ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
9月1日の10時、私は両親と一緒にロンドンのキングス・クロス駅にいました。教科書や制服を詰め込んだトランクを積んだカートを押しながら、駅構内を進んでいきます。
目指すは9番線と10番線の間にある、4つの柱のうち3本目。そこが9と3/4番線、ホグワーツ特急への入り口です。
柱を抜けた先には、赤い汽車が蒸気を出しながら停車中。時刻表には「11:00発」と書かれており、プラットフォームは別れを惜しむ大勢の生徒とその家族でごった返していました。
「イレイナ、3つ約束して欲しいことがあるの」
ホグワーツ特急に乗る前、お母さんの顔がいつになく真剣な顔で私に注意します。
「1つ、危険な目に遭いそうなときは逃げること。2つ、自分が特別な人間だとは思わないこと。他の人と同じだという事を忘れないでね」
1つずつ、指を折って聞かせるお母さんの言葉に、私は頷きます。
「3つ、クリスマスには帰ってきて私たちに元気な顔を見せること。守れる?」
「はいっ!」
大きく答えると、お母さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれました。問題は、お父さんの方です。
「イレイナ……うっ、またすぐ会えるからな……ウウッ」
全くもって子離れできていません。しまいには人目も憚らず涙をぽろぽろとこぼすものだから、お母さんが呆れ返っていました。
「いってらっしゃい、イレイナ」
「行ってきます!」
こうして両親と別れた私は、汽笛と共に汽車へと乗り込んでいくのでした。
**
「今さらですけど、もうちょい早起きするべきでしたね……」
ギリギリまで両親といたので、開いているコンパートメントを探すのに少しばかり難儀してしまいます。どうにか開いている席を見つけたところ、中には既に先客がいました。
ふわふわした長い栗毛の女の子。ちょっと前歯が大きくて、リスみたいな印象の子です。
「すみません。こちらの席はまだ空いているでしょうか?」
「ええ、どうぞ!」
「そうでしたか。では、お言葉に甘えて」
女の子の前に腰かけると、彼女は興味津々といった視線で私に話しかけてきました。
「私はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーって呼んでね」
「イレイナです」
自己紹介をすると、ハーマイオニーと名乗った女の子は期待のこもった眼差しでぐい、と体を近づけます。
「私、魔法については最近知ったばかりなの。手紙が届いた時はもの凄く驚いたけど、とっても嬉しかったわ!」
誰かに話したくて堪らなかったのでしょうか。興奮した様子でしゃべり出す彼女の話に、相槌を打ちながら耳を傾けます。マグル生まれであること、勉強が好きらしいこと、しまいには全部の教科書を一通り読んでしまったとか。
「あ、私ばかり話しちゃってごめんね。貴女のご両親は?」
「両親ともに魔法使いですけど、小学校は普通に地元のマグルの小学校へ通っていましたよ」
マグル育ちであることを告げると、ハーマイオニーはさらに嬉しそうな顔になりました。
純血の家庭には、マグルの世界について何も知らない人も少なくありません。マグルの常識が通用する相手がいて、安心したのでしょう。
魔法界について知りたがる彼女の質問にしばらく答えていると、不意にコンパートメントの扉が開かれます。おどおどした様子で現れたのは、丸顔で少しぽっちゃり気味の少年でした。
「ヒキガエルのトレバーを見なかった? トレバーったら、僕から逃げてばっかりなんだ……」
「私は見てませんが……ハーマイオニーは?」
ハーマイオニーが首を横に振ると、少年はがっくりと肩を落とした。
「汽車に乗る前にもいなくなっちゃって……その時はすぐ見つかったんだけど、またいなくなっちゃったんだ」
「なら、探しましょ!」
ハーマイオニーが協力を申し出ると、丸顔の少年はキョトンとした表情になります。
「いいの?」
「もちろん!」
ハーマイオニー、良い子ですね。人助けは良い事です。頑張ってください。
「さてと」
二人がヒキガエルを探している間、私は先ほどの車内販売で買ったお菓子を食べながら、のんびり本でも読んでいましょうか。
――そんなことを考えていると。
「イレイナも行きましょ!」
なぜ。
ハーマイオニーに向き直ると、断られるとは微塵も思っていないキラキラとした瞳……非常に断り辛いです。
彼女はどうも困っている相手を放っておけない性格のようで、なぜか私も同類だと思われている様子。丸顔の男の方はというと、涙目で縋るように見つめてきます。
「はぁ……仕方ないですね」
ぶっちゃけヒキガエル探しより本でも読んでいたいのですが、ここは恩を売っておくことにしましょう。一応、これから同級生になるわけですし。
「イレイナです。彼女はハーマイオニー。お名前は?」
「ぼ、僕はネビル。ネビル・ロングボトム。イレイナにハーマイオニー、ありがとう!」
ネビル・ロングボトムは顔を真っ赤にして礼を口にします。3人で同じ方向を探すのも無駄なので、ネビルはハーマイオニーに任せて私は後ろの車両に向かいました。
**
「ヒキガエル……しかし、どうしましょうか」
場の空気で安請け合いしてしまいましたが、私は困っていました。探すのはともかく、いざ見つけたら捕まえなければなりません。ですが、その、あまり素手でヒキガエルに触りたくはないというか。
「……帽子にでも入れるしかないですね。後でしっかり洗っておきますか」
そんなことを考えていると、目の前にあるコンパートメントから悲鳴が聞こえてきます。思わず開けてしまいました。
「大丈夫ですか!? 今の悲鳴は――」
コンパートメントに入ると、そこでは少年5人が取っ組み合いの真っ最中。周囲にはお菓子と包み紙が散らばり、ガタイの良い少年は指から血を流しています。その正面にいる赤毛の少年は口元に血のついたネズミを抱えていて、どうやらそれが悲鳴の原因のようでした。
「おや、喧嘩の最中でしたか。青春ですね」
随分と血の気の多いことで。まぁ、年頃のわんぱく少年なんてそんなもんでしょう。
「マルフォイが僕たちのお菓子を取ろうとしたんだ!」
赤毛の少年が憤慨した表情で、ドラコ・マルフォイを指さします。私が見つめると、マルフォイは悪びれた様子もなく、肩をすくめました。
「なに。僕たちの所のお菓子がなくなったんで、貰おうとしたらゴイルの指にウィーズリーのネズミが噛みついたんだ」
見たところ、マルフォイがゴイルともう一人のガタイのよい少年を従え、ウィーズリーと呼ばれた赤毛の少年と、もう一人の丸眼鏡の男の子と対峙している様子。聞くまでも無く、仲が悪そうです。
「なるほど、事情は分かりました。では、続きをどうぞ」
「「「え」」」
そんな3人でキョトンとせずとも。
「続けないのですか?」
「……僕が言うのもなんだけど、止める気は無いの?」
丸眼鏡の少年が困惑したような顔で聞いてきます。
「いえ、別に私は教師でも何でもありませんので。それに、トラブルは当事者同士で解決するのが一番です」
あと単純に、傍から観戦してる分には面白そうですし。
「……君、絶対に最後のが本音だよね」
おや、口が滑ってしまいましたか。
「まぁ、通りがかった船ですし、審判ぐらいは務めましょう。不正が無いか見ておくので、安心して喧嘩を続けてください」
と、そこで私は眼鏡をかけた少年の顔に見覚えがあることに気づきます。どこかで見たような……。
「失礼、以前どこかでお会いしたことが?」
ナンパのお手本のような言い方になってしまいましたが、向こうもよく覚えていないようです。人違いだったかな?と思っていると、マルフォイが皮肉っぽい声で「ああ」と納得したように口を開きました。
「ポッターだよ。かの有名な、ハリー・ポッター様様だ」
なんと。
生き残った男の子、ハリー・ポッター。魔法界では知らない者がいないほどの有名人でした。
残るウィーズリー家とマルフォイ家も有名な純血一族なので、思った以上にVIPが勢ぞろい。加えてウィーズリー家は代々グリフィンドールなのに対して、マルフォイ家は代々スリザリンなので仲が悪いのも頷けます。
「そういえば君の名前は?」
「イレイナです。イレイナ・セレステリア」
フルネームで答えますが、マルフォイの時と違って二人が特に家名に反応した様子はありません。マグルの世界で育ったハリーはともかく、ウィーズリー家はたしか純血のはずでしたが……。
まぁ、マルフォイ家と違って、ウィーズリー家は割と家柄に無頓着なのかもしれません。もっとも、11歳で家柄を気にするマルフォイの方が変わっているのかもしれませんが……。
「そういえば名前を聞いていませんでしたね。ウィーズリー家の……」
「ロナルド・ウィーズリー、ロンでいいよ」
「よろしく、ロン・ウィーズリーさんにハリー・ポッターさん。では、続きをどうぞ」
そのまま喧嘩を促すも、3人とも自己紹介で落ち着いたのか、バツの悪そうな顔でマルフォイが溜息を吐きました。
「いや、もういい。クラッブ、ゴイル、帰るぞ」
**
ぞろぞろと出ていく3人を見送り、後には私とハリー、ロンが残されました。
「どうしたんでしょうか。3人もいれば勝率は高そうなものですが」
「そういう問題じゃないと思うよ……」
ハリーも疲れたような顔で、緊張を解きます。こう見ると有名人といっても、普通の男の子とあまり変わりませんね。
「そういえば貴方、本当にハリー・ポッターなんですよね?」
「うん。ほら」
ハリーが髪をかき上げると、額には稲妻型の傷跡がありました。噂通りの傷跡に少しばかり感心して見つめていると、恥ずかしくなったのかハリーは髪で傷を隠そうとします。
「いえ、もうちょっと見たいので隠さないでください」
「あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
「もう少しだけ。あ、ありました」
ゴソゴソとローブをまさぐると、目当てのものが見つかりました。
「カメラ?」
「せっかくなので記念写真を両親に送ろうかと。できればツーショットで」
隣に腰を下ろして肩と顔を寄せると、反射的にハリーに引かれてしまいます。
「撮影料でしょうか? それとも肖像権?」
「い、いやそういうのじゃなくて!」
なんだか顔を赤くして落ち着かない様子のハリーを、ロンがニヤニヤとながめています。それに気づいたハリーがムッとして百味ビーンズを投げつけていますが、本当に何なんでしょう?
「もうちょっと寄ってくれますか。あ、そんな感じで。はい、チーズ」
「ち、ちーず」
カシャッと軽快なシャッター音が響きます。
「なんでチーズ?」
「マグルの文化です」
「イレイナはマグルにも詳しいんだね」
「マグル育ちなので」
言われてみれば、何故チーズなのでしょうか。私にも分かりません。
「では、お二人ともまた後で」
ついでにハリーのサインも貰い、二人にはそこで別れを告げました。写真は後で両親にフクロウ便で送ってあげましょう。
――そんなこんなで。
前の車両でハーマイオニーがネビルのヒキガエルを見つけた頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。私はいそいそと制服に着替え、あとは特急列車の停車を待つばかり。
ホグワーツは、もうすぐです。
主要3人組+ネビル+マルフォイ再登場。
ちなみにホグワーツはスコットランドにあるらしく、ロンドンのキングズ・クロス駅からだとかなり遠いなーと。そりゃあ、到着する頃には夜になってますよね。