ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第46章 ~“あの人”が恐れた唯一の人物~

 

 ロックハート先生がベールの彼方へと消えていくのを、僕――ハリー・ポッターはどこか遠い世界の物語でも見ているような、現実感のない感覚で眺めていた。遠くでは、ベラトリックスの狂ったような笑い声が響いている。

 

 

「先生、悪い冗談はやめてください……私の声、聞こてますよね?」

 

 ベールの向こうへ手を伸ばすイレイナを、シリウスが必死に押しとどめる。

 

「待つんだ! そっちへ行ってはいけない!」

「でも、ロックハート先生は少し抜けたところがあって……だから……ただ、ちょっぴりアーチの向こうへ転んだだけで……!」

 

 すぐに戻ってくる。今ならまだ間に合う。いつものアホ面で「心配ご無用、なんといっても私は英雄ですからね!」なんて言いながら、チャーミングなスマイルを浮かべて戻ってくるに決まってる――そう呟くイレイナの腕を、シリウスは沈痛な表情をしたまま掴んでいる。そうすることで、シリウスもまた辛うじて自分を保っているようだった。

 

 

 だから、分かってしまう。もう、どうすることも出来ないのだと。

 

 

「きっと、ロックハート先生は転んで気絶しているだけです。ちゃんと確認して、起こしてあげないと……」

「イレイナ――」

「本当に世話が焼ける人ですよね。でも調子のいい人だから、ちょっと景気づけに『元気の出る呪文』でも唱えてやれば、すぐ意気揚々と出てくるに決まってます」

 

 そうブツブツ呟くイレイナの声は、どんどん小さくなっていって。

 

「先生、そうですよね? 頼むから、そうだと言ってくださいよ……」

 

 イレイナの声に、嗚咽が混じり出す。

 

 

 

 ――それが答えだった。

 

 

 

「もう遅いんだ、イレイナ」

 

 

 もがく彼女の動きが止まり、目いっぱいに涙を浮かべた顔が僕の方を向く。

 

「ハリー、そんなはず―……」

 

 きっと本当はイレイナだって分かっている。けれど、認めたくない。認めてなるものか――そう、瑠璃色の目が訴えていた。

 

 

「イレイナ、本当にもう……どうすることも出来ないんだよ。あの人は……」

 

 

 僕たちの先生は。

 

 

「ロックハート先生は……もう、行ってしまったんだ―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

「アクシオ-予言よ、来い!」

 

 

 不意打ちを受けたシリウスの手から予言のガラス球が飛び出し、再びルシウスの手に収まる。折れた鼻から血をボタボタと垂らしながらも、歓喜の表情を浮かべている。

 

「っくく、取り戻した! 取り戻したぞ! これで予言は、我が君のものだ!」

 

 ルシウスは「私はまだ失敗してない!」と興奮気味に叫んで、早足で扉の向こうへ消えていった。ベラトリックスも狂ったような高笑いをあげながら、その後を追う。

  

 

「逃がしてたまるか!!」

 

 

 シリウスが怒鳴った。飛び出すように石段を駆け上がる。

 

「待って!シリウス!」

 

 声を張り上げるも、逆上したシリウスは既に大きな黒い犬に変身しており、瞬く間に扉の向こうへ消えていってしまう。

 

 

「……ハリー、シリウスさんを追いかけてください」

 

 膝をついてベールの方を見つめたまま、イレイナが壊れた機械のような声で言った。逃げの姿勢を崩さかったルシウスと同じように、イレイナもまた何を優先すべきか理解している。

 

「すみません、今の私では――」

「わかってる」

 

 こんな状態のイレイナを残すのは気が引けるけど、予言をヴォルデモートに渡してはいけない。

 

「君はここで待ってて」

 

 

 **

 

 

 石段をすばやく最上段までよじ登り、黒い円形のホールへと向かう。時おり聞こえてくる爆発音やシリウスの怒声を頼りに追いかけると、エレベーターに続く廊下でベラトリックスが高笑いしているのが見えた。

 

 廊下を疾走し、エレベーターまでたどり着くと、今まさに人間の姿に戻ったシリウスが扉を閉める寸前だった。ルシウスとベラトリックスは既に別のエレベーターに乗って上昇しており、ガタゴトと上の方から駆動音が聞こえてくる。

 

 

「僕も乗せて!」

 

 

 跳ねるようにスライディングしてエレベーターに滑り込んだ直後、背後で金属製の格子戸がガシャン!と閉じた。

 

「ハリー!?」

 

 シリウスが驚いたような表情で僕を見つめる。

 

「無茶をするな! 一瞬、ジェームズかと思ったぞ!?」 

「そりゃあ、父さんの息子だからね」

 

 ルーピンやシリウスはよく「性格は段々とリリーの方に似てきたな」って言うけど、まだまだお父さんに似てる部分もあるんだろう。シリウスは一瞬虚を突かれたような顔になったけど、すぐ嬉しそうに破顔した。

 

「その軽口もアイツそっくりだ。案外、冷静なところはリリーの面影があるが」

「良いところ取りってこと?」

「すぐ調子に乗るところも、ますますジェームズそっくりだ」

 

 ニヤッと笑い、シリウスが拳を突き出す。

 

「予言を取り戻して、ロックハートの仇を討つぞ」

「うん」

 

 2人で拳を突き合わせる。エレベーターが動きを止めて格子戸が開くと、アトリウムにいるルシウスとベラトリックスの姿が見えた。

 

 

 だが、どういうわけか2人とも動きを止めている。

 

 

 ベラトリックスは薄笑いを浮かべながらレンガ造りのオフィス棟を見上げ、ルシウスは顔を隠すようにローブと仮面を付けて俯きがちに伏せていた。怪訝に思いながら近づくと、アトリウムに拡声呪文の声が轟いた。

 

 

「動くな! 杖を捨てろ!」

 

 

 よく見ると、アトリウムを大勢の武装した魔法警察が取り囲んでいた。オフィス棟の窓という窓から、油断なく杖を突き出している。壁に並んだ暖炉の全てにエメラルド色の火が燃えていて、今や魔法警察の増援部隊が続々と到着していた。

 

 思わずシリウスと顔を見合わせる。

 

「魔法省が役に立ったの初めて見たよ」

「私もだ」

 

 先頭に立つ魔法警察特殊部隊(ヒットウィザーズ)たちは誰もが片手に杖を構え、もう片方の手には『盾の呪文』がかけられた防呪ガラス盾を装備している。ホール全体を200人を超える警官隊がずらずらと幾重にも取り囲んでおり、侵入者たちに武器を向けていた。

 

 

 やっと魔法省の応援部隊が到着したんだ――助かった。

 

 

 **

 

 

「魔法大臣のコーネリウス・ファッジだ! お前たちを逮捕する!」

 

 

 厳つい護衛に囲まれ、作業着に着替えたファッジが叫んだ。

 

 

「お前たちの仲間は逮捕した! 大人しく武器を捨てて投降しなさい!」

 

 

 金色の「魔法界の同胞の泉」の前には、ワームテールとルックウッド、ロドルファスとラバスタンがグルグル巻きに縛られて転がっていた。

 

 ベラトリックスが舌打ちする。

 

「いつ気づいた? 守衛共には『服従の呪文』をかけていたはずだ!」

「我々が対策をしてないとでも?」

 

 ファッジはポケットから羽のついた目玉――ドローン・スニッチを取り出した。さらに多機能両面を開くと、ドローン・スニッチの記録映像が再生される。スニッチ×万眼鏡×両面鏡の魔法技術を組み合わせた、最新の魔法セキュリティ・システムだ。

 

「我がイギリス魔法省は、暮らしを守る生産性向上と持続可能な国際競争力向上のため、MX(マギテク・トランスフォーメーション)を推進している! 私の看板政策だぞ?」

「はっ、聞いた事もないね。そんなことより、吸魂鬼どもはどうした?」

 

 ベラトリックスの言葉に「そんなこと……」とダメージを受けたファッジだったけど、弱腰に見られないよう再び虚勢を張って言い返した。

 

「問題ない。ダンブルドアに率いられた闇祓い達がとっくに対処済み――」

 

 

 

「すると、ダンブルドアはここにはいないのだな」

 

 

 

 甲高く冷たい声が、魔法省のホールに響いた。

 

 ハッとして視線をやると、 そこには背の高い痩せた姿が黒いローブ姿で立っていた。恐ろしい蛇のような顔は蒼白で落ちくぼみ、縦に裂いたような瞳孔の真っ赤な両眼がファッジたちを睨んでいる。

 

 

 ヴォルデモート卿が、ホールの真ん中に姿を現していた。

 

 

 ファッジたちが声にならない悲鳴をあげるのを無視して、ヴォルデモートが杖を一振りすると、ワームテールたちを拘束していた縄が一瞬で消えた。

 

「ご主人様、ありがたき幸せ――」

「黙れワームテール」

 

 卑屈に擦り寄るワームテールを、ヴォルデモートは冷たい声で突き放した。

 

「アズカバンから吸魂鬼を離反させるのに、どれだけ準備したと思う? ブラックを捕まえるために、どれだけ時間をかけたか……そこまでお膳立てしてやったのに、お前たち死喰い人は結局、この俺様の助けがないと何ひとつ任務を遂行できないのか?」

 

 ホールに沈黙が落ち、しんと静まり返った。

 

「我が君、例の『予言』は私が無事に確保しました……」

「そうだな。脱出経路までは確保できなかったようだが」

 

 へりくだるルシウスに皮肉を言いながら、ヴォルデモートは差し出された予言のガラス球を受け取る。満足そうにしげしげと眺めた後、静かにローブの中へと入れる。

 

 

 

「さて、これで目的のものを手に入れたわけだが――」

 

 ヴォルデモートの赤い双眸が僕に向けられる。

 

「こんな所まで、俺様が直々に出向いたついでだ。邪魔者はここで消えるがいい―――アバダ・ケダブラ!」 

 

 不意打ちで「死の呪文」が放たれた。頭が真っ白で、杖はだらりと下を向いたままで。

 

 

「――よけろ少年!」

 

 

 ところが、突如かけられた「引き寄せ呪文」のせいでバランスを崩し、「死の呪文」はそのまま黄金の立像に当たって跳ね返る。

 

「アージュナ、お前バカか!?」

 

 真っ青な顔で狼狽するマーカス・フリントの横では、いかにも新人といったインド系の警官が茫然と呪文を唱えたポーズのまま固まっていた。

 

「あ、あれ……? ワタシ、今、いったい何を……」

「はぁ!? 命令も出てないのに“例のあの人”相手に――」

 

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 

 再び緑の閃光がヴォルデモートの杖から放たれ、真っすぐに勇敢な若い警官を直撃した。恐れと驚きの入り混じった表情を浮かべて、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。

 

 フリントの目が衝撃に大きく見開かれ、そして。

 

 

「反撃しろぉッ!!」

 

 

 ホール全体に響く大声と同時に、ヴォルデモート目がけて爆破呪文を放つ。轟音がホールを揺らし、それが合図だったかのように、戦闘が一斉に始まった。

 

 あちこちで慌てふためいた警官隊が呪文を撃ち、箒や「姿現し」で飛び、マタゴやブラッジャーが跳ねまわる。解放された死喰い人たちも右往左往しながら反撃したり、凄まじい数の力であっけなくノックアウトされたり、逃げようと喚きながら走り回ったりしていた。

 

 

「フリント! あなた、なんてバカなことを!」

 

 灰色の制服を着た魔法警察特殊部隊(ヒットウィザーズ)の指揮官、ジェーン・ドーリッシュは明るいハシバミ色の瞳に動揺を浮かべてフリントに詰め寄った。

 

「自分が何をしたか分かっているの!? 私たち全員を巻き込んで、“例のあの人”に喧嘩を売ったのよ!?」

「先に売ってきたのは向こうです! こっちは仲間がやられてるんだ!」

 

 フリントが怒鳴り返した。

 

「そもそも“例のあの人”は警察の敵だ! ナメられてたまるか!」

 

 勢いよく啖呵を切られたジェーンは唇を噛み、ややあって「お手上げだ」と言わんばかりに両手をあげて溜息を吐く。

 

「そうね……命令は出ていなかったけど、市民の生命保護と正当防衛の成立要件は満たしている。アージュナ巡査の独断専行は少し引っかかるけど……」

 

 今はそれどころじゃないし、とぼやいて別の部下に向かって指を鳴らした。

 

「大臣と一般市民を安全な場所へ下がらせて! 別動隊にも救援を要請しなさい!」

「れっ、例のあの人を捕まえるんですか……?」

「なんなら殺しても構わないわ」

 

 ジェーンは一瞬ギラリと緑色の瞳を光らせると、自分も杖を抜いてヴォルデモートを攻撃し始めた。躊躇った割には思い切りの良い切り替えだけど、周りに目をやれば彼女の自信も頷ける。

 

 ベラトリックスは何人もの魔法警察を狙い撃ちにし、ルシウスはノットたちと合流して十字砲火をはじき返している。当然、ヴォルデモートには傷ひとつ付けられておらず、次々に返り討ちにあってやられていた。

 

 にもかかわらず、警官隊の包囲網は少しづつ狭まっていた。やられても後方へと搬送され、すぐ入れ替わりの警官が前に躍り出る。数で劣る死喰い人は今や半分以下に減り、じりじりとヴォルデモートの周囲へと後退していく。

 

 

 これならいける――そう思った直後、ヴォルデモートが舌打ちしながら杖を大きく振るった。

 

 

 

「ペスティス・インセンディウム-悪霊の火!」

 

 

 

 全てを焼き尽くす悪意の奔流が、燃え盛る大蛇の姿で部屋を飲み込もうとする。警官たちは慌てふためきながら「盾の呪文」や放水呪文を唱えるも、「悪霊の火」の威力が弱まることはない。必死の抵抗を嘲笑うかのように易々と放水呪文を蒸発させ、魔法障壁をバターでも溶かすかのように食い破っていく。

  

 

「……雑魚ばかりだが、こうも群れると厄介だな」

 

 自在に「悪霊の火」を操りながら、ヴォルデモートが唸るように言った。

 

「やはり頭から切り落とさねばならないか」

 

 炎の大蛇が床から伸びあがり、鎌首をもたげる。その先にいたのは、怯えながらも陣頭指揮を執っている魔法大臣コーネリウス・ファッジだった。

 

 

「危ない!」

 

 

 咄嗟に叫ぶも、すでに炎の大蛇はファッジめがけて襲いかかっていた。ファッジは「ひっ……!」と小さく悲鳴をあげるも、その場から逃げようとはしなかった。

 

 

 ところが、空から別の生き物――不死鳥のフォークスが急降下し、ファッジを庇うように炎の大蛇に特攻する。大蛇の断末魔と同時にフォークスもまた炎となって燃え上がり、床に落ちて小さく萎びた雛の姿になった。

 

 

「なんと――ダンブルドアか!?」

 

 

 再び「悪霊の火」から蛇の頭が再生されたにもかかわらず、ヴォルデモートは急にファッジへの興味を無くしたようだった。周囲に目を凝らし、やがて一点を見つめて動きを止める。死喰い人も警官隊も動きを止め、同じ方向を振り返った。

 

 

「儂の生徒、そして卒業生たちに手荒な真似をするのは止めてもらおうかの」

 

 

 はたして金色のゲートを背に、そこにはアルバス・ダンブルドアが立っていた。

   




 イレイナさんがテクノロジーと物量で戦うために魔法省と協調した成果が、ようやく少し実を結びました。

 とはいえ単純に正義感溢れるにモブ警官がハリーの命を守って殉職したおかげで、警官隊が奮起したというわけでもなく……?
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