ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
のんびりとした入浴タイムが終わってコテージに戻ると、部屋には既にルームサービスでお洒落なディナーが用意されていました。
恐らく、どこかに控えているであろう屋敷しもべ妖精たちが用意したのでしょう。
南国風の木製プレートの上には木目の美しいサラダボウルが置かれ、中にはまるで結婚式のブーケのような花の形に魔法でカットされた色とりどりの野菜が。
「これ、一見しただけだと本物の花にしか見えませんね……」
恐らく、魔法で見た目を加工しているのでしょうが、それでも高度な技術が使われているのは一目りょう然でした。
「まだイギリスやアメリカの魔法界だと新しいけど、最近アラブ魔法界で流行ってるらしいよ。とある日本の魔法使いシェフが、母国の料理に求められる繊細な見た目を魔法で再現しようとしたのがキッカケなんだって」
魔法で薔薇のようにカットされたトマトを優雅にフォークで口に運びつつ、ファーレイ先輩が解説してくれます。なるほど。
「言われてみれば、たしかに魔法と料理って相性良さげですね。明らかに物理法則とか無視して、綺麗なカットとかできますし」
「マグルの料理界でも、分子ガストロノミーとかあるんだけどね」
最後にアヤメのような形にカットされた青い野菜(たぶん、バタフライピーで青く着色した大根です)を食べ終わると、次に現れたのはボトルシップのようなお寿司でした。
極薄のカニの身で形成された帆に、赤身魚とお米で出来た船体が、滑らかなウニのムースの上に載っかっており、それを包み込むボトルは驚くべきことに透明な醤油の泡。
おまけに浮遊呪文でもかけているのか、適当に切っても零れたりせずフワフワ浮いており、宇宙飛行士が無重力状態で食べる宇宙食みたいな感じで「魔法ってこういう使い方もできるんだ」と素直に感心してしまいます。
「しかし、浮遊呪文をかけてソースを立体の状態で提供するとは、なかなか考えましたね……」
「ちょっと食べるのが勿体ないかも」
「後で家族に見せて自慢しようっと」
クリアウォーター先輩が相槌を打ち、ファーレイ先輩は食べる前にカメラでしっかり写真に収めておりました。
それからも、キャビアをパリパリのフランスパンで包んだ
さらには細かく刻んだトリュフの文字が書かれたフォアグラを掬っているように見える木製スプーンの正体がステーキだったり、正確な地図の書かれた地球儀にしか見えないシャーベットなど、目を見張るような驚きの料理が次々に現れては食されていき、つくづく人間の想像力の逞しさを実感する私たち。
全て食べ終わるとお皿をポンッと消えていき、うっとりした顔でファーレイ先輩が「はぁ~」と満足げな顔で呟きました。
「この
「流行っても、お財布的に私たちじゃ厳しいんじゃない?」
「まったく、これだから最近の若いもんは夢が無くていかん……」
「ジェマお婆ちゃんや、時代は変わっているんだよ」
「ふんっ、つまらん時代になったもんぢゃ」
「あの、二人とも老害感すごいですけど、まだ10代ですよね……?」
私がツッコミを入れると、ファーレイ先輩に「そういうの待ってたんだよ!」と抱き着かれます。
「普段は他の監督生がツッコミ入れてくれるんだけど、今日は二人ともいないから‟あ、地味に滑った……”って思っても止めらんないし、ペニーは分かった上で自爆させたがるし」
「だっていちいち相手してたらキリないじゃん」
「それなー」
「いや、だから納得しないでくださいって」
ちなみにクリアウォーター先輩が気にしてたお値段云々の話について付け加えますと、今回の強化合宿費用はマルフォイ家とフリント家とセレステリア家が主に負担しており、既得権益エリートの純血名家の面目躍如という奴です。
こういうとこで恩を売っておけば、後々に何かの役に立つかもしれませんし、コネも思い出も作れて一石二鳥とは正にこのこと。
実際にはルシウスさんがウィーズリー家を招待することに難色を示していたらしいのですが、お母さんから「ダンブルドアを停職させるために11人のホグワーツ理事を脅した件とか、殺人未遂にまで発展した『秘密の部屋』事件に関わってた証拠もみ消すのに、どんだけ苦労したと思ってんの?あぁん?」と返されてしまい、何も言えなくなってしまったとか。
とはいえ、やっぱり直接は頭を下げたくないので「セレステリア家に言われたから仕方なく」みたいな感じで、間に第3者を立てるという体裁をとって他の純血名家に対する面目も保つという、なかなか面倒くさい大人の世界がこの合宿の裏にもあったりします。
***
そして無駄にお洒落なディナーを楽しんだ後、3人でのんびり先輩たちとファッションやメイクの話なんかをしていると、不意にファーレイ先輩のポケットの中からフリント先輩の声がしました。
『ジェマ、聞こえるか? オレだ』
「………」
声を聞くなり、あからさまに面倒くさそうに顔を歪めてスンッ…と何事もなかったように女子トークへ戻ろうとするファーレイ先輩。
『オレだ。マーカス・フリント!』
「えー、お客様がおかけになった両面鏡は現在、魔法が届かない場所にあるか……」
『部屋めっちゃ隣やろがい』
軽く舌打ちしたファーレイ先輩が取り出した四角いカード状の鏡には、マーカス・フリント先輩が映っておりました。この両面鏡、例えるならマグルのテレビ通話のようなもので、離れていても通信できる便利アイテムです。
セキュリティの関係でホテルには「姿現し」防止呪文がかけられているため、「ちょっと話したいけど、わざわざ出向くのは面倒」みたいな時には重宝します。
『んで、マーカスどしたの?』
『今日のプレーを見てて、思いついたことがあるんだけどよ――』
なんでも新戦術を思いついて明日にでも試したいらしく、作戦の組み立てが上手なファーレイ先輩の意見も聞こうと通信したようです。
直接コテージまで訪ねて来ないで両面鏡を使ったのは、クリアウォーター先輩や私の邪魔にならないように、というフリント先輩なりの気遣いのようでした。
**
というわけでファーレイ先輩がフリント先輩と話をしている間、私とクリアウォーター先輩は少し離れて、海に面したバルコニーにあるロッキングチェアに腰かけます。
夜のさざ波と闇夜を優しく照らすお月様を眺めながら、クリアウォーター先輩が「そういえば」と口を開きました。
「イレイナちゃんって、両面鏡は持ってるの?」
「両親とルームメイト用のと、後いくつかの予備がありますけど……」
「せっかくだし、連絡先交換してみない?」
「ええ、いいですよ」
ひょい、と杖でバッグを手元に呼び寄せ、中から両面鏡を取り出しました。最新型はマグルのクレジットカードぐらいの大きさで、二枚一組になった鏡のうち一方を自分が、もう片方を連絡先を交換したい相手に渡すと通信できるようになるのです。お値段は物にもよりますが、大体2~3ガリオンほど。
「クリアウォーター先輩、どうぞ」
「名前呼びでいいって」
「ではペネロピーさん」
両面鏡を受け取ったペネロピーさんは「ありがとう!」と笑顔で金貨を渡し、鏡の裏面に羽ペンで私の名前を書き込み、パンパンになった財布の中にしまい込みました。
「……やっぱり、皆そうなるんですね」
私の方も小さなポーチに両面鏡をカードのように入れておりますが、知り合いが増えれば増えるほど嵩張っていくのが難点といえば難点です。
「それだよねぇ」
ペネロピーさんも苦笑し、カードをいくつか抜いてトランプみたく扇状に並べて持ちました。
「あんまり増えてくると、呼び出されても‟あれ、この人の両面鏡どこだっけ?”ってなるもん」
「あー、わかります。探すの地味に手間なんですよね」
「マグルの無線機とか携帯電話みたいに、呼び出した相手の両面鏡がピンポイントで出てくれば楽なんだけど」
「自動的に財布からシュッ!みたいな」
「そうそう」
「……」
「……」
おや?
この時、たぶん二人とも考えたことは一緒でした。往々にして発明というものは、取り留めのない会話をしてたり、ぼんやり考え事をしている内に彗星のようにアイデアが降って来て、なんか閃くものです。
あるいは、先ほどの想像力豊かな魔法を駆使した創作料理を見て、たまたま気分がそういうノリになっていただけかもしれません。
けれど、私たちは気づいてしまったのです。
――もし、両面鏡をマグルの携帯電話のように改良することが出来たら?
なんか、とってもお金になるような気がするのは気のせいでしょうか。
「うふふふ……」
「イレイナちゃん、顔に出ちゃいけないの出てる」
ともあれ、善は急げです。
私とペネロピーさんは財布から両面鏡を取り出し、教科書をひっくり返して「あーでもない」「こーでもない」とあれこれアイデアをぶつけ合いました。
**
そんな事をしていると、奥の方から「やっと解放されたー!」とファーレイ先輩がやってきて、私たちを見るなり翠色の目を丸くします。
「……お二人さん、どしたの?」
かくかくしかじか。
両面鏡をもっと便利にできないか?という私たちのアイデアを聞くと、ファーレイ先輩はポカンとした表情になっておりました。
「ていうか、そもそも両面鏡を財布に入れるって発想が、まず初めて聞いたわ」
ファーレイ先輩は感心半分呆れ半分といった顔で、「二人とも斬新な考えするのね」と肩をすくめました。
「まぁ、なにか手伝えることあったら言ってね。私はマーカスと話してて疲れたから、ちょっと音楽でも聴きながら休憩してるよ」
そう言ってファーレイ先輩は部屋の隅まで歩いていき、端っこに置かれてたレトロなジュークボックスの前で「どれにしよっかなー」と収録されている曲の一覧表を眺めます。
すると次の瞬間、突如としてペネロピーさんが立ち上がって叫びました。
「それよ!」
滅多に聞かないペネロピーさんの大声に、驚いて振り返る私とファーレイ先輩。
「ペニー?」
「先輩?」
首をかしげる私たちの前で、ペネロピーさんはつかつかとジュークボックスへと近づいていき、パカッと蓋を開けてその中身を晒しました。
ジュークボックスの中には100枚ほどのレコードが輪のように縦に配列され、目当ての曲名の書かれたボタンを押すとそのレコードをアームが持ち上げ、レコードプレーヤーにかけて曲が演奏されるという仕組みになっています。
「あ」
私もハッとしました。
もし、箱型の筐体の中に複数の両面鏡を内蔵させて、任意の鏡だけ呼び出し、その映像だけを映写機のように反射させてディスプレイに表示できれば――。
「ひょっとして、いけるかもしれませんね……」
なんか、マジで便利なマジックアイテムが出来ちゃう気がしてきました。
ついでに言うと、めちゃくちゃ儲かっちゃいそうな予感もしてきました。
「――ということで、どうでしょうかファーレイ先輩」
そんな思い付きを話してみると、美人お姉さんの目が大きく見開かれました。
「え、そこまでアイデアが具体的な形になってるなら、ほぼ完成じゃん」
「いや、まだ大きさの問題が……」
そう、問題は大きさなのです。財布にパンパンに詰めても20枚程度が限界でしょうし、反射機構を搭載すると更に嵩張ることになるでしょう。
ペネロピーさんも同じ意見らしく、しきりに頷いていました。
「ジェミー、マグルの携帯電話も昔は背中に背負うほど大きくてね――」
「おっと、どうした魔女さん……?」
おやおや……?
なんでしょう?この既視感は。なんとなく、この後の展開が軽く読めたようなのは気のせいでしょうか。
などと思っていると――。
「レデュシオ-縮め!」
案の定、ファーレイ先輩が杖をひと振りすると、ジュークボックスがみるみる内に縮んでいき、財布ぐらいの大きさにまで小さくなっていきました。
「ほれ、こんな感じで組み立てが終わってから『縮小呪文』なんかをかけて、最後に『永久固定呪文』とかでもかけときゃ、小型化なんてどうにでもなるでしょ」
言われて「あっ」と愕然となるペネロピーさんに、ふふんと得意げに鼻を鳴らすファーレイ先輩。
「あるいは『伸張呪文』とかの変身術を応用して薄く形成するとか、『煙突飛行粉』とか『姿現し』に使われてる空間移動系の呪文とか、共振魔法を使った「ピエルトータム」系列の呪文で同期させるって手もあるかも」
マグル生まれ特有の不便であるがゆえの創意工夫に対して、魔法族に特有の便利な魔法があるがゆえの「限界」とか「非現実的」みたいな思い込みの無さ。
つまるところ既存技術の組み合わせの延長線上にある‟改善”と、ゲームのルールを根本から変えてしまうような‟革新”……その両者が交差した時こそ、真のイノベーションが誕生する瞬間なのだと――なんだかテクノロジーの発達史っぽく解説する私。
「しかし、どうせなら豪華なコテージじゃなくて、貧相なガレージで作りたかったものですね」
「なんで?」
「今や名だたる世界的大企業も、最初は小さなガレージでたった3人の学生が始めたものだった……って方がサクセスストーリーみが増すじゃないですか」
「「………」」
***
さて、この2年後ぐらいから両面鏡を改良し、複数人と映像通信できる『
そのキッカケとなった3人の魔女のうち、最年少で灰色の髪が特徴的な美少女はいったい誰か。
そう、この私です―――という創業秘話はさておき、思い付きで作ったこのマジックアイテムは思いのほか使い勝手が良いもので、後で先輩たちと一緒に作った試作品をダフネたちにも紹介したら「なんか面白そうだね」と興味を持ってくれました。
しかし、何事も調子に乗ると上手く回っていた歯車も狂っていくものです。
ここで気を良くした私は、つい「夏休みとかダーズリー家でやることない」といつも愚痴っていたハリーや、「夏ずっとイレイナさんと会話できないとかボク死ぬ……」などとブルーになっていたサヤさんに試作品をクリスマスのプレゼントとしてあげてしまい――。
「ありがとうイレイナ! 毎日連絡するよ!」
「24時間365日ずっとイレイナさんと繋がれるじゃないですか!やったー!」
翌々年ぐらいから夏休み中、鬼のようにかかってくる二人の通信に頭を抱えることになった魔女がいました。彼女は一体誰か。
そう、やはり私なのでした……。
分子ガストロノミーに魔法合わせたら強そう、ってのと「両面鏡」って改良したら普通に魔法界版の携帯電話とか作れそう……という話でした。
煙突飛行ネットワークとか姿現しとかシリウスが暖炉から顔だけ出す魔法とか使ってましたし、「死の秘宝」ではマクゴナガル先生が大量の石像を同期・同調行動させていたので、魔法族その気になれば呪文の応用でテレワークとか普通に出来そう。
3人共まだ学生でデザインとかコストとかの問題もあり、即座に試作品を開発して量産と販売というわけにもいかないので、実用化はもう少し先です。