ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
その日、ホグワーツ新学期を控えた私は、キングズ・クロス駅にいました。
さすがに2年目ともなると両親と感動の別れもなく、「いってらっしゃーい」「はーい」ぐらいの気楽なノリで別れて、私はのんびりとカートを押して9と3/4番線に入っていきます。
するっと柱を抜けた所で、さっそく知り合いに出くわしました。ホームで横一列に並んでいたのは、魔法界の赤毛連盟ことウィーズリー家ご一向。
「モリーや、こいつをロンに渡してくれ」
アーサー・ウィーズリー氏がカバンをふくよかな奥さんに渡すと、そのままバケツリレーのようにロンの荷物が運ばれて行きます。
「パーシー、これをロンに渡して」
「フレッド、ロンに渡してくれ」
「ジョージ、ロンに荷物だ」
「ジニー、これをロンに」
「はい、ロン……?」
通りすがりの私と目が合ったのは、小さな赤毛の女の子でした。女の子は小さく息を呑み込んだ後、目をぱちくりさせて荷物を戻します。
「ジョージ、ロンはいないわ」
「フレッド、ロンはいないって」
「パース、ロンはいないぞ」
「母さん、ロンはいない」
「アーサー、ロンはいないみたい」
「モリー、なんだって?」
ウィーズリー氏が真顔で聞き返すと、ウィーズリー夫人は一人で笑い出したかと思いきや次の瞬間、血相を変えて「ロニー!?」と叫んで倒れこんでしまいました。
慌てて夫人を支えるウィーズリー氏と、大混乱のウィーズリー家。
(さすがに2年目で迷子ということもないでしょうけど、ロンはハリーと先に列車に乗っちゃったんでしょうかね……)
そんなことを思いながら遠巻きにウィーズリー家ご一行を眺めていた時、事件は起こりました。
**
「いやあああああああああああっ!」
背後からの絶叫――私はカートを止めて声のした方を振り返ると、まるで隕石のような速さで絶叫と涙をまき散らしながら私の方へとカートが突っ込んできます。
「うぎゃっ」
「うげ」
可愛くない悲鳴を上げて、私とその人はもつれあいながら転倒します。幸い、直接激突したのはカートの方で私たちは巻き込まれる形であったのが幸いして、これと言った怪我はありませんでした。
「うごごごご」
そして妙な呻き声をあげて目を回しているのは、私より年下に見える女の子でした。黒い髪は短く切り揃えられ、中性的な顔立ち。身体つきの方も健康的そのものといった感じで、仕草もどこか少年のよう。
「……あの、大丈夫ですか」
「あわわわわわわ」
そして、とてもテンパっているようでした。
「ど、どうしよう、荷物がめちゃくちゃ……」
「その前に謝罪が先では?」
「あ!ごめんなさい!本当に、わざとじゃなかったんです! 9と3/4番線に入る時に勢い余っちゃって!」
勢い余るにも程があるのでは。
「ところで、えーっと……」
「ボクの名前はサヤです!」
「サヤさん、もの凄く豪快に突っ込んでいきましたけど。お怪我は?」
「あ、ボクは大丈夫です! このとおりピンピンしてますから!」
頭から赤い液体を流しながら、彼女はすっくと立ちあがります。直後――。
ぐらっ。
見栄っ張りなのでしょうか?
「血が出ていますよ。しかも頭から」
「これは汗です!」
「そんな鉄臭い汗があってたまりますか」
私はポケットからハンカチを取り出しました。
「これ、どうぞ。頭に当ててください」
「あ、どうも……痛っ!ててて……」
女の子は額にハンカチを当てると、とても痛そうに顔を歪ませます。
「あ、ありがとうございました!」
「ハンカチはあげますので、返そうとしなくていいですよ」
「でも――」
「結 構 で す」
「せめて洗ってから返せや」と喉まで出かかった言葉を呑み込んでそう告げ、私は散らばった教科書やらバッグやらを再びカートに載せていきます。
「あ、あの!」
「感謝なら結構ですよ。次はゆっくり前を見ながらカートを押してください」
周囲に人が集まってきたので、私は彼女を半ば無視するような形で立ち去っていきました。
**
とまぁ、そんな感じでホグワーツ特急に乗り込んだはよいものの、ちょっとした騒ぎに巻き込まれたせいか、どこもぎゅうぎゅうに埋まっておりました。
いくつかコンパートメントを開けて「空いてる席ってありますか」「すみません」「いえいえ」みたいなやり取りを何回かした後、割れたガラスをテープで張り付けているボロボロの扉の前に辿り着きます。ここなら流石に人もいないでしょう。
中には既に先客がいて―――。
「すみませーん。空いているお席は……」
私がコンパートメントの扉を開くと、先客と目が合います。そして次の瞬間には、私も彼女も硬直しておりました。
切り揃えられた短い黒髪、少年のように見える中性的な顔立ち。見間違えるはずがありません。さっき激突してきた、ぶつかり魔の子です。
「………」
「………」
硬直から最初に立ち直ったのは、女の子の方でした。
「ひ、ひいいいいいっ! ご、ごごごごごごごめんなさい! 復讐ですか! お礼参りですよね!? せめて命だけは! お命だけはぁっ!」
「いえ、あの」
「うあぁああああん!死にたくないよぉおおおおお!」
そこまで怯えなくても。
「えっと、大丈夫ですよ? 私、もうさっきのこと恨んでませんし、ただ空いてる席があれば座りたいなと」
「嫌あああああ――――え? なーんだ、そうだったんですか。空いてますよ。どぞー」
「………色々と言ってやりたいことはありますが、まぁ我慢しましょう」
また騒がれてはたまりませんので。
私は溜息をついてすとん、と椅子に腰を下ろします。女の子はしばらく隅っこの方でバッグを盾にする様に震えていましたが、やがて私に攻撃の意図が無い事が分かると恐る恐る口を開きました。
「あの、本当に恨んでないんですよね……?」
「逆に聞きますが、何故そこまで被害妄想を拗らせるんでしょうか」
「だってスリザリン生は全員、闇の魔術にのめり込んでるって……」
「大鍋でヒキガエルと一緒に煮込んでやりましょうか」
声にドスを利かせると、再び彼女は例の情けない悲鳴を上げて「命だけはお助けぇぇぇ」などとのたまい始めました。ええ、もうこちとら容赦はしませんが、命までは取りませんとも。
私は黙って彼女に近づくと、両手で柔らかそうなほっぺたをつまみました。
「い、いひゃい! いひゃいです!」
「ふふふ、スリザリンの恐ろしさを思い知るがいい……」
ぐりぐりぐりぐり。
「ひひれひゃふ! ほっへははひひれる!」
「ううーん? 何でしょうかぁ? 聞こえませんねぇ」
これ、なんか癖になりますね。ゾクゾクするというか、なんと言いますか。
「あわわわわ」
しばらく彼女のもちもちしたほっぺたを引っ張ったりして遊びつくした後、飽きてポイしてあげました。ほんのり朱に染まった頬を見ていると、再び何ともいえない飢えがみなぎってきたのですが、さすがに可哀そうなのでこの辺で。
「スリザリンにどういう偏見を持っているのか知りませんが、別に全員が闇の魔法使いというわけではありませんよ。立派な魔法使いも大勢輩出しています」
「ソウナンデスネ……」
「かくいう私もまた、去年は学校を闇の力から守るべく八面六臂の大活躍をしたのです」
そう言って私は去年のハロウィンにトロールをボコボコにした話や、謎の闇の魔法使い(正体についてはあまり考えたくありません)から重要な宝物を守るべく幾つもの罠をくぐり抜けた武勇伝を語ります。
黒髪の子は最初こそ恐る恐る話を聞いていたのですが、徐々に目をキラキラさせて食い入るように私の物語の続きをせがみます。気づけば日は車窓の外に見える田園風景が赤く染まっており、昼頃からノンストップで夕方まで語り続けていました。
やだ、私の話、長すぎ……?
弱冠12歳にして過去の武勇伝を後輩に延々語り続けるという、老害ムーヴをかましてしまったことにちょっぴり反省中。
「すみません、ついつい喋りすぎてしまいました」
「いえ、全然大丈夫です!」
そしてサヤさんはしばらく私をじっと見つめていたかと思うと、突然イスから降りて床の上で足を畳み、そして両手を床に添えて額を地面に擦り付けました。
「お願いします! どうかボクに魔法を教えてください!」
「……あの、それはともかく何ですかその姿勢」
「これはボクの故郷に伝わる伝統文化です! 誠意を示す必殺技でして!」
妙な伝統ですが、たしかに誠意は感じられるような。
なんだか、こう頭を踏みつけて「ああーん? もっと誠意みせろや」とかやりたくなるのを堪えて、私はサヤさんに頭を上げるように言います。
「教えてくれるんですか!?」
「いえ、まだそこまでは。……事情にもよりますけど」
サヤさんを再び椅子に腰かけさせると、彼女は黒い髪を揺らしながら遠慮がちに口を開きました。
「ボクは東方の出身で、そっちにも魔法学校はあるんですけど……どうせ勉強するなら一番の魔法学校だって言われてるホグワーツに入りたくて」
「はぁ」
「だから留学のためにホグワーツまで来たんですけど、その、留学するためにもお金とか必要じゃないですか。だから奨学金制度を使おうと思っていまして……」
「ふむふむ」
なるほどなるほど。何となく話が見えてきました。
「つまり、成績優秀じゃないと奨学金がもらえず留学も出来なくなるから、たまたま知り合った凄そうな先輩魔女に助けてもらおうと」
「えっと、まぁ……そうなります、かね」
サヤさんが気まずそうにもじもじするのを見て、私は人差し指を「んー」と可愛らしく頬に当てます。
「そうですねぇ……」
どうせ試験はずっと先ですし、奨学金に応募しようと考えているぐらいなら、ある程度は基礎も押さえている事でしょう。
それに、さっき調子に乗ってほっぺたをつねり過ぎた罪悪感とか、調子に乗ってあることないことホラ吹いた武勇伝に目を輝かせながら聞いてくれたことへの罪悪感とか、まぁちょっと色々とありまして。
「クリスマス休暇の短期集中レッスンなどでしたら、別に構いませんよ」
つい、そんな安請け合いをしてしまったのでした。
「ありがとうございます! えっと……」
「イレイナです」
「本当にありがとうございます! イレイナ先生!」
こうして私はサヤさんの先生を務めることに。
(先生……案外、良い響きですね)
今年のクリスマスはお母さんたちも仕事で忙しいので好きにしていいよと言われてますし、ドラコたちもホグワーツで過ごすという話でした。学校で過ごすクリスマス、というのを一度ぐらいは体験してみるのも悪くないかもしれません。
(それに、もしかすると……)
ちょっぴり期待に胸を膨らませる私の視線の先には、一冊の本が。その表紙には『ギルデロイ・ロックハート著:雪男とゆっくり一年』というタイトルが書かれておりました。
**
そしてホグワーツ城に到着すると、すぐに新入生歓迎が始まります。
しばらくすると大広間の扉が開き、マクゴナガル先生に引率された新入生が入ってきました。去年の私たちのように大広間の天井や浮かぶ蝋燭、ゴーストなんかに驚いている姿が見えます。
そして去年と同じくマクゴナガル先生が儀式の開始を宣言すると、広間全体がシーンと静まり返ります。組分け帽子が去年と少し違う歌を歌い、組分けの儀式が始まりました。
「そういえば、サヤさんはどこの寮に入るんでしょうか……?」
そんなことを思っていると、サヤさんの番が来ました。
彼女が恐る恐る組み分け帽子を被ると――。
「グリフィンドール!」
「えぇっ!?」
帽子を被るなりグリフィンドールと告げられ、この世の終わりみたいな顔になるサヤさん。せっかく奨学金ゲットのための算段が付いたと思った矢先、非情な現実が付きつけられたらそうなりますよね。
(まぁ、土日なら多少は時間も作れるでしょうし、詳細は後でまた話しましょうか)
それに、いざとなったら同じグリフィンドールのハーマイオニーあたりを紹介して頼んだ方が、ぶっちゃけ効率よく勉強も捗るような。
そんな事を思ってハーマイオニーの姿を探すと。
「おや、ハリーとロンがいませんね……」
あの3人、いつもトリオ組んでるはずなのに。
「ちょっとドラコ、いいですか」
「ん、なんだい?」
「ハリーとロンの姿が見当たらないなーと」
ハリー達の事はドラコ・マルフォイに聞くに限ります。
「あの3人、音楽性の違いで解散でもしたのでしょうか」
私が質問すると案の定、ニヤニヤと嬉しそうな顔になりました。
「さっきスネイプ先生がこっそり教えてくれたんだけど、ポッターとウィーズリーは汽車に乗り遅れて、代わりにウィーズリーの空飛ぶ車で来たらしい」
えぇ……。
「しかも飛んでいるところをマグルに目撃された上に、貴重な暴れ柳に激突までしたらしいぞ! 今は別室でダンブルドア直々に取り調べ中だ」
うーん、これは擁護できる要素がどこにもありませんね。
「汽車に乗り遅れたならフクロウ便でも送ればいいのに……思いつかなかったんでしょうか?」
「思いつく以前に、そもそも頭で考えもしなかったんだろうさ」
意地悪い笑みを浮かべながらドラコは肩をすくめ、嬉しそうにカスタード・パイにかぶりついていました。
「魔女の旅々」よりサヤさん登場。イレイナさんの1つ下の後輩です。性格は猪突猛進ぎみなのでグリフィンドール入り。
一応、ハリポタ世界にも交換留学という制度はあるっぽい(たしかビル・ウィーズリーがブラジルに留学しようとしてたとか)ので。
また、ホグワーツの学費は無料らしいのですが、独自設定として無制限な外国人留学生の受け入れに歯止めをかけるべく交換留学には学費が必要、ただし成績優秀であれば奨学金がもらえる、という形にさせて頂きました。