ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※今話はハリー視点とイレイナ視点が切り替わります。
第01章 ~お尋ね者ハリー・ポッター~
トランクを引きずり、僕―――ハリー・ポッターはいくつかの通りを歩き、マグノリア・クレセント通りまで来ると、低い石垣にがっくりと腰を下ろした。
じっと座っている間にも、両親をバカにしたマージおばさんに対して収まりきらない怒りが体中を駆け巡り、心臓が狂ったように鼓動する。
けれど、暗い通りにしばらく独りぼっちで座っていると、徐々に別の感情が込み上げてきた。
(最悪の八方塞がりだ……)
真っ暗闇のマグルの世界で、行く当てもなくたった一人。もっと悪いことに「未成年は親の許可なく魔法を使ってはいけない」という法律を真正面からぶち破ってしまったのだ。
(それに、マグルのお金も持ってないし……ロンドンのグリンゴッツ魔法銀行まで行けば両親の遺産はあるけど……)
ダーズリー家のあるプリベット通りは、ロンドンのすぐ南のサリー州にある。「やや豊かな中流階級」の住む地域で、ロンドンに通勤しながら働く人たちのベッドタウンとしても有名だ。
いずれにせよ、トランクを引きずりながら歩いていける距離ではない。
あるいはいっそ、「透明マント」を被って箒に乗ってロンドンまで飛んでいくという手もある。こっそり金庫にある遺産を取り出し、無法者としての人生を歩みだす……。
考えるだけでぞっとするが、かといって朝まで石垣に腰かけているわけにもいかない。
(とりあえず、透明マントだけでも出そう。寒くなってきたし、マグルの警察に見つかったらそれはそれで面倒だし……)
そう考えてトランクを開け―――誰かの視線を感じた。
「……誰かいるの?」
キョロキョロと周囲を見渡すが、辺りには人っ子一人いない。だが、何かの気配を感じる。背後の垣根とガレージの間の隙間に、誰かが、何かが立っている。野良猫なのか、それとも―――何か別のものなのか。
「ルーモス-光よ!」
呪文を唱えると、杖先に明かりが灯り、ガレージの傍に大きな目をギラつかせた、得体のしれない図体の大きなものの輪郭が見えた。
(犬のような……でも小山のように……)
そんな事を考えていると、不意に背後が明るくなり、眩しい光に目がくらむ。マグルの警察だろうか?
「ハリー、やっと見つけた」
逆光の中から声がする。それは、僕もよく知っている声だった。
◇◆◇
はい、ではここで質問です。
未成年の魔法使用制限に関する法律を、「叔母を風船のように膨らます」という前代未聞の方法で破ってしまった‟生き残った男の子”ことハリー・ポッター逮捕の危機に、灰色の髪を靡かせ颯爽と現れた、暗闇ですらその美貌を完全に打ち消せはしないほどの美少女がいました。
――彼女はいったい誰でしょう?
「イレイナ!?」
「はい、私です」
ハリーの驚いた声に答えるように私が返事をすると、ハリーは幻のネッシーも見たかのような驚愕の表情を露わにしました。
「ハリー・ポッター、貴方を『未成年魔法使いの制限事項令』違反の罪で二三○○時、現行犯で逮捕します」
「……っ」
「と言うのは冗談で」
私が肩をすくめると、張り詰めていたハリーの緊張が一気に弛緩していくのが見えました。
「そういうの心臓に悪いから止めてね……」
「すみません。でも、一度は言ってみたくて」
ちょうどいい機会だったので、つい。
「それはさておき、私と深夜のドライブと洒落込みませんか?」
私は後ろにあるロールス・ロイスを「カモーン」とばかりに親指で指しました。
「イレイナの歳じゃ、まだ免許とれないでしょ」
「落ち着いたようで何より」
そんなやり取りをしていると、車から二人の魔女が降りてきます。
一人は私のお母さん、そしてもう一人は白い服を身にまとい、キセルをふかしたアウトローな感じの金髪魔女。
ハリーをじろじろと見て、ぷはぁーっと煙草の煙を吹きかけるというヤンキーの脅しみたいなマウントをとってから、その魔女は口を開きました。
「あんたが叔母さんを膨らませちまったハリー・ポッター、でいいんだよな?」
「え、あ……はい」
「ふーん」
居心地わるそうなハリーを頭の上から下まで確認し、キセルを加えてタバコをふかせた魔女はニヤリと笑いました。
「あたしはシーラ、魔法省の闇祓いだ。何であたしが来たか、理由は言わなくても分かるよな」
闇祓いというのは、いわば魔法界版テロ対策特殊部隊です。厳しい訓練を受けた専門捜査官からなるエリート部隊でもあり、闇の魔術に関連した犯罪を捜査するための特別な訓練を受けています。
そこまでハリーは知らないようでしたが、魔法省と聞いて全身がこわばるのが見えました。
私の冗談と違い、マジな怖いお役所の人が出てきて完全にビビってます。シーラさんもそれを見透かしたように、ちょっとばかり意地の悪い顔になっていました。
「未成年とはいえ、法律破りは法律破りだからな。退学か、はたまた逮捕か……」
シーラさんがキセルを揺らしながら言うと、ハリーの顔が真っ青になりました。
「という感じにならんよう、ししょ……ヴィクトリカさんが一緒に来たって訳だ」
なんかお母さんが一瞬、笑顔のままシーラさんの足を踏んづけたような気がしましたが、たぶん気のせいでしょう。
「こんにちは、ハリー・ポッター君。イレイナの母のヴィクトリカです。よろしくね」
お母さんはにっこりと笑ってハリーに挨拶すると、完全に面食らった様子のハリーが私とお母さんを交互に確認します。
「え? イレイナの……お母さん?」
「だから、そう名乗ってるじゃないですか」
「でも、魔法省のシーラさんがさっき……」
ちょっと混乱している様子のハリーに、お母さんは悪戯が成功した子供のように笑いかけました。
「そう、イレイナのお母さんの私が、今回の件でハリー君の弁護を担当する弁護士さんなのです」
えっへん、と偉そうに言うお母さんに、ハリーは今度こそぽかんとしてあんぐりと口を開けたのでした。
**
せっかくなので4人で仲良く記念写真を撮った後、私たちは魔法省公用車のロールス・ロイスに乗り込みました。運転席にシーラさん、助手席にお母さん、後部座席には私とハリーです。
「それにしても、よく魔法警察部隊が闇祓い局に譲ったわね。あんなに仲が悪いのに」
「そりゃあ、なんたって今回の事件は当事者がハリー・ポッターだからな。スクリムジョール局長が‟例のあの人に少しでも関わる案件は闇祓いの管轄だ”ってボーンズ執行部長に直訴して、無理矢理ねじ込んだって話だ」
お母さんとシーラさんが管轄を巡る魔法省内部の醜い争いをネタに話している間、ハリーがこっそり私に話かけてきました。
「イレイナのお母さんって、弁護士だったんだ。知らなかった」
「自慢じゃないですけど、魔法界ではけっこう有名な方ですよ」
元・死喰い人を弁護して無罪にしたという、大っぴらに褒められるような評判ではないかもしれませんが。
とはいえ裏を返せば、かなり不利な案件でもひっくり返せる優秀な弁護士というわけでもありまして。
「大船に乗ったつもりで安心してください。私のお母さん、滅多に負けませんので」
***
数日後、魔法省のウィゼンガモット法廷で裁判が開かれました。
「被告人、ハリー・ジェームズ・ポッターの罪状は以下の通り―――魔法省から去年に同様の咎にて警告状を受け取っており、その行動で違法であると充分に認識しながらも、意図的にマグルに対して魔法を使用した。これは『未成年魔法使いの妥当な魔法使用制限に関する法令』ならびに『国際魔法連盟機密保持法』第13条違反の恐れがある」
裁判長が淡々と読み上げ、ハリーに質問しました。
「被告人は前述の容疑内容に対して、容疑を認めるか?」
「はい」
ですが、と続けたげなハリーを遮って、お母さんが挙手しました。
「弁護人ヴィクトリカ・セレステリアの発言を認める」
「ありがとうございます」
ぱりっとしたスーツに身を包んだお母さんは、笑顔で法廷を見回しました。
「まずは被告人の発言についての訂正と、容疑について確認したいことがあります」
「続けてください」
「違法性の認識についてですが、‟十分に認識”という点について、過去の判例では‟未成年には十分な認識および判断能力が無い”と認められたケースが多数あり―――」
お母さんはいくつもの判例を持ち出し、ハリーが未成年である点を強調、警告状を受け取っただけでは「違法性を十分に認識している」とは見なせないと主張し、続けて別の条項を持ち出しました。
「また、法令第7条においては、例外的状況においてマグルの前で魔法を使用することが認められています。例外的状況に含まれる事態とは、まず‟魔法使いもしくは周囲に存在する魔法使いないしマグルの生命が脅かされる事態”とされています」
お母さんは手元のケースから幾つもの書類を取り出しました。
「魔法省は去年に警告状を被告人に送付すると同時に、ウィゼンガモット首席魔法戦士および国際魔法使い連盟議長たるアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアのモニタリング要請を受諾し、被告人の休暇中における生活を観察してきました」
こちらが担当部局である闇祓い局から頂いたモニタリング記録になります、とお母さんが近くの司法職員に紙を数枚渡すと、スライド映写機から記録用紙が壁一面に拡大されました。
「ご覧の様に、被告人は休暇中、呪文集から杖、鍋、箒に至るまで全てを没収され、部屋に監禁された上、また酷い時には食事を抜かれるなどの非人道的な行いに加え、保護者たるダーズリー夫妻が日常的に社会的隔離や心理的虐待を加えていた容疑もあります」
お母さんが記録を読み上げると、法廷からハリーに同情する声とダーズリー家に対する怒りの声が湧き上がりました。
「もちろん、マグルに対して魔法憲章では基本的に不干渉の原則を貫いております。しかし、過去にマグルと魔法使いが結婚した家庭において、マグルの親から子たる魔法使いに対して家庭内暴力が加えられ、子たる魔法使いが呪文を使用して反撃に及んだケースでは『情状酌量の余地あり』として減刑が認められる判例が過去に幾つも認められ……」
結局、ハリーが未成年であること、ダーズリー家のハリーに対する対応には虐待に準ずるケースであると認められたこと、ハリーの魔法の使用は正当防衛とまで言えずとも情状酌量の余地が大いにあること……等々を総合的に判断して「罰金1シックル」という形式的な処罰で決着が付きました。
もちろん、退学も逮捕も無しです。
もっとも後でお母さんから聞いた話では、そもそも魔法省としても英雄ハリー・ポッターを逮捕することは気が進まなかったらしいとのこと。
しかし一応は法治主義の建前もあるので形だけでも裁判にかけ、いい感じに「法の支配」というメンツを立てつつ、実質的には無罪放免とする落としどころを探っていたそうな。
その気になれば魔法大臣が行政命令で特別措置を出すことも不可能ではないらしいのですが、あまり乱発すると過度の権力集中による独裁化と法治主義の形骸化という恐れがあるため、一応ウィゼンガモットで正規の司法手続きを踏むという体裁を整えたという話らしいです。
また、ハリーには実質的な無罪判決だけでなく、「現時点でダーズリー家に戻ることは事態の更なる悪化を及ぼす危険があり、魔法省には弁護人の保護命令の申し立てに対して応じる義務がある」ことも認められ、ホグワーツ新学期まで魔法省の保護下に置かれることも認められました。
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「つーわけで、ハリーの保護はあたしに任しとけ」
パブ『漏れ鍋』の前でハリーと並んだシーラさんは、なんだかウキウキした声で私とお母さんに手を振りました。
「ハリーは11号室で、あたしは隣の10号室。なんかあったらすぐ駆け付けるし、現役の闇祓いがいればシリウス・ブラックも襲ってきたりしないだろ」
「そうね、きっとファッジ大臣もダンブルドア校長も安心でしょう」
(そうでしょうか……?)
ふと不安を覚える私。お母さんの古い友人というシーラさんとは、これまでも何度か会ったことはありますが、基本的にズボラな性格です。
そもそもハリーの警護というのも、それを名目に他の仕事を同僚へ押し付けてサボるための口実……という裏がありそうな気がしないでも。
去り際、ちらりと二人を振り返ると――。
「ちょっと葉っぱ切らしたから、トムんとこで買ってきて?」
さっそく仕事を半ば放り投げて、ハリーを顎で使う気まんまんでした。これが所謂、ダメな大人という奴です。
シーラさんは「魔女の旅々」から。魔女旅では魔法統括協会の所属だったので、ハリポタでも公的機関である魔法省に所属。
でも性格的にデスクワークってタイプじゃないので、闇払いに。