ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
はじめてのスネイプ先生による「闇の魔術に対する防衛術」は、私たちの期待を裏切らないものでした。
この授業は担当者が変わる度――つまりは毎年なのですが――その先生のセンスで、教室が大きく様変わりします。
1年目のクィレル先生は、とにかく教室中が強烈なニンニクの匂いに包まれており。
2年目のロックハート先生は、やたらと自画自賛するような自分のグッズで埋め尽くされ。
3年目のルーピン先生は、空き教室と間違えそうなほど殺風景で必要最低限の物しかなく。
4年目のムーディ先生は、ありとあらゆる防犯グッズや武器が山積みにされ。
5年目のアンブリッジ先生は、教科書と黒板という「ふつうの教室」といった感じで。
「今年はどうなると思います?」
教室に向かう途中、私が聞くとダフネ、ミリセント、パンジー、トレイシー・デイビスにソフィ・ローパーさん、リリィ・ムーンさんさんがそれぞれの予想を口にします。
「カーテンとか全部閉め切ってそう」
「わかる。しかも、あえて蝋燭とか少なめで薄暗いやつ」
「グロい呪いの絵とかもあるんじゃない?」
「低学年男子が喜ぶやつだ」
「無駄にキモい魔法生物の剥製とかもありそうよね」
「どっちかというとホルマリン漬けな気がする」
言いたい放題でした。
さらに恐ろしいことに、大体その通りでした。
**
「……逆にここまで予想通りだとビビるな」
「いっそ、そういうテーマパークだとでも思っておけばいいんじゃないか?」
ミリセントの言葉に、私たちの隣に座ったシェーマス・フィネガンさんが話しかけてきました。
「よっ、今年もよろしく!」
「あ、シェーマス君も受かってたんだ?」
ダフネが質問すると、シェーマスの隣にいたディーン・トーマスさんが答えました。
「実技で、爆発呪文の点が良かったんだってさ」
「あー、そういえばDAで頑張ってたもんね」
DAで一緒に練習した生徒もおり、他にも色んなクラブで一緒に過ごしたり、バイト先が一緒だったり、人によっては付き合ってたりとか、そんな感じで6年も過ごしていたのです。来年には就活で職場が一緒になったり、取引先で一緒に仕事を過ごしたり、職場の先輩が違う寮出身ということもきっとあるでしょう。
というわけで「例のあの人」再登場という不穏な社会情勢はあるものの、集団レベルでグリフィンドールとスリザリンが仲違いするようなことは特に起こっていませんでした。
やがてハリー達も部屋に入ったあたりで、教室の扉が勢いよく閉まりました。それまで散々スネイプ先生に対して好き放題言っていた生徒たちも、ご本人が現れた途端にピシッと姿勢を正します。
「まずは吾輩が話をする。充分に傾聴するのだ」
長い黒ローブを引きずるようにして教壇へ向いながら、スネイプ先生は話し始めました。
「諸君はこれまで5年間、闇の魔術に対抗するための呪文を、個別に教えられてきた」
教壇の前で立ち止まり、低い声で続けます。
「盾の呪文、武装解除術、失神呪文……何かひとつ呪文を覚えるたび、諸君らは自分が以前より安全になったと思い込んできたことだろう」
先生の暗い視線が、教室をゆっくりと横切ります。
それから私のところで、わずかに止まりました。
「だが、呪文を知っていることと、戦えることは同じではない」
杖が一振りされ、黒板に白い文字が浮かび上がりました。
1.
2.
3.
4.
「今年、諸君には個々の呪文だけでなく、決闘における4つの主要な流派を学んでもらう」
スネイプ先生は生徒たちに向き直ります。
「決闘とは本来、単に強力な呪文を連発すればいいというものではない」
頭の中に「アバダケダブラ」の連射ゴリ押しで押し通っている例のあの人が思い浮かんだのですが、名前を言ってはいけません。何事にも例外はあるのでしょう。
「諸君も知っての通り、ある呪文と別の呪文の間には相性の良し悪しがある」
例えば「インセンディオ-燃えよ!」は便利で強力な呪文ですが、「アグアメンティ-水よ!」に対して不利です。
「また、呪文には系統がある。変身術や呪文学といった区分はもちろん、爆発呪文や防御呪文には多くの派生型があることで知られている」
爆発呪文と一口に言っても「エクスパルソ-爆破」と「コンフリンゴ-爆発せよ」と「ボンバーダ-砕けよ」のようにいくつか種類があります。
エクスパルソとコンフリンゴは杖から発射した呪文が着弾すると爆発するタイプで、前者は連射性に優れ、後者は威力が大きい、といった特徴があります。
一方でボンバーダは厳密には「レダクト-粉々」の派生形であり、対象を直接爆発させられるので初速に優れるのですが、その分だけ素の威力は控えめで戦闘時には強化版の「ボンバーダ・マキシマ-完全粉砕」を使うことが多い、など。
そして変身術や呪文学などに得意不得意があるように、呪文ひとつをとっても得意不得意があるため、得意な呪文の系統や派生型を学ぶ方が効率よく強くなれるのです。
「呪文の組み合わせによる相乗効果のような、戦術の組み立ても不可欠だ」
例えば私の得意戦術のひとつに、「エイビス-鳥よ」で出現させた小鳥の群れに「ジェミニ-そっくり」を重ね掛けして数を増やしてから「オパグノ-襲え」で攻撃する、というものがあります。
スネイプ先生が説明を続けました。
「これらは強さの段階ではない。サラマンダー流よりウンディーネ流が優れているという意味でも、ノーム流がシルフ流に対して相性の良さで絶対に押し切れるという意味でもない」
それから杖先が、最初の文字を指しました。
ウンディーネ流――別名:精密決闘型。
「一対一の決闘において、相手の癖、視線、姿勢、呼吸、杖の角度、攻撃の順序を読み、誤った判断を誘い、最小限の手数で決着させる型だ」
黒板に細い二本の線が現れました。一方が攻撃すると見せかけて止まり、もう一方が反応した瞬間、その空いた方向を別の線が突き抜けます。
「本質は、個を読むことにある」
スネイプ先生は言いました。
「敵の魔力量が自分より多くとも、呪文の威力が強くとも、攻撃する瞬間と場所が読めれば対処はできる。相手に、自分が安全だと思わせる。攻撃が成功したと思わせる。こちらが追い詰められたと思わせる。そして相手が自ら隙を作った瞬間に、急所を突く」
その言葉とともに、先生の視線がスリザリン側へ向きました。
多くの生徒が、少しだけ背筋を伸ばします。
「この型は、スリザリンの気質と親和性が高い」
ロンが、いかにも納得したという顔でハリーに囁きました。
「やっぱり卑怯な戦い方ってことかな?」
もちろん、スネイプ先生に聞こえないはずはありません。
「5点減点だ、ウィーズリー」
「まだ何もしてません!」
「無知を誇らしげに披露した」
教室のスリザリン側から、くすくすと笑い声が上がりました。
「敵に誤った判断をさせることを卑怯と呼ぶのなら、敵の望みどおり正面から攻撃を受けることが、君の考える勇気なのだろう。その勇気が何秒持続するか、実戦で確かめるといい」
スネイプ先生の声には、いつもの冷たい皮肉がありました。
ロンは黙りました。
「ウンディーネ流は、消費する魔力が比較的少ない。だが、集中力の消耗は激しい。相手の行動を一つ読み違えれば、自分から作った隙に攻撃を受けることになる」
先生の杖先が、ドラコの机の前で止まりました。
「マルフォイ、ウンディーネ流に最も不向きな相手は?」
突然名前を呼ばれたドラコは、一拍遅れて顔を上げました。
「……行動の規則が読めない相手です」
「他には?」
「一人に集中できない状況。乱戦、多数戦、広い範囲への攻撃」
「そのとおりだ」
スネイプ先生は、それ以上何も言いませんでした。
そして杖で、次の文字を指しました。
ノーム流――別名:防御反撃型。
「こちらは相手の攻撃を耐え、味方を守り、戦線を維持し、敵が崩れた瞬間に反撃する型だ」
黒板に盾の形が現れます。一つの大きな盾の後ろに、いくつもの小さな点が集まっていました。
「本質は、群れを守ることにある」
スネイプ先生がそう言うと、何人かのスリザリン生が微妙な顔をしました。
群れという表現が気に入らなかったのでしょう。
「ハッフルパフの気質と親和性が高い。もっとも、諸君の中には、防御を臆病者の戦い方だと思っている者もいるだろう」
今度は明らかに、グリフィンドール側へ視線が向けられました。
「ノーム流は、ただ盾の後ろに隠れる型ではない。敵の攻撃を受け止め、味方への攻撃を引き受け、敵の魔力と注意力を消耗させる。そして、敵が焦れて攻撃を大きくした瞬間に反撃する」
盾の絵へ無数の光がぶつかります。しかし、徐々に光は消耗してって攻撃の間隔が乱れた瞬間、盾の後ろから一本の線が飛び出し、攻撃していた側を貫きました。
「個人戦でも安定するが、真価を発揮するのは集団戦、防衛戦、護衛、撤退支援だ。ノーム流を熟知した者が一人いれば、その周囲にいる者の生存率は上がる」
ネビルが、少し興味を持ったように顔を上げました。
ロンも、先ほどより真面目な表情で黒板を見ています。
「ただし、守り続ければ勝てるというものではない。高火力を一か所へ集中されれば、防御は削られる。包囲されれば守る方向を限定できない。そして、反撃すべき瞬間に踏み込めない者は、ゆっくりと敗北するだけだ」
次に杖が指したのは、シルフ流――別名:機動攪乱型でした。
「戦場全体を観察し、敵味方の位置、視界、地形、射線、隊列、退路を操作する型だ」
今度は黒板いっぱいに、いくつもの点と線が広がりました。点は動き、線は交差し、ある場所では机のような四角い障害物が生まれます。
「本質は、場を操ることにある。レイブンクローの気質と親和性が高い」
ハーマイオニーが、羊皮紙へ急いで書き留めています。
「シルフ流は、単に素早く動くことではない。自分が移動するだけなら、それは足の速い標的にすぎない」
スネイプ先生は淡々と言いました。
「相手が不利になる位置へ誘導する。味方が攻撃しやすい空間を作る。視界を遮り、射線をずらし、隊列を分断し、退路を限定する。相手を直接倒さずとも、相手が本来の力を発揮できない状況を作ればよい」
私は黒板の点を目で追いました。
動いているのは、術者だけではありません。敵も、味方も、机も、壁も、視界さえも、一つの盤上の駒として扱われています。ただし、チェスと違って、盤上の駒は命令どおりに動いてくれるとは限りません。
「ノーム流とシルフ流の共通点は、味方を支える型だ」
スネイプ先生は続けました。
「だが、ノーム流は味方を守ることで支え、シルフ流は戦場を操作することで支える。混同せぬように」
先生の杖が最後の文字を指しました。
サラマンダー流――別名:制圧攻撃型。
「前へ出て敵の防御を破壊し、攻撃を継続することで、相手に立て直す時間を与えない型だ」
黒板に太い光の線が現れました。ほかの型に比べて、実に分かりやすい図です。正面から進み、目の前にあるものを吹き飛ばしていました。
「本質は、前を破ることにある。グリフィンドールの気質と親和性が高い」
今度はグリフィンドール側から、少し誇らしげな空気が漂いました。
特にロンは、先ほどの失点を忘れたような顔をしています。
「サラマンダー流は、最も理解しやすい。敵に考える時間を与えず、攻撃呪文を連続して放ち、防御ごと押し下げる」
スネイプ先生は、そこでハリーを見ました。
「未熟な者が最も好む型でもある」
グリフィンドール側の空気が、たちまち冷えました。
「ただ強い呪文を連発するだけなら、技術ではない。魔力を浪費し、自分の呼吸を乱し、敵が避けることを期待して杖を振り回しているにすぎない」
ハリーの眉が動きます。
「サラマンダー流の目的は、自分が目立つことではない。敵の注意と攻撃を自分へ引きつけ、味方が動くための突破口を作ることだ。短期決戦、正面突破、救援、敵前線の押し下げには強い。だが長期戦、人質のいる状況、味方が密集した場所では危険を伴う」
それからスネイプ先生は、黒板に4つの流派を円形に並べました。
ウンディーネ流からノーム流へ。
ノーム流からサラマンダー流へ。
サラマンダー流からシルフ流へ。
シルフ流からウンディーネ流へ。
矢印が一周します。
「基本的な相性は、このようになる」
ハーマイオニーの手が上がり、スネイプ先生は露骨に面倒そうな顔をしました。
「何だね、グレンジャー」
「なぜシルフ流がウンディーネ流に強いんですか? ウンディーネ流は個人の動きを読む型なら、シルフ流の術者の動きも読めるのでは?」
「読めるだろうとも。シルフ流の術者一人だけを見ている間は」
スネイプ先生は答えました。
黒板の3つの点が向かい合います。片方がもう片方の動きを読み、攻撃しようとした瞬間、机を示す四角が間に滑り込みました。さらに別の方向から光が飛びます。
「シルフ流は、1対1の読み合いそのものを壊す。地形を変え、視界を切り、複数の攻撃線を作り、相手に自分以外のものを見させる。主に個人を読むウンディーネ流にとって、自分が向き合っていたはずの決闘が決闘ではなくなることが、最大の不利となる」
ハーマイオニーは納得したように書き込みました。
続いて私が質問します。
「なら、ウンディーネ流がノーム流に強いのは、防御の隙を読めるからですか?」
「そうだ。自分だけでなく味方を守ることをも重視するノーム流は、その分だけ意識がそちらに向きやすい。相手を翻弄し、一瞬の隙をつくことに長けた熟練のウンディーネ流術者がそれを逃すことは無いだろう」
さらにスネイプ先生は説明を続けました。
「ノーム流がサラマンダー流に強い理由は、シンプルだ。サラマンダー流は良くも悪くも力押しの傾向があり、足元をすくわれるという心配は薄い。ノーム流は得意な防御に専念でき、持久戦になれば先に消耗するのはサラマンダー流だ」
防御呪文と攻撃呪文は基本的に、同レベルであれば防御呪文の方が魔力の消耗が少ない傾向にあります。なので個人戦では防御側が有利なのですが、チーム戦になると攻撃側が目標を絞って集中攻撃することで各個撃破していくという戦術が可能になるため、必ずしも防御に専念するのが安パイというわけでも無くなるのが面白いところ。
「サラマンダー流がシルフ流に強いのは、じわじわと相手を攻め立てていくことに長けたシルフ流の攻撃や戦術を、力強い攻撃の連続で一気に粉砕し得るからだ」
スネイプ先生の言葉を一言たりとも漏らすまいと、一斉にノートを取る生徒たち。
「シルフ流も本質的には攻撃的だが、魔力消耗にも注意を払っている。つまり相手の防御を時間をかけて切り崩すのには長けているが、純粋な攻撃と攻撃のぶつかり合いになると力で押し負けることも少なくない」
スネイプ先生は教室全体を見回しました。
「だが――」
先生は黒板の相性図を杖で叩きました。
「これを、勝敗を決める便利な表だと思った者は、今すぐこの授業を辞めた方がいい」
相性図の周囲に、別の文字が現れました。地形、人数、経験、魔力量、精神力、戦いの目的……実戦は他にも様々な要因が絡み合い、理論通りにはいかないということなのでしょう。
「流派とは、ボードゲームの相性表ではない」
ノーム流がサラマンダー流に有利だからといって、15歳のノーム流使いがベテラン闇祓いのサラマンダー流に勝てるわけではありません。狭い廊下と広い平原でも条件は変わりますし、決闘に勝つことと誰かを守ることでも、必要な行動は異なります。
「まして、組分け帽子が杖へ与えた特殊能力でもない」
スリザリン生であれば、自動的にウンディーネ流が得意になるわけではありません。ウンディーネ流を好む性格や必要な能力を持った者が、たまたまスリザリンへ集まりやすいというだけのこと。
「優れた決闘者は、自分に適した流派を軸にしつつ、状況に応じてほかの型へ移行する。ゆめゆめ、それを忘れぬよう」
スネイプ先生は杖を振り、教室の机が一斉に壁際へ移動しました。
「無論、説明だけで理解できるほど、諸君が賢いとは思っていない」
床の中央に広い空間ができ、その中心へ銀色の小さな輪が落ちました。
「つまり、これから実技を行う」
スネイプ先生が杖を振ると、床の中央に銀色の小さな球が現れ、教室の両端にはそれぞれ腰ほどの高さの台が置かれました。
「ルールは簡単だ。中央の球を取り、自分たちの台へ置くこと。相手を倒す必要はない。目的を忘れた者は、戦闘に勝っても失格だ」
スネイプ先生の目が、ハリーとドラコの間を移動しました。
「ポッター、グレンジャー」
二人が立ち上がりました。
「マルフォイ、セレステリア」
私とドラコも立ちます。
グリフィンドール vs スリザリン。実に分かりやすい組み合わせです。
「これまで学んだとおりに戦え。自分が何をしているかは、あとで教えてやる」
私たちは中央へ進みました。
向かい側で、ハリーが杖を構えます。隣のハーマイオニーは球と教室全体を交互に見ていました。
ドラコは私へ顔を寄せ、小声で尋ねました。
「どうする?」
「まず様子を見ます」
「最初から押し切らないのか? 君ならできるだろう?」
「まぁ、自信が無いわけではないのですが」
私は観客の方をチラリと見て。
「後から逆転した方がカッコいいかなと思いまして」
「せめて手の内を隠すとか、相手の戦術を分析すると言ってくれ……」
呆れたように返してくるも、敢えて先手を取らせる方針にはドラコも賛成のようです。
そして互いに杖を抜いてお辞儀をしたところで、スネイプ先生が叫びました。
「では――始め!」
どこぞの呼吸とかフォームとかみたいな感じで、ハリポタの呪文にも流派とかあるのかな?という発想から、ちょこっと登場させてみました。
もちろん絶対的な相性ではなく、せいぜい「スリザリン生は狡猾で魔法薬学や閉心術が得意な者が多い」ぐらいの感じです。
そうはいっても、似たような傾向の人間が集まって訓練していれば、なんとなく決闘スタイルにも違いが出てくるんじゃないかなぁと。
ちなみに命名に関しては、4寮を象徴する元素から以下のように派生させております。
スリザリン :水=ウンディーネ
ハッフルパフ :土=ノーム
レイブンクロー :風=シルフ
グリフィンドール:火=サラマンダー