の声が不気味に響く中、ルシウスが言い返してきた。

 

「嘘はついてないぞ? ブラックは渡したし、()()お前たちに手を出さん」

「何その子供みたいな論破!?」

 

 わかる。ドラコ・マルフォイとかも今みたいな屁理屈めっちゃ好きそう。

 

 

 轟音を上げて崩れ落ちる棚を回避しながら進もうとすると、さっそく1人の死喰い人が埃の中から突っ込んできた。

 

「ステューピファイ-麻痺せよ!」

 

 その横から飛んできた赤い閃光を受けて、死喰い人が吹っ飛ぶ。

 

「ハーマイオニーさすが!」

「それよりシリウスは無事なの?」

「無事だよ。ただ、ちょっと動けないだけさ」

 

 ロンが金縛り術をかけられたシリウスに目をやると、ハーマイオニーがすぐ反対呪文を唱えて解放した。

 

 

「……ハリー」

 

 金縛り術の解けたシリウスが、弱々しく呻く。辛うじて意識はあるけれど、かなり酷く拷問されていたのか、息は荒く口を開くのも辛そうだ。

 

「すまない……君を危険に巻き込んでしまった……」

「シリウスが謝る必要なんて無い!」

 

 僕は叫んで、ロンと一緒にシリウスの腕を自分の首に回すような形で支えた。

 

 

「とにかく今は逃げるんだ!」

 

 

 サヤ、ジニー、ルーナが両腕で頭を庇いながら脇を疾走し、ハーマイオニーとイレイナ、ネビルは追いかけてくる死喰い人に失神呪文や妨害呪文を放って時間を稼いでくれている。

 

「もうすぐです!」

 

 イレイナが皆を励まし、ようやく来るときに来た扉が見えてきた。死食い人の呪文を避けながら、どうにか全員が半開きになった扉を飛ぶように抜けると、ハーマイオニーが息も絶え絶えに唱えた。

 

「コロポータス-扉よ、くっつけ!」

 

 

 戻ってきたのは、壁から床まで真っ黒な円形の部屋だ。壁にはいくつもの扉があり、遠くにはエレベーターもあった。

 

「サヤとジニーとルーナがいないわ!」

 

 安否確認をしていたハーマイオニーが恐怖を浮かべて叫ぶ。

 

「大丈夫、あの3人なら別の扉から逃げていくのが見えた」

 

 ネビルが囁く。

 

「ノットの父親が大きな水の竜巻みたいなのを出してきたから、3人で近くにあった別の扉に飛び込んだんだ」

「たぶん“水牢”の呪文ね。危険な拘束魔法だから、逃げて正解だわ」

 

 ハーマイオニーがホッとした表情を浮かべるも、すぐに扉の向こうから足音と怒鳴り声が響いてきていた。

 

 

「ベラトリックス、ガキどもは放っておけ! 放っておけと言っているのだ!」

 

 

 ルシウス・マルフォイがイライラしながら吠えている。

 

「生意気なガキが何人生きようが死のうが、闇の帝王にとってはどうでもいいことだ! ノット、気絶したクラッブを回収してくれ。ジャグソンとラバスタンは、ドロホフとルックウッドを探して戻るように伝えろ。予言を手に入れた今、もはや神秘部に用は無い――ここから撤収するぞ!」

 

 どうやら目的の予言を手に入れた以上、魔法省に長居する必要はないと判断したらしい。任務の優先順位からしても妥当な判断だ。

 

 

 

「どうする?」

 

 ロンが聞いてくる。

 

「あの予言が何だか知らないけど、“例のあの人”が欲しがってるなら渡しちゃいけないと思う」

「ロン、バカ言わないで! 相手の方が数も多いし、手練れの殺人鬼が何人もいるのよ!?」

 

 すぐさまハーマイオニーが反対した。頭のてっぺんから爪先まで震えている。

 

「シリウスは無事に助けたわ! 幸いまだ死人も出ていないし、向こうが逃げる気なら好きにさせればいいじゃない」

「それじゃ、君はマルフォイの奴が意気揚々と“例のあの人”に予言を渡すところを、指をくわえて見ているわけか」

 

「ここで言い争わないでくれ!」

 

 口論をする二人を遮って、僕は叫んだ。

 

「ハーマイオニーとイレイナはシリウスを連れて、そこの扉からどこか隠れられる場所へ避難して。僕とロンでルシウス・マルフォイに奇襲をかける」

 

 だが、案の定ハーマイオニーは反対した。

 

「たった二人で戦うつもり!? いくら奇襲でも無謀よ!」

「大丈夫だよ。失敗したら、すぐ僕たちも逃げるから」 

 

 いわゆるヒット&アウェイという奴だ。中世にケンタウロスの軍隊が得意とした戦術で、OWL「魔法史」試験にも出てきた。

 

 ハーマイオニーは何か言いたそうだったが、イレイナに「急ぎましょう」と引っ張られて渋々シリウスを連れて部屋から出ていく。その直後、扉の向こうから「退いてろ!」と荒々しい声が聞こえてきた。

 

「アロホモーラ-扉よ、開け!」

 

 扉がパッと開いて、死喰い人たちが入ってきた。予言を持つルシウス・マルフォイを護衛するように、レストレンジ夫妻や他の死喰い人が移動してくる。

 

 机の下に隠れた僕はロンを顔を見合わせ、二人で頷いてから飛び出した。

 

「エクスペリアームス-武器よ去れ!」

「ステューピファイ-麻痺せよ!」

 

 二人ともルシウス・マルフォイを狙ったつもりだけど、僕の放った武装解除呪文はベラトリックスの夫らしい死喰い人を転倒させて杖を吹き飛ばし、ロンの失神呪文はマクネアに命中して巨体が仰け反って床置き時計に激突した。

 

「ルシウス――」

「わかった。必要なら殺せ」

 

 ルシウス・マルフォイが短く許可を出すと、ベラトリックスが嬉しそうな顔になる。どうやら、死喰い人は脱出チームと迎撃チームの二手に分かれるつもりらしい。

 

「エイブリー、それからロドルファスは杖を回収してベラトリックスに続け。ゴイルとジャグソンは私と一緒に来い!」

 

 悔しいけど、敵ながら的確な指示だ。僕とロンで二人の死喰い人を相手にしている間に、そのままルシウスは護衛つきで脱出するつもりなのだろう。

 

 このままだと逃げられる――――そう、思った時だった。

 

 

「いたぞ! 連中を逃がすな!」

 

 

 大声が轟き、5つの人影が現れる。駆け込んできたのは、不死鳥の騎士団だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ハリー、やったぞ!」

 

 隣でロンが歓声を上げる。

 

 最初に叫んだムーディに続いて、トンクスとルーピン、キングズリーが次々に死食い人目がけて失神呪文をかけていく。そして、意外な人物がもう一人。

 

 

「ブラキアム・エンメンド-骨よ、治れ!」

 

 

 なぜかギルデロイ・ロックハートもそこにいた。

 

 

 しかも、放った呪文は場違いにも等しい骨折治療呪文だ。おまけに僕に対して使ったように見事に失敗し、腕の骨を抜き取られたゴイルの腕がダラリと下がって杖が落ちる。

 

「アバダ―――」

「オブリビエイト-忘れよ!」

 

 さらにゴイルに替わって躍り出たジャグソンが「死の呪文」を唱えるより早く、ロックハートの忘却呪文が炸裂し、途端にジャグソンは自分が何をしようとしていたのか忘れて杖を構えたまま茫然と立ちすくんでいた。

 

「マジかよ……」

 

 唖然としたロンの声。正直、僕も目の前の光景が信じられない。

 

「嘘だろ!あのロックハートが!? しかも忘却呪文の方は成功したぞ!?」

「骨を治す呪文の方は失敗したままだけどね……」

 

 むしろ失敗するのを織り込んで、敢えて使っていたように見える。実際、ロックハートの腕なら変に正しい呪文を使おうとするより、間違った呪文をそのまま活用する方向で動いた方が実践的なのかもしれないけれど。

 

 

 マルシベールたちに爆撃呪文を放ちながら、イレイナが嬉しそうな顔になる。

 

「ひょっとして、この増援はロックハート先生が?」

 

 騎士団メンバー不在の中、唯一イレイナのメッセージに反応してくれたのがロックハートだったらしい。

 

「もちろん! この私にお任せあれ、と言ったでしょう?」

 

 輝くようなスマイルと一緒に、ロックハートがバッチリとウィンクを決める。元は詐欺師のくせに、ちょっぴり本物の英雄みたいに見えたのが悔しい。

 

「シリウスさんとは、イースター休暇中に親友になりましたからね! 真の勇者とは、友人を見捨てないものです!」

 

 どの口が言うてんねん……。

 

 隣にいるロンも「ジニーを見捨てた奴がなんか言ってる……」とジト目だったけど、イレイナは「失敗から成長するのも、またヒーローものの王道ですよね」などとガバガバ判定で高評価している。推し作家には甘いらしい。

 

 

「ハリー、ロン! 他の皆も無事か!?」

 

 ゴイルを倒したルーピンが聞いてくる。

 

「みんなは神秘部の扉の中に隠れてる! シリウスも、ネビルとハーマイオニーが見ている!」

 

 シリウスのことを話すと、ルーピンの硬い表情が少しだけホッと安心したように見えた。そのままルーピンは「君たちは下がってて!」と叫び、ロドルファス・レストレンジと戦い始めた。

 

 

 

 **

 

 

 

 戦局は五分五分、といったところか。

 

 

 トンクスはベラトリックスと、ルーピンはルシウスと、そしてキングスリーはロドルファスとラバスタンを押しとどめている。

 ロックハートはマクネアに追いかけ回され、ムーディはドロホフと決闘していた。

 

 だが、遅れてノットやルックウッドにマルシベール、ドロホフといった死食い人が参戦してくると、戦況が徐々に不利になっていくのが見える。

 

「ロン、僕たちも――」

 

 

「その必要はない」

 

 

 後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向くと、頭と左足に包帯を巻いたシリウスが立っていた。

 

「どうして――」

 

 僕が言い終わる前に、怒り心頭のハーマイオニーの声が背後から響く。

 

「シリウス、貴方は怪我人よ! ああ、もう! こうなるなら、治癒呪文なんて使うんじゃなかったわ!」

 

 どうやら状況的にハーマイオニーがシリウスを呪文で治療したところ、体力と気力が少し回復したシリウスがいても立ってもいられなくなってしまったらしい。

 

「すまないね。しかし、この状況では……」

 

 シリウスは申し訳なさそうに弁明しようとしたが、地面を転がってきた何かに目を留めて慌てた顔になる。

 

「アラスター!?」

 

 視線の先では、ムーディが頭から血を流して倒れていた。転がっていたのは「魔法の目」で、ムーディを倒したドロホフが歓喜に歪んだ表情で向かってきた。

 

「タレントアレグラ-踊れ!」

「プロテゴ-護れ!」

 

 ドロホフが鞭打つように杖を振って放つ呪文を、シリウスが「盾の呪文」で防ぐ。そのまま二人は決闘に移行し、剣のように杖が光って先端から火花が散った。

 

「ペトリフィカス・トタルス-石になれ!」

 

 僕が咄嗟に呪文を唱えると、不意打ちを食らったドロホフの両手両足がバチンとくっついて仰向けにドサッと倒れる。

 

「いいぞ!」

 

 シリウスが嬉しそうに叫び、飛んできた失神呪文を弾き飛ばす。その直後、ベラトリックスと戦っていたトンクスの悲鳴が聞こえた。

 

 見れば、頭から血を流した彼女が真っ青な顔でぐったりと倒れている。ベラトリックスは勝ち誇ったような顔と共に、半開きの扉の中へと消えていく。

 

 

「まずいな……あの中にはルシウスとリーマスがいる」

 

 防戦一方のルシウスはキングズリーに奥の部屋へと追いやられていたが、ベラトリックスが参戦すれば形成は逆転するだろう。

 

 キングズリーはレストレンジ兄弟の片方を失神させたものの、遅れてやってきた痘痕面のルックウッドと戦って動けない様子だった。一応、ロックハートもマクネアに追いかけられて別の部屋へと逃げているけど、いても役に立つとは思えない。

 

「ブラック、ルーピンを――」

「分かってる!」

 

 シリウスが脱兎のごとく駆け出し、ベラトリックスを追いかけて扉の中へと飛び込んだ。

 

 だが、次の瞬間にはルーピンの悲鳴が聞こえてきた。たぶん、ベラトリックスに背後から奇襲を受けたのだろう。

 

 となると、シリウスは1人でベラトリックスとルシウスの2人を相手にすることになる。拷問痕の応急処置はしたけど、とても万全の状態とは思えない。

 

 

「―――ッ」

 

 

 気づいた時には体が動いていた。

 

「シリウス!」

 

 光線を躱しながら部屋に飛び込む。そこは二番目に入った、ベールのかかったアーチが中心にある円形劇場のような部屋だった。

 

 ベールの傍ではシリウスとベラトリックスが戦っていて、傍には血を流して倒れているルーピンとノックアウトされたマクネアが転がっている。

 そして扉の脇では、ロックハートがルシウスと取っ組み合いをしていた。

 

「放せ! この三流作家め――」

「なんですと!?」

 

 ルシウスの罵倒にロックハートが珍しく怒りをあらわにした声で怒鳴り返し、「私は一流だ!」と吠えながらルシウスの手から「予言」をもぎ取ろうとしていた。

 

 

「インペディメンタ-妨害せよ!」

 

 妨害呪文を唱えると、二人が吹っ飛んで台座に激突する。ルシウスだけを狙ったつもりだったけど、取っ組み合いの最中でロックハートを巻き込んでしまった。

 

「ごめんなさい!」

 

 ロックハートに謝りながら、ルシウスに向かうと相手も杖を向けてきた。

 

「エクスペリアームス-武器よ去れ!」

「クルーシオ-苦しめ!」

 

 呪文を唱えたのはほぼ同時、避けたのもほぼ同時だった。続けて呪文を放とうとすると、シリウスの轟くような咆哮が聞こえた。

 

「インペディメンタ-妨害せよ!」

 

 渾身の妨害呪文でベラトリックスが数メートルも吹き飛ばされ、呆気にとられる僕たちの前でシリウスは大きな黒い犬に変身してそのままルシウスに襲いかかり、再び人間の姿に戻って拳を振り上げる。

 

「拷問の借りだ!」

 

 恨みのこもったパンチがルシウスの顔面を直撃し、ボキッと鼻の骨が折れるような嫌な音がした。その手から予言のガラス玉が飛んで宙に浮くも、シリウスは再び犬の姿でジャンプして難なくそれをキャッチする。

 

 

 ――やった。

 

 

 思わず顔がほころぶ。

 

 

 僕たちの完全勝利だ。シリウスを助け出し、予言も奪い返した。後はこのままシリウスと予言と一緒に地上に出て、安全なところに逃げればいい。

 

 

 そう、思った瞬間に視界の隅で何かが動く―――ベラトリックスだ。全身から殺意を放ち、人間の姿に戻ったシリウスの背中に杖を向けている。

 

 

 やめろ――。

 

 

 次の瞬間、シリウスの背後で緑の閃光が炸裂する。

 

 

 慌てて叫ぶ。

 

 けれど、間に合わない―――。

 

 緑の閃光がシリウス目がけて飛んでいく。

 

 

 ダメだ―――!

 

 

 振り返った名付け親の横顔が、驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

「―――――」

 

 

 

 男が走る。シリウスを突き飛ばす。緑の閃光はシリウスの代わりに、その男へと吸い込まれていった。

 

 

「………ぁ」

 

 

 男が倒れる前に、永遠の時が流れたかのようだった。シリウスが驚きに顔を見開き、慌てて男を掴もうとする。

 けれど、その男の身体は優雅な弧を描いてアーチにかかっているベールを突き抜け、シリウスの手が届く前に仰向けに沈んでいく。消えていく……。

 

 

 ベールの彼方へと――。

 

 

 金髪で巻き毛のハンサムな男だった。どうしようもなく、目立ちたがり屋だった。そのくせ無能で、トラブルばかり引き起こす男だった。

 

 けれど、僕の友達(イレイナ)は彼を慕っていた。旅人になって本を書きたいという夢に、真摯に向き合って応援してくれた。僕の親友(ハーマイオニー)が石にされた時も、彼はお見舞いのカードを彼女に渡してくれた。家族同然の人(シリウス)が独りぼっちにならないよう、彼はイースター休暇の間もずっとグリルモード・プレイスにいてくれた。

 

 その男の名を、僕たちは知っている。

 

 

 男の名前は――。

 

 

「ギルデロイ!!」

「ロックハート先生!?」

 

 

 シリウスとイレイナが、悲痛な顔で叫んでいた。

  




 ちょいちょい死亡フラグは立ってたけど、ここで回収されました。シリウスは助かったけど、代わりにロックハートが退場。原作と違って勝ち逃げすると思われた本作のロックハートですが、なんだかんだで因果は巡ってきました。
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