ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
2年目のクリスマス、ホグワーツには例年にも増して人がいませんでした。
ハロウィーンにミセス・ノリスが、クィディッチ戦の次の日にコリン・クリービーが、そして事件に拍車をかけるように、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーと「ほとんど首無しニック」が石になったというニュースは、ホグワーツに更なる混乱を招いていました。
特に被害が大きかったのはハリーで、パーセルマウスであることが「決闘クラブ」で発覚してからというもの、「スリザリンの継承者」として完全に容疑者扱い。
加えて学校に得体の知らない怪物が徘徊している……そう考えた誰もが逃げるように帰宅したため、ホグワーツは葬式かと思うくらい静まり返っています。
そんな中、私はというと―――。
「ではサヤさん、次は風魔法とかどうでしょうか?」
魔法を教えるといってずっと放置していたグリフィンドールの1年生、サヤさんとの約束を果たすべくクリスマス特訓をしておりました。
「風魔法ですか?」
「ええ、風の流れを操作するもので、ちょっと空気の流れを変えるだけでも攻撃なんかに応用できる便利な呪文ですよ」
実家がはるか東方にあるサヤさんは帰国の旅費を節約するため、そしてホグワーツ留学に必要な奨学金を得るため、クリスマス・シーズンは約束通り私がマンツーマンで魔法の特訓をしております。
一応、スリザリンの継承者騒ぎが怖くないのかと聞いてはみたのですが。
「ダンブルドア校長がいるから、たぶん大丈夫じゃないですか? あと実家で親に心配されたらホグワーツに戻れなそうですし」
中々に豪胆な子でした。まぁ、そのぐらい図太い神経がないと魔法使いなんてやってられません。
まぁ、そんなわけで私もサヤさんとの約束通り、クリスマス休暇中は個人レッスンをしているわけなのです。
「空気を丸めてぶつけるようなイメージですると、上手くいきますよ。こんな感じで」
私が杖を振るうと、強風が目の前に置かれた瓶をかすめ、がたがたと頭を揺らしました。
「では、やってみてください」
「こ、こうですか?」
びゅんっ、とサヤさんが杖を振るいます。風魔法自体はフリットウィック先生の授業で最初の方に教えられるので、風を生み出すこと自体は出来ていました。
しかし、残念ながら彼女の生み出した風は瓶の上を通り過ぎてしまいます。惜しい。
「杖の持ち方が違っていますね。風の操作は繊細なので、強引に振っても上手くいきません」
「えっと……じゃあ、こうですか?」
びゅうっ、と再び風が通り過ぎていきます。
「こうですよ」
私が杖を振るうと、瓶がカタカタと揺れました。サヤさんが感心したように「わぁー」と声を漏らし、優しく杖を握り直します。
「えいっ」
私の見様見真似でしたが、瓶にはかすりもしません。
「仕方ありませんね……身体で覚えてもらいましょうか」
「か、身体でですか!」
「ええ。身体で、です」
なぜか耳を真っ赤にしているサヤさんの背後に回り込み、両手首を掴みます。一瞬、ビクッと肩を震わせたサヤさんの耳元で、私は優しく語りかけます。
「では、行きますよ―――」
そんな感じで練習を日が暮れるまでしたのですが、彼女はまるでダメでした。むしろ私が背後に回ってからの方が下手になったような……?
**
そんな感じで意外に義理堅い私はサヤさんとの約束を果たすべく日々個人レッスンの毎日を送っているわけですが、クリスマスの間ずっと彼女に付きっ切りというわけではありません。
日暮れと共にサヤさんと別れ、私が向かった先はお城の3階にあるロックハート先生の研究室でした。
「失礼します」
軽くノックするとドアがパッと開かれ、真っ白な歯をのぞかせたロックハート先生がにっこりと微笑んでおりました。
「おや、未来の作家先生のお出ました! さぁ、中へ入りなさい」
部屋の壁にはロックハート先生のサイン入り写真が数えきれないほど飾ってあり、たくさんの蝋燭に照らされて明るく輝いていました。机の上には、書きかけの原稿らしきものも積み上げられています。
「では、お願いします!
そう言って私が差し出したのは、50枚ほどの原稿用紙。ロックハート先生がそれを受け取って読んでいる間、休暇中の宿題やレポートをカリカリと書く音だけが部屋に響いておりました。
そのまま1時間も経過したころでしょうか。ロックハート先生が「ふむ」と呟いて顔を上げると、私もレポートを書く手を止めます。
「どうでしょうか?」
「中盤から終盤にかけての盛り上がりが、やや欠けていますね。ですが序盤の引き込み方は見事なものです!」
ロックハート先生はにこっと笑い、指をパチンと鳴らします。するとホグワーツで働く屋敷しもべ妖精が「姿あらわし」でポンっと出現し、二人分のミルクティーを注いでくれました。
「‟ゴーレム”で自爆攻撃するというラストは使い古された感がありますが、巨大化した“ケルピー”がロンドンに上陸して大暴れというコンセプトや、主人公である魔法大臣が‟お役所仕事”に揉まれつつ立ち向かう、というストーリーは非常に独創的です!」
そう、クリスマス休暇の間、私もロックハート先生から文芸の個人レッスンを受けていました。
そして私が添削してもらってるのは一昨日の宿題だった、3つのお題をもとに作る三題噺というもの。
ロックハート先生の出したお題は‟ケルピー”、‟お役所仕事”、‟ゴーレム”という謎の組み合わせで、これを短編小説にするのです。
ロックハート先生は魔法の腕と教師の能力こそからっきしですが、作家としての文才は勲三等マーリン勲章(魔法界の知識・娯楽に貢献した人物に贈られる)を授与されている点からも、確かなものです。
いずれ世界中を旅して自分の物語を書き記そうと思う私にとって、現職の売れっ子作家が直に、それもタダで添削指導してくれるなんてチャンスを逃すわけにはいきません。
というわけでダメ元で頼んでみたところ、割とあっさりOKが出たので、クリスマス期間中は毎日のようにロックハート先生の部屋に押しかけているわけです。
「では最初に、ちょっと細かい話になりますが、3枚目の14行目。セレステリアさんはここで“Dungeon”という言葉を使っていますが、これは広い意味で‟地下室”ですが、英国ではこちらが一般的であるものの、アメリカでは“地下牢”という狭い意味で使われることが多く、誤解を招きやすい表現です。気を付けてくださいね」
こういうとこは流石プロです。
「今回のお題で、イレイナさんは実によくお役所仕事について調べてくれていますね。感心感心、文字を書くにはまず、書きたいものについてキチンと下調べをするのも重要な事です」
ですが、とロックハート先生は続けます。
「いささかディテールにこだわり過ぎて、話のテンポと登場人物の描写が犠牲になってませんか? 設定資料集ならともかく、読み物としては淡泊な感じが否めません」
「うっ……」
痛いところを突かれました。
「もちろんリアリティは大事です! しかし、それは読者が肌で感じられるものでなくてはならない!ごく一部のマニア向けと割り切るのも手ですが、ディテールに引っ張られてストーリー展開やキャラクター像を狭めてしまうのは、本末転倒というものでしょう」
――グサグサッ!
笑顔でめっちゃ的確にクリティカルを決めてきますよ、このホラ吹きおじさん。
「後はタイトルが駄目ですね。イレイナさんの『テムズ・バリアーズ』という案だと、中身が少し伝わり辛いかもしれません。タイトルを一目見るだけで内容が分かる、というのは忙しい現代魔法使いが必要としているものです!」
言われてみれば、ロックハート先生の本は『バンパイアとバッチリ船旅』とか『狼男との大いなる山歩き』とか、タイトルから大体の内容が想像つきそうなものばかりでした。
うーん……ホントこの人、なんで『闇の魔術の防衛術』の教師なんかやってるんでしょう。さっさと作家に戻って新作でも書きやがれです。
まぁ、それも少し前に遠回しに聞いたことはあるんですが。
「だって、‟元・ホグワーツ『闇の魔術に対する防衛術』教師ギルデロイ・ロックハート”って肩書き、最高にイケてるじゃないですか!」
完全に、なんちゃって学者タレントとかの発想でした。
たしかに人間は権威に弱い生き物ですし。小説・評論家でも元・外交官とか元・医者みたいな経歴がついてると、なんか言ってることも自然と専門家っぽく聞こえてくるものです。
なお、そんなやり取りをしている間にも、ロックハート先生はさらさらと羊皮紙に赤インクの羽ペンで次々に文字を書いていき、私の元へ返ってくるころにはほとんど真っ赤っ赤。いわゆるボツという奴でした。
「……」
別に本業じゃないので落ち込みはしませんが、もし将来いつか書こうと思っている旅の物語が、こんな風に添削されたら軽く涙ぐむ自信はあります。
「しかし、イレイナさんはとても勉強熱心ですね! しっかり下調べして世界観を作った上で、過去の名作から登場人物やシナリオ展開の王道をうまく組み合わせて、キャラとストーリーをよく作りこもうとしているのが伝わってきます」
ですが、とロックハート先生は続けました。
「イレイナさん、それは
「それは……えっと」
痛いところを突かれました。
上手にお題に対応して、物語を作ったはずでした。色々な人の作品を読んで、下調べをして。それを元に、パズルのピースをはめるように。
でも、それだけでは物語とは言えません。いわば、機械学習的に作った最適解の寄せ集め。それは私の物語ではなく、どこかの誰かの物語。
もちろん、お題がある以上はそれに沿って進めなければなりません。
――けれども。
その中で、どれだけ自分を出せるのか? 自分はどこまで突き詰められるのか? 他の人に自分をどう魅せるのか?
それもまた、腕の見せ所なのだと。
そこで、その他大勢と差が付くのだと。
ロックハート先生はそう言って、言葉に詰まった私にいつものスマイルで聞いてくるのです。
「せっかくなら、あなた自身が面白いと思える物語にしてみませんか?」
**
それから、私はロックハート先生と夜中まで語りつくしました。
「このキャラは『ニケの冒険譚』に出てくる弟子フーラに似ているなー、なんて」
「ふむふむ。具体的には、どの辺が似ていると感じましたか?」
「だから恋愛要素なんて余計だと思いまして――」
「でも、さっき言った別の本では感動したとも言ってましたよね?」
「言ってましたね」
「どの辺に違いがあると思いますか?」
「――というわけで、どうしても続きが気になるんですよね」
「では逆に、なぜこの作者は敢えて続きを書かなかったと思います?」
結局、大部分の質問は大して意味のない、雑談の延長にしか過ぎなかったのかもしれません。
私の感想はありきたりで、野次馬の愚痴みたいなものも少なくありませんでした。
ですが、それでもロックハート先生は、私が何を考えて何を感じたかを知ろうとして。同じように本の作者のこと、本に書かれていることを知りたいと、ひたすら質問を重ねてきます。
――埋もれている何かを、ひたすら追い求めるように。
――忘れてしまった何かを、必死に探し求めるように。
そして最後には、決まってこう付け足すのです。
「私だったら、こうしますね! こっちの方が絶対にもっと良い作品になります! なぜなら――」
正面から作者に、作品にぶつかって。「自分がもっと面白くしてやる!」と本気でぶつかっていく姿勢は、紛れもなくプロそのもの。
もっと色んな人に作品を楽しんで欲しい。でも、何より自分が楽しめる話にしたい……だから、そうなれるような物語を紡ぐのだと。
そう熱く語る姿は、まるで少年のようで。
そんな先生を見て、私も思わずこんな言葉を漏らしてしまったのです。
「ロックハート先生は………本当に、物語が好きなんですね」
はっと、ロックハート先生が目を見開きました。綺麗なブルーの虹彩が驚いたように大きくなり、呆けたように私の顔を見つめてきます。
「……そう、思いますか? イレイナさん」
「思うというか、そう伝わってくると言いますか」
「伝わってくる、ですか」
後から思い返せば、ちょっとロックハート先生の様子は変だったかもしれません。思いは伝わる、なんて柄にもない事を言ったせいで「この子も思春期だなー」とか呆れていたのかもしれません。
でもその時の私は、自分の事しか考えて無くて。先生の変化に気づく代わりに、なんとも自分本位な質問をしてしまいます。
――ホグワーツを卒業したら旅がしたい。旅をして、自分が見て、経験したことを本にしたい。ニケがそうしてくれたように。私も誰かに私の物語を届けたい。
――でも、どこかの誰かへ本当に届くのでしょうか。私が感じた嬉しさや不安、必死さは、誰かの人生を少しでも明るくできるでしょうか。
なんて、子供っぽい漠然とした夢ばかり考えて。
「先生、私は……物語の主人公になれると思いますか?」
少し前のめりになった私に、ロックハート先生はどこか柔らかい表情で。
「
そう、はっきりと言ってくれたのでした。
文芸部の顧問とかなら、普通に良い顧問になれそうなロックハート先生。
イレイナさんの最後の発言は、魔女の旅々OP『リテラチュア』より。
『テムズ・バリアーズ』 イレイナさん(著)
ある日、突如としてドーバー海峡に出現した300フィート越えの超巨大ケルピー。その情報はすぐさま魔法大臣の耳にも入り、慌ただしく動くイギリス魔法省。
目的も正体も分からないままロンドンへと向かっていく、突然変異した巨大ケルピー『テムズ川のアイツ』に翻弄される魔法省は曲者ぞろいの対策本部を設置、イギリス魔法界の英知を終結させて団結し、かつてない大きさの巨大人型魔法兵器『ゴーレム』を開発した。
『テムズ・バリアーズ』と名付けられた4体の巨兵はケルピーとの戦いに乗り出してゆく……。
元ネタは「パ〇フィック・リム」と「シン・ゴ〇ラ」。特に他意はありません。