ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
夜間外出で減点されたハリー、ネビル、ハーマイオニー、そしてドラコに罰則内容が告げられたのは、それからすぐの事でした。
「‟禁じられた森に入る”だって!?」
談話室では「冗談じゃない」とばかりにマルフォイが、「父上に言いつけてやる」とか小物っぽい台詞で愚痴っているのが聞こえます。いや、親に言ったら逆に規則を破った自分が怒られてしまうのでは。
「でも、なんか楽しそうな罰で良かったですね。本来なら入っちゃいけない‟禁じられた森”に1年から合法的に入れるなんて」
「イレイナは本当、人生楽しそうで羨ましいよ……」
だって実際、ホグワーツ城じゃ見れないような、不思議な魔法生物がたくさん住んでるという話じゃないですか。それにいくら危険な生き物がいるからって、1年生の門限破り程度で命の危険に関わるような罰を、学校側が出すなんてありえません。たぶん。
手紙を読めばちゃんと森番が付いてくるみたいですし、ちょっと1年を脅してお灸を据えるのが関の山でしょう。
マルフォイはビビッてるみたいですけど、そうやってビビらせて規則破りを二度としないようにするのが学校側の狙いですよ。きっと。
とまぁ、私はマルフォイを勇気づけるつもりで言ったのですが、相変わらず怖さと罰を受ける恥ずかしさで拗ねてる様子です。
「口先だけなら、何とでも言えるさ。君は罰則の対象外だからそんな呑気な事が言えるんだ」
「じゃあ代わりましょうか?」
「ほらな、口だけなら―――って、本当かい?」
まぁ、私もドラゴン騒ぎには一枚噛んでたわけですし、私だけ運よくバレなかったせいで安穏と過ごしているのも、多少は良心が咎めるといいますか。
それに私はどっちかというと恐怖より好奇心の方が勝るので、ここで恩を売ってあげるのもやぶさかではありません。
「貸しイチですよ」
「わ、わかった。いいだろう」
背に腹は代えられない、といった顔でドラコ・マルフォイが頷きました。
「では」
そうと決まれば、マクゴナガル先生の元へ直談判です。
**
私たちが二人がかりで研究室に押しかけると、マクゴナガル先生は少し怪訝な顔をしながら、とりあえず私の話に耳を傾けてくれました。
「……なるほど。ミス・セレステリアの話は分かりました。ミスター・マルフォイが心配で、自分も付いていきたいと」
「はい、先生。あの日、私もドラコの様子がおかしいなとは思っていたんです!でも、まさかあんな事になるなんて………このままだと私、友人の異変に気づいてあげられなかった自分を許せなくなりそうで……!」
ドラコ、なんで目をパチパチさせてるんですか。
「責任を感じることはありませんよ、ミス・セレステリア。トロールの時もそうでしたが、貴女は少々、友人のことになると熱くなりすぎる部分があります」
「ですが……!」
「友人の身を案じる、貴女の優しい気持ちはよく伝わりました」
私の迫真の演技に、マクゴナガル先生の表情が一瞬だけふっと柔らかくなったような気がしましたが、すぐに厳格ないつもの表情に戻ってしまいます。
「とはいえ、罰則は罰則です。ミスター・マルフォイは‟禁じられた森”に行かねばなりません」
罰則は罰則……きっぱりとマクゴナガル先生はそう宣告し、落胆したようなマルフォイを睨みます。ドラコ、残念でしたね。
じゃあやることも無いしもう帰ろうかなー、なんて考えていると。
「ミス・セレステリア、これは提案なのですが……」
マクゴナガル先生が不意に私の方に向き直ります。マルフォイを睨んだ時とは違って、少し私を試しているような、あるいは何かを期待するような表情でした。
「もし貴女がどうしてもミスター・マルフォイの事が心配だというのなら、貴方にも同行を認めましょう。どうしますか?」
もちろん割に合わないと感じるなら断っても一向に構わない、とマクゴナガル先生は念押しした上で決断を私に委ねます。
はてさて、どうしましょうか。
ちらり、と横の方で黙っていたマルフォイを見ると、訴えるような目で見つめ返してきます。やっぱり怖いんですね……。
「先生、それで問題ありません。私、ドラコの……いえ、この学校の力になりたいんです!」
「分かりました。ミス・セレステリア、あなたならきっとそう言うだろうと、アルバスが先ほど私にメッセージを残してくれました。もちろん、私としても生徒同士が友情を深め合うことは好ましいと思っています」
えっ、何それ怖いです。マクゴナガル先生はともかく、ダンブルドア校長が。
「ああ、それから―――」
去り際、マクゴナガル先生が付け足すようにこう言いました。
「ミス・セレステリアの勇気と献身を讃えて。スリザリンに25点を与えましょう」
遠慮なさらず、もっと点数くれてもいいんですよ。
**
指定された夜中の11時、校門で待っている管理人のフィルチさんの元へと向かうと、そこにはハリー、ネビル、ハーマイオニーの姿もありました。
私の姿を見るなり、ハリー達が驚いた顔になります。
「あれ、なんでイレイナがいるの?」
「かわいそうなドラコを見捨てることができなくてですね――」
「いや、そういうのいいから」
ハリー、そんな子に育てた覚えはありませんよ。
「揃ったな……ついて来い」
フィルチさんの声と共に、私たちはハグリッドの小屋へと向かいました。
「こんばんは、フィルチさん。ミセス・ノリスは元気ですか?」
「それなりだ。嬢ちゃんがぽんぽん餌を与えるから、最近ちょっと太っちまってねぇ。どうにかダイエットさせなきゃと……」
猫の話をしながら歩いていると、森の傍にあるハグリッドの小屋が見えてきます。今日のハグリッドはクロスボウで武装し、大きな犬をつれていました。ファングという名前らしいです。
「ここからは俺が引き受ける」
「夜明けには戻ってくるよ。こいつらの身体の残ってる部分だけを取りにな」
管理人のランタンが遠く城の方に戻っていくのを見送り、ハグリッドが私たちに向き直ります。
「よし、それじゃ、よく聞いてくれ。なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ」
「やっぱり僕は森には行かない」
土壇場になって怖くなったのか、マルフォイが恐怖に震えた声で、往生際悪く抗議しています。
「森に行くなんて召使のやる事だ。生徒にさせることじゃない。父上がこの事を知ったら――」
「ホグワーツに残りたいなら、行かねばならん。役に立つことをしろ。悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」
「おまいう……」
最後のマルフォイの呟きにだけは、さすがのハリーたちも擁護しきれない表情でした。
**
「何者かにひどく傷つけられた、ユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。皆でかわいそうなやつを見つけ出すんだ」
ハグリッドが先頭に立ち、私たちは森のはずれまでやってきました。しばらく進むと、道の先が二手に分かれているのを見て、ハグリッドが二手に別れようと提案してきます。
「よーし、ネビル、俺と来るんだ。ハーマイオニーも。ハリーとマルフォイ、イレイナは犬のファングと一緒だ」
ハグリッドの組み分けに従い、私はハリーとマルフォイ、ハグリッドの飼い犬であるファングを連れて森の奥へと向かいました。
さすがに鼻歌交じりとはいきませんが、そこらの肝試しよりよっぽど迫力満点です。
「ねぇ、イレイナは怖くないの?」
しばらくすると、私のすぐ後ろを歩くマルフォイの頭越しに、ハリーが質問してきました。
「別に怖くはありませんよ。だって私には、頼れる男の子がついているんですから」
「「―――っ」」
男子二人が速足で私の前に躍り出たのは、ほぼ同タイミングでした。
「イレイナ、やっぱり僕が先に行くよ。危ないから気を付けて」
「どけよポッター。ここは由緒正しき聖28一族の末裔たるこの僕が」
なんか始まりました。
「さっきまで怖がってたくせに……」
「自分だけ英雄気取りか? ポッター」
「そっちこそ!」
二人とも、負けず嫌いなんですから。しばらく続きそうなので周囲を見渡していると、ふと視界の隅に銀色の光が見えました。これは怪しいですね。
「シーッ、二人とも静かに!」
私が鋭く囁くと、二人も動きを止めてじっと息を凝らします。
「あれは……」
ランタンをかざし、恐る恐る近づくと、それは木の根元に付いた大量の血でした。きっとこの周辺で傷つき、苦しんでのたうち回ったのでしょう。
「見て……」
ハリーが私とマルフォイを制止し、少し離れた場所にある開けた空間を指さします。そこにあったのは、純白に光り輝く血を流して死んでいた、哀れなユニコーンの姿。
私は今まで、これほどまでに美しく、悲しい光景を見たことがありません。
ハリーが一歩踏み出したその時、ズルズルと何かが地面を滑るような音がしました。
3人と1匹が凍り付く中、暗がりの中から頭をフードにスッポリ包んだ何かが現れます。それは獲物をあさる獣のように地面を這い、ユニコーンへと近づくと傷口からその血を飲みはじめました。
「「ぎゃああああアアア!」」
私とマルフォイは絶叫し、飛び出した犬のファングと共に慌てて逃げ出します。とりあえず去り際に「足縛りの呪い」をぶちかましたので、ドサッと何かがズッコケる音っぽいのが聞こえましたが、どれだけ時間を稼げるかはわかりません。
「ドラコ、今の見ました!?」
「いや、僕は何も見てない! これはきっと悪い夢なんだ!」
「この期に及んで現実逃避ですか!?」
ともすれば転んでしまいそうな、暗く足場の悪い道なき道を、私たちは悲鳴をあげながら全力疾走。トロールの時と同じく、やはり君子危うきに近寄らず。本格的にヤバくなったら、全力で逃げるに尽きます。
「逃げるといっても、どこに逃げればいいんだ!? 森の中だぞ!」
「知りませんよ! とりあえずファング追っかければいいんじゃないんですか!?」
口ではそう言ったものの、相手は犬です。人間なんかよりもよっぽど速いです。対して私はといえば、単なる11歳の儚い美少女に過ぎません。走ってるうちにファングは見えなくなり、先を行くマルフォイとの距離も開いてきました。
「ど、ドラコちょっと待ってください!」
「え? あ、ああ……」
もう足が限界、というところでマルフォイを呼び止めると、向こうも限界だったのかその場で木に寄りかかって、ぜいぜいと背中で息を吐きながら呼吸を整え始めました。
「はぁ……はぁ、ハリーも大丈夫ですか……?」
返事はありませんでした。
「あれ、ハリーは?」
きょろきょろと周りを探すも、姿の欠片も見えません。
「ポッターなら………あー、足いたい………ポッターなら、ゴルゴーンに睨まれたように固まってたぞ……」
「え、つまりハリーはまだ、あのフードの怪物の前に……?」
マルフォイが頷き、二人で「やべぇ」みたいな顔になります。
「とっ、とりあえずハグリッドを呼びましょう」
私は杖を出し、空に向かって赤い光を放ちました。
「本当にこの学校、セキュリティ大丈夫なんでしょうか……」
「だから言ったろ……禁じられた森は危険だって」
徐々に呼吸が落ち着いて来た頃、ハグリッドたちがファングを連れて戻ってきました。
「ハリーは!? お前さん達、ハリーはどうした!」
「まだ死んだユニコーンの所です!」
私の言葉を聞くとハグリッドはギョッとした顔になり、すぐ真っ青になって「ハリー!大丈夫か!」と叫びながら森に突っ込んできました。ファングの鼻を頼りに、ハリーのいる場所に向かうつもりでしょう。その後ろにハーマイオニーとネビルも続きます。
「私たちも付いていきましょう」
「冗談じゃない! あんな怪物、二度と――」
「置いていきますよ?」
私がネビルの後ろについていくと、慌ててマルフォイが後から追いかけてきました。
――結論からいうと、ハリーは無事でした。
どうにも禁じられた森に住むケンタウロスが、あの怪物をどうにか追い払ってくれたみたいです。ちょっとした冒険のはずが、思わぬ恐怖体験となってしまい、私たちは疲労困憊のままスリザリン寮へと戻っていきました。
「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだ……」
グリフィンドール組との別れ際、ハリーまで訳の分からない事を言い始め、私はベッドに入った後もなんとも言えない不安に襲われます。
――ヴォルデモート。
ハリーがうわ言の様に呟いていた、今世紀最悪の魔法使い。闇の帝王。
あまりその事について考えないようにしながら、私は近づく試験に向けて睡眠をとったのでした。
ハグリッドはドラゴンの件でマルフォイにあんま偉そうなこと言えないと思うんですよね。
まぁ、日頃のマルフォイの態度も大概なので、嫌味のひとつやふたつ返してみたかったんでしょうけれど。