ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
ハリー達と別れた後、私はお母さんとも別れてダイアゴン横丁へと入っていきました。向かう先はフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーです。
「イレイナ!」
アイスクリームパーラーが見えてくると、テラスで呑気にアイスを食べているドラコ・マルフォイの姿が見えました。ちなみに食べているアイスは、パイナップル・ショコラとチーズ・ピスタチオのダブルで、けっこう美味しそう。
そしてドラコ以外にも、互いの筋肉を見せあっているマーカス・フリント先輩にマイルズ・ブレッチリー先輩、優雅に一人で読書しながらバニラ・ジェラートに熱々のエスプレッソをかけたアフォガードを口に運んでいるエイドリアン・ピュシー先輩の姿まで。
私が近づくと、気づいたフリント先輩が「よぅ」と手を振ってきました。
「あ、先輩お疲れ様です」
一応、名家のマナーと体育会系のマナーとして、軽く頭を下げて媚びへつらう形だけはしておく私。マナーなんぞ吸魂鬼にでも吸わせとけ、という本音を隠して世間の非論理的なしきたりに従うというのも、社会性動物である人間には時として必要なのです。
「おう、今年の夏はマジ疲れたわ」
そう言って苦笑いを浮かべるフリント先輩。よくよく見れば、Tシャツにジーンズというラフな格好に不釣り合いな、パンパンに膨らんだボストンバッグが足元に置いてありました。
「まさかとは思いますが……ひょっとして参考書ですか?」
「おうよ。最後の追い込みって奴だ」
言われてみれば、なんだかんだでフリント先輩は今年で最終学年。学期末には
「軽い気持ちでジェマに頼んだら、めちゃくちゃガチな日程組まれて過労死するかと思ったぜ」
「ちなみに、どのぐらい勉強しろと言われたんです?」
「聞いて驚け、毎日6時間半だ。土日も休みなく」
「……普通、そのぐらい勉強するもんでは」
というか7年生なら、てっきり9時間ぐらいは勉強するもんかと。
まぁ、フリント先輩の場合はクィディッチの練習とかありますし、一応は夏休みなのでファーレイ先輩も多少は加減したんでしょうけれど。
信じられない、みたいな顔で見てくるフリント先輩に「いや、あなた受験生ですよね?」と返そうとしたところ。
「――やっほー、みんな久しぶり!」
噂をすれば何とやら。ちょうどスリザリン監督生のジェマ・ファーレイ先輩が、ミディアムに伸ばしたウルフカットの艶やかな黒髪をなびかせてやってくるところでした。
黒のキャミソールに透け感がオシャレなホワイトのシアーブラウスを前結びにしたへそ出しコーデ、ほっそりとした美脚を見せつけるかのようなベージュのリネンショーパンに黒のヒールサンダルという、監督生らしからぬ活動的……というより煽情的な格好です。
その姿を目に留めた瞬間、周囲にいた野郎どもがゴクリと一斉に生唾を呑み込む音まで聞こえました。
実際、ヘンテコな格好の魔法使いだらけのダイアゴン横丁よりはマグルのファッション誌にいた方が自然なぐらい、美人の先輩は明らかに周囲から浮いております。
「あの、ファーレイ先輩」
「うん?」
「健全な男子生徒たちには、いささか刺激が強いかと」
するとファーレイ先輩は挑発的にうっとりと微笑み、腰に手を当てて片脚を「くの字」に曲げるS字ポーズをとり、なめらかな身体のラインを見せつけてきます。陽気なブレッチリー先輩が「ひゃっほう!」と手を叩いたりする中、珍しくフリント先輩が目を逸らして俯いていました。
なるほど、確信犯というわけですか。
それから遅れて5年生のワリントン先輩とモンタギュー先輩、さらに6年生のテレンス・ヒッグス先輩が合流し、スリザリン・クィディッチチームが勢ぞろいしました。
一応、ファーレイ先輩もヒッグス先輩もチームOBでそれぞれ元・チェイサーと元・シーカーなので、ここまで来れば私が何のためにダイアゴン横丁に残ったのかは言うまでもありません。
――そう、私たちはスリザリン・チーム名物『ワイト島で過ごす夏の強化合宿:4日間の旅』に参加するのです。
ちなみにワイト島というのはイングランド南部にある避暑地・リゾート地として有名な島で、スリザリン・クィディッチチームはここで夏休みの間に学生だけで強化合宿をするという、庶民っぽく見せたとってもセレブな伝統があるのでした。
といっても、別に引率として寮監のスネイプ先生が来るみたいな事はありません。
もともと純血の名家の多いスリザリンではメンバーも大概が顔見知りであるため、ぶっちゃけ生徒たちが夏休みにリゾートするための口実みたいなもので、最終日はBBQにサーフィンにヨット、花火に打ち上げと結構やりたい放題。
保護者達にしても純血名家の子息同士で交流を深めるのは良い事だと考えているらしく、そもそも宿泊先の高級リゾートホテルは聖28一族にして魔法界のホテル王でもあるシャフィク家が経営しているため、完全にお任せ状態です。
ところが、今年は少しばかり趣が異なりました。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「なんで僕まで……」
「今年こそ絶対に優勝する絶対に優勝する優勝する……!」
現れたのは、落ち着いた理知的な雰囲気のレイブンクロー監督生ペネロピー・クリアウォーター先輩と、そのボーイフレンドでグリフィンドール監督生のパーシー・ウィーズリーさん、そして呪文のようにブツブツと呟きを漏らすオリバー・ウッド先輩の7年生3人でした。
そればかりではありません。
「よっ、イレイナ!」
「元気してたか?」
続いてフレッドとジョージが現れ、私の方も「そういえばガリオンくじ当選おめでとうございます」と返して、当選金で過ごしたエジプト旅行の話なんかをしていると。
「やぁ、みんな。遅れてごめん」
「俺たちで最後みたいだな」
最後に、ハッフルパフのセドリック・ディゴリー先輩にレイブンクローのロジャー・デイビース先輩というイケメン二人組が現れ、ようやく全員が揃いました。
「招待してくれてありがとうございます」
「これから4日間、お世話になります」
セドリックさんとデイビース先輩が頭を下げると、フリント先輩が「おう」と威勢よく返します。
「どうせ練習するなら、しっかり頭数も揃えた方が実践的だしな。気にすんな」
「マーカス君、ジェミーのアイデアを自分の手柄みたいに言わない」
ぴしっとツッコミを入れるクリアウォーター先輩に、フリント先輩はけろっとした顔で肩をすくめました。
ちょっと意外な光景に、ドラコたちはもちろん双子のウィーズリー兄弟なんかも目を丸くしています。
「あの……ひょっとして先輩たちって、けっこう仲良いんですか?」
「意外か?」
ニヤニヤした顔で聞いてくるフリント先輩に、素直に頷く私。
グリフィンドールとスリザリンの伝統的な仲の悪さはもちろんのこと、ペネロピー・クリアウォーター先輩に至ってはマグル生まれです。
「ぶっちゃけ、もっと仲悪いもんだと」
「まぁ、最初のうちはそんな感じだったよ」
あはは、とクリアウォーター先輩が苦笑しました。
「でも、ほら」
悪戯っぽく笑い、少し屈んで胸を寄せてくるクリアウォーター先輩。
服装こそ白のノースリーブワイシャツに紺色のシックなタイトスカートとストッキングという格好ですが、全く日焼けしていない白い肌とパツンパツンになってボタンがはち切れそうな胸元は、たしかに男心をそそるというか乳でかっ。
「………」
よくよく見ればルックスも、なんだかんだで悪くはありません。
ウェーブがかった金髪ロングヘアを斜め分けにして華やかにかき上げ、赤いアンダーリムの眼鏡の奥には知的な瑠璃色の瞳。これはこれで、ハンサムなモデル系のファーレイ先輩とはまた違った、憧れの女教師みたいなフェロモンが漂っておりました。
「……なるほど、純血主義者も下半身の誘惑には勝てなかったと」
「じゃなくて!」
ぶすっと唇を尖らせたクリアウォーター先輩が指さした左胸には、金色の文字で
「すみません、私も正常な9割の男女なので気づきませんでした」
「イレイナちゃんも結構、男所帯のチームに毒されてきてるよね?」
いや、まぁ。
体育会系の野郎どもの中に1人だけ女子が放り込まれて、毎週のようにメシ!女!筋トレ!みたいな話題ばっか聞かされてれば、嫌でもそういう空気に多少は慣れてしまうものでして。
というのはさておき、なんとなくクリアウォーター先輩がフリント先輩に受け入れられている理由は想像がつきました。
去年に私と双子とリー・ジョーダンさんの4人でマグルのエロ雑誌やファッション誌を流通させてからスリザリンでマグル差別が軟化傾向にあるのも一つの理由かもしれませんが、実はもともと学年が上がるにつれて他寮にも友人や恋人が出来たりするので、実は寮ごとの対抗意識というのも高学年になると低下する傾向にあります。
そしてスリザリン寮は例外かと思いきや、そこは純血主義者といえども現実的なスリザリン生。成人が近づくにつれて、処世術として最低限の一般的な倫理感は身に着けるように。
純血主義者として悪名高いルシウス・マルフォイさんですら、ファッジ大臣の目の前とか公の場で差別発言するほど、社会性が欠如してるわけではありません。
マグル界なんかでも「差別・排外的な主張してるグループの集会に参加したら、案外ごく普通の人たちばかりだった」みたいな話はそれなりに聞きますが、ある意味では純血主義も平等主義というここ最近のメイン・カルチャーに対するカウンター・カルチャーみたいなもの。
加えてフリント先輩たちのような7年生ともなれば、卒業した後のことまで考えねばなりません。
ひとたび社会人となれば、例えば純血スリザリン生と半純血グリフィンドール生が同期入社でマグル生まれハッフルパフ出身者の上司の下につく、なんて可能性も十分に考えられるわけでして。
なので、卒業するまでに内心の軽蔑を隠しつつ愛想笑いを浮かべるような「本音と建て前」の使い分けを身につけることもまた、純血名家が魔法界のエリートとして君臨し続けるための処世術でもあるのです。
そして何より、マグル生まれであってもクリアウォーター先輩には「
そもそもスリザリンで純血が尊ばれるのは、元を辿れば純血に名家のエリートが多く、エリートには権力や財力といった‟力”を持つ強者が多いがゆえ。そしてスリザリンで重んじられる野心や狡猾さというのは、結局のところ行き着く先は「強さ」への賛美に他なりません。
その意味では「弱きを助け、強きを挫く」というグリフィンドールの騎士道精神とは真逆の価値観である、「弱肉強食」と「寄らば大樹の陰」の肯定がスリザリン寮のモットーなわけです。
しかし、裏を返せば「強くて力のある者であれば、手段は問わず結果で評価する」という実力主義の一面もあり、半純血でも闇の魔術に長けたスネイプ先生をルシウス・マルフォイさんが高く買っているみたいな話も珍しくはありません。
もしクリアウォーター先輩が単なる‟マグル生まれの劣等生”であれば「溺れた犬を棒で叩く」が如く見下すものの、監督生でかつ首席ともなれば「長い物には巻かれろ」的なノリであっさり掌を返すのもまた、狡猾で現実的なスリザリン生らしい一面でもあるのでしょう。
もちろんクリアウォーター先輩の方も良く言えば大人の対応、悪く言えば事なかれ主義で純血マウントをスルーし、うまくやり過ごしているというのもあるんでしょうが。
「じゃあ、パーシーさんも?」
「うん、首席バッジが送られてきて――――あれ?」
クリアウォーター先輩に合わせてふんぞり返ったパーシーさんの胸元には、似たような金色のバッジがあったものの、何故かそこに書かれていたのは『
アイスを食べていた全員がブーッと吹き出す中、双子の悪戯だと気づいたパーシーさんが顔を真っ赤にして杖を振り上げ、ガールフレンドのクリアウォーター先輩が「どうどう」と宥めていました。
***
そんなこんなでワイト島のビーチにある高級ホテル『シャフィク・リゾート』に到着すると、ザ・お金持ちの避暑地といった感じのヴィラが待ち構えておりました。
さすがに凶悪犯シリウス・ブラックが脱獄しているためか、周囲には物々しい警備員が大勢うろついていますが、ホテルそのものはとっても豪華。
古代ローマ帝国貴族の邸宅を彷彿とさせる白い壁に列柱のある建物、それが噴水のある広い中庭を取り囲むような地中海様式になっており、建物内にカフェやレストランはもちろんのこと、バーからエステサロンに温泉まで何でもござれ。
しかも、これらは全て単なる共用部でしかありません。さらにヴィラ風の共用部からは海に向かって桟橋が伸びており、その先には幾つもの南国風な水上コテージが海の上に浮かんでおりました。
「「「「おおおぉぉ~~~」」」」
360度オーシャンビューの水上コテージには海の上に突き出すようなテラスが備えられ、そこから海に直接ダイビングできるような造りになっている他、床までガラス張りになっていてソファでくつろぎながら魚や水生魔法生物を眺めたりもできます。
おまけに水上コテージは一棟ごと貸し切りで、2~4人一部屋で私の場合はファーレイ先輩とクリアウォーター先輩と同じ部屋になりました。
とりあえず部屋に荷物を置いたりしてから、ファーレイ先輩と一緒にスポーツ用のTシャツとハーフパンツに着替えてビーチに向かうと、既にフリント先輩たちがウォーミングアップしたり雑談しながら待っていました。
「うっし、そんじゃ走りこみすっぞ」
フリント先輩に続き、少し日の落ちてきた浜辺を走っていく私たち。さすがに他寮の選手もいるためか、名物のスリザリン訓練は自重して緩めにビーチでランニング。少し生臭いような磯の香りに、ざざぁっと一定の間隔で聞こえてくる波の音が響き、つくづく「海に来たんだなー」と実感します。
そんな感じで、私たちの夏合宿は幕を開けたのでした。
本作だとスリザリンの純血主義による差別描写が割と控えめですが、原作でもルシウスいえどもファッジの前では自重してたりするので、スリザリン生いえども「差別は基本NG」という一般常識は持ち合わせている、とまず解釈しております。
なので、スリザリン生いえども学年が上がるにつれて差別発言を控えるぐらいの社会性は流石に身に着ける、と考えました。
まぁ匿名で新聞にヘイトスピーチ送りつける、みたいなことはしてるかもしれませんが、その辺はマグルと一緒で小~中学の頃に肌の色でイジメとかしてた子も、高校~社会人へと至る過程であからさまな行為は避けるみたいな。
あと純血主義者のルシウス・マルフォイが、半純血のスネイプを学生時代から高く評価していた、みたいな話から「実力があれば血統ハンデあっても例外扱いしてもらえる」という風にも解釈しております。