ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
夏休みも終わりが近づいた頃、私はハリーたちとダイアゴン横丁へ来ていました。
去年までの賑やかさは薄れ、窓に板を打ち付けた店や閉店した店も目立ちます。魔法省の注意書きが貼られ、人々も足早でした。
戦争になると景気が悪くなる。魔法界でもマグルでも、そこは同じらしいです。
そんな中――。
「……すごいですね」
通りの向こうで、紫と橙色の建物が輝いていました。
周囲が「目立たず生き残ろう」と努力する中、この店だけが「狙うならここですよ!」と全力で主張しています。
「死喰い人にも優しい案内表示ですね」
「やめてよ、縁起でもない」
ハリーが苦笑します。
店内に入ると、外の重苦しさが嘘のような大盛況でした。
花火が飛び、商品の箱が客を呼び、小さな毛玉が鳴き、どこかで子どもが笑い、別の場所では誰かが悲鳴を上げています。
「いらっしゃい!」
「愛しの弟と、その愉快な一行!」
「そして、我らがスポンサー!」
「本日ついにご来店!」
二階から揃いの紫色の服を着たフレッドさんとジョージさんが降りてきて、私を指差しました。
「「歓迎しよう!」」
ぱんぱかぱーん、と背後で花火が炸裂します。
「店内で花火を使うのはどうかと思います」
「火事になれば消火用品が売れるぞ」
「なるほど、永久機関ですか」
「ただの犯罪じゃないかしら?」
ハーマイオニーが雑にオチをつけてくれました。
一通り商品を見ていると、棚に見慣れた防具がありました。
「防呪チョッキもまだ売っているのですね」
「元祖だからな」
「伝統の商品だ」
これは私にも思い出深い商品です。
三年生の頃、双子が悪戯用に作った「盾の呪文を勝手に発動する帽子」を見て、私は護身用に改良し、『防呪チョッキ』として商品化しました。そして魔法省、とくに魔法警察で大ヒットし、その資金を元手に設立されたのが、私が名誉会長を務めるゼネラル・マギティクス社――GM社です。
今も商標と製造販売権はGM社が持ち、最近では海外にも輸出されています。
「ところで」
一通り案内されたところで、フレッドさんが声を潜めました。
「次の計画がある」
「ホグズミードに支店を出す」
店は好調。ホグズミードには空き店舗も増え、賃料も安い。しかもホグワーツ生という顧客が、毎年補充される。まさに理想の立地でしょう。
問題は――。
「治安ですね」
「そうなんだ」
今のホグズミードは安全とは言えず、双子はハリーの友人で、父親は魔法省勤め、兄たちは不死鳥の騎士団に協力。本人たちはヴォルデモートを馬鹿にする商品まで売っています。
死喰い人に嫌われる努力をしているようにしか見えません。
「母さんにも、一人ずつ店に立つのは危ないって反対された」
「そこで考えた」
「二人で足りないなら――」
「「四人にすればいい」」
――ということで。
双子が倉庫に案内し、奥にあった布をバサッと取ります。
「紹介しよう!」
「偽フレッド!」
「そして、偽ジョージ!」
倉庫の布を取ると、中にいたのは二体の巨大な白いポーンでした。
一年生の時に見たマクゴナガル先生の巨大チェスのような、人間ほどの大きさ。赤毛のカツラを被り、胸には『FRED』『GEORGE』の名札。顔だけはギリシャ彫刻のごとく妙に精巧で、暗がりで見れば双子に似ていなくもありません。そして鎧の上には、防呪チョッキまで着ています。
「「「…………」」」
ハリーは黙り、ハーマイオニーはジト目、ロンは鼻で笑いました。
「双子だから元々敵には見分けにくい」
「そこに偽物を二人加える」
「敵は四人から本物を探さなきゃならない」
「三秒で終わると思います」
「そんなに早い?」
「一秒でも長いぐらいです」
美術館や博物館に「フレッド&ジョージ像」として展示するとかであれば話は別ですが、影武者としては壊滅的です。
「でも性能はすごいぜ!」
フレッドさんが巨大ポーンに命令すると、それは彼の後をついて歩き始めました。曲がれば曲がり、止まれば止まる。
「これだけじゃないぞ」
ジョージさんが不意に、軽い攻撃呪文を放ちました。
「ステューピファイ-麻痺せよ!」
赤い閃光がフレッドさんに飛んでいき、命中する直前――。
スーッと、
ぱんっ。
防呪チョッキが光り、呪文を弾きました。
「……おや」
追尾。攻撃の検知。本人の代わりに攻撃を受ける。ただのカカシでは無いようです。
私は、ふと思ったことを言いました。
「これ、影武者よりボディガードにした方がよくないですか?」
「というと?」
「四体くらいで護衛対象を囲うんです。一体が攻撃を受けても、他は位置を維持して次の襲撃に備える」
「赤毛は?」
「外しましょう」
二人が少し悲しそうな顔をしました。
何故そこだけ惜しむのでしょう。
私は巨大ポーンを見上げます。
「……もっと増やせば、人だけでなく店そのものも守れますね」
入口、裏口、店内、倉庫。
十体。二十体。もっと増やせば――。
「賢者の石を守ってた、マクゴナガル先生の巨大チェスみたいに?」
ロンが言いました。
「あなた、たまには良いことを言いますね」
「最近みんな僕に当たり強くない?」
ですが、その通りです。
あの巨大チェスは誰かが遠隔操作していたわけではありません。駒たちは役割を与えられ、盤面を把握して自律的に動いていました。
それを勝負ではなく警備に使う。巡回し、異常を検知し、攻撃されれば防御する。人間ではないから疲れず、怖がらず、壊れても死なない。
「ふふふ」
私は巨大ポーンを見て微笑みました。
――これは売れます。
◇◆◇
善は急げです。私はすぐにGM社へ向かい、経営者であるジェマ・ファーレイ先輩とペネロピー・クリアウォーター先輩に説明しました。
「技術的には可能かな」
借りてきた偽フレッドをしげしげと眺めながら、ペネロピー先輩は冷静に分析しました。
「ただ、それなりに大量生産しないと採算は微妙かも」
「そうなんですか?」
ペネロピー先輩は頷きました。
「うん。コストがかかるのは巨大チェスより、どんな動きをするかのプログラムとかシステム構築だから」
「典型的なスケールメリット案件ということですか」
「……あるかも」
途中まで黙って聞いていたファーレイ先輩が、ふと声を上げました。
「こういうの、大量に買ってくれそうなとこ」
「どこですか?」
「アズカバン」
ファーレイ先輩が真顔で言いました。
「この前マーカスと飲んだ時、アズカバン勤務がキツすぎるって愚痴ってたんだよね」
「フリント先輩が?」
「そうそう。長時間労働でもパワハラでも“いつか殺す”って息巻いてたマーカスが弱ってたぐらいだから、よっぽどだと思う」
深呼吸してから、ファーレイ先輩の目つきがビジネスマンのそれに変わりました。
「――これ、売ろう」
先輩の目が、経営者のものに変わりました。
**
それからGM社の動きは迅速でした。
すぐさま緊急プロジェクトチームが発足し、技術部を率いるペネロピー先輩が、制御術式、安全性、汎用化、量産体制を担当。営業部を率いるファーレイ先輩は市場調査、事業評価、営業、資金調達を。法務と特許は顧問弁護士である、私のお母さんに任せます。
もちろん、双子にも相応のアイデア料を支払いました。
金額を見たフレッドさんは、三回も数え直してから。
「ジョージ」
「何だ?」
「もっと失敗作を作ろう」
こうして追加資金を得た二人は、後にホグズミード二号店を開くことになるのですが、それはまた別の話――。
◇◆◇
このことをファーレイ先輩がフリント先輩に話すと、反応は予想以上でした。
「もし本当に使えるなら、必要な情報はすぐ渡す。上にも俺から話す」
とのこと。
「よっぽど嫌なんでしょうね……」
「手当は多いらしいけど、病む職員も多いって」
こうしてフリント先輩の取り次ぎで、私たちは魔法法執行部のパイアス・シックネス副部長との商談にこぎつけました。
「とにもかくにも、人手不足で困っておりまして」
広めの会議室に現れた、シックネス副部長は疲れた顔で説明しました。
吸魂鬼の離反後、アズカバンの警備は魔法警察が担っています。もともとアズカバンには、凶悪犯を収容するだけでなく、吸魂鬼を外へ出さない役割もありました。
ヴォルデモート側についた吸魂鬼を再捕獲しても、滅ぼす方法がないため、専用区画に収容して見張るしかありません。つまり、魔法警察が死喰い人と吸魂鬼の両方を見張っているのが現状。
「アズカバン勤務で心身の不調を訴える職員も多い。おまけに凶悪犯や吸魂鬼を監視する以上、腕のいい魔法使いほど必要なのです」
「優秀な人ほどアズカバンに取られ、その人が病んだり辞めたりする」
「……その通りです」
「街を守る警官も減る」
「その通り」
「死喰い人と戦う警官も減る」
「その通りです!」
少し声が大きくなりました。
困っていますね。
良いことです。
もちろん困っていることが良いのではありません。明確な需要があり、私たちが解決できそうなのが良いのです。
「では、本日の本題ですが――」
私は立ち上がり、マグルのテレビに出てくるセールスマンのように両手を広げました。
「こんなお悩み、ございませんか!」
「……今、話していたが」
細かいことは気にしてはいけません。大事なのは様式美です。
「優秀な警官をアズカバンへ回したくない! でも囚人は見張らなければならない! 吸魂鬼の近くで働けば気分は沈み、しかも24時間365日、誰かが必要!」
「その通りだが――」
「そんなあなたに!」
私はビシッと巨大なシートを指しました。
「本日ご紹介するのはこちら! GM社が自信を持ってお届けする、新時代の警備員――魔法チェス・ガードマン!」
私の紹介と共に、ファーレイ先輩がシートを外すと、中から人間サイズの魔法使いのチェス駒が現れました。
ぱちぱちぱち~、とペネロピー先輩は横で拍手をしています。白いノースリーブのブラウスと黒のタイトミニスカを着たファーレイ先輩は、ニッコリと微笑んでモーターショーのコンパニオンのようなポーズで商品をアピールしています。
「まずはこちらをご覧ください!」
最初に、魔法チェス・ガードマンをじっくりと見せます。
「この愛らしいフォルム!」
「愛らし……い?」
魔法チェス・ガードマンは、中世の甲冑に覆われた騎士のような見た目をしていました。
「しかし見た目に騙されてはいけません! この、今アズカバンが必要としている機能をぎゅっと詰め込みました!」
私は腕をグッと握りしめるジェスチャーと共に、自信たっぷりにセールストークを展開します。
「まず、眠りません!」
「ほう」
「魔法で攻撃されても防呪術式で耐えます!」
「ほう?」
「剣やクロスボウによる攻撃も可能!」
「……ほう」
「そして給料を要求しません!」
「素晴らしい」
食いつきました。
「それだけではありません! 吸魂鬼の近くで働いても――落ち込みません!」
「おお!」
「死喰い人に買収される心配もありません! お金を使いません!」
どんどん畳みかけていきます。
「脅迫には?」
「屈しません! 家族も心もありません!」
「職場への不満は?」
「ありません!」
「昇進要求は?」
「ありません!」
「ストライキは?」
「起こしません!」
「なんだ、この理想の部下は」
シックネス副部長の目が輝いてきました。
「ですが、たった一体でどこまで守れるのか? そう思いますよね?」
「あぁ、そうだ」
「ご安心ください!」
目で合図をすると、ペネロピー先輩が検知不可能拡大呪文のかかったブリーフケースから複数の魔法チェス・ガードマンを出しました。
「魔法チェス・ガードマンは複数体が連携! 一体で駄目なら二体! 二体で駄目なら六体!」
「力技だな」
「数は力です!」
六体が囚人役を包囲。囚人役が一体を破壊しても、残りが即座に陣形を組み替え、逃げ道を塞ぎます。
「なんと、味方の犠牲にもひるまず、自動で陣形を再構築!」
「素晴らしい!」
完全に乗ってきました。
「しかもですよ、副部長」
私は少し声を落とします。
「今、アズカバンへ派遣している警官が戻ってきたら?」
「街へ回せる」
「死喰い人捜査にも?」
「回せる」
「護衛任務にも?」
「回せる」
「……なるほど」
シックネス副部長は顎に手をやりました。
「副部長、あなたが買うのはチェス駒ではありません」
私は言いました。
「魔法警察を、アズカバンから取り戻す未来です!」
横を見ると、ファーレイ先輩が笑顔で親指を立てていました。ペネロピー先輩は苦笑いしながら、紙を一枚取り出してシックネス副部長に渡します。
「あ、こちらが仕様書と見積書になります」
シックネス副部長は渡された資料をじっくりと眺め、深呼吸してから再び私の方を見ます。
「性能は分かった。確かに魅力的だ。職員たちも喜ぶだろう」
「はい」
シックネス副部長は正面から私と目を合わせました。
「――でも、お高いんでしょう?」
私は待ってましたとばかりに身を乗り出しました。
「そう思いますよね」
やはり、皆さん気になるのは値段。ですが、もちろん抜かりはありません。
「ところが!」
私が合図すると、ペネロピー先輩が次々と資料を置きます。
「現在のアズカバン警備に必要な人件費、危険手当、交代要員、治療・休職費用」
そして最後の紙。
「これらを含めて一定期間運用した場合、魔法チェス・ガードマンの方が最大15%ど安く済みます!」
「本当に?」
「本当です。減価償却、整備、交換部品まで再計算済みです」
そこだけはペネロピー先輩が真顔でした。
シックネス副部長が資料を何度も確認します。
「確かに安い……」
「さらに今回は、一定数以上をまとめてご契約いただければ、期間限定の割引価格!」
「なんだと?」
「そしてそして――初回契約分に限り、制御術式設定費用を一部GM社負担!」
「おお!」
「さらに契約後一年は、不具合による修理代も不要です! 三営業日以内に、すぐ新品と交換いただけます!」
「なんとっ!」
シックネス副部長が完全に前のめりになり、そして。
「……何体からだ?」
契約は成立しました。
――そんな感じで、GM社は無事に魔法省から大口契約を獲得しました。
そして私がホグワーツ行った後、量産体制の整った魔法チェス・ガードマンはアズカバンへ本格配備されたそうです。
結果は上々で、アズカバン勤務の魔法警察は大きく減り、ダイアゴン横丁や死喰い人の捜査へと人員を戻すことができました。職員の精神的負担も軽減され、GM社にも多額の契約金が入って株価は急上昇、グリンゴッツ銀行も金庫警備用に興味を示しているそうな。
業績報告書を受け取った私は、とても満足していました。
「やはり、売れるものですね」
良い商品というものは。
正しい顧客へ。
正しい方法で。
正しく売れば。
ちゃんと売れるのでしょう。
◇◆◇
――それから、少し後。
ゲラート・グリンデルバルドは、アズカバンの石造りの廊下を歩いていた。
目的は、捕らえられた死喰い人への尋問だ。
案内役はマーカス・フリントだった。
「本当にチェス・ガードマン様さまですよ」
かつて人間の看守が立っていた場所を、今は何体もの石の騎士が巡回している。
休まず、恐れず、ただ黙々と。
「前はそんなに酷かったのか?」
「酷いなんてもんじゃないです。吸魂鬼の近くで一日働くだけで、みんな顔色が悪くなる。しかも腕のいい奴ほど、本当は街や現場に欲しいんですよ」
前方で扉が開き、鎖につながれた囚人を8体の魔法チェス・ガードマンが囲んで連行していく。吸魂鬼の牢の前を通っても、当然、顔色一つ変えない。
「人間の看守は?」
「最低限です。指揮所と緊急対応用だけ」
人間の看守は吸魂鬼の影響を受けない監視塔から、各所に配置された監視用両面鏡や監視用ドローン・スニッチで内部を確認しているという。
「しかもジェマの話じゃ、次はもっと減らせるみたいですよ」
「どういう意味だ?」
「通信魔法を改良して、遠隔操作と自動化を進めるだとか何とか。異常がなければ勝手に巡回、配置変更、警報。オレたち魔法警察は、それを離れた場所で見てりゃいい」
グリンデルバルドは少し歩みを緩めた。
「アズカバン以外でも動くのかね?」
「そりゃあ、地図と命令を入れれば、どこでも」
「何体までだ?」
「そこまでは知りませんよ。ジェマは“グリンゴッツや海外にも売りまくる!”って調子に乗ってましたけど」
グリンデルバルドは、扉の両脇に立つ魔法チェス・ガードマンを見た。
恐怖を知らず、疲れを知らず、壊れるまで屈しない。
一度命じられれば、文句も言わず、ただ命令を遂行する。
「便利だな」
「でしょう?」
マーカス・フリントが笑い、グリンデルバルドも笑った。
――ただし。
二人が見ていたものは、少し違っていた。
「……ああ」
グリンデルバルドは唇の端を歪ませ、甲冑の隊列へと目を向けた。
「実に、便利だ」
「魔法使いのチェス」とかいう、1巻から出てる謎にハイスペックな魔法道具。駒が生きてるように動いたり魔法使いに勝手にアドバイスしたり、マクゴナガルが巨大化させた魔法チェスにいたっては、恐らく無理やりハリー達が突破しようとすれば襲いかかってくる(チェス以外の動きや命令も組み込める)模様。
子供の頃、映画版1作目に出てた魔法使いのチェスがカッコ良すぎたので、スタジオツアー東京で実物大を目にした時はテンション上がりまくってました。