ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
私――ギルデロイ・ロックハートは生まれたときから、特別な存在だった。
マグルの父親と魔女の母との間に生まれた私は、物心気づいた時から自然と魔法を使えていた。
純血の魔法族であっても7歳ごろに能力を発現する子供が多い中、5歳で初めて積み木を宙に浮かせた私は早熟の部類だったのだろう。
「ギルデロイ、お前は特別なんだ」
幸運なことに、父親は魔法を好ましく思ってくれるマグルだった。魔法族のパートナーに魔法界を捨てるよう求めるマグルも少なくない中、逆にマグルの世界を捨てて専業主夫として魔法界で暮らす選択をした父は、私が魔法の才を示したことで自分の選択が間違いではなかったと安堵しているようでもあった。
「ギル、あなたは私たちの誇りよ」
母親も大いに喜んでいた。というのも、2人の姉はスクイブだったからだ。
通常、魔法族とマグルの間に子供が生まれると前者の特性が優性遺伝する。つまり半純血の子供はほとんど魔法族となるため、マグルの世界よりも魔法界で子育てすることを選ぶ家庭が多い。
だから両親が結婚と同時に魔法界で生活することを決めたのも、いずれ生まれてくる子供たちのことを考えてのことだった。
ところが、姉はどちらも「マグル生まれよりも珍しい」とされるスクイブに生まれてしまった。
運が悪いと言ってしまえばそれまでなのだが、当初想定していた家族計画とキャリアが大きく狂ってしまったことで、両親は少なからず後悔していたことだろう――最初からこうなると分かっていたら、マグルの世界に住んでいたのに、と。
だからこそ私が魔法の才能を持っていたことが、両親にとってどれほどの救いをもたらしたかは想像に難くない。
両親は私を溺愛し、毎日のように「神童」ともてはやした。
付け加えるなら、私の外見は父親似だった。魔法力を持つが平凡な容姿の母親と、魔法力を持たないがハンサムな父親の、良いところ取りだと言われた。
対して2人の姉は、平凡な容姿と魔法力を持たない特性を受け継いでしまった。
そして両親は知らず知らずのうちに、自分たちの美点を受け継いだ
「――お母さん、お父さん! ねぇ、見て!」
当然そんな事情など、幼い私が知る由もない。
「まぁ、すごいわ! また魔法を成功させたのね!」
「やっぱりお前は天才だな。さすが私たちの子だ!」
ただ、父と母に褒めてもらえることが嬉しかった。
大好きな両親に、期待されることが誇らしかった。
そして私は「自分は特別な存在なんだ」という期待と希望を胸に、ホグワーツ魔法魔術学校へと入学した。
**
両親から褒められるために努力した甲斐あってか、入学当初の私は平均より上の成績だった。
聡明な者が集うとされる寮、レイブンクローに組み分けされた時には、むしろ当然だとすら思っていた。
――だって私は、特別な存在なのだから!
しかし、結論を先に言うなら、私は「ホグワーツ
「神童も20歳を過ぎればただの人」というように、何事も最終的にはコツコツと努力し続けた人が伸びていく。
どれだけ努力しても、伸び悩んでしまう時。伸びてはいるけど、他人の方がもっと結果を出していた時――特別でない“普通の人”は大抵、不貞腐れてしまう。私もまた、その一人だった。
否、そうであればまだマシだった。
特別な人間に嫉妬しつつ、一方で「普通はこんなもんだ」と自分に言い訳しながら、なんだかんだで夢と現実のギャップ折り合いを付けていく……。
けれども、私は「普通」でいることに耐えられなかった。自分が「凡人」の側だと受け入れることが出来なかったのだ。
――ゆえに。
自分でも気づかぬうちに、承認欲求クリーチャーが生まれてしまう。
(もっと私を褒めてくれ……!!!)
承認欲求を拗らせた私は、虚栄心を埋めるためなら何でもするようになった。
――クィディッチ・ピッチに、長さ20フィートの文字で自分のサインを刻んだ。
――自分の顔の形をした、巨大な光る映像を闇の印のように打ち上げた。
――自分宛に800通のバレンタインカードを送り、ふくろうの羽や糞で朝食が中止になった。
数々の迷惑行為に、多くの生徒が眉をひそめた。友人たちも、次々に愛想を尽かして離れていった。
だというのに、止められない。
「聞いた? またロックハートがやらかしたんだって」
「ま た あ い つ か」
「レイブンクローの連中は甘すぎるんだよ。ウチの寮だったら絶対にシメられてる」
悪口で盛り上がっているのは、他寮の上級生たちだった。互いに面識はないし、相手の名前も知らない。なのに、向こうは私の事を知っている――。
(つまり、私はそれだけ有名人ってことですね!)
悪名は無名に勝る。「普通」の生徒なら見ず知らずの相手に名前なんて覚えてもらえないが、私は違う。これを「特別」と言わずして何と言おうか。
**
ホグワーツ卒業後は忘却術師として「魔法事故惨事部」に就職した。最終試験で私の忘却術を見た人事担当者は、「100年に一度の人材だ!」と大喜びだった。
しかし、職場の期待はすぐに失望へと変わる。
たしかに得意の忘却術は他人に引けを取らなかったが、毎回スタンドプレーで目立とうとする私の辞書に「協調性」という文字はない。瞬く間に手に負えないモンスター新人として、1年も経たずに異動が決まった。
「――君、来年からは『ケンタウロス担当室』に配属だから」
上司からそう告げられた翌日、私はすぐに退職届を提出した。高い知性を持つケンタウロスがこの部署を利用したことは一度もなく、要は「追い出し部屋」への左遷だったからだ。
やはり、自分には凡人だらけの職場など似つかわしくない。自分の偉大さを理解してくれるのは、同じような偉業を成し遂げた者だけ――。
そう考えた私は、「英雄」や「天才」と呼ばれる人たちを次々に訪ねていった。
「あの仮面の下にあった鬼婆の素顔を見たら、誰だってこう言うさ……“なんて醜い顔なんだ……”って」
「というわけでね、私はそのバンパイアと親友になったのよ!」
「そしたら何と返したと思う? “そいつはドッグフードより美味いのか?”だってさ!」
実体験に基づくだけあって、彼らが偉業を達成した話はどれも面白かった。
私はそれをメモにまとめ、時おり他人にも語って聞かせるようになった。気晴らしに馴染みのパブに入って酒をひっかけながら呑兵衛たちに語れば、誰もが面白がって続きをねだった。
「あんた、面白れぇな!」
久々に注目されるのは、とても気分が良かった。そんな彼らを喜ばせようと、そしてもっと注目を浴びようと――少しづつ、話を盛るようになった。
どうせ酒の席での与太話だ。本当かどうかなんて、誰も気にしちゃいない。ただ、面白ければそれでいい。
――転機が訪れたのは、どこからか転勤で引っ越してきた新顔の客に語り聞かせた時だった。
「そんな武勇伝があったなら、もっと早く言ってくださいよ~! ロックハートさん、普通に英雄じゃないっすか!」
向こうも酔っていたのか、どうやら私――ギルデロイ・ロックハートがその偉業を達成した「英雄」だと勘違いしているらしい。
(私が、英雄……)
訂正するには、あまりに甘美な誘惑。抗い難い魅力を放つ響きに、承認欲求を拗らせた私はすぐ飛びついた。
「ええ、そうですとも! こう見えて、アルメニアでは誰もが知る英雄でして――」
翌日、私はすぐにアルメニアへ飛んだ。それから、武勇伝を聞かせてくれた醜い魔法戦士を訪ねて。
「オブリビエイト-忘れよ!」
まるで最初からそうなる運命だったかのように、私の忘却術は綺麗に決まった。
**
それからというもの、私は毎年のように武勇伝を出版し続けた。本は驚くほど売れ、父親譲りのハンサムなルックスも相まって、サイン会には人だかりができた。
魔法使いとしては凡人止まりだったが、作家としてのキャリアは順風満帆だった。本を書けばベストセラーとなり、『週刊魔女』のチャーミングスマイル賞は5回連続で受賞、勲三等のマーリン勲章まで受賞した。
私の成功を、両親は大いに喜んだ。かつて離れていった友人たちも有名になった私をみて、手の平を返すように連絡を取ろうとしてきた。
だから「闇の魔術に対する防衛術」教師の職に誘われた時には、ついにダンブルドアにも認めてもらえたのだと思った。
まもなくホグワーツ教師陣の非友好的な態度をみて、それが勘違いだと気づくのだが、既に後の祭りだ。
とはいえ、失敗なんて私にとってはよくある話。どう誤魔化すかからが本番だ。
(転職してしまったものは仕方ありません。とりあえず1年は居座って、履歴書に箔をつけてから元の小説家に戻るとしましょう!)
――そんな打算で教師の仕事を続ける中、私はイレイナ・セレステリアという生徒に出会った。
「ロックハート先生」
彼女は週末になると、毎日のように私の部屋へと訪ねてきた。熱烈なファンが押しかけてくることには慣れていたが、イレイナは少し違っていた。
「今日も三題噺の添削、お願いします」
英雄として、ベストセラー作家として。私に憧れるファンは大勢いるが、ベストセラー作家そのものに本気で
「私も、いつか本を書きたいんです」
子供の頃に憧れた物語の主人公のように世界を旅して、それを本にして色んな人に読んでもらうのだと。大人びたイレイナの子供っぽい一面に軽く驚くと同時に、ふと彼女の姿に過去の自分を重ねてしまう。
(そういえば昔、私もフリットウィック先生に無茶を言って、決闘の個人レッスンをつけてもらってましたね)
得意の忘却術の才能も、その時に開花したものだ。
他にも多くの呪文を使えるようになってNEWT試験でも良い成績が取れ、魔法省に就職できた。他人の功績を掠めとるようになった今では、すっかり錆びついてしまったけれど。
残ったものといえば、忘却術とベストセラー小説を書く才能だけ。
そんな私に、ある日イレイナはこんな質問をしてきた。
「先生、私は……物語の主人公になれると思いますか?」
反射的に「もちろん!」と無責任に励ますこともできた。けれど、どういうわけか安易な返事をするのは憚られて。
(私は、この子に何を伝えられるのでしょうか)
夢に向かって、真っすぐに手を伸ばす――言葉にすれば簡単だが、それが茨の道であることを、大人になった私は知っている。多くが道半ばで夢破れて、手を伸ばすことを諦めてしまうであろうことも。
(しかし、だからこそ――)
まだ無限の可能性がある若い子供たちの道を、私たち大人が邪魔してはいけないと。
道を広げ、歩き方を教え、背中を押す――。
たしかに自分は間違った道を、選び続けてしまったけれど。
望んだ分野で結果を出せず、偽物にしかなれなかったけど。
それでも忘却術と、売れる小説を書く力だけは手に入れたから。
せめて沢山の失敗と後悔を伝えて、反面教師になればと。
わずかな成功の経験だけでも、成長に繋げてくれればと。
そして、願わくば。
理想の自分に、近づけますように。
なりたい自分に、なれますように。
「
根拠はない。
自信もない。
保証もできない。
けれど、諦める必要なんてない。我慢なんてしなくていい。
どれほど無謀だろうと、高望みだろうと、人に理解されずとも。
他でもない、自分自身が手に入れたいと望んだのなら――。
それこそが、あなたの人生。あなたが生きる意味。あなたが戦うべき理由なのだから。
***
視界に緑色の閃光が映った。
(だから、私も戦う……!)
ずっと憧れ続けた場所は、そこにある。
力の抜けてしまった足に、もう一度だけ力を込めて。
――――私は、走り出した。
そして、初めて理解する。
(そうか、これが
今まで忘却術で記憶を奪ってきた、本物の英雄たち。彼らの輝かしい偉業、私のせいで永久に思い出すこともないだろう栄光の瞬間は、きっとこのような光景であったのだろう。
これほどまでに恐ろしく。
これほどまでに苦しくて。
こんなにも記憶に残る――。
(特別な、
嘘に塗れた人生の最後に手に入れたのは、本物の――他人からの借り物ではない、ギルデロイ・ロックハート自身の物語だった。
◇◆◇
墓地の一角に立つ。
白い墓石の前に、そっと緑色の勲章が置かれて。
勲一等マーリン勲章――魔法界における“傑出した勇気や優れた功績”に贈られるそれを、静かに墓石に捧げてから。
「ようやく……夢を叶えたんですね」
英雄になりたいと、ロックハート先生はいつもそう言っていて。そして、ついに夢は叶えられました。
だから、素直に「おめでとうございます」と祝福すべきだと。
そう、頭では分かっているのに。
――どうしても、素直に喜べなくて。
「なんで……本物の英雄なんかになっちゃったんですか」
そんなもの、なって欲しくなかった。だって、綺麗な勲章が1個もらえるだけじゃないですか。
それより、もっと私が書いた物語を読んで欲しかった。
もっと沢山の、物語を先生に書いて欲しかったのに。
「たとえ嘘の物語だって、私は構いませんでした……本物の偉業なんて無くたって、ロックハート先生はたくさんの面白い本が書けたのに……!」
物言わぬ墓の前に、私は1人で立ち尽くして。
「どうして、本当に……夢を叶えちゃったんですか」
人は、誰もがいつかは死ぬ定めにあります。そして今回はたまたま、ロックハート先生の番が来たというだけ。
それでも思い出が次々に蘇って、尽きることは無く。
まだまだ沢山、聞いて欲しいことが山ほどあった。もっと先生には、私の文章を添削して欲しかった。色々な作品について語りたいことが、数え切れないほどあった。
そしていつの日か、私が本を書いたら真っ先に渡そうと思っていた。私の本を読んで、先生の口から感想を聞きたかった。
――それなのに。
もう、その口が開かれることは二度と無い。
その事実が、どうしようもなく寂しくて。
「……」
鞄を開いて取り出したのは、1冊の本でした。表紙に動くロックハート先生の写真が飾られた、最後の自伝です。
『私は誰だ?』
それはロックハート先生の遺書に従って、私にだけ送られた遺作でした。世界でたった1人、私だけが知ることのできる物語として。
「……私、受け取れません」
息子を亡くしたロックハート夫人から本を渡された時、最初は断ろうと思いました。私は家族でもなければ古い友人でもなく、たった1年だけ授業を教えてもらっただけの、大勢いる生徒たちの一人に過ぎなかったからです。
けれど、老いたロックハート夫人は首を横に振って、優しい瞳でこう言ったのです。
「セレステリアさん、あなたの事は息子がよく話をしてくれました」
「……」
「私たちにとってギルデロイは……あの子は、紛れもない本物の英雄なの。詮索好きなマスコミが何と言おうとね」
偽りの英雄は、その人生の最後に本物になった。残された家族には、それだけで十分だったのでしょう。
それでも、と夫人は続けます。
「きっとセレステリアさんにだけは、真実を伝えたかったのだと思うの。たった一人、ありのままの自分から学び取ろうとしてくれた、大切な生徒には忘れて欲しくなかったのだとのだと思う」
たとえそれが表に出せないような、後ろめたい真実であろうとも。
「作家でもなく、英雄でも無く――ただのギルデロイ・ロックハートであっても、誰かの人生に何かを残せたのだと」
眼の底が、熱くなっていって。
とめどなく、涙がこみ上げて。
「そう……でしたか」
最後にロックハート先生が最後に届けてくれたもの。それは、これから先は誰にも伝えられることなく、嘘で塗りつぶされてゆく事となる、私と先生の記憶の中にしか残らない――。
英雄ギルデロイ・ロックハートの
「……」
生暖かい涙が頬をつたい、本の表紙へと零れ落ちて。いつの間にか泣いている自分自身から目を逸らすように、私はロックハート先生の遺影を見つめます。
写真の中のロックハート先生は相変わらず快活でチャーミングなスマイルを浮かべていて、今にでも額縁から出てきそうだというのに。
日が暮れるまで待てども、決して私たちの住む世界へ戻ってくることは無かったのです。
それでも――。
「私、忘れません……先生が書いた物語も、私に教えてくれたことも、先生のことも、全部……絶対に、忘れたりなんかしません」
だから。
顔を上げて、前を向いて。
自分の足で、大地を踏みしめて。
私は再び、歩き始めました。白い墓石を振り返ることなく、一歩ずつ、明日へ向かって。
ロックハート「いいねくれ~!」
本作のロックハートは光堕ちしたように見えるけど、英雄願望は今も昔もブレてません。沢山やらかして反省したというより、沢山のやらかしを経ても英雄になるチャンスを求め続けたからこそ、やっとその機会を掴んだ人です。
なので根っこは割と自分勝手というか、「シリウス助けたい」と「友人の為に命投げ出せる自分かっこいい」が半々ぐらい。
イレイナさんも自分勝手だとは思いつつ、自分に正直な部分や図太い部分も含めて自由人同士で気が合う部分もあったので、寂しい気持ちがあっても最終的には「なんだかんだ充実した人生送って、幸せな最期を迎えられたんだろうなぁ」と思えたので再び歩き出せました。
一応、これにて「不死鳥の騎士団」編は完結です!
本作の「不死鳥の騎士団」編では、スリザリンに属するイレイナさんが関わったこともあって、単純な勧善懲悪(善=ハリーたち・社会正義・勇気など、悪=アンブリッジたち・利己主義・保身など)とはいえない、複雑な展開となりました。
誰もがハリー達のように「ヴォルデモートを倒す」ことを目的に生きてるわけじゃなくて、それより目の前の試験や就職や恋愛が大事とか、そういうのは大人や専門家に任せればいいとか、親しい人たち(チョウ、クラッブ、ダフネなど)ですら考え方はバラバラ。
あるいは同じように「ヴォルデモートを倒す」が目的の場合でも、「だから協力する」とはならず、マルフォイのように止める方向に動いたり、グリンデルバルドのようにもっと過激なことやりだす、挙句の果てには協力する方向で動いたロックハートが戦死するなど、何事も思うようにはいかないもの。
とはいえ全てが空回りかというとそうでもなく、シリウスは生き延びて名誉回復を果たし、マリエッタは裏切らず、ダンブルドアも失脚せず、アンブリッジも暴走せず、グリンデルバルドは味方になり、おかげで魔法省も原作よりパワーアップ&ガンギマリ状態で開戦してるので、ぶっちゃけヴォルデモートは原作よりハードモードだったり。
ともあれ、長らく中断してしまったりとご迷惑もおかけしましたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
いつも感想をくださる方、および誤字報告をくださる方、また「ここすき」をくださる方に、改めてお礼を申し上げます!
「謎のプリンス」編も引き続き、楽しんで頂けるよう頑張ります!