ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
今年もまた、新学期が始まります。私はいつものようにホグワーツ特急に乗り、ロンドンを離れて北へ向かっていました。
ただし、去年までとは少し違うこともあります。
「ドラコ、まだ戻ってこないの?」
「パンジーも一緒だから大丈夫だろ」
クランベリーナをごくごくと飲むダフネの隣で、ミリセントが蛙チョコレートの包みを開けました。
「だからだよ。パンジーも感情移入し過ぎて、“わァ……ぁ……!”みたいな感じにならないかなって」
「安心しろ」
ノットが真面目な顔でダフネを宥めます。
「クラッブとゴイルもついている」
「正直いらない」
「ただ側にいてほしい時だってあるんじゃないですか」
隣でお菓子のドカ食いしてる姿しか想像できませんが、いつかきっと誰かの役に立つかもしれません。
「しかし、あいつらも仲いいよな」
「もう付き合っちゃえよ」
ミリセントが言うと、けらけらとブレーズ・ザビニが茶化します。
整った顔立ちに、灰色の瞳と浅黒い肌。波打つ黒髪はワックスで無造作に整えられ、派手なタトゥーに銀ネックレスという、ワルっぽい雰囲気。見た目通りのプレイボーイですが、それだけに察しも良く、うまいこと場の空気を回してくれるところもあります。
「てか、ノットこそ大丈夫なん? サリー・アン・パークスと別れたって聞いたけど」
「今思えば、そもそも付き合ってたかどうか怪しい」
ジャンプしようとした蛙チョコを捕まえて、ノットが一口かじりました。
「普通に、イレイナみたいな女子の友達と雑談したり食事するのと変わらなかった」
「サリーちゃん的には付き合ってたんだろ。たしかあの子、仲良い男友達はいなかったっぽいし」
「――失礼しまーす!」
その時、コンパートメントの扉が開いて、3つ下の後輩であるマファルダ・プルウェットさんが入ってきました。
「ホラス・スラグホーン先生から、昼食へのご招待でーす」
封筒を4つ取り出して、私、ダフネ、ミリセント、ザビニの順に手渡していきます。
「俺の分は?」
「ノット先輩の分は無かったす」
「あからさまな死喰い人差別を感じる……」
「まぁ、ぶっちゃけ反社ですし」
身も蓋も無い言い方をするマファルダさん。
ちなみに彼女、父親が名門プルウェット家出身のスクイブで母親がマグルという複雑な出自のためか、入学当初はスリザリン寮でそれなりに苦労したそうです。そこから努力とコミュニケーションを重ねて成績優秀者にのし上がったこともあり、言葉には13歳の少女らしい棘がありました。
「あんまりよく知らない人で親族が反社なら、普通に関らないのが正解だと思いますけど」
「おっしゃる通り過ぎるが、肩身が狭いな」
ノットがぼやくと、窓際の方でアイライナーを塗っていたトレイシーが口をはさみました。
「てか、親が反社で困ってて仲悪いなら、家出とかすればいいじゃん」
「幸か不幸か、衣食住は充実してる」
「それは悩むね」
「卒業までの辛抱だ」
「いいの? 貴重な青春時代だよ~?」
***
スラグホーン先生に招待されたコンパートメントは、少し窮屈でした。
すでに何人もの生徒がおり、その中にはハリーとジニー、ネビル、カロー姉妹のように見知った顔も少なくありません。そしてスラグホーン先生本人は人懐っこい笑顔を浮かべて、皆と丸テーブルを囲んで満足そうに満足そうに座っています。
「おお、来たかね!さあ、入りたまえ、入りたまえ!」
私たちが適当に席へ座ると、すぐに料理が用意されました。雉肉サンドイッチにチェリーパイ、ロールパンとサーモンベーグル、パイナップルの砂糖漬け、杖型甘草飴と、ちょっとした宴会のようです。
「いやあ、こうして若い才能に囲まれるのは実に良いものだ!」
スラグホーン先生は上機嫌でした。ビロードで覆われた大きなお腹は存在感抜群で、テカテカの禿げ頭と巨大な銀色の口髭が、日の光を受けてチョッキの金ボタンぐらい輝いています。
「ホグワーツへ戻ってきた甲斐があるというものだよ」
前に会った時と同じ、やはり先生は何かに秀でた人間というものが好きなようでした。
例えば、ハリーには本人と両親の話。ネビルにはロングボトム家の話、ジニーには魔法の腕について、ダフネにはグリーングラス製薬のこと、そして私にはお母さんのこととGM社のこと。
それから、ブレーズ・ザビニにも順番が回ってきました。
「さて、ブレーズ。お母上はお元気かな?」
ザビニは爽やかな笑顔を浮かべました。
「ええ、元気ですよ。元気すぎるくらいです」
「そうか。いや、先ほど駅のホームで姿を見たものでね。ヴェロニカと……」
スラグホーン先生が少し言いよどむと、ザビニはあっけらかんと笑いました。
「新しい彼氏のことですか?」
「あ、あぁ。やはりそうだったのか。たしか、8人目だったかな?」
ザビニはにこやかに微笑んだまま首を振りました。
「彼氏は4人目ですよ。全員、生きてます」
最後の言葉に、先生が一瞬黙りました。
「いや、すまない。そういう意味では……」
「あんまり気を遣わないで大丈夫ですよ、先生。むしろ変に気を遣われるより、サクッと聞いてくれた方が気が楽です」
ザビニの母親――ヴェロニカ・ザビニさんはちょっとした有名人でした。息子にも受け継がれた美貌は歳を重ねても衰えることはなく、そして何より7人いた夫が次々に変死しており、入ってきた保険金で裕福な暮らしをしているからです。
それを聞いたコーマック・マクラーゲンさんが身を乗り出しました。
「おい、本当に7人とも変死したのか?」
「まぁな」
ブレーズは軽く答えました。
「全部事故とか?」
「色々だよ」
「色々ねぇ」
スラグホーン先生はやれやれといった表情で苦笑しました。
「たしかにヴェロニカの人生は、それだけで本が一冊書けそうだからね」
「本人は演劇にするって言ってましたよ。自分が演じれば売れるとか言って」
「本気かね? いや、しかし、たしかに彼女ほどの美貌ならば……」
「“ババア無理すんな”って言ったら、毛虫の雨を降らされました」
「ははっ、実に彼女らしいな!」
先生が大笑いしました。
それからブレーズはミートパイを一つ取り、マクラーゲンさんの方を見ました。
「言っとくけど、最初の2人はあれだ。お家の事情ってヤツ」
「家の事情?」
マクラーゲンさんがサンドイッチを食べながら聞き返します。
「なんだそりゃ」
「母さんの実家、昔はかなり傾いてたらしくてさ」
ブレーズの口調は変わりません。
「爺さんの命令で、最初の相手は爺さんの友達の金持ちジジイ。その次が龍痘末期患者の資産家。2人とも、長くないのは最初から分かってた」
「……政略結婚ですか?」
私が聞きました。
「もともと母さんはマグルの愛人に産ませた子だったらしいからな。爺さんの正式な嫁は、抜け目なく純血のお嬢様もらってたらしいけど」
少しだけ、空気が静かになります。
「そんで母さんが死にかけのジジイやら病人の介護して相続した金で、本家の連中は遊び放題ってわけだ。法律的には母さんの金だけど、逆らったり逃げたりしないよう、爺さんはノクターン横丁を牛耳ってたギャングとまでつるんでたらしい」
一応、ザビニ家は死喰い人では無かったらしいのですが、下手な死喰い人よりも真っ黒でした。
「では、お母さんは……」
「最初は“仕事に好きも嫌いもないし”って諦めて、そういう家業だと思って割り切ろうとしてたらしい」
「結局、どうなったんですか?」
「飼ってた犬を殺されたとかでキレて、逆にノクターン横丁を牛耳ってたギャングのボスの女になった」
「ロックだな」
ミリセントが感心したように口笛を吹きます。
そしてギャングのボスも「おもしれー女」だと思ったのか、あるいはヴェロニカ夫人が相続した遺産が目当てだったのか。真相は分かりませんが、いずれにせよ3人目の夫はそのボスだったそうです。
「とりま、一番上のねーちゃんが生まれたのがその時だって」
ダフネが眉を上げました。
「じゃあ、実家からも自由になったし、そこからは恋愛結婚?」
「たぶん」
「なんで疑問形?」
ザビニは首を傾げました。
「いやほら、敵グループとの抗争とか、魔法警察と撃ち合ったりとか、若頭のクーデターとか色々あるじゃん。ああいう世界って」
「ホントにそういう世界ってあるんだ……」
さすがにここまで詳しくは聞いたことが無いらしく、ダフネが目を丸くします。
「じゃあ4人目の夫って……」
「争ってた敵グループのボス」
「5人目は?」
「そいつが魔法警察の掃討作戦で蜂の巣になって、昇格したボスの腹心」
「6人目」
「下剋上狙ってた若頭」
随分と軽い口調ですが、普通に映画一本ぐらい作れそうな濃さです。
「では、6人目のお父さんは?」
「死喰い人とトラブル起こして、ベラトリックス・レストレンジに組ごと潰された」
「7人目は?」
「ベラトリックスから俺たち女子供を庇ってくれた死喰い人」
「その人はどうなったの?」
それから、ザビニは呆然としながら聞いているハリーの方を見ました。
「“例のあの人”が消えてから逮捕されて、アズカバンで吸魂鬼にキスされたらしい」
冗談めかすようにグラスを掲げます。
「今でも6人目と7人目は毎年お参りに行ってるから、その時期は辛いことばかりじゃなかったっぽいけど」
「ままならないものですね……」
その死喰い人もヴォルデモート消失後に「一族の恥」としてトカゲの尻尾切りのように実家から勘当され、遺産はヴェロニカ夫人が相続したそうです。
結果だけみれば多額の資産を手に入れ、勝ち馬に乗り続けて、自分も子供たちも守りきり、実家や裏社会から足も洗えたわけですが、同じ人生を歩みたいと思う人はいないでしょう。
割と微妙な空気になったのを変えるように、ダフネが明るい声を出しました。
「でも、そっからは普通の恋愛なんでしょ?」
「一応な」
ザビニが頷きました。
「普通の男じゃ物足りなくなったのか、物騒な仕事の人は多いけど」
「例えば?」
ミリセントが身を乗り出します。
「ドラゴン使い」
「うーん」
「闇祓い」
「それも危ない」
「人狼」
「待て待て」
「ノクターン横丁のバーテン」
「戻ってくるなし」
サケの帰巣本能みたいになってきました。
「せめてドラゴン使いか闇祓いで妥協しなよ」
ダフネが言うと、ザビニは肩をすくめます。
「母さんもそう言ってた」
「じゃあ何で?」
「好きだから?」
「強いなあ……」
ダフネが感心しています。
感心するところでしょうか。
「いやいや! 今度のボーイフレンドとは長続きするといいね」
スラグホーン先生が鷹揚に言いました。
「ちなみに、今のボーイフレンドと君は仲がいいのかね?」
「普通ですよ」
ブレーズが答えます。
「こっちも慣れてきましたし、向こうも子育てするわけじゃないですからね」
「ほう」
「たまに変な土産くれます」
「どんな?」
私が聞きます。
「去年は噛みつく財布」
「嫌がらせでは?」
「本人は盗難防止だって」
「誰から財布を守る前に、所有者が噛まれませんか?」
「三回くらい噛まれた」
「捨てましょう」
また笑いが起きました。
そこでスラグホーン先生が、少し身を乗り出します。
「しかし、君もお母上によく似てきたように思うがね」
「そうですか?」
「人当たりが良い。顔が広い。それに――」
先生は目を細めました。
「慣れるのが早い。いや、運命を受け入れるのが早いというべきか」
ブレーズが少し考えます。
「まあ、影響は受けてますよ。母さんの周り、色んな人がいましたし」
否定はしませんでした。
「人それぞれ違う地獄があるとか、人を変えるより自分を変えた方が早いとか、そういうのは覚えたかな」
「お母様から教わったのですか?」
「いや」
即答でした。
「母さんから“私みたいになれ”なんて言われたことは一度もない」
「そうなのですか」
「親だからって子供の人生まで責任取れないから、好きにしろって」
「なかなか厳しいですね」
今度はネビルが質問しました。
「じゃあ、似たのは偶然なの?」
「偶然っていうか」
ブレーズは少し考えました。
「身近に成功してる大人がいたら、そりゃ真似するだろ。少なくとも、使えそうなとこは」
たしかに、ザビニ家は普通の家庭ではありませんでした。けれど、母親について語るザビ二を見る限り、意外に親子仲は良さそうです。少なくとも、世間で噂されているような、陰惨な家庭では無いのでしょう。
「ところで先生」
ブレーズが言いました。
「オレが今日ここに呼ばれたのって、やっぱり母さん枠?」
「はっはっは!」
スラグホーン先生が笑います。
「最初はね!」
「最初は?」
「入口は何でも構わんのだよ、ザビニ君」
先生は指を一本立てました。
「親でもいい。家でもいい。偶然でもいい。私が興味を持つきっかけなど、何でもいいのだ」
そして。
「その後で、本人が面白ければ残る」
ブレーズが少し目を細めました。
「ふぅん」
「君は十分面白いよ」
「母さん抜きで?」
「もちろん」
ブレーズは笑いました。
「それは光栄です」
そう言う顔は、ほんの少しだけ――さっきまでより嬉しそうでした。
***
「で?」
コンパートメントへ戻ると、ノットが本から顔を上げました。
「どうだった?」
「ザビニの母ちゃんの話で半分終わった」
ミリセントが答えます。
「半分は言い過ぎだろ」
「三分の一くらい?」
「それでも多いだろ」
端から聞こえて来た声は、ドラコのものでした。
窓際に座る彼の隣には、パンジーもいます。
「またヴェロニカ夫人?」
パンジーが呆れました。
「またって何だよ」
「あの人の話、だいたい長くなるじゃない」
「オレの責任じゃねーよ」
「なに? ブレーズのママの話?」
「聞きたーい」
トレイシーやソフィたちまで興味を持ってきたので、ザビニが先ほどの話を簡単に説明します。
黙ってそれを聞いていたトレイシーたちですが、やがてノットが本を閉じて。
「羨ましい」
真顔で言いました。
「七回結婚するところ?」
「あぁ」
「ノットってさ、割と欲望に忠実だよね」
ダフネが呆れたように言うと、ノットは続けました。
「家を押し付けられないところもだ」
少しだけ、空気が止まりました。
ノット家は、何かと教育が厳しいことで有名です。良い成績を修め、良い会社に入り、良い地位まで出世し、良い身分の人と結婚する――と、ザビニ家よりもずっと真っ当な人生を送っています。あるいは、
「うちは兄弟姉妹も多いからな」
ザビニが言いました。
「オレが継がなくても誰かいる」
「いいな」
「そこまで?」
「そこまで」
すると、ドラコも小さく頷きました。
「自由はあるだろ」
それは誰に向けた言葉なのか、よく分かりません。
ただ、ドラコは笑ってはいませんでした。
ザビニもドラコをまじまじと見て、ほんの少しだけいつもの笑顔が薄くなります。
けれど、すぐ元に戻って。
「自由過ぎるのも困るぞ」
「どこが?」
パンジーが聞くと、ザビニは肩をすくめます。
「去年は母さん、オレが何年生か間違えてた」
「それは単に歳とっただけじゃない?」
家族の形は、色々です。
これは後で本人から聞いた話ですが、昔のザビニはマルフォイ家が少し羨ましかったそうです。
ナルシッサさんはいつもドラコを気にかけ、ルシウスさんも息子の教育や将来のことに熱心でした。気持ちは分からないでもありません。
対して、ヴェロニカさんはかなり放任主義です。
子供がいても何人ものボーイフレンドと付き合い、その合間にできる範囲で子育てをして、難しければ金を渡して解決させる。けれど、子供たちに対して明るく、よく冗談を言って笑わせ、時おり愚痴も言う。母親というより、年の離れた姉のような存在だったと。
そしてマルフォイ家とは逆に、やりたいことは止めず、早く親離れするよう促すような教育方針は、幼いザビニにとって少し冷たくも映ったそうです。
しかし今、ノットとドラコが家族の件で追い詰められていても中々捨てられないのを見て、少しだけ考えが変わったそうです。
自分の母親は若い頃、家のために結婚させられた。
子供と自分が生き残るために、次々に夫を変えた。
ひょっとしたら自分の子供には、同じことをさせたくなかったのかもしれない――と。
◇◆◇
夕方、私たちはホグワーツへ到着しました。
今年も大広間には蝋燭がいくつも浮かび、壁には4つの寮旗が掲げられ、長テーブルには美味しい食事があり、新入生の組み分けを見守ります。
そして入学式の最後に、ダンブルドア校長が立ち上がりました。
「さて、今年度の教職員について2点知らせておこう」
大広間が静かになります。
「まず、ホラス・スラグホーン教授が魔法薬学教授として復帰してくださった」
パラパラと拍手が起こった――直後。
「えっ、魔法薬?」
「うそ!?」
「いま魔法薬って言ったよね?」
聞き間違えたのではないか、という声が広間のあちこちで響きました。
「それに伴い――」
不審そうなガヤガヤ声にかき消されないよう、ダンブルドア先生は声をあげて続けました。
「セブルス・スネイプ教授には、今年度より――『闇の魔術に対する防衛術』を担当していただく」
本作のスラグホーンがザビニとその母親を気に入ってるのは、切り替えの早さというか、「転んでもタダでは起きない」メンタリティです。
悪役令嬢ものとかだと側室とその娘が男を手玉にとって本家に酷い仕打ちを・・・みたいなのがチラホラありますが、本作の純血名家は合理的に「正室は家柄の良い純血出身、側室はルックスの良い半純血やマグル出身」なので、思想とは別に日常レベルでこういう慣習も純血主義を助長させてそう。
本作のザビニ母、普段は妖艶な美魔女だけどキレると元ヤンが出たりするので、歴代の彼氏や息子からも内心「おもしれー女」だと思われてるイメージ。
参考にしたのはカテリーナ・スフォルツァとか、その辺りの「愛人の子で政略結婚させられたけど、逆手にとってのし上がった」系アクティブお嬢さま。