ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
その後は4人でマンドレイクを処理しました。
マンドレイクは土の中から出るのを嫌がり、いったん出ると今度は元に戻りたがらなかったのですが、アーニーとジャスティンが頑張ってくれたおかげで、周囲が汗まみれの泥だらけになる中、私とハンナはそれほど被害を受けず。こういうナチュラルな親切さ、ハッフルパフの美点です。
「アーニーもジャスティンも、いい人たちですね」
「いい人止まりから昇格の可能性は?」
私が素直な感想を口にすると、ハンナが茶化して聞いてきます。
「友達としてはアリですけど、彼氏とかはちょっと……」
「待て待て。真面目なトーンでノーサンキューは傷つくから止めようか」
オーバーにへこんでみせるアーニーの肩を、ジャスティンが慰めるようにぽんぽんと叩きます。
「ドンマイですよ、アーニー」
「自分は関係ないみたいな顔してるけど、フラれたのは君も一緒だからな!」
そんなやり取りをしていると、なかなか戻ってこない私を見かねたのか、ダフネたちが近づいてきました。
「イレイナどーしたのー?」
「今ちょっとアーニーとジャスティンの二人をフッてきたところでして」
しばしの沈黙と困惑のあと、最初にげらげらと笑い出したのはダフネでした。
「え、イレイナ二股!? やるぅ!」
「勘違い野郎が二人、自滅しただけです」
「悪りぃ女はみんなそう言うんだな」
ミリセントもニヤリと笑って、ぐいぐいと肘で私の脇腹を突いてきます。最初の少し緊張した空気が和らいでいき、ジャスティンを見て厳しい顔をしていたパンジーの表情も段々とほぐれていきました。
「まぁ、いい気味じゃない?」
「パーキンソン君も容赦ないな!?」
すかさずツッコミを入れるアーニー。こう見えて彼も純血名家なので、パンジーとも対等に話せる立場だったり。
「――どうしたんだ?」
盛り上がっている私たちの様子が気になったのか、ドラコがクラッブとゴイルを引き連れてやってきました。アーニーとハンナをじろじろと眺めた後、ジャスティンを見て少し顔が引きつります。
やはり純血主義のドラコからしてみれば、マグル生まれのジャスティンは受け入れ難い存在。喉まで出かかった「穢れた血」とか「血を裏切る者」みたいなNGワードを、どうにか飲み込んでいるのが伝わってきます。
ジャスティンの方も自分が歓迎されていないのを察し、居心地悪そうにあいまいな表情を浮かべるばかり。
なので、ちょっと助け舟を出しておきました。
「ジャスティンさんはもう知ってると思いますけど、こちらがスリザリンのシーカーにして聖28一族の筆頭格マルフォイ家の御曹司・ドラコお坊ちゃまです」
「お坊ちゃまは余計だ」
ぼやきつつも、「スリザリンのシーカー」「聖28一族の筆頭格マルフォイ家」という紹介は満更でもなかった様子のドラコ。いつもなら間違いなく純血マウンティングしかけてるんでしょうが、おだてられて気を良くしたのと私の顔を立ててか、今日は思いとどまってくれたみたいです。
「ちなみにマルフォイ家は不動産以外にも、英国魔法界最大手の総合保険会社『ウィルトシャー損保』の創業者一族でもあります」
とりあえず「とにかくマルフォイ家すげぇ!」って持ち上げとけば腹の虫もおさまるから太鼓ドンドン叩いてください的なオーラを、ジャスティンさんに向けて放つ私。
「ドラコの実家は生命保険関係だと、英国魔法界の市場シェアのうち6割以上を占めているんですよ」
「そうなんですか!?」
私の意図が通じたのか、あるいは生来の素直な気質からか、ジャスティンさんはあっさりマルフォイ家の威光の前にして尊敬の眼差しに。
「すごいですね! 前々から気品ある方だとは思ってましたが」
「ふっ……そうだろう、そうだろう。純血にも格があってだな、ウィーズリーやロングボトムなんかとは一緒にしないでくれたまえ」
なんだかんだで誉め言葉に弱いのは、ドラコの良いところです。
なんとなく、実家の近所にいたフランス嫌いのくせにフランス人観光客から「大英帝国の文化、とってもトレビアーン」って褒めちぎられると、ついつい「実はこの街はもともと、エリザベス1世がスペイン無敵艦隊に備えて作った要塞が起源でな……」と頬を緩めてしまう土産物屋の店主を思い出しました。
まぁ実際スリザリンにも半純血はそこそこいますし、基本はマウンティングされても正面から相手にしないで、適当におだてつつ受け流すのが泥沼化を避ける処世術というものです。私が小学校に入る前、お母さんがそう教えてくれました。
――イレイナ、面倒な相手にこそ‟さしすせそ”よ。
――さしすせそ?
――「流石です!」「知りませんでした!」「スゴイですね!」「センスいいですね!」「そうなんですね!」の5ワードのことよ。
幸いジャスティンさんもそこまでプライドの高い方ではなかったようで、「適当に持ち上げとけば大丈夫」という私の意図をすぐ理解してくれたようでした。
そしてドラコたちの方もジャスティンさんに敵意がない=純血カーストに異を唱える気は無いらしいことが分かると、満足したのか立ち去っていきました。マウンティングというのは、あんまり気にしないで受け流すに限ります。
「すみませんねぇ、うちのドラコが」
「いえいえ、お宅も大変ですのねぇ」
おほほ、とハンナさんと一緒に頬に手を当てる私。隣ではアーニーさんが、どこかホッとしたような表情を浮かべておりました。
「まぁ、あれで根は悪い人じゃないんですよ」
一応、軽めにフォローを試みます。
「ただ身内びいきが行き過ぎて、ヨソに厳しいムラ気質があると言いますか」
中世の魔女狩り以降、魔法界はモンロー主義というか鎖国というか、とにかく閉鎖的で内側に閉じこもる社会が形成されています。そうなると必然的に未知のものに対しては期待よりも不安が強く、何かと異分子に対して否定から入りやすいメンタリティは否定できません。
その中でもスリザリンは純血が多いこともあってか「郷に入っては郷に従え」という理屈の下に、既存の文化や習慣に少しでも異を唱えられると逆ギレしがち。
反対にハリーの住んでるダーズリー家は逆にマグル至上主義みたいな人たちらしく、排他的な人は一定数どこにでもいるわけです。
「今年はハーマイオニーもジャスティンさんも良い人たちですけど、マグル生まれの先輩の中にはマグル・マウンティングをしかけてくる人たちも少なくなかったみたいでして」
「そうなんですか?」
そこでキョトンとしてるあたり、やっぱりジャスティンさんの温厚さが滲み出ています。ですが、監督生のジェマ・ファーレイ先輩が話してくれた限りではそういう人たちばかりではないらしく。
「いやだって機関車とか羽ペンとか羊皮紙とか伝書鳩ならぬフクロウ便とか、いつの時代だよ?ってマグル生まれなら普通に思うじゃないですか」
「あー、まぁ、最初の方は……そう思ってた時期もありましたね。慣れましたけど」
「となると、こう小馬鹿にするマグル生まれの人も出てくる訳ですよ―――電車もボールペンも電話もないのかよ?魔法界って遅れてんな!いつの時代だよ? みたいな」
いわゆるマグル
純粋魔法界育ちの中に思い込みでマグルを馬鹿にする人がいるように、純粋マグル育ちにも偏見で魔法界を馬鹿にする人がいても不思議はありません。そうなると鶏が先か卵が先かは分かりませんが、お互い見下しあって際限のないマウント合戦になるわけで。
ホグワーツではスリザリンという実質的な純血派閥はあっても、少数派のマグル生まれ派閥はありませんが、社会に出るとマグル生まれの過激な市民団体というのもあったりします。
「もちろん魔法族だって純血主義者を含めて、魔法界の全てがマグルより優れてるとは思ってません。クィディッチのルールとか、ぶっちゃけフットボールに比べれば穴だらけですし」
とはいえ、魔法族にとってのクィディッチは単なるスポーツである以上に、歴史ある伝統文化でもあります。
その辺りを無視して、ルールの粗探しをされた挙句に‟マグルのスポーツでは~”みたいなこと言われると、推しスポーツを否定されたような気持ちになってカチンと来る人がいても不思議はないでしょう。
中には魔法族生まれだけどクィディッチ嫌いな人が「せやせや」と敵の敵は味方的に協力してくれることはありますが、外野から外部事例を引き合いに出されて推しの落ち度を指摘されると、大抵は正論でもイラっと来るものです。
もっともその辺は魔法族もマグル文化に無理解な人が多いので、エスニック・ジョークのステレオタイプを真に受けて悪意のないまま地雷を踏み抜く的なパターンも少なくはありません。
特にスリザリンだとハゲとかデブみたいな感じで本人にあまり悪意のないまま「穢れた血」という言葉を使いがちで、そういう褒められたものではない内輪ノリを堂々と人前で言ってしまう・場合によっては悪口として平然と使う、大人げない人も割と多めです。
「なかなか付き合いって難しいですね……」
ジャスティンさんが少し難しい顔になります。
「今回はイレイナさんが助け舟を出してくれましたけど、やっぱり少し気が引けると言いますか……」
「そのうち慣れますよ。今さらハンナとかアーニーがマグル関連で軽くからかってきても、大して気にもしないでしょう?」
「それは……まぁ、そうですが」
「本人が動揺したりムキになったりするから、逆に面白がられてちょっかい出されるわけで、涼しい顔で受け流せば割と流れていくものですよ」
それでも悪意のある弄りが止まらない場合は、と私は告げます。
「思い切って呪いをかけるなり授業中に大声でキレるなりして、事態を相手の手に負えなくなるぐらい大ごとにしちゃいましょう。そうすれば先生なり魔法省なりが出てくるので、主導権は相手の手から外れます」
イジメやらハラスメントやらDVというのは、表沙汰にならないと下手すれば「組織の和を保つため」に必要悪とすら見なされてしまいます。
しかし教育委員会なり労働基準監督所なり警察なりが介入せざるを得ない状況にしてしまえば、もはや内輪の論理は通用しません。
「……でもそれって、やばい人だと思われません?」
「やばい人だと思われれば、誰も陰湿な悪戯をしようなんて思わなくなりますよ」
とはいえ最終手段ですので、使わないに越したことはありませんが。ただ、いざという時に最後の手があれば、自然と心にも余裕が生まれるものでしょう。
「一応、あまり行き過ぎないよう私の方でも窘めておきますが、ジャスティンさんはアーニーさんやハンナさんと今まで通り仲良くやってれば、そう簡単に手出しはされないと思いますよ。数は力です」
「最後の言葉をもう少しマイルドにすれば、もっと良い話に出来たような……?」
まぁでも、とジャスティンさんが続けます。
「今日イレイナさんや他のスリザリンの人たちと会って、少しだけ分かった気がします」
「というと?」
「ひとくちにスリザリン生といっても、色んな人がいるんだなって。当たり前のことかもしれませんけど」
たしかに当たり前と言えば、当たり前かもしれません。
ですが、男や女にも色んな男や女がいるように、若者や老人にも色んな若者や老人がいるように、スリザリンやグリフィンドール、レイブンクローにハッフルパフでも色々な人がいるという、当たり前のことを私たちはついつい忘れがちになってしまうものです。
「そう思えるのなら、立派な大人だと思いますよ。ジャスティンさん」
私が返すと、ジャスティンさんはくしゃっとした笑顔を浮かべました。
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「――とはいえ」
ハッフルパフ組と別れたあと、ちょっとだけ思案します。
「ドラコたちのマグル・アレルギーの方も、もう少し抑えられるようになって欲しいですね」
あんまり拗れてしまうと、私も無関係というわけにもいかないので。
「……そのうちどこかで、それとなくマグル文化の良さでも布教しておきましょうか」
原作ではまともなマグル生まれが多いけど、たぶんダーズリー家みたいな魔法族をバカにするタイプのマグル生まれも普通にいると思う。
イレイナさんは割と放任主義なので、けっこう日和見的にケースバイケースの対応かな?
ウィルトシャー損保
・マルフォイの実家のあるウィルトシャーから。実は保険事業より不動産事業の方が儲かっているとかいないとか。