ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第07章 ~吸魂鬼~

 今年は例年より少し早く、ホグワーツ特急へと乗り込みました。誰も乗っていないコンパートメントでのんびりロックハート書房の新作である、魔法生物好きの変わり者な主人公がニューヨークで事件に巻き込まれてしまう話を読んでいると、不意に扉が開いて見知った顔とそうでない顔が入ってきました。

 

 

「イレイナさぁあああああんッ!」

 

 

 大声で叫びながら私のコンパートメントに突入してきたのは、黒髪のボーイッシュで元気な感じの女の子。サヤさんという一個下の後輩で、ふとした縁で去年は魔法を教えたり、はたまた『秘密の部屋』事件解決のために奔走していました。

 

 

「まさか、こんなところで会えるなんて! 奇遇ですね! これって運命ですか?」

 

 サヤさんは目を潤ませ、がしっと私の手を強引に握ります。

 

「運命ですよね!? じゃあもう結婚するしかないですよね!?」

「あー、結婚はともかく……久しぶりですね。サヤさんも元気そうでなにより」

「はい! この帽子とこの宝物のお陰で元気です!」

 

 その手には去年、彼女に渡したハンカチがジップロックの中に保存されていました。重い……。

 

「ずっと探していた甲斐がありました!」

「それはもはや奇遇でもなんでもなく、単なるストーカーでは」

 

 去年の一件以来、どういう訳かサヤさんには懐かれてしまったらしく、夏休み中にも毎日のように手紙が送られてきました。私も最初の方は律儀に返していたのですが、だんだん面倒臭くなって徐々に間隔を空けたり、雑な返信で自然消滅を図っているのですが、なかなか諦めてくれません。

 

 

「姉さん、その女が?」

 

 サヤさんの後ろにいた、歳の割に妙に色っぽい黒髪ロングの美少女が、気だるげに壁にもたれながらサヤさんに正妻ムーヴをかましています。視線に「あんたサヤの何なのよ? まぁ誰でも渡す気ないけど」的なマウンティングを感じるのですが。

 

「あ、ミナにも紹介するね。この人がイレイナさん!」

「……そうなんだ」

 

 まるで浮気相手でも見るような目でじろじろと私を眺めた後、ミナと呼ばれた少女は軽くお辞儀をしました。

 

「サヤの妹のミナです。去年は姉がお世話になってます」

「お世話だなんてそんなぁ~……えへへ」

「姉さんには言ってないんだけど」

 

 なんとなく、この姉妹の関係性が分かってきました。

 

「イレイナです。よろしく、ミナさん」

 

 私はミナさんと握手し、姉妹が私と反対側の椅子に座りました。

 

「聞いてくださいよイレイナさん~、ボクがホグワーツ特別功労賞をとって卒業までいられることがわかってからミナが急にホグワーツまで行くって言い出して」

「だって姉さん、1人じゃ何もできないじゃない」

「ほら、これですよコレ。酷くないですか?」

 

 と口では言いつつも、サヤさんも満更ではない様子。そして私はどうしてサヤさん姉妹の惚気話に付き合わされているのでしょう?

 

 

「それはそうと、ミナさんはどこの寮へ入りたいとかあるんですか?」

 

 惚気話にうんざりした私が話題を逸らそうすると、ミナさんは少し頭を捻ってから答えてくれました。

 

「色々と調べてみたけど、やっぱりレイブンクローが合ってるかしらね。勉強は嫌いじゃないし」

「えー、ミナも一緒にグリフィンドール行こうよ」

「姉さんの気持ちも分かるけど、寮は馴れ合いで選ぶべきじゃないわ」

 

 ジダバダと暴れるサヤさんに、さらっとクールに返すミナさん。これではどっちが姉だか分かりません。当初こそ私に警戒感を露わにしていたミナさんですが、話してみると1年生にしてはしっかりしてますし、基本的には落ち着いた優等生タイプの子みたいです。

 

 

 それからしばらく3人でお菓子を食べたり取り留めのない話をしている内に、徐々に空が曇ってぽつぽつと雨が降り始めました。

 

 もともとグレートブリテン島の天候は曇りがちで、降るのか降らないのかハッキリしない灰色の雲に覆われている日が多めなのですが、大雨はほとんどなくて小雨がシトシト降ったかと思えばすぐ止む……みたいなパターンが大部分です。

 

 これは大西洋から暖流のメキシコ湾流が流れて緯度の割に温暖な一方、北からは北極由来の低気圧が押し寄せるため、この2つの気流が上空でぶつかり合って曇り空が発生しやすいという理由によるもの。

 

 

 ところがこの日は、窓に叩きつけるほどの雨が一向に止むことはなく、風まで激しく唸り声をあげるという、軽めの嵐に近い異常気象でした。

 

「この天候の中、湖からボートで城に向かうとは、ミナさんもツイてな―――わっ!?」

 

 話の途中、突如として汽車が急に速度を落とし始め、私は思わず舌を噛みそうになってしまいました。

 

「い、イレイナさん! 何があったんでしょうか?」

「人身事故とか?」

「ホグワーツ特急でそれは無いでしょ」

 

 ちょっと不安そうなサヤさんを宥めようとすると、ミナさんから落ち着き払ったマジレスが。

 

「故障というのも考えにくいですし、列車強盗やテロという線だと……」

 

 原因を考えているうちにも速度はどんどん落ちていき、ついにはガクンとアーチ橋の上で停車してしまいます。

 

「なんか動いてますね。あっ、誰か乗り込んでくるみたいですよ!」

 

 窓ガラスの曇りを拭いて外を覗いていたサヤさんが言うと、次の瞬間、いきなり列車の灯りが一斉に停電し、辺りは真っ暗闇に包まれてしまいました。

 

「い、イレイナさん……」

 

 どさくさに紛れてサヤさんが身を寄せてきます。いいチャンスだと思ったのか、あるいは本当に怯えているのか、ちょっと微妙なラインです。なので私は彼女をそのままにして、念のため杖を取り出します。

 

「ルーモス-光よ」

 

 まずは暗闇を照らして周囲を確認します。ミナさんは少し震えていますが気丈に杖を構えており、サヤさんはというと――。

 

 

「イレイナさん、めちゃめちゃいい匂い……えへへ♡」

 

 惚けきった顔で涎を垂らしておりました。

 

 

「サヤさん止めてください痴漢は犯罪です」

「痴漢だなんてそんな、ボクはただ……!」

「私のスカートに潜り込んだ貴女の卑しい手つきを他にどう呼べと?」

「愛です!」

 

 べしっ。

 

「あいたッ!?」

 

 とりあえず性犯罪者(サヤさん)を引っぺがしてミナさんに押し付けます。

 

「うぅぅ~」

 

 はがす際に小突かれた頭を抱えてうずくまるサヤさんに、妹のミナさんは呆れたような溜息を吐きつつも、子供をあやすようにその頭を軽く撫でまわします。 

 

「姉さん………♡」

 

 ミナさんの瞳と吐息がアブないものになっているのから目を逸らしつつ、私は外を確認するために扉を開きました。

 

 

 ひょこっと頭を外に出すと、同じように数人の生徒が扉から身を乗り出して何があったのかキョロキョロと確認しているのが見えます。

 

「おい、あれ……」

 

 誰かが呟くと、視線が私が見ていたのと反対側の廊下の先へ集中します。私もつられて首をそちらへ向けると―――。

 

 

「あれは……」

 

 

 視線の先には、暗い影のようなものが、幽霊のようにゆらゆらと佇んでおりました。頭はすっぽりと頭巾で覆われ、長身からは黒いマントのようなものをはためかせ、僅かにのぞく手はかさぶただらけで、水中で腐敗した死骸のように灰白色に冷たく光っております。

 

 

吸魂鬼(ディメンター)……」

 

 

 それは最も暗く、最も穢れた場所に蔓延り、凋落と絶望の中に栄える闇の生き物――絶対に脱獄不可能なアズカバン監獄にいるはずの、恐るべき看守の姿でした。

 

 それから吸魂鬼が長く息を吸い込み始めると、ぞっとするような冷気が全員を襲いました、窓ガラスが凍り始め、寒気が皮膚の奥深くへと潜り込み、心臓そのものを凍らせようとするかのように……。

 

 彼らにとって人間の幸福感は餌であり、近くにいるだけで絶望と憂鬱をまき散らします。私が慌ててコンパートメントの中に引きこもろうとすると、どこか遠くから叫び声が聞こえてきました。

 

 

「エクスペクト・パトローナム-守護霊よ、来たれ!」

 

 

 次の瞬間、吸魂鬼のすぐ近くのコンパートメントから銀色の光る守護霊のようなものが飛び出し、忌まわしい闇の生物を撃退します。吸魂鬼が守護霊に追われて逃げていくと、再び汽車に明かりが灯り始め、徐々に車内が暖かくなっていくのが感じられました。

 

「い、今のは……?」

 

 再びコンパートメントに腰かけると、怯え切った様子のサヤさんとミナさんが抱き合っていました。顔面は蒼白で、まだ指が震えています。

 

「吸魂鬼―――闇の魔法生物で、アズカバン監獄の看守です」

 

 私は落ち着かせるようにチョコレートを渡すと、徐々に彼女たちの顔色が元に戻っていきます。ミナさんがおずおずと口を開きました。

 

「そんな生き物がどうして……?」

「恐らく指名手配された、シリウス・ブラックの捜索かと」

 

 そう言って私もチョコレートをかじると、じんわりと手足の先まで暖かさが広がっていきます。

 

「怖かったよぉ」

 

 サヤさんの声は普段より上擦り、気味悪そうに肩を揺すっていました。

 

「あれが来た時、ボクもう一生楽しい気分になれないんじゃないかって……」

 

 私が慰めるようにサヤさんの手を繋ぐと、段々とサヤさんも落ち着きを取り戻していき、徐々に頬が赤くなっていきました。

 

 しかし流石のサヤさんでもショックが大きかったのか、それからは珍しく口数も少なく、私たちはぼそぼそとチョコレートを食べながらホグワーツ到着までの時間を過ごしたのでした。

 




 吸魂鬼のファインプレー(サヤ視点)
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