ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーは細長く奥へと延びる、薄明りの部屋の端に立っていました。
蛇が絡みあう彫刻を施した石の柱が何本もそびえ、最後の柱の先には上へ上へとそびえる天井に届くほどの石像が目に入ります。
年老いたサルのような顔に、細長い顎鬚……それはサラザール・スリザリンの石像でした。
「ジニー!」
石像の足元には、燃えるような赤毛の黒いローブの少女がうつ伏せで横たわっていました。
「ジニー! 死んじゃダメだ! 目を覚まして!!」
ロンが妹の傍に駆け寄ります。膝をつき揺り起こしながら名前を叫んでも、彼女が目を覚ます気配は一向にありません。
その顔は大理石のように白く冷たく、ロンが泣きながらいくら揺さぶっても、虚しくグラグラと揺れるばかり。
その様子を、少し離れた距離から見守る2人の魔女がいました。そう、私とサヤさんです。
「――二手に分かれましょう」
私が提案したのは、4人を2組に分けてバジリスクを警戒するという方法です。単純に単独行動はリスクが多く、かといって全員で固まったら一網打尽にされる恐れがありました。
バジリスクは1匹だけなので(何匹もいたらお手上げですが、そんなに沢山いるならとっくにホグワーツを強襲しているはずです)、2組に分かれれば注意を分散することで翻弄できるかもしれないからです。
「イレイナさん、私たちも……」
逸る声で催促してくるサヤさんに、私は首を横に振りました。
「まだバジリスクが隠れているかもしれません。警戒を続けてください」
ハリーとロンの無警戒っぷりを責められるほど、私も情に疎いわけではありません。誰だって自分や親友の妹を瀕死の状態で見つけたら、冷静ではいられないでしょう。ましてやハリーもロンもまだ、13歳の少年でしかありません。
「その子は目を覚ましはしないよ」
不意に、ハリー達の近くから静かな声がかかりました。いつの間にか、背の高い黒髪の少年が彼らの傍にある柱にもたれてハリー達を眺めていました。
ですが、まるで曇りガラスの向こうにいるかのように、輪郭が奇妙にぼやけています。私は思わず目を袖でゴシゴシして、絹のように滑らかな頬を自分で引っ張っぱりました。
「……歳でしょうか。なんかもやっとしたような人の幻覚が」
「えっ、イレイナさんにも見えるんですか!」
サヤさんにも見えていたそうです。
「トム……トム・リドル!?」
ハリーが驚いたような声をあげると、リドルと呼ばれた少年は頷きました。それを見たロンが、信じられないような顔で叫びます。
「トム・リドルだって!? 50年も前の人間じゃないか!」
しかしリドルは薄気味悪い笑顔を浮かべたまま、そこに立っていました。薄気味悪いぼんやりした光に包まれた靄のようなリドルに気押されたのか、ロンは恐る恐る口を開きました。
「目を覚まさないって、どういうこと……?」
「その子はまだ生きてはいる。だが、辛うじてだ」
「まさか、ジニーは―――」
「放っておけば、もうまもなく息絶える」
リドルの言葉に、ロンはショックのあまり言葉を失って項垂れました。
「君はゴーストなの?」
「記憶さ。日記の中に50年残されていた記憶だよ」
ハリーの言葉に、リドルは静かに巨大なスリザリンの石像近くの床を指さします。そこには小さな黒い日記帳が、開かれたまま放置されていました。
「トム、助けてくれないか。ジニーをここから運び出さなきゃ……バジリスクがいるんだ。いつ出てきてもおかしくない……」
「呼ばれるまでは来やしない」
「どういうこと?」
リドルが落ち着き払って答えます。ちょっとパニック気味のハリーはまだ言葉の意味が呑み込めない様子でしたが、ここまで来れば誰が犯人で、この一連の黒幕であるかを推測するのは難しいことではありません。
「どういうことだって? それは、あの日記が僕の日記だからだ。おバカさんのジニーの愚痴につき合って心を打ち明けさせることで、僕は彼女の魂を餌食として強くなっていった。そして今度は逆に、僕が彼女に魂を注ぎ込むことで、彼女にこの『秘密の部屋』を開けさせたんだ」
リドルは柔らかい口調で、バジリスクの天敵たる雄鶏を学校中で絞殺したこと、壁に脅迫の文字を書いたことも、4人の被害者にバジリスクをけしかけたのも、全て操られたジニーの仕業だと告白します。
「まぁ、そんなことはもうどうでもいい」
リドルが静かに言いました。
「僕の新しい狙いはハリー、君だ」
リドルはむさぼるような目でハリーを見つめ、ハリーの杖をもてあそびながら、ゆっくりと口を開きます。
「これといって特別な魔力も無い赤ん坊が、どうやってヴォルデモート卿の力を打ち砕いたのか……」
「どうして君がそんな事を気にするんだ?」
ハリーが慎重に問うと、リドルは薄い笑顔を浮かべ、杖で空中に文字を描きました。
『TOM MARVOLO RIDDLE(トム・マールヴォロ・リドル)』
もう一振りすると、名前の文字が並びを変え、まったく別の文になりました。
『I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)』
「…………」
私は開いた口が塞がりませんでした。
きっと学生時代のリドルは、どうやれば自分の名前でイカしたアナグラムを作れるか、めちゃくちゃ頭を悩ませて考えたのでしょう。
人はその病を「厨二病」と呼び、平均的には14歳ごろに発症することが多いとか。
「分かったかね? この名前はホグワーツ在学中に既に使っていた。もちろん、親しい友人にしか明かしていないがね」
きっと痛い子だと思われていたと思います。
「ヴォルデモート卿は僕の過去であり、現在であり、未来なのだよ。汚らわしいマグルの父親姓をそのまま使うとでも? もちろんノーだ。僕は自分で自分の名前を付けた。いつか僕が世界一偉大な魔法使いとなり、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を!」
自分の黒歴史を嬉々として語るトム・リドルさん。正直、もう痛々しくて聞いてられません。
「サヤさん、一緒にやりましょう」
私と同じく残念な子を見るような目でリドルを見ていたサヤさんが頷き、私たちはリドルとハリーの激論を他所に簡単に作戦をたて、2人同時にリドル目がけて呪文を放ちました。
「ロコモーター・モルティス-足縛り!」
「エクスペリアームス-武器よ去れ!」
サヤさんの杖から白い光が飛び出し、私の杖からも赤い閃光が飛び出します。突然の奇襲にリドルは一瞬だけ面食らいますが、即座にサヤさんの呪文をはじき返しました。
しかしハリーたちに気を取られていたのが災いしてか、あるいは単に転がったハリーの杖を拾っただけなので杖の忠誠心を得られなかったのか。リドルは私の武装解除呪文を防ぎきるまで至らず、ハリーの杖は空中に放り出されて、素早くハリーがそれをキャッチします。
「まだネズミが隠れていたかッ!」
リドルの顔が怒りで真っ赤に染まり、その口が蛇のように裂けてシューシューと低い声をもらしました。
何を言ってるのか分かりませんでしたが、リドルの声に応じるようにスリザリンの巨大な石像の口がだんだんと広がっていき、その中で何かが蠢くのが見えました。それは奥の方からズルズルと這い出してこようとしています。
恐らく、噂に聞く毒蛇の王・バジリスクでしょう。
「逃げてください!」
慌てて叫ぶと、ハリーとロンが血相を変えてその場を離れるのが見えました。
「い、イレイナさん、ボクたちどうしたら――!?」
「落ち着いてください、サヤさん。こんなこともあろうかと」
私は近くに転がっていた瓦礫を適当に掴み、サヤさんにしっかり持っているように告げます。そして私は杖を振り上げ、変身術の試験のために必死に覚えた呪文を叫びました。
「ガリュフォース-雄鶏となれ!」
実は生物の出現はめちゃくちゃ難しく、決闘クラブで蛇を出したドラコの「サーペンソーティア」も、ああ見えて2年生で成功させられるのは中々の実力がないと出来ません。
ただし「何もないところから生物を出す」ならともかく、「何かを生物に変身させる」というレベルの変身術であれば、マクゴナガル先生の授業でそれなりに勉強していますし、雄鶏ぐらいであれば割と普通に変身させることも出来るのです。
「イレイナ、それって――」
「名前はコカトリスです。いま決めました」
「別に名前とかいいから!」
ハリー達が焦りながら逃げてくると、トム・リドルが悪態を吐いてきました。
「逃げても無駄だ! 君の大好きなダンブルドアはもういない!」
「ダンブルドアは君が思っているほど、遠くには行ってないぞ!」
そうであってくれ、というハリーの必死の叫びに応えたのは―――この世のものとは思えないほど美しい不死鳥の歌声………ではなく、甲高い雄鶏の鳴き声。
「Cock-a-doodle-doo(クック ドゥードゥル ドゥー)!!」
サヤさんが抱えた雄鶏の嘴から、耳をつんざくような鳴き声が『秘密の部屋』に響き渡っていったのでした。
オリジナル呪文:ガリュフォース
・石を雄鶏に変える呪文。マルフォイが決闘クラブで蛇を出せるぐらいなので、このぐらいなら2年生でも出来そうかなと。バジリスクに対して致命傷にはならないけど、妨害ぐらいは。
・変身呪文には「アヴィフォース-鳥になれ」と、ゲーム版で「ドラコニフォース:物をドラゴンに変える呪文」や「ラピフォース:物をウサギに変える呪文」があり、基本的に「ラテン語の動物名+フォース」という法則っぽいので、雄鶏を意味する「Gallus+フォース」から。