ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第10章 ~鉤爪~

 新学期最初の日、昼食の後はグリフィンドールと合同で『魔法生物飼育学』でした。

 

 

 ぶっちゃけ、不安しかありません。

 

「こんな本を教科書に指定するなんて、怪我でもしたらどうしてくれるんだ?」

 

 ブツブツと文句を言いながら、ドラコ・マルフォイが取り出したのは「怪物的な怪物の本」。紐でぐるぐる巻きに縛ってあり、他の生徒もベルトやら鎖を巻きつけたり、ケースの中に押し込んでいたりと扱いに苦労していました。

 

 かくいう私も書店でこの本が大暴れしているのを見て、泣きそうな顔の店員さんに紐で縛ってもらったものを購入してから、一度も開いてません。

 

 

 

「みんな、ここの柵の周りに集まれ!」

 

 禁じられた森の近くにある放牧場のようなところへ連れられ、先生のハグリッドが号令をかけます。

 

「今日は皆にいいもんがあるぞ! さーて、イッチ番最初にやるこたぁ、教科書開くこった」

「どうやって?」

 

 返ってきたのは、ドラコの冷たい気取った声。

 

「どうやってたら指を食いちぎられないよう、安全に教科書が開けれるんでしょうかねぇ?」

「そりゃあ、お前さんたち、撫ぜりゃーよかったんだ」

 

 なに当り前のこと聞いてんだ? と言わんばかりにハグリッドはハーマイオニーの教科書をとりあげると、スペロテープを剥がして噛みつこうとする本の背表紙をひと撫でします。すると教科書は大人しくなり、震えてパタンと開きました。

 

「なるほど、撫ぜりゃーよかったんだ! どうして思いつかなったんだろう!」

「お、俺はこいつらが愉快な奴らだと思ったんだが……」

「僕たちの手を噛みちぎろうとするなんて、恐ろしく愉快ですよ」

 

 ハリーとロンがイラッとする姿が視界の端に映ったものの、大半の生徒は―――グリフィンドール生でさえ、ドラコの発言を否定できない様子でした。

 

 

「えーっと、そんじゃ……魔法生物を連れてくるから、待っとれよ……」

 

 動揺したハグリッドが森へ入っていき、しばらくすると十数頭の魔法生物を引き連れて戻ってきます。

 

「ヒッポグリフだ!」

 

 嬉しそうにハグリッドがヒッポグリフを柵に繋いで、生徒たちに紹介します。それは胴体と後ろ脚、尻尾が馬で、前脚と頭部および翼が鷲という魔法生物でした。

 

 

「美しかろう? もうちっと、こっちに寄っても大丈夫だぞ」

 

 近づくと、たしかに中々見ごたえのある生き物です。一匹づつ色も違い、灰色に赤銅色、褐色、栗毛、漆黒と様々でした。

 

 

「こいつらは誇り高い。すぐ怒るから、絶対に侮辱してはなんねぇ」

 

 ハグリッドが解説します。

 

「乗り方はこうだ。こいつらの傍まで歩いてって、そんでもってお辞儀する。それから、必ずヒッポグリフの方が先に動くのを待つんだぞ? こいつらがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もし返さなんだら、すぐ離れろ」

 

 

 誰が一番乗りだ?とハグリッドが見回すと、ほとんどの生徒が引く中、ハリーが果敢に名乗り出ました。

 

「僕、やるよ」

 

 

「よーし、そんじゃバックビークとやってみよう」

 

 ハグリッドが灰色のヒッポグリフとハリーを対峙させ、生徒たちの間に緊張が走ります。ドラコは意地悪く目を細め、事件でも起こってくれないか期待しているようでした。

 

「ハリー、目を逸らすなよ。瞬きもだ―――ヒッポグリフは自信なさげな奴を信用せんからな……」

 

 ハグリッドに教わった通りにハリーがお辞儀をし、わずかな間を置いてヒッポグリフもお辞儀を返します。どうやら成功したらしく、大勢が拍手する中、ハグリッドが嬉しそうに叫びました。

 

「やったぞ、ハリー! バックビークはお前さんを背中に乗せてくれると思うぞ」

 

 ハリーは少し戸惑いながらもバックビークの翼の付け根に足をかけ、背中に飛び乗りました。そしてハグリッドがバックビークの尻を叩くと、高く飛びあがって放牧場の上空を旋回して着地します。

 

「よく出来た! それじゃ、他のもんもやってみるとするか!」

 

 ハグリッドの掛け声と共に、放牧場のあちこちでお辞儀が始まりました。

 

 

 **

 

 

 スリザリンで最初に動いたのは、意外にもドラコ・マルフォイでした。

 

 

 どうやらハリーの成功を見て対抗心を刺激されたらしく、尊大な態度でバックビークの嘴を撫でていきます。

 

「簡単じゃないか」

 

 ドラコはもったいぶり、わざとハリーたちに聞こえるように大げさに話しかけました。

 

 

「ポッターに出来るんだ。簡単に違いないと思った―――そうだろう? 醜いデカブツの野獣君」

 

 次の瞬間、鉤爪が光ったかと思うとドラコが悲鳴を上げて倒れ、ハグリッドが暴れるヒッポグリフに首輪をつけようと格闘していました。

 

 

「僕、死んじゃう!」

 

 動転したドラコが叫び、クラス中がパニックに陥ります。

 

「死んじゃうよ! あいつ、僕を殺した!」

「いや、死人はそんな風に喋りませんって――クラッブとゴイル、手伝ってください」

 

 私は二人に合図すると、ドラコの服の裾を引っ張って引き摺り、ヒッポグリフから距離を取ります。腕を見ると、深々と長い裂け目がありました。

 

「エピスキー-癒えよ!」

 

 簡単な治癒魔法をかけると、少しだけ出血が収まりました。

 

「どうですか? まだ痛みます?」

「めちゃくちゃ痛いに決まってるだろ!」

「生きてる証拠です」

 

 

 そんなやり取りをしている内に、バックビークを落ち着かせたハグリッドが慌ててやってきます。

 

「マダム・ポンフリーのとこに連れてかないと……!」

 

 ハグリッドはそう言うとマルフォイを軽々と担ぎ上げ、城に向かって坂を駆け上がっていきました。

 

 

 他の生徒たちはショックを受けつつもその後に続いて石段を上り、がらんとした玄関ホールに入ります。

 

「すぐクビにすべきよ!」

「マルフォイが悪いんだ!」

 

 パンジーが涙目で言い、ディーン・トーマスさんが反論します。

 

「イレイナもハグリッドが悪いと思うわよね!?」

 

 きっと睨むような顔のパンジーに凄まれ、ハリーたちからも無言の圧を加えられ、板挟みという厄介な立場に追い込まれる私。「ドラコもハグリッドも余計なことしやがって……」という本音を呑み込み、私は優等生らしく公平中立の観点から答えました。

 

 

「そうですね……とりあえず、ウィゼンガモット法廷に訴えるべきではないでしょうか」

 

 

「あ、逃げた」

「日和ったな」

 

 余計なことをのたまうダフネとミリセントを無視し、私は2つの寮の生徒に場を落ち着かせるように言い聞かせました。

 

「どちらかの弁護をしたいなら、証人として法廷に立つのがよろしいかと。もちろん虚偽の答弁は偽証の罪で罰せられるので、その点を踏まえた上で証言してください」

 

 

 なんだかんだで魔法界は、基本的に自由放任主義の社会です。魔法省の役割は基本的に「マグルから魔法族の存在を隠すこと」に限定され、魔法族同士のトラブルには原則として介入しません。

 

 そのため「自分の権利は自分で守りなさい」という自己責任の原則が貫かれ、個人間のトラブルは決闘なり裁判なりで解決するという決闘・訴訟社会でもあり、そこに不正が無いか監視する公平な場を提供するのが、司法たるウィゼンガモット法廷の役割なのです。

 

 

 今回の場合、ハグリッドが「侮辱してはならない」という最低限の説明責任は果たした上で、ドラコ・マルフォイがそれを無視した結果として事故に遭った、という状況です。

 

 そのため一見すると被害者の側に過失があるのですが、あいにくホグワーツの生徒は未成年であるため、教師の側にも一定の監督責任が生じます。

 

 しかし監督責任の範囲、すなわち「事故が予想できたか」というのはケースバイケースであり、「生徒が警告を無視してヒッポグリフを侮辱する可能性の高さ」については、類似する事件――たとえば「姿現し」授業の失敗事例や、子供を箒に乗せて事故が生じたケース等――を調べ上げ、さらに証言を含む状況証拠を集め、最終的には法廷で陪審の評決を仰ぐしかありません。

 

 

 そうやって時間をかけて様々なケースの判例を蓄積した集大成である判例法(コモン・ロー)を第一次的な法源とし、そこから判例法を追認・整理する形で所謂「法律」である成文法(シビル・ロー)が成立する、という流れは割とマグル英国界とも通じるものがあり。

 

 

 この辺は「論理的な分析と考察による真理の発見」という演繹法的な大陸合理論的な成文法主義と異なる、「経験の積み重ねによる帰納法的な真理を探究」というイギリス経験論の慣習法主義的な伝統が魔法界でも息づいてたり。

 

 

「魔法界には“ドラゴンはドラゴン使いに”という諺もあります。トラブルはとりあえず訴えるのが、もっとも透明性が高く民主的で公正な方法ではないでしょうか」

 

 

 煮え切らないと言えば煮え切らない態度に、ハリーたちもパンジーたちも「お前はどっちの味方なんだ」という微妙な顔をしていましたが、私の実に優等生的な模範回答にそれ以上のケチをつけられるはずもなく、どうにか板挟みをやり過ごした私。

 

 

(まぁ、怪我の具合からして死ぬまで後遺症が残るという訳でもなさそうですし、普通に過失に対する損害賠償で丸く収まるんじゃないんでしょうか)

 

 

 

 ―――なんて。

 

 

 

(そう楽観的に考えていた時期が、私にもありました……)

 

 

 

 次の授業から、微妙に虚無の表情を浮かべて、ひたすらレタスを刻む羽目になった魔女がいます。彼女は誰か……はい、私です。

 

(まさか、ハグリッドがここまで意気消沈するとは……)

 

 最初のヒッポグリフ事件のあと、すっかりハグリッドは自信を失くしてしまい、私たちは毎回のように「レタス食い虫」の世話をする羽目に。

 

 

「ねぇイレイナ」

 

 しかも、ある時にダフネが何に気づいたように声をかけてきました。

 

「この授業って他の学年も同じ内容なんだよね?」

「たしかフリント先輩が‟くっそヒマ”ってボヤいてたんで、そうだと思います」

「だとしたら、レタス食べさせ過ぎじゃない?」

「………」

 

 ダフネの言葉を受けて試しに放置してみたところ、見事に私たちのグループのとこの「レタス食い虫」が一番元気になっていました。

 

「ダフネの言う通り、何もしないのが正解でしたね……」

「てことは、私たち何すればいいんだろ」

「さぁ」

 

 魔法生物飼育学は、もはや何のためにあるのか分からない時間に成り下がっておりました。

 

 

「……とりあえず、ニュート・スキャマンダーさんの『幻の動物とその生息地』でも読んで自習しましょうか」

 

 今更ながら受講を後悔し、「来年は受講やめようかな……」などと考えている私なのでした。

 




 日和見イレイナ。ヴィクトリカさんの影響で「色々な正義がある」からこそ、短絡的に白黒つけないあたりは割と優等生気質。
 なのでトラブルを調停する場としての「裁判」を重視する姿勢を示しつつ、単に「立場的に関わると面倒だから、裁判所に丸投げ」という魂胆が透けて見えたり。

 ぶっちゃけ、原作で裁判にかけて「ちゃんと警告したハグリッドは無罪、でも実際に傷害事件を起こしたバックビークを放置するわけにもいかないから、何らかの処分は必要」ってところまでは、割とマトモな判決なんじゃないかと。

 ハグリッドやハリー視点だと量刑として処刑は重いような気もしますけど、魔法界だと動物愛護法とか無さそうなので、被害者が殺処分を強く要求したら通っちゃっても、不正裁判と言えるかは微妙なラインなんじゃないかなと。
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