ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第19章 ~秘密の部屋へ~

                        

 それは突然の事でした。

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐ戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」

 

 休憩時間のベルが鳴る代わりに響いたのは、魔法で拡大されたマクゴナガル先生の声でした。

 

 

「また襲われたの? グレンジャーに続いて?」

 

 パンジーが呆れたような声を漏らし、私たちはぞろぞろとスリザリン寮へと戻っていきます。

 こみあった談話室では皆が何があったのかと議論を戦わせており、不安そうな顔もあれば、どうせ自分は純血だから大丈夫と高をくくっている人もいました。

 

 

 **

 

 

 ややあってから談話室の扉が開き、サッと土気色の顔をしたスネイプ先生が入ってきます。

 それまで会話していた人もすぐ黙り込み、皆が注目する中、スネイプ先生は口を開きました。

 

「グリフィンドールのジネブラ・ウィーズリーが、怪物によって『秘密の部屋』へと連れ去られた」

 

 しんと静まった談話室にスネイプ先生の声が響きました。

 

「現場には血文字でこう書かれていた―――『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』と」

 

 隣から聞こえてきたのは、ダフネがはっと息を吞む音。

 

 

 ジニー・ウィーズリーがさらわれた……その事はこれまでの被害者たち以上に、スリザリン寮では重要な意味を持ちます。

 

「ウィーズリー家は純血なのに、どうして……」

 

 ぽつり、と誰かが呟いた言葉は、さざ波のようにスリザリン生の間にも広がっていきました。

 

 これまで襲われたのはマグル生まれのジャスティンやコリン、そしてハーマイオニーだったため、どこかで「純血」の自分たちは大丈夫だと安心していたのでしょう。

 純血を重んじるスリザリンであれば、怪物がホグワーツを徘徊していても自分たちは見逃してもらえると。

 

 

 ですが、その根拠のない自信が単なる幻想だと気づいたのです。もしかすると、次に襲われるのは自分かもしれない……今さらながら恐怖で誰もが押し黙ってしまいました。

 

「学校は閉鎖される。そして君たちは明日の朝一番、ホグワーツ特急で帰宅してもらう。すぐに荷物をまとめなさい」

 

 スネイプ先生がそう言うと、皆が一斉に慌ててそれぞれの部屋へと帰っていきます。

 

 

 ――ただ一人、私を除いて。

 

 

 最後まで部屋に残った私に、スネイプ先生は怪訝な目を向けました。

 

「……セレステリア、どうしたのかね?」

 

 私は少し思い悩んだ後、意を決して質問します。

 

「えーっと、先生方はこれから例の怪物をどうされるおつもりで……?」

「ああ、その事か」

 

 スネイプ先生は意地の悪い笑顔を浮かべ、肩をすくめて答えました。 

 

「ちょうど適任者がいてな。彼に任せることにした」

 

 適任者、というのがロックハート先生を指しているのは明白でした。

 

「運よく彼が退治してくれれば、それに越したことは無い。その場合は、ホグワーツに残ってよろしい」

 

 そんな事は間違いなく無いと思うが、と言いたげな顔で、スネイプ先生は「早く部屋に戻りなさい」と言って談話室から去っていきました。

 

 

 

(まぁ、まずロックハート先生には荷が重いでしょうね)

 

 というか、無理でしょう。あの人、英雄でも何でもなく、英雄の逆ゴーストライターに過ぎませんし。

 

 きっと今ごろ、無茶ぶりされて断ることも出来ず、大慌てで夜逃げの準備でもしてるんじゃないでしょうか。スネイプ先生たちも全く期待していないようでしたし、早ければ今晩中にもホグワーツを去ってしまうでしょう。

 

 ぶっちゃけホラを吹き過ぎたロックハート先生の自業自得としか言いようがありませんが、個人的には色々とお世話になった方でもあります。挨拶も無しにこのまま別れてしまうというのも、ちょっぴり残念でした。

 

「……せめて一人ぐらい、見送ってあげる人がいても悪くありませんよね」

 

 

 **

 

 

 ロックハート先生の部屋に向かうと、すでに先客がいました。

 

「先生、お知らせしたいことがあるんです」

「お役に立てると思います」

「お願いします! ボクの友達を、ジニーを助けてください!」

 

 部屋の前にいたのはハリーとロンにサヤさんで、扉からロックハート先生が非常に迷惑そうな顔で覗いていました。

 

「あー、いや、今はあまり都合が―――」

 

 そこでロックハート先生は、私の姿に気づいて口を止めます。つられてグリフィンドールの3人も私の方を向きました。

 

「「イレイナ?」」

「イレイナさん!」

 

「はい、イレイナです」

 

 私がつかつかとロックハート先生のところへ歩いていくと、ロックハート先生は少し迷ったような顔をした後、「いや、いいでしょう」とそのまま部屋へ入れてくれました。

 

 

 部屋の中はほとんど全て片付けられ、床には大きなトランクが2つ。片方にはローブがごちゃ混ぜに突っ込まれ、もう片方には本と写真が押し込められていました。

 

「どこかへいらっしゃるのですか?」

「緊急に呼び出されてですね……仕方なく……行かなければ」

 

 ハリーが質問すると、ロックハート先生は自分のポスターを丸めながら生返事で帰します。

 

「ジニーはどうなるんですか?」

「そう、そのことだが……まったく気の毒なことだ。誰より私が一番残念に思っている」

「貴方は『闇の魔術に対する防衛術』の先生なのに!」

「いや、しかしですね……私がこの仕事を受けた時、職務内容には何も、こんなことは……」

 

 サヤさんとロンの非難するような声に、ロックハート先生はもごもごと口ごもるばかり。

 

「先生、逃げ出すっておっしゃってるんですか!? 本に書いてあるように、あんなに色々なことをなさった先生が!?」

 

 信じられないような顔で叫ぶハリーに、ロックハート先生は微妙な言い方で返しました。

 

「本は誤解を招く……セレステリアさんなら、分かってくれるでしょう?」

 

 ロックハート先生が絶望的なしかめっ面で、私に話を振ってきました。

 

「ええ、そうですね」

 

 どういうことだ?という顔をするハリー達に、私は肩をすくめて答えます。

 

 

「ちょっと考えればわかる事ですよ。ロックハート先生の本の質と、授業を比べてみれば、明らかにアンバランスです。つまりですね、この人はただの作家であって、それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 

 私が代わりに答えると、ハリーたちは信じられないといった表情を浮かべます。

 

「名作の中にはですね、けっこう逆ゴーストライターなんてのもいるもんです」

 

 古いマグルの小説家のうち、イギリスを代表する女性作家には時代柄、男性ペンネームで売り出したからこそ世に広まった名作も少なくありません。ブロンテ姉妹などは、マグルのイギリス人なら誰もが知る名作家です。

 

 あるいはそこまで行かずとも、ロックハート先生の本は自伝という体裁をとっております。そして回顧録や自伝というのは往々にして、著者の主観が大きく入り込むもので、かなり話を盛ったり自分に都合よく解釈しているものも少なくありません。

 

「大方、どこかで冒険者の話を聞きつけて取材して、それを全て架空の英雄‟ギルデロイ・ロックハート”の手柄ということにして、売り出していったんでしょう」

 

 ロックハート先生は貴重な冒険譚を物語としてまとめられるし、冒険者の方もインタビューといくらかの印税収入が入る……そして読者は物語として、それを楽しむ。大方、そんなカラクリなのでしょう。

 

 口で言ってしまえば簡単ですが、同じことを誰もが出来るわけではありません。

 

 インタビュー内容を本にまとめて編集して、書店に営業をかけたり、サイン会でPRしたり、ファンレターに直筆のサインをするのだって、立派な仕事です。

 たとえ英雄譚それ自体は本人の功績でなくとも、そうした地道なマネジメントの成果は間違いなくロックハート先生が努力した結果と言えるのではないでしょうか。

 

 

 それに、と私は続けました。

 

「そもそもロックハート先生は‟『闇の魔術の防衛術』担当教師”としてホグワーツに招かれています。教師職では授業や採点などの教務に加え、生活指導や進路指導、場合によって庶務も担当しますが……常識的に考えて、怪物と戦うなんてのは教師の職務契約範囲外ですよ」

 

 

 通常のジョブ・ディスクリプションであればそれが普通でしょうし、もし怪物と戦うことがこっそり契約書に含まれていたとしても、不当な契約として訴訟を起こせばそこそこ意見は通るはずです。

 

 授業にしてもおよそ実践的とは言えませんでしたが、去年のクィレル先生も座学中心で似たり寄ったりであることを考えると、無能を理由にクビにすることは出来ても、それ以上の要求は法律的に難しいと言わざるを得ません。

 

 

「というわけで、ロックハート先生が逃げ出したところで罪に問うのは難しいでしょう。せいぜい夜逃げを理由に職務怠慢で訴えるのが関の山でしょうが、職務契約に無い怪物との戦いを強要されたと抗弁すれば、両成敗となる可能性が一番高いかと」

 

 

 私が語り終えると、なんとも気まずい沈黙が流れました。

 

 

 もちろん、私とてハリー達の気持ちが分からないわけではありません。ただ、ロックハート先生の方も自分の身を危険に晒してまで、生徒を救う義務は無いというだけのこと。そういうのは、魔法警察なり闇祓いの仕事です。

 

 

 

「というわけで」

 

 私はロックハート先生に向き直ると、どこか困惑したような顔をしている先生にぺこりと頭を下げました。

 

 

「さようなら、ロックハート先生。一年間、お世話になりました」

 

「―――」

 

 微かにロックハート先生が、何か言いたそうな苦悩の表情を浮かべたのは、気のせいだったのか。あるいは、もっと何か別の……。

 

 いえ、それは私が気にしても仕方ないことでしょう。

 

 

 それより、せめて個人的にお世話になった先生とは、なるべく気持ちよく別れたいものです。

 だから、私は敢えておどけ表情で神妙な顔をしている作家先生(ロックハート)に言いました。

 

「次の新作、期待してますよ――()()

「……え、ええ! もちろんですとも!」

 

 そう言ってお馴染みのウィンクを返したロックハート先生は、既にいつもの先生に戻っていて。ハリー達が止める間もなく、バタバタと慌ただしく部屋から出ていったのでした。

 

 

 こうして、ロックハート先生は私たちの前からいなくなってしまいました。

 

 

 残された部屋にはまだポスターやサイン入りの本がいくつか転がっていますが、それもすぐホグワーツの屋敷しもべ妖精たちが、次の『闇の魔術に対する防衛術』の先生が来るまでに綺麗さっぱり掃除してしまうのでしょう。

 

 まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。

 

 

 **

 

 

「さて」

 

 私はハリー達に向き直って、一言。

 

「そんな怖い顔しないでください。正直に言って、さっきのが私の我儘だという自覚はあります。もし手伝えることがあるなら、協力ぐらいはしますよ」

 

 そう言うと、ハリーはロン、サヤさんと顔を見合わせ、首を傾けて「行こう」と合図しました。

 

「僕たちは『秘密の部屋』の在処を知っている」

「中に何がいるのかもね」

「イレイナさんがいれば百人力です!」

「ちなみに何がいるんです?」

 

「バジリスク」

 

 ハリーの口から出てきた言葉は、軽い驚きと納得の両方をもたらすものでした。

 

 毒蛇の王・バジリスク……ヒキガエルの下でニワトリの卵を孵化させることで生まれる、巨大な蛇の怪物。数百年から数千年の寿命を持ち、万物を殺すとも言われるほど強烈な腐食性の毒牙、そして何より恐ろしいのは直視した相手を殺すその瞳です。

 

「そんなもんを、これから倒しに行くと?」

「ジニーを助けるためだ」

 

「……まぁ、仕方ありませんね」

 

 ハリー達の有無を言わせぬ勢いに圧倒され、私は一緒に階段を降り、暗い廊下を通って「嘆きのマートル」のいる女子トイレに辿り着きました。

 

「ここだ」

 

「……よく知ってましたね。女子トイレなのに」

 

 私がジト目で言うと、微妙に気まずそうな顔になるハリーとロン。

 

「えぇっ!? それって、まさか――」

「サヤさん、それ以上いけません」

 

 顔を真っ赤にして「あわわわわ」と男子二人から距離を取ったサヤさんに、私は優しく告げました。

 

「年頃の男子なんてそんなもんです。サヤさんも気を付けるのですよ」

「は……はい!」

 

「いや違うからね!? 僕たちがなぜ知ってるかというと、その……えーっと」

 

 いい感じの言い訳が見つからなかったらしいハリーが、「たすけて」という視線をロンに向けました。

 

「ええっと、なんていうか……あ、そうだ! サラザール・スリザリンが実は変態で――」

 

 ロンが適当にホラ吹いて誤魔化そうとした時、不意に「嘆きのマートル」がトイレからひょこっと現れ、ハリー達を見るなり声をかけてきます。

 

「あら、アンタたちだったの。今度は何の用?」

 

() () ()?」

 

 聞き捨てならない言葉に私が反応すると、ハリーとロンはますます顔を赤くして「何でもない」と言い訳になってない言い訳で誤魔化そうとしました。

 

「マートル、君が死んだ時の様子が聞きたいんだ」

 

 慌てて話題を変えるようにハリーが言うと、マートルさんは嬉しそうに語り始めます。

 

「よく覚えてる。怖かったわ……鍵をかけて泣いていたら、誰かが入ってきて外国語で何か言ってたの。しかも男子の声よ? だから嫌で‟出てけ、男子トイレ使え!”って言おうとして、鍵を開けたら……――死んだの」

 

 マートルさんがヒソヒソ声になります。

 

「原因は分からない。覚えてるのは大きな黄色い目玉が2つ、それを視たら全身が金縛りにあったみたいになって、それからふわーって身体が浮いて……気づいたらゴーストとして戻ってきたの」

「その目玉って、正確に言うとどの辺で見たの?」

 

 ハリーが質問すると、マートルさんは手洗い台のあたりを指さしました。

 

「パッと見は普通の手洗い台のようですが……おや?」

 

 よくよく見るとブロンズ製の蛇口の脇には、引っ掻いたように彫られた小さい蛇の形が。

 

「ハリー、何か蛇語で言ってみろよ」

 

 ロンが言うと、ハリーはじっと蛇口を見つめ、本物の蛇だと思い込もうとしているようでした。

 しばらくすると、ハリーの口から奇妙なシューシューという音が漏れてきます。

 

 すると蛇口が回転し始め、手洗い台が動き出しました。やがて手洗い台が沈み込んでいくと、太いパイプが剥き出しに。

 

 

「……まーた地下トンネルですか」

 

 なんか去年にも、似たような経験したような。

 

「なら、どうにかなるさ。去年と同じようにね」

 

 ロンが肩をすくめ、私も「はぁ……」と小さく溜息を吐いて覚悟を決めます。そしてハリー、私、サヤさん、ロンの順に、私たちは果てしないホグワーツの地下へと1年ぶりに吸い込まれていったのでした。

 




 
 ロックハートがこの後どうなったかについては、また後の話で出てくるのでお待ちください。

Q.「ハリーとロンがアラゴグと戯れてた間、イレイナさんは何してたんですか?」
A.「真面目に期末試験にむけて勉強してました」
      
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