ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「――その写真が気になりますか?」
穏やかな声が背後から聞こえました。
振り返ると、ダフネの父親であるオズウェル・グリーングラス氏が立っていました。長身を黒い礼装に手袋と革靴で全身に包み、物静かな教師然とした微笑を浮かべていますが、澄んだ薄い青の瞳には感情が無く、不気味さを感じさせました。
隣にいるのは、ダフネの母親であるフレイヤ・グリーングラス夫人です。光沢のあるシルバーのドレスにシルクのアームスリーブやストッキングで肌の露出を極力抑えた格好ですが、動くたびに関節からかすかな金属音が響いておりました。
そこにいたのは、グリーングラス夫妻だけではありませんでした。
パンジーの父親であるパーシバル・パーキンソン氏と、ノットの父親であるタイタス・ノット氏も同じ回廊にいました。
パーシバル氏は太く頑丈な体格で、老けたブルドッグのような顔をしていました。
一方のタイタス氏は細身で、鋭い目と無駄のない佇まいが、よく研がれた刃物を思わせます。
二人は同じ場所に立っていましたが、仲が良いようには見えません。むしろ同じ檻へ入れられた、種類の異なる肉食獣のようでした。
「あら、イレイナちゃん」
最後に現れたのは、ヴェロニカ・ザビニ夫人でした。黒と金のドレスを身につけ、エキゾチックさを感じさせる明るい褐色の肌は滑らかで、深い緑の瞳は神秘的に輝き、今夜も自分が見られることを当然のように楽しんでいます。
「昔の私を見ていたの?」
言われて写真を見ると、たしかにヴェロニカ夫人っぽい女子生徒がいました。
「いえ、中央にいる人を見ていました」
「スラグホーン先生のこと? 当時のスリザリン寮監よ。今は引退しているけどね」
「そうなんですか? 他の寮生もいるように見えますが……」
ヴェロニカ夫人は可笑しそうに微笑みました。
「たしかに、セブ君とは違うわね。あの子、自分の寮生すら半分ぐらい苦手そうだし」
「スラグホーン先生は違ったんですか?」
「ええ」
夫人は写真へ目を向けました。
「先生は、気に入った生徒を集めて、よく晩餐会を開いていたの。スラグ・クラブって呼ばれてたわ」
そういえば、お母さんもそんなこと言ってたような気がします。そこでシーラさんやフラン先生に出会ったのだとか。
「どんな生徒が参加してたんですか?」
「血筋のよい子に、才能のある子。将来有名になりそうな子とか、有名人の親戚もいたわ」
「統一感がありませんね」
「あるとしたら、卒業後かしら。全員、何かしら成功してるもの」
パーシバル・パーキンソン氏が低い声で口を挟みました。
「人を見る目は確かだった。あの男に紹介されて職を得た者も、人脈を得た者も多い」
「いい先生だったんですね」
私が相槌を打つと、パーシバル氏はフンと鼻を鳴らしました。
「まさか。将来有名になりそうな生徒へ、若いうちに恩を売っていただけだ」
「恨んでるわけではありませんよ? お互い様でしたから」
フレイヤ・グリーングラス夫人が穏やかに言いました。
「私たちも先生の人脈を活用して、お互いを利用し合い、そして助け合いました。本来なら出会わなかった者が同じテーブルに着き、卒業後も仕事やプライベートで持ちつ持たれつの関係を続けているのです」
「異なる素材を配合すれば、単体では得られない反応が起きる。人も魔法薬もそこが面白い、と先生はよく冗談で言っていたものです」
オズウェル氏が補足します。
「あなたもスラグ・クラブへ参加されていたのですか?」
「ええ。スラグホーン教授には大変よくしていただきました」
「最も期待された弟子の一人だったわ」
フレイヤ夫人が言いました。
「そして、最も早く追放された弟子でもあります」
「何をやらかしたんですか……」
「当時、私に仕えてくれていた屋敷しもべ妖精のネドリーに、魔法薬の臨床試験に協力してもらおうと」
オズウェル氏は残念そうに答えました。
「大勢の命を救うための大切な仕事です。なのでネドリーは快諾してくれたのですが、先生は“絶対にダメだ”と」
「それはスラグホーン先生が全面的に正しい気がします」
温和そうな物腰に反して、だいぶヤバい人なのが段々と分かってきました。
「不思議ですね。屋敷しもべ妖精は主人に仕えることを良しとする生き物で、ネドリーもヒトの役に立って感謝されることが生き甲斐だと言ってくれていたのですが」
「そういう献身的な方に、平然と人体実験しようとするからじゃないでしょうか」
屋敷しもべ妖精を差別しているルシウスさんやクラウチ氏と違い、オズウェル氏はとても大切にしているようではあります。しかし、それはペットや家畜に愛情を注ぐような類のもの。悪意が無い分、余計に狂人みが増しています。
「ちなみに、ちゃんと安全性は確認したんですか?」
「ええ。まずは自分で臨床試験をして」
なるほど、覚悟はガンギマリのようです。
「結果、肌がコーンフレーク状になり、顔じゅうにクラゲの足が生え、3日3晩ほど口からナメクジが出てくる嘔吐が止まりませんでした」
「よく生きてますね?」
「昔ならともかく、魔法の発展した現代では治療方法も沢山ありますので」
「で、その大惨事に懲りず、今度は屋敷しもべ妖精に臨床試験を行おうとしたと」
「ギリギリ死なないことは実証済されましたし、実用化に向けてもっとサンプルが欲しいなと」
なるほど、常人の価値観は通用しないようです。私はフレイヤ夫人の方に顔を向けました。
「……よく結婚しようと思いましたね?」
フレイヤ夫人は柔和な笑顔を浮かべました。
「こういう人じゃないと、一族にかかった『血の呪い』は治療できなそうだなと思いまして」
こちらの覚悟もガンギマリでした。
その様子を見ていたヴェロニカ・ザビニ夫人が、楽しそうに微笑みました。
「安全な道ばかり選んでたら、ゆっくりと沈んでいくだけだものね」
「お家を再興できたのも、リスクを負ったからだということでしょうか?」
「リスクの無いチャンスなんて無いもの。チャンスの無いリスクはあってもね」
ヴェロニカ夫人が言いました。
「勇敢さはグリフィンドール生だけの特権じゃないわ。損得勘定した上で得の方が大きければ、危険に飛び込んでいくのがスリザリン生よ」
「失敗した人は?」
「何人か知ってるけど、ここにはいないわね。私たちは運がよかったわ」
再び視線を昔の写真に向けると、若い頃のヴェロニカ夫人が冷めた目で睨み返してきました。今より素朴な印象で化粧っ気もなく、色々と悟ったような表情をしております。
この少女が後に7回結婚して夫が次々に死んだり、お家再興を果たし、キャラまで変わってるので、きっと大人になる過程で色々あったんだろうなと。
「それは結果論に過ぎん」
私たちの会話を聞いていたパーシバル・パーキンソン氏は、ふんと小さく鼻を鳴らしました。
「魔法界は実験場でもゲームの盤面でもない。失敗したら周りが迷惑する。反省してやり直せばいい、では済まないのだ」
「生まれながら暮らしに不自由しない聖28一族の方に言われると、説得力が違うわね」
クスクスと受け流すヴェロニカ夫人。
「今ならパーシバル卿のお考えは私にとっても好都合ですけど、成功者でない者にまで押し付けることはできません」
「そういう無責任な考えをするから、純血でない人間は信用ならんのだ」
パーシバル氏の声が少し厳しくなりました。
「純血名家に生まれた者には、魔法界を守る責任がある。半純血やマグル生まれとはそこが違う」
パーキンソン家は純血主義の忠実な支持者ですが、ヴォルデモート支持ではありません。それどころか第一次魔法内戦ではバーテミウス・クラウチさんを支援し、死喰い人には敵対していました。
「それが、パーキンソン家が“例のあの人”を支持しない理由でしょうか?」
「身元も家も明らかではない男だ」
ブルドッグのような表情が険しくなります。
「出自が分からないから信用できないのですか」
「守るべき家が魔法界にないからだ」
即答でした。
「失う家も、守る墓も、次代へ渡す家名もない。そういう人間は、魔法界を壊すことにためらいがない」
「力があっても、魔法界と心中する覚悟が無ければ信用できないと」
「信用できない相手が力を持った時は、むしろ寝首をかかれる事を警戒すべきだ」
パーシバル氏は躊躇わずに言い切りました。
「純血は魔法界の中でしか生きられん。ゆえに魔法界を裏切ることはない。魔法界を裏切ることは、身の破滅と同義だからだ」
「でも、他に逃げ場のある半純血やマグル生まれは違う、と?」
「そうだ。純血主義を純血でない人間が掲げるとしたら、純血名家を利用しようという魂胆に決まっている」
筋金入りの純血主義でした。けれど、彼の考えは、純血だから優秀だという単純なものではありません。
魔法界に根を持つ者は、魔法界が滅びれば自分も困る――だから信用できる。彼にとって血統とは、能力の証明というより、責任を担保する鎖なのでしょう。
「ですが、魔法族の人口は多くありません。信用できないからといって、血統が近い者同士で婚姻を繰り返せば、どんどん虚弱になってしまうのでは?」
10年ぐらい先までの話であれば、パーシバル氏の言い分も理解できます。ですが、それを50年、100年と続けていけば、いずれ行き詰ってしまうのではないでしょうか。
かなり踏み込んだ質問なので顰蹙を買わないか多少の心配もあったのですが、パーシバル氏は退屈そうな顔で「くだらん」と言い切ります。
「――なら、その時は滅べばよい」
実にシンプルな答えでした。
「マグルや亜人の血を入れて生き延びたことろで、残るのは“かつて魔法族だった別の何か”だ。それでは他所者に乗っ取られたのと変わらん。残す意味など無い」
小太りながら迫力のある容貌が、じろりと私を睨みます。
「英語が話せて紅茶が飲めれば誰でも英国人になれる、というわけでもなかろう」
「魔法さえ使えれば誰でも魔法族になれる訳ではないと」
「どれだけ猿が知性と言語を得たところで、あくまで知性と言語を得た猿に過ぎん。人間として認めろ、という方がどうかしている」
「……なるほど」
一応の筋は通っています。筋が通っていれば極論でも肯定されるかは別問題ですが。
「グリーングラス家はいかがですか?」
私が尋ねると、オズウェル氏はちょうど娘たちの様子を眺めているところでした。ファーレイ先輩と楽しそうにダンスをしているダフネと、屋敷しもべ妖精に何やら注文しているアストリアさんの方を見つめる表情は慈愛に満ちており。
「まずは一族の呪いを解かねば。そのために必要なら、私は何でもしますよ」
こちらもシンプルな回答でした。ただ、この人の場合は日和っているとかではなく、マジで何でもやりそうな不穏さがあります。
「普通はそうだろうとも」
今度はタイタス・ノット氏が、パーシバル氏を冷たく見ながら言いました。
「この男が変わっているのだ。名家に生まれた者の義務はただ1つ、家を残すことだ」
「では、ノット家の行動原理も思想に賛同したからではないと?」
慎重に言葉を選びながら訪ねると、タイタス氏は迷いなく答えました。
「順序が逆だ。我らノット家は、思想に賛同する側ではない。思想を作る側でなければならん」
そういえば“間違いなく純血”とされた聖28一族の歴史は、カンタンケラス・ノットの著作『純血一族一覧』から誕生しました。
発表された当初は裏取りが雑で恣意的な独自研究だらけの本だという批判も多かったのですが、2度の世界大戦によってマグル脅威論が台頭していた時流を上手に掴んで支持を広げ、今や既成事実と化しています。
「ノット家の繁栄には、ノット家にとって都合のいい思想が広まるのが一番だ」
純血主義にとってノット家は生みの親にも近しい存在ですが、その当主であるタイタス氏の言葉には自分以外の全員を見下しているような響きすらありました。
「勝ち馬を育て、それに乗ろうとしたというわけですか」
「歴史は勝者が作る。家を繁栄させ続けるには、勝ち続ける必要がある」
こちらも迷いませんでした。
「名家には、敗北も、引き分けも許されん。勝たねば、緩やかに衰退していくのみ」
「引き分けも?」
フレイヤ・グリーングラス夫人が首を傾げました。
「両方に保険をかけるような、慎重さもスリザリンの美徳では?」
「計画された慎重さであれば、な」
タイタス氏は感情のない声で答えました。
「だが、他力本願で棚ぼたを待ちながら日和見を決めこんでいるだけであれば、ただの行き当たりばったりと呼ぶべきだろう」
「けれど、焦って勝者を見誤ることもあるでしょう?
「家の繁栄がかかった局面で、全てを賭けるほど愚かではない」
つまり、待ちの姿勢で勝者を見極めるより、積極的に勝ち馬を育てながら最低限の保険だけは残しておく、というのがノット家の家風なのでしょう。
(ということは、この人もやはり別の保険は用意しているんでしょうね……)
どこに、とは聞きませんでしたが。
5人とも、古い家の人間です。
しかし、考えはまるで違いました。
それでも5人は、同じ写真の前に立ち、同じ宴へ参加しています。
私は、もう一度スラグホーンという人物の写真を見ました。
本来なら出会わなかった人間を、同じ卓へ着かせる。その関係が利益を生み、恩を作り、さらに次の関係を生む。純血家の社交も、スラグ・クラブという集まりも、形は違っても同じ力を利用しています。
人と人をつなぐ力です。
「スラグホーン教授は、今どちらにいらっしゃるのでしょうか」
私が尋ねると、フレイヤ夫人は少しだけ目を細めました。
「引退して、各地を転々としているそうよ。あの方は、危険を嗅ぎつけるのが上手ですから」
「戦いに巻き込まれることを避けているのでしょうか」
「おそらくは」
写真の中で、スラグホーン教授は陽気に杯を掲げています。
「勇敢な方ではありません」
フレイヤ夫人が言いました。
「でも、人を見る目はありました」
それは、褒め言葉としては少し変わっています。けれど、今夜会った人々を見ていると、何より価値のある能力にも思えました。
◇◆◇
そのとき、庭園の外周から鋭い警報音が響きました。
青白かった妖精灯が、一斉に赤へ変わります。楽団の演奏が止まり、招待客の笑い声も消えました。
「――侵入者です!」
使用人の叫びが庭園へ響いた次の瞬間、フレイヤ夫人は両手から杖を抜いていました。オズウェル氏も穏やかな表情のまま、正門へ杖を向けます。
「生け捕りにしてかまいませんか?」
「排除が先です」
2人が正門へ急行した後、しばらくして警報が止まりました。
結界へ触れたのは、遅れて到着した魔法省の伝令だったようです。
身元確認が済むと、庭園には安堵の笑いが戻りました。
ですが、その数秒の間に、多くのものが見えました。
グリーングラス夫妻は娘たちを守るより、まず侵入者から排除しようとしました。
速やかに元凶を排除する事が、子供たちの安全を確保する最短ルートだと考えたのでしょう。安全が確保されるとすぐ娘たちのいる場所へ向かい、しっかりと抱きしめてから、怪我が無いか病院で検査するとまで言い出しています。
パーシバル氏は妻とパンジーを背後へ下げた後、パーキンソン家に仕える年老いた屋敷しもべ妖精をも庇うように先頭に立っていました。
彼にとって、家を守る責任には屋敷しもべ妖精も含まれているのでしょう。しかし、屋敷しもべ妖精には魔力を封じる枷が嵌められており、反逆も自衛も出来ないようにされていました。
ノットは近くにいたクラッブと一緒に逃げようとしていましたが、タイタス氏は息子だけを強引に魔法で自分の側に引き寄せ、目もくれず強力な「盾の呪文」を展開しました。
ヴェロニカ夫人は、すぐ近くにいたザビニの兄だけを引っ張ってテーブルの下へと避難しました。それ以外の子供たちは自力で対処できると判断したのか、それとも下手に探す方が危険だと判断したのかは分かりません。
そして、ドラコは杖を抜きませんでした。
警報が鳴った瞬間、左腕を右手で押さえ、息を止めていたのです。しかし、袖の下に何があるのかまでは見えませんでした。
確かめる前に、ドラコは人混みの中へ消えていってしまいました。
ちなみにアストリアは母親似、ダフネは養育役の屋敷しもべ妖精似ですが、両親どちらかと言われれば父親似。グリーングラス家は平日の子育ては屋敷しもべに任せて、土日祝日は両親が育てる方式なので、ダフネもアストリアも他の家よりは親に似てません。
パンジーは割と素直に父親似。
ノットは父親が自分のクローン(ノット家の模範的な嫡男)として育てたので表面的には似てるけど、本質はそこまで似てない。
ブレーズは母親似だけど母親が周囲に合わせて性格を変える性格なので、似て無いようで似てる感じ。
パンジーの父は純血主義が極まり過ぎて反ヴォルデモートな純血主義者ですが、下手な死喰い人より話が通じない人。
普通の純血主義者にとって「マグル生まれ(およびマグルの文化や技術)を受け入れる」は「狼人間に噛まれる」と同じように「受け入れると魔法族・魔法界が乱れる」と思ってるから純血主義に走ってるのであって、もし新手のウィルスとかで「マグルの血を受け入れないと滅ぶ、人狼にならないと死ぬ」とかなら普通に受け入れると思う。
パンジー父は「なら死ねい!」だから覚悟ガンギマリ純血主義おじさん。たぶんヴォルデモートも引いてる。