ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
私はチョコブラウニー、ドラコがグリーンティーのサンデーをそれぞれ注文し、明るい陽の光に照らされた、フローリアン・フォーテスキュー・アイスパーラーのテラス席に戻ります。
「魔法省の抜き打ち検査のことだが、念のため君たちにも……」
ちょうど席につくとルシウスさんが少し険しい顔で、何やら難しい話をしている様子。
「父上、ウィーズリーの件ですか?」
ドラコが質問すると、ルシウスさんはちょっと迷ってから口を開きました。
「そうだ。立ち入り検査で難癖をつけられないよう、めぼしい物品はボージン君に売るつもりだが、万が一ということもある。ドラコも覚えておくといい。厄介ごとを抱えたら、このヴィクトリカを頼ることだ」
「人を便利屋扱いしないでくれる?」
お母さんは苦笑すると、首を傾げたドラコに目線を合わせました。
「私、こう見えて今は弁護士さんなのです。だからウィゼンガモット最高裁事務局にも知り合いが多くて」
ウィゼンガモット最高裁事務局というのは、いわば魔法界における裁判所です。一審制で裁判所が省の一部局というのはマグル界じゃ非民主主義的、というか前時代的なんですが魔法界においてはこれが普通。
そしてお母さんは色々な職業を転々とした後、ここ数年は弁護士として様々な案件を担当しており、魔法省にもそれなりにコネがあったりします。
「ヴィクトリカには過去に色々と世話になっていてね。まぁ、なんだ、その、12年ぐらい前には特に」
すっとぼけたようなルシウスさんの物言いですが、何を言わんとしているかはドラコにも伝わったようでした。
――12年前といえば、ちょうど‟生き残った男の子”ことハリー・ポッターにヴォルデモート卿が敗北した年でもあります。
そしてヴォルデモート失踪後、真っ先に投降したのが目の前にいるドラコの父親、ルシウス・マルフォイさん。
ヴォルデモート全盛期にはその支持者『死喰い人』として悪名高かったものの、その他大勢と一緒に「無理やり従わされた」とか「服従の呪文にかけられてた」などと嘘ぶいて関係を否定し、のうのうと安全な日常生活を手に入れてます。
とはいえ、当然ながら被害に遭ったロングボトム家などヴォルデモートに抵抗していた人達にとって、そんな詭弁をあっさり受け入れられるはずもなく。
アズカバン行きや財産没収を免れるために、ルシウスさんが助けを求めたのがホグワーツで同期だったお母さんでした。
「あの時は大変だったんだから。もし裁判を頼まれなければ、ちょうど赤ん坊だったイレイナと一緒に、ニューイングランド巡りでも満喫しようとしてたのに」
「ナルシッサには“私たちもそうすべきだった”って何度も小言を言われたよ」
お母さんの言葉に、ルシウスさんが苦笑します。
ちなみに私の両親ですが、ヴォルデモート全盛期は「物騒だし商売あがったりだから」という理由で、さっさとアメリカ魔法界にトンズラしておりました。
グリンデルバルドと違ってヴォルデモートは外国にはあまり興味がなかったのが幸いし、お母さんはイギリスの惨状を他所にアメリカで平和な生活を満喫してたそうな。
そしてヴォルデモート失踪時にちゃっかり故郷イギリスに戻って、お母さんが最初に手掛けたのが「元・死喰い人の弁護」という案件です。
「ルシウス君以外だと、クラッブ君とゴイル君、カルカロフさんにノットさん、エイブリー君、カロー兄妹………他にまだいたっけ?」
「マクネアも忘れてやるな」
ルシウスさんがフン、と鼻を鳴らしました。
いずれにせよ、相当な数の死喰い人がお母さんの弁護によって、良くも悪くもアズカバン行きを免れたことになります。
投獄を免れた理由はいくつかありますが、死喰い人にはルシウスさんを始めとした純血名門や魔法省高級官僚も多く(聖28一族の半数近くが参加)、全員を投獄してしまうと社会の再建が難しくなるというのが最大の要因でした。
特に全ての純血名家の中心・イギリス魔法界の王家とも呼ばれたブラック家が壊滅状態(シリウスとベラトリックスはアズカバン、レギュラスは死亡、アンドロメダは家系図から抹消)の中、その血を引く最後の正当な子孫ナルシッサと結婚して息子まで授かったマルフォイ家は純血派閥筆頭の地位を引き継いでいます。
当主のルシウスさんがまとめなければ純血名家は四散して、政財界が大混乱に陥ったであろうことは想像に難くありません。
そうした発想のもとで融和政策を訴えた穏健派のトップがセレステリア家で、魔法戦争で疲弊した英国魔法界を一刻も早く再建して平時に戻るべきだと主張し、速やかな復興の為には元死喰い人の復帰と寛容路線が必要だとロビー活動まで行っています。
こうした融和路線には闇払いや被害者遺族たちを中心に反発も少なくなかったのですが、最終的に強硬派のトップだった魔法法執行部長バーティミアス・クラウチ氏の失脚によって穏健派が主導権を握ることになりました。
そうした状況下で魔法大臣を務めていたのが、前魔法大臣で現実主義的な政治家だったミリセント・バグノールドという方です。
「――死喰い人を追い詰めてテロリストにするより、投降を認めて戦後経済復興に協力させた方が、未来の子供たちの為ではないでしょうか?」
バグノールド大臣は英国魔法界復興のために『
こうして純血名家と外国による多額の投資・寄付が行われた結果、英国魔法界は素早い景気回復と社会の再建を成し遂げ、後任で現職のコーネリウス・ファッジ大臣も基本的に穏健路線を引き継いだため、経済はV字回復を遂げて今や好景気そのものです。
ダイアゴン横丁には人が溢れ、アーサー・ウィーズリーさんとルシウスさんのようなかつての敵同士が顔を合わせても、血で血を洗う終わりのない敵討ちの悪循環には陥っていません。
もちろん、復興に一枚どころか二枚も三枚も噛んだセレステリア家は、相当な額を稼いでます。
アメリカにいる親戚はフロリダやらニューイングランドあたりに、フレンチコロニアル様式だのチューダー様式といった豪邸を建てており、我が家もロベッタの家こそ質素ですがオレゴンには地中海様式の別荘が。
「……話が逸れてしまったな」
ルシウスさんが軽く咳払いし、ドラコの方に向き直りました。
「お前たちがサンデーを買っている間にした会話の内容だが……あの忌々しいウィーズリーの差し金で今年のクリスマス・シーズン終了までは、魔法省の立ち入り検査期間となる。いつ魔法省の役人が、抜き打ちで屋敷に押しかけてくるか分からん」
ルシウスさんの言葉を受けて、ドラコもなんとなく言いたいことを察したようでした。
「つまり今年のクリスマスはホグワーツに残れってこと?」
「そういう事になる」
不満そうな顔をするドラコでしたが、ルシウスさんは「決定事項だ」と反論を受け付けません。
「でも父上……!」
「言う事を聞きなさい。その代わり、競技用の箒を買ってやると言っただろ」
「そんなの、寮の選手に選ばれなきゃ意味がない」
拗ねて不機嫌な顔をするドラコに、ルシウスさんは不敵な笑みを浮かべました。
「いいや、お前は選ばれる」
自信満々に言い放ったルシウスさんでしたが、どこからその自信が来るのか分からない私とドラコは、二人で視線を見合わせて首を傾げるばかり。
そんな中、お母さんだけは何かを悟ったらしく、呆れたように肩をすくめました。
「ルシウス君って、たまにツンデレとか親バカって言われない?」
「心配するな、自覚はある」
独自設定
・第一次魔法戦争時、イレイナ両親と親戚はアメリカに亡命
・ヴィクトリカの今の仕事は弁護士
・ヴィクトリカの弁護で、ルシウスら死喰い人の掌返し組は無罪を勝ち取る
原作でルシウス・マルフォイら掌返し組が割とあっさり無罪になったのって、戦後復興を優先させたい魔法省が見返りに資金援助とか引き出した、みたいな裏取引があったんじゃないかなと邪推してます。
なんだかんだヴォルデモートが暴れてる期間が1970~1981年の約10年で、そこから1991年にハリーがホグワーツ入学するまでの10年で英国魔法界は割と復興してるので、急速な復興の理由に上記のような裏事情があったりすると面白いかなーと。