ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
そう、私のお母さんことヴィクトリカ・セレステリアは元・孤児でした。
お爺さんが不倫相手との間に産んだ不義の子であり、相手も純血の名家であったため存在を無かったことにするべく、世間体の為にロベッタの孤児院へ預けて長らく知らんぷりしていました。
しかし、お母さんが8歳の時に「嫡子が病死したから、やっぱり認知して跡取りにする」と勝手な理由で引き取ったのです。
こうしてお母さんは一夜にして孤児から大金持ちのご令嬢となったのですが、2年後にお爺さんと再婚相手との間に弟が生まれたため、再び手の平を返して嫡子の弟の方を跡取りにするという鬼畜ムーヴをかまされ、ホグワーツ入学時のお母さんは軽く人間不信だったそうです。
私が続きを促すと、ダンブルドア校長は頷きました。
「君も知っての通り、ヴォルデモートはハリーにかけた呪文が跳ね返って消失した。それからの
「その事について、校長先生のお考えを聞いても?」
私の質問にダンブルドア校長は「勿論だとも」と返します。
「正直に言うと、ああいった政治的な裏取引や必要悪といった考えを、儂自身はあまり好ましいとは思っておらん」
まぁ、そうでしょうね。グリフィンドールの騎士道精神とか正々堂々みたいなのとは、真逆の発想ですし。
「じゃが、彼女がルシウスらを庇ったおかげで、ヴォルデモートによって引き起こされた混乱から、この国が迅速に立ち直ったというのも、また揺るがぬ事実じゃ」
それは少しばかり、意外な言葉でした。
反・闇の魔術陣営の筆頭であるダンブルドア校長先生はこうした権謀術数を感情レベルで嫌ってはいても、同時に明晰な頭脳でその有効性を理性レベルでは認めている……そのことを、隠すことなく私に伝えたという事に。
「ハリーたちは純粋な子たちじゃ。しかし、君はその歳で既に、物事には色々な側面があることを知っておる。誰かから見た善人は、また別の角度で見た誰かからは悪人に見えることも、その逆もあるのだと」
ダンブルドア校長先生の言葉に、私は頷きます。
それはお母さんが時おり、私に言い聞かせていることでもありました。
つまり誰から見ても正しい常識や普通に善といったものは、この世にはほとんど無いのだと。人の知識や経験は常識の上に載せられるもので、その常識が異なれば知識や経験の見え方も変わってくるのだと。
そして何より、どれが正しくて間違っているのかに、誰もが納得する正解は無いのだと。
「正直な事を言うと、ヴィクトリカがスリザリン寮に組み分けされた時、儂は大いに心配した。入学時の彼女は複雑な出自ゆえに孤独を抱え、しかし優秀な成績と端正な容姿で大勢の人間を魅了することが出来た」
それは、つまるところ。
「ヴィクトリカは良く似ていたのじゃよ―――ヴォルデモート卿の過去である、トム・リドルと」
じゃが、とダンブルドア校長は続けました。
「リドルとヴィクトリカは、ある点において大きく異なっていた」
「それは一体……?」
「己と違う者―――すなわち、他者への関心じゃ」
「リドルは聡明な秘術の探求者でもあったが、その一方で自らが無価値と切り捨てたものや理解できないものに対しては、恐ろしく無関心で無知じゃった」
その最たるものが「愛」だと校長先生は言います。
ヴォルデモート卿は自身に理解できなかった愛を無価値と切り捨ててしまった結果、ハリーのお母さんが自分を犠牲にしてハリーを救うという「愛」を予想できず、ついには敗北してしまったのだと。
「じゃが、ヴィクトリカは違った。彼女は常に己が理解できぬものを理解しようと努め、自分と違う他者の考えを学ぼうとする姿勢を忘れなかった」
それは私やお母さんの所属したスリザリン的というより、むしろご先祖様に多かったレイブンクロー的な探求と学びの精神でもあり。
「ヴィクトリカは、驚くほど君によく似ていてのぅ。どの寮にも友人がいて、自らをスリザリンという枠に自己規定しようとも、その殻に閉じこもろうとはしなかった。そして同様に、他人に対しても安易な他者規定をしないよう己を戒めておった」
ダンブルドア校長の言葉に、私は頷きました。
アイデンティティの確立というのは、たしかに重要な成長過程です。ですが、それは自らを「私はスリザリンだから~」と縛る枷ではありませんし、ましてや他人を「お前はグリフィンドールのくせに~」と決めつけるものでもありません。
「そういえば入学時、君は組み分け帽子にゴネていたね?」
不意に話題を変えたダンブルドア校長は、キラキラ光るブルーの瞳で茶目っ気たっぷりに私を見つめてきます。
「なんじゃワレ文句あっか」と私が反論する前に、ダンブルドア校長は部屋の壁にかけられた飾り盾を指さしました。
「イレイナ、あの盾には何が見えるかね?」
「ホグワーツの校章ですね。獅子、鷲、穴熊、蛇……」
4つの寮のシンボルが、ホグワーツの頭文字である『H』を囲っていました。
「その通りじゃ」
ダンブルドア校長はゆっくりと頷きます。
「4人のホグワーツ創始者たちの話は、君も知っておるじゃろう。ゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー、ヘルガ・ハッフルパフ、そしてサラザール・スリザリン……4つの寮の創始者でもある」
それはホグワーツ生なら、誰でも知っている話です。なにせホグワーツに入学すれば、まず最初に4つの寮に各人が振り分けられるのですから。
「じゃが、君はこう考えたことはないかね?」
――なぜ4人の創始者は、わざわざ1つの学校に4つの寮を作ったのか。
――なぜ1つの学校に1つの寮、あるいは4つの学校に各1つの寮、ではないのか。
「それは……」
少し考えてから、私は自分の考えを言いました。
「4人の創始者はそれぞれ違う価値観を持っていて、けれど互いの価値観を尊重しようとしていた……からでしょうか」
バラバラに学校を作れば、グリフィンドールの下には勇敢な人だけが、レイブンクローの下には賢い人だけが、ハッフルパフの下には勤勉な人だけが、スリザリンの下には狡猾な人だけが、それぞれ集まります。
そして同質的な集団の中で、異質な考えや価値観を知ることなく、大人になってしまうというのは、あまり健全とは言えないでしょう。
逆に1つの寮に無理やり集約しようとすると、それはそれで多数派の同調圧力で少数派が圧迫されるような事態が生まれてしまう可能性は否定できません。
もしホグワーツに単一の寮しかなかった場合、例えば他寮の倍近い生徒を擁するハッフルパフの真面目で調和を重視する理念が優先され、有能でも和を乱しがちな尖った生徒の個性が殺されてしまうような可能性は否定できませんし、その別パターンもまた然りです。
つまり4人の創設者は、まず自分に近い考えの生徒を集めて「寮」という組織に所属させることで「自分に似た他人」の存在を意識させ、同時に1つの学校の中で合同授業や寄宿生活を通じて「自分と違う他人」とも触れ合う場を―――このホグワーツ魔法魔術学校を作ったのではないでしょうか。
私がそう答えると、ダンブルドア校長は満足そうに頷きました。
「儂も、そう思う。ある意味では、君が‟全ての寮に適性を持ちたい”と願うのは創設者たちの望む姿勢だったのかも知れん。己を知り、他者を知り、常に学び続けて成長する……それこそが『学び舎』の本質じゃと、儂は考えておる」
まずは自分が組み分けられた寮でアイデンティティを確立し、然る後に異質な価値観にも触れて他人を知り、それを己の中に取り込むことで更なる自己成長へと繋げてゆく……。
それこそが「学び」の本質なのだと、校長先生は優しく告げました。
「残念ながらゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンは晩年、思想の違いから対立して後者は永遠に学校から去ってしまった」
壁にかけられた4人の創設者の肖像画を見ながら、ダンブルドア校長が呟くように言います。
「じゃが、それでも残った3人が敢えてスリザリン寮を取り潰さずに残したのは、進む道を別たった後もサラザール・スリザリンへの敬意を持っていたからだと……そんな風に儂は思うのじゃ」
遠い昔の偉人たちへ想いを馳せるように呟いた後、ダンブルドア校長は再び私に向き直りました。
「君の母上に話を戻そう。そうじゃな……ヴィクトリカの在り方はまるで、彼女の髪の色のようじゃった。灰色―――白でも黒でも無い、君と同じ髪の色じゃ」
「………」
白でも無く、黒でも無く、その間の灰色。うがった見方をすれば、中途半端なのかもしれません。白なのか黒なのかハッキリしない、あやふやで未熟な存在。
けれど、まだ何者でもないからこそ。
――これから、何者にもなれる。
なんとなく、ダンブルドア校長の話を聞いていると、そんな風に思えてくるのでした。
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「……とりあえず今の長い話をまとめると、要は‟色々しっかり勉強してね”という解釈でよろしいでしょうか?」
「理解が早い生徒を持つと、本当に楽じゃのぅ」
ダンブルドア校長先生はそう言って、「ほっほっほ」と優しげに微笑んでくれました。
ホグワーツ創始者、サラザール・スリザリンが去った後もスリザリン寮を取り潰さなかったところが、やっぱり思うところがあったのかなぁと。
「1つの学校に1つの寮」でも「4つの学校に4つの寮」でもなく、敢えて「1つの学校に4つの寮」ってのが連邦制というか、連合王国(イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)って感じで、イギリスらしい多様性の維持と国民統合のバランスの妙な気がします。