ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
同時刻――トンクスさん達が首相官邸でアクション映画の冒頭シーンみたいな大立ち回りをしているとはつゆ知らず、私はグリーングラス邸の優雅なパーティーに招かれていました。
生垣の間にはいくつもの蝋燭が浮かび、噴水から舞い上がった水は銀色の魚に姿を変え、招待客の頭上をゆっくり泳いでおります。薔薇の生け垣から時おり舞う花弁は客の衣服へ触れる直前に蝶へ変わり、そのまま夜空へ飛んでいきます。
遠目に見れば、戦争など存在しないような光景でした。
テラス席には豪勢なディナーが並べられ、屋敷しもべ妖精の楽団が軽やかな旋律を奏でる中、純血名家やその招待客たちが和やかに談笑しております。
「アクィラちゃん、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べないとダメよ」
「分かってはいるんですけど、最近あんまり胃の調子が良くなくて……」
「なら、アボット食品の高たんぱくヨーグルトがオススメだ。試してみるといい」
「あれアロエ味のは美味しいんだけど、レモン味は正直微妙じゃない?」
なんだこの平和な世界。
「恐ろしく緊張感がありませんね……」
呆れながらモグモグとパネットーネを頬張っていると、隣にいたアストリア・グリーングラスさんが「まぁまぁ」と苦笑いします。
「純血名家は基本的に親戚同士ですし、グリーングラス家は“例のあの人”の復活に対して、中立を宣言してますから」
「だから親族の集まりみたいなノリなんですねぇ」
ひょい、とチェルシーバンを口に放り込むとアストリアが「ええ」と頷きます。
「加えて、グリーングラス邸は警備が厳重なことで有名ですから」
「そうなんですか?」
「わたくしが知ってるだけでも――『盾の呪文』結界24層にドラゴン3匹、猟犬代わりのマタゴ、トロール数十体、無数のブラッジャー罠、一部の廊下はプロテゴ・ディアボリカ化しておりますわ」
どやぁ、とふんぞり返るアストリアさん。私は「なるほど」と相槌をうちながら、今度はブリオッシュを手に取ります。
「ですが、『例のあの人』なら一撃で破壊できるのでは?」
「心配いりませんわ」
見てください、とアストリアさんが指さした先には―――緑と白からなる正八角形パラソル型の紋章がありました。
「この洋館は魔法界トップの製薬企業、グリーングラス製薬の研究所でもあります。我が家を破壊しようものなら、父上たちが研究してるヤバめな魔法薬や病原体がイギリス全土に拡散しますわ」
「……」
安全と安心は別物と言いますが、きっと今みたいな状況を指すのでしょう。
「ちなみに、感染したらどうなるんですか?」
「亡者になったりしますわ」
もしかしなくてもグリーングラス製薬、そこらの死喰い人より真っ黒なのでは……?
「よく今まで魔法省からお咎め無しで済みましたね……」
「そこは、ほら――」
アストリアさんの視線の先には、タキシードを着こんだ魔法省の重鎮たちが歓談しておりました。魔法警察特殊部隊のトップを務めるヴィクター・フリント長官に、新設された戦時魔法統制局を率いるパイアス・シックネス局長、闇祓い局長のガウェイン・ロバーズさんまでおります。
「魔法省とは懇意にしておりますので」
「世間ではそれを癒着と呼ぶんですよ」
グリーングラス家は昔から純血主義には賛同しておらず、ヴォルデモート復活後も中立を宣言しているようですが、だからといって清廉潔白というわけでも無いようでした。
――などと会話をしていると。
「あら……?」
魔法界の重鎮たちを眺めていたアストリアさんの動きが止まり、ふと困惑したような声が漏れました。
「何かあったんですか?」
「いえ、ただ」
首を傾げるアストリアさんの視線の先には、青白い顔のドラコ・マルフォイの姿がありました。しかし、これまでであれば公式の場には必ず両親も同席していたはずが、今日はずっと一人でいるように見えます。
「おかしいですわね……ナルシッサ様が欠席したという連絡は聞いておりませんのに」
聞けばドラコの母親――ナルシッサ・マルフォイさんは欠席したわけでは無いらしく、パーティーの最初の頃にはドラコたちと一緒に挨拶に来たとのこと。ところが、それっきり姿が見えないままホストであるグリーングラス家にも連絡が来てないとのこと。
「体調不良で、どこかで休んでいるだけでは?」
「その場合は大体、ホストに連絡がいきます。毒を盛られた可能性があるので」
しれっと上流階級の闇を感じる回答が返ってきました。
「――イレイナもアストリアも、どうかした?」
背後から声をかけられ、振り返るとダフネがパンジーを連れて歩いてきました。今日のダフネは薄緑色のパーティードレスを着ており、パンジーの方は深紅のカクテルドレスを着こなしております。
私たちが事情を説明すると、ダフネがパンジーの方を向きました。
「ドラコから何か聞いてる?」
「全然」
パンジーは唇を尖らせました。
「最近のドラコ、ずっとおかしいのよ。今日だって私と目を合わせようともしないし、絶対に何か隠してるわ!」
「浮気?」
「それは無いと思う」
ダフネがからかうように茶化すも、意外にも落ち着いて否定するパンジー。
「やけに自信ありげですね」
「だって先週、直接ナルシッサ様に確認したもの」
「疑いはしたんですね」
「まぁ、ドラコってモテるし」
パンジーの惚気はいつものこととして、ついに親公認まで関係が進んだそうでした。
「それで、ナルシッサさんは何と?」
「夏休み中は基本ずっと屋敷にいたって」
「ふむ」
もちろん嘘を言っている可能性もありますが、ナルシッサさんから見てもドラコの幼馴染であるパンジーは、ほぼ娘みたいなもの。おまけに愛する息子が純血名家の彼女と付き合ってるとなれば、敢えて妨害する理由も見当たりません。
「であれば、そこまで気にすることも無いと思いますが……秘密の1つや2つ、誰でもあるでしょうし」
私が言うと、パンジーはますます不満そうな顔になりました。
「私、ドラコの彼女なんだけど」
「そうですね」
「彼女は身内だと思うんだけど」
「そうでしょうか……?」
お見合い結婚が主流だった時代ならともかく、今どき学生時代の恋人とそのまま結婚するのは珍しくなっています。交際期間も1年と長いわけではありません。
とはいえ純血名家になると話が変わってくる可能性もあり、念のためダフネの方を向くと。
「え、重……」
「せめて本気って言いなさいよ!?」
パンジーが吠え、近くにいた客がこちらを見ました。
「てか、ドラコには私くらい重たいのがちょうどいいの!」
今度は声を抑えながら吠えました。重たい自覚もあるようです。
「いつも自信満々に振舞ってるけど、ああ見えて繊細なところも結構あるし……」
「だからこそ、そっとしておいた方がいいこともあるんじゃない?」
ダフネが困ったように言いました。彼女にとってもドラコは幼馴染ですが、受け取り方はパンジーとは少し違うようです。
「ドラコが素直に話すと思う?」
「思わないけど……それなら猶更、誰かが支えてあげなきゃ」
「あの性格じゃ、余計に意地張ると思うなー」
あはは、とダフネは苦笑いしてウェイターからエッグノッグを受け取りました。
どちらの意見も、これまでの経験からして「ありそう」な展開です。ノットやザビニと違って、ドラコの男心は面倒臭そうですし。だからこそ、どっちが正しいとも言い切れないのがもどかしくもあります。
パンジーが溜息を吐きました。
「ダフネは気楽でいいわね」
「今日はパーティーだしね。いぇーい♪」
「彼氏の様子が変になっても、同じこと言える?」
「今はいないもん」
「「え」」
パンジーと私が同時に固まりました。妹のアストリアさんは事情を知っていたらしく、気まずそうにストローでクラフトコーラをちびちびと吸っています。
「……何がいないって?」
「彼氏」
ダフネはエッグノッグを一口飲みました。
「アンソニーとは夏休み前に別れちゃってて」
「どうしてもっと前に教えてくれなかったのよ!?」
「なんか言える空気じゃなかったし……」
申し訳なさそうな顔をされ、言葉に詰まる私たち。
神秘部の戦いの後、スリザリン寮には気まずい空気が漂っておりました。ロックハート先生の戦死で私も意気消沈してましたし、ドラコもルシウスさんが指名手配されたことで立場が悪くなり、代わりに人間関係の調整に奔走していたのがダフネやパンジーたちでした。
「喧嘩でもしたわけ?」
「ううん、そういうのじゃないよ。今でも嫌いじゃないし」
「じゃあ、なんで別れたのよ」
「将来の話とか」
表情こそ普段通りですが、少しだけ声に元気がない感じがしました。
「アンソニーは計画的だから、今のうちから戦争とか亡命とかまで考えて就活とか結婚とかも準備したいって」
「ダフネは?」
「もちろんアンソニーのことは好きだけど、ドラコとかノットだって大事だし……簡単に友達とか家族を敵味方に分けられないよ」
純血名家には死喰い人も多くいますし、そうでなくとも日和見を決め込んでいる家も少なくありません。グリーングラス家は今のところ中立ですが、裏を返せば死喰い人側に付く可能性もあるということ。
なまじ社交的なダフネは交際関係が広い分、色々と板挟みにあっているのでしょう。
「それで別れたの?」
パンジーが信じられないという顔をしています。
「お互い事情があるからね」
「でも、だからって今すぐ別れる必要はないでしょ」
「私もそう言ったんだけど、アンソニーはその時になってからじゃ遅いって。けど、私はまだ敵になったわけでも無いうちから、家族とか友達に見切りをつけるみたいなのは嫌だから」
ダフネは庭を眺めながら続けました。
「で、何回か話し合って、お互い嫌いになる前に友達に戻ろうって」
好意がなくなったわけではありません。
けれど、現在と将来への向き合い方が違った。
だから別れた。
泥沼化して喧嘩別れするより、合理的ではあります。完全に絶交したわけでもなく、たまに会えば世間話するぐらいの繋がりは残ってるので、状況が好転すればヨリを戻す可能性も無くはありません。
ノリで生きているよう見えるダフネですが、人間関係に関しては意外と大人でした。もっとも、気持ちが本当に追いつくかは別問題ですが。
「理解は出来るけど……そんなあっさりと割り切れるわけ?」
「さすがに別れた日は家で失恋ソング歌いまくってたけど」
「今は?」
「切り替えるしかないっしょ」
パンジーにとっての恋愛は、自分が苦しくとも、相手を苦しめてでも、我慢して互いを手放さないこと。
一方、ダフネにとっての恋愛は、2人が楽しく一緒にいるためにあるもので、お互い苦しみながら我慢し続けるものではないのでしょう。
「というわけで、今日からもっと自分磨きして、次のイケメンでも探す!お~!」
謎の宣言をした後、近くの皿にあったプラリネを勢いよく口に放り込むダフネ。パンジーは理解できないものを見る目で、お菓子をもりもり食べる幼馴染を見つめていました。
***
宴が進むにつれて、私は庭園を歩きながら、招待客たちの会話へ耳を傾けました。
集まっているのは、その多くが古くから続く純血家の人々です。しかし、全員がヴォルデモートへ忠誠を誓っているわけではありません。招待客たちは笑顔で挨拶を交わしながら、互いの財産や立場を値踏みしていました。
「しかし、やはりマルフォイ家は大変そうですな」
「アズカバン送りを免れたとはいえ、ほとんど自宅軟禁状態ですって」
「ノット財閥も先日の株主総会は大荒れだったと聞く」
庭園の端へ目を向けると、ドラコが年配の魔法使いたちに囲まれていました。背筋を伸ばし、いつも以上に尊大な態度で何かを話しています。
けれど、表情には余裕がありません。
笑うべきところで少し遅れて笑い、誰かがルシウスさんの名前を出すと、グラスを持つ指へ力が入っているようにも見えました。
何度かパンジーが近づく姿も見ましたが、ドラコは一言か二言を返すだけで、すぐ別の客へ挨拶するふりをして離れていってしまいます。
残されたパンジーの顔は、見なくても想像できました。
(……ハリーやロンのように、友人や家族が同じ方向を向いているのって、それだけで相当な幸運なんですね)
私もドラコを追いかけようかと考えましたが、結局やめました。聞かれたくない顔をしている――先ほどのダフネの言葉が、少しだけ理解できたからです。
◇◆◇
庭園の奥には、屋敷へ続く長い回廊がありました。
壁には歴代グリーングラス家の歴史を示す肖像画や、過去に開発された大ヒット魔法薬、魔法省から贈られた感謝状などが飾られています。
ただし、感謝状よりも出入り禁止の通知書の方が多いように見えました。
例えば19世紀には受験競争の過熱していた中国魔法界に大量の「
それらが同じように立派な額へ入れられているので、グリーングラス家がどちらを功績と考えているのかは分かりません。
その中に、一枚の古い集合写真がありました。
中央には、丸い顔をした中年の魔法使いが立っています。現在であれば、それなりの年齢になっているのでしょう。
その周りを、学生らしい若者たちが囲んでいます。純血名家の子供だけではありません。後に有名な歌手となった半純血の魔女や、魔法省の高官、会社を興した人物の若い頃の姿もありましす。
写真の額縁プレートには、こう書かれていました。
「……スラグ・クラブ卒業記念?」
ちなみにナルシッサがいないのは、こっそり抜け出して原作通りスピナーズ・エンドでスネイプと会ってるから。
また、本作では魔法省の戦いでルシウスも逮捕されず逃亡しているのですが、さすがにパーティーには出席してません(魔法省のお偉いさんも招待客にいるので)。
グリーングラス家
・医療用や化粧用の魔法薬の製造・販売を幅広く手掛け、海外の魔法界にも支店を持つ巨大財閥。緑と白からなる正八角形パラソル型の紋章は、そのまま会社のロゴマークにもなっている。
アヘン戦争の時期に中国魔法界へ受験用「
ちなみに中国魔法界からは出禁を食らっており、成り上がった時期から一族に降りかかった「血の呪い」は人生をめちゃめちゃにされた中国の魔術師たちの怨念とも言われている。
ちょいちょい前から出てたグリーングラス家、「敵に回したくはないけど、味方にいても扱いに困る」タイプの中立派。