ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第11章 ~まね妖怪~

 『闇の魔術に対する防衛術』の授業を前に、他の寮と同様にスリザリンでも新しい先生について様々な憶測が飛び交ってました。

 

 無理もありません。一昨年はターバン巻いたニンニク臭いどもりの変人(しかも、実は顔が頭の後ろにもう1つ)、去年も作家としてはともかく『闇の魔術に対する防衛術』教師としては無能でした。

 

「今年はどうなるのかしら?」

 

 パンジーが物憂げに問うと、ミリセントが肩をすくめます。

 

「実は吸血鬼みたいなオチじゃね?」

「狼男だったりして」

「人造人間かもしれませんよ」

 

 ミリセント、ダフネ、私がそれぞれ当てずっぽうに返し、教室の扉を開くと中には机とイス、そして何故かタンスが置かれていました。

 

 ニンニク臭に包まれた1年目、自己主張の強いロックハート写真に囲まれた2年目に比べると、随分と質素な印象です。ルーピン先生も汽車で見かけた時よりは健康そうでしたが、ターバンやロックハート・スマイルに比べるとかなり地味。

 

「今年はインパクトが足りませんね」

「それが普通なんだよなぁ……」

 

 ミリセントのぼやきを聞き流しつつ、私たちはそれぞれ椅子に座ります。そして授業開始のチャイムが鳴ると、ルーピン先生が立ち上がって全員を見回しました。

 

 

「やぁ、みんな。教科書はカバンに戻しても大丈夫だよ。今日は実習だから、杖だけあればいい」

 

 

 皆で教科書をしまう中、ダフネがヒソヒソ声で話しかけてきました。

 

「またピクシーとか?」

 

 大体みんな考えることは一緒だったのか、視線がマルフォイに集中します。

 

「な、なんだよ」

 

 続けて視線がパンジーに向けられると、パンジーは「ドラコが困ってるじゃない!」と顔を赤らめながら、ニヤニヤ笑いを浮かべるザビニへ丸めたチューインガムを投げつけておりました。

 

 

 

「さぁ、それじゃ」

 

 ルーピン先生がタンスの前に立つと、タンスが急にガタガタと揺れ始めます。

 

「心配しなくていいよ」

 

 ルーピン先生は静かにそう言ったものの、去年のトラウマがあるのか皆さん不安の面持ちで、ドラコが皮肉たっぷりに返しました。

 

「心配した方がいいんじゃないんですかね?」

 

 するとルーピン先生は肩をすくめて、安心させるようにゆっくりとした声で語り始めました。

 

 

「この中に入っているのは『まね妖怪』、ボガートだ」

 

 

 未だ緊張が抜けきらない中、ルーピン先生は続けます。

 

「この魔法生物は、暗くて狭いところを好む。タンスやベッドの下、流しの下の食器棚、私は大きな柱時計の中で見つけたこともある。ここにいるのは昨日の午後に入り込んだやつなんだが……さて、ここで最初の問題だ。『まね妖怪』のボガートとは何でしょう?」

 

「そう、わた――」

「ダフネぶっとばしますよ」

 

 そう警告した時には、既に手が出ておりました。無意識に体が先に動くことってあるんですね。

 

 

「じゃあ、そうだな……セオドール君」

 

 ダフネを黙らせている間に、手を上げていたらしいノットが指名されました。

 

「形態模写妖怪。相対した者が一番恐怖を感じるものに変身する」

「正解だ」

 

 ルーピン先生の解説では、暗がりに1人でいる『まね妖怪』の姿は分からず、外に出すとすぐ私たちが怖がってるものに姿を変えるとのこと。

 

「じゃあセオドール君、賢い君ならもう『まね妖怪』を倒す方法の1つは分かったかな?」

「数で押し切る」

「その通りだ」

 

 その言い方に多少の語弊があるような気がしないでもありませんが、要するに怖がらせる対象が多いと、誰の恐怖対象に変身すべきか『まね妖怪』が混乱するとのこと。

 

「そしてもう1つの対策として、『まね妖怪』を退散させる呪文がある。簡単だが、精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけられるのは‟笑い”なんだ。君たちが滑稽だと思う姿に、『まね妖怪』を変身させる必要がある」

 

 すらすらと淀みなく解説するルーピン先生の授業に、気づけば私たち全員が聞き入っていました。どもりもなければ、自分語りや自慢もなく、要点を簡潔に説明してくれる「こうであって欲しかった」と皆が望んでいた「闇の魔術に対する防衛術」の授業が、この教室にはありました。

 

 

「初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみてくれ………リディクラス―バカバカしい!」

 

「「「リディクラス―バカバカしい!」」」

 

 全員が一斉に唱えると、ルーピン先生がにっこりと笑います。

 

「そう、とても上手だ。でも、呪文だけでは十分じゃない。呪文を唱えるのと同時に、『まね妖怪』が変身した君たちが怖いと考えるものが、バカバカしい姿に変身するのをイメージする必要がある。そこでクラッブ、君の登場だ」

 

 ガタガタ揺れるタンスに、クラッブが腕をボキボキさせながら近づいていきます。いざとなったら、腕力で『まね妖怪』に立ち向かうつもりなのでしょうか。

 

「クラッブ、君が世界で一番怖いと思うものはなんだい?」

 

「……借金取り」

 

 妙に生々しいクラッブの答えですが、意外とこれがバカにできないもんです。グリンゴッツの小鬼が借金を取りたてに来るときの苛烈さといったら、小鬼だけに鬼気迫るものがあるとかないとか。

 

「そういえば、クラッブ家って一度、破産したんだけっけ?」

「ああ。それで小鬼に追われてるとこを僕の父上が買収したんだ」

 

 ダフネにドラコがドヤ顔で自慢します。ちなみにゴイル家も似たような感じで、家業が破産したとこをマルフォイ家に買収されてどうにか経営を立て直したとかで、今みたいな力関係にあるみたいです。

 

 

 

「では、3つ数えてからだ。1、2、3、それ!」

 

 そうこうしている内にタンスが開かれ、鉤鼻に鋭い牙と細長い爪を持つ、不気味な小鬼の借金取り立て人が目をギラつかせて現れました。

 

「困るんだよなァ……もうとっくに返済期限過ぎてんだわ。クラーケン漁船でも乗るか?」

「り、リディ……」

「いいから早く立ち退きやがれ!ガキでも嫁でも売ってカネ返せやゴラァッ!」

 

 それまでクスクスと小馬鹿に笑ってた生徒たちもリアルに凄んでくる小鬼の迫力に圧倒されてしまう中、クラッブは最初こそつまずいたものの意を決して口を開きました。

 

「リディクラス!!」

 

 クラッブが轟くような大声を出すと、ガラ悪く叫んでいた小鬼は背後から巨大なタコのような足に絡めとられて声が出せなくなってしまいます。

 

 

「次、ミリセント!」

 

 ミリセントはきっとした顔で前に進み出ると、小鬼が巨大な蛇……バジリスクに変化しました。シューシューと音を立ててバジリスクはミリセントを呑み込もうとします。

 

「リディクラス!」

 

 ミリセントが叫ぶと、バジリスクは自分の尻尾を食べ始め、巨大な緑色のドーナッツと化しました。

 

 

「ドラコ、前へ!」

 

 ドラコが前に出ると、頭をフードにすっぽり包んだ何かが現れます。一昨年に私と禁じられた森で見た謎の怪物で、くるりとこちらを向いたフードの奥からは銀色の血がしたたり落ちていました。

 

「リディクラス!」

 

 ドラコが叫ぶと、フードの怪物はどこかの美少女に『足縛りの呪文』でもかけられてしまったように、前のめりにつんのめって地面と激しくキス。私も自然とドヤ顔に。

 

 

「パンジー!」

 

 パンジーが急いで進み出ると、凶暴なヒッポグリフが現れました。ドラコが小さく息を吞むと同時に、パンジーが叫びます。

 

「リディクラス!」

 

 ヒッポグリフは羽毛が抜けて一気に禿げ上がり、手足が縛られて出荷番号のラベリングが付けられました。なんだか業界の闇が深そうです。

 

 

「ブレーズ!」

 

 ザビニが飛び出すと、吸魂鬼が現れました。すかさず呪文を唱えると、吸魂鬼がズッコケてフードが脱げてしまい、中からはゴイルに肩車されたドラコ・マルフォイがローブを脱ごうとバタバタする姿が。

 部屋中に笑い声がこだまする中、本物のマルフォイが「なんか恨みでもあるのか!?」とキレ気味に抗議していました。

 

 

「セオドール!」

 

 ノットが前に出るとニセ吸魂鬼が狼人間に変身し、ノットが「リディクラス!」と叫ぶやいなや、トラバサミに挟まれてギャンッ!と悲鳴をあげました。

 なぜだかルーピン先生がとっても痛そうな顔をする中、罠にかかった狼人間がしゅるしゅると小さなビーグル犬に変化していきます。

 

 

「次、イレイナ!」

 

 さて、それでは皆さん問題です。それはそれは美しい、灰色の髪に瑠璃色の瞳の完璧美少女な魔女である私がもっとも恐れているものは何でしょう?

 

 

 そう、もちろん私です。

 

 

「うぅッ! 私の目に閉じ込めた黒龍さん的なあれが、皆さんを襲おうとしています!離れてぇッ!」

 

 

 現れたのは、眼帯をつけて厨二病を患った私でした。とても痛々しくて、ある意味で恐ろしい事この上ありません。

 

「り、リディクラス!」

 

 呪文を唱えるとパチン!と音がして、次は目をトロンとさせてメスの顔をした私が現れました。

 

「サヤさん♡ うふふ、サヤさん……♡」

 

 なぜサヤさん……。

 

「リ――リディクラス!」

 

 恋する乙女の私に呪文で別れを告げると、今度はグールになった私が。なんでだ。

 

「ぁぁ……う……あー………」

 

 グールになった私に対して再び「リディクラス!」と呪文を唱えても、今度はハイになって脳が足りなくなった私が現れてしまい、なかなか『まね妖怪』は退散しません。

 

 何故でしょう。おかしいですね、単に私が私をバカバカしい姿に変えればいいだけなのですが……。

 

 

 と、そこで私は気づいてしまいました。これは由々しき問題です。そう、たかが『まね妖怪』ごときに天才美少女たる私が苦戦している原因は――。

 

「どうしましょう……私、自分で自分を公衆の面前でバカバカしい姿に変えるなんて、そんな恐ろしいことできません!」

 

「「「イレイナほんと面倒くさいな!?」」」

 

 スリザリン生から総ツッコミが入る中、「えー」みたいな顔してたルーピン先生でしたが、すぐに別の生徒に代わるよう指示してくれました。

 

 

「じゃあ、ダフネ!」

 

 ダフネが恐る恐る前に進み出ると、まっ白なシーツを被せられたベッドが出現しました。シーツはこんもりと盛り上がっており、その中には何かが横たわっているようで……ダフネが思わず息を吞みます。

 

「あ……」

 

 完全に固まったダフネが顔面蒼白になったのを見て、ルーピン先生が急いで前に出てきました。

 

 パチン!と大きな音がして、銀白色の玉がルーピン先生の前に浮かびます。ルーピン先生は面倒くさそうに「リディクラス!」と唱えると、最後に残ったゴイルが前に出ました。

 

「リディクラス!」

 

 ゴイルがキレた自分のお父さんを風船のように膨らませて「ハハハ!」と笑うと、まね妖怪は破裂し、何千という細かい煙の筋になって消えていきました。

 

 

「アストリア……」

 

 消えてしまいそうなほどか細いダフネの声を辛うじて聴きとれたのは、すぐ近くにいた私とパンジーだけでした。

 

 

「みんな、よくやった! そうだね、まね妖怪と対決したスリザリン生1人につき5点をあげよう」

 

 まね妖怪を実際に退治して興奮気味の生徒たちに、ルーピン先生は最後に宿題を提出するように言って授業を終えました。

 

 

 そして授業終了後、多くの生徒たちが興奮気味に自分がいかにカッコよくボガートを退治したか武勇伝のように語り始める中に、普段であれば話の中心でお祭り騒ぎをしている金髪少女の姿はありませんでした。

 

 

「イレイナ」

 

 むんずとローブの裾を、引っ張ったのはパンジーでした。

 

「あのバカを連れ戻してきて」

 

 パンジーがバカ呼ばわりした人間が誰であるか、考えるまでもありません。

 

「……そっとしておいた方がいいのでは?」

「大丈夫。その段階は多分もう過ぎてるから」

 

 言い方や態度はキツイですが、なんだかんだでパンジーも身近な人の事は割と気にかけているようです。

 

「アンタの舌先三寸でどうにかしてきて。頼りにしてるから」

 

 

 **

 

 

 そして、ようやくのことで私が見つけた時、ダフネはぼんやりと空き教室から校庭を眺めていました。ちょうど私たちが『闇の魔術に対する防衛術』を受けていた時、スリザリンの1年生が使っていた教室です。

 

「お嬢様、お迎えに上がりましたよ」

 

 横からそんな風に声をかけると、ダフネは首を少し傾けて視線を合わせてくれました。

 

「逃げる女の手は離すなって、教わらなかった?」

「あいにく、代わりの女ならアテはありますので」

「決めた。いつか後ろから刺す」

 

 敢えて適当な軽口を叩くと、少し調子を取り戻したダフネは曖昧な笑顔を浮かべてきました。

 

「あのねイレイナ……ちょっとだけ、いいかな?」

 

 普段は快活な表情が少し真面目なものになり、覚悟を決めたように息を吸い込むダフネ。それなりに悩んで乗り越えたつもりではあっても、やはり誰かに聞いてもらいたい話があったのでしょう。彼女が今まで内側に秘めてきて、誰にも相談できなかった悩みが今ここに打ち明――。

 

「ごめん、やっぱ今の無し!」

「えぇ……」

 

 自分から始めた話を強引に断ち切り、がばっと離れるダフネ。明らか挙動不審な様子の彼女をじぃっと見つめていると、顔を赤くして「いや、だってさ」と口を開き。

 

「イレイナの言いたいことも分かるけどぉ……ちょっと冷静になったら、流れ的に今の自分イタいなって」

「まぁ、小説とか映画とかなら様式美だと思いますけど、なんかムズムズしますよね」

「それなー」

 

 ちょっとばかり可笑しくなって、くすっと笑う私たち。やっぱり、こういう方が私達らしい気がします。

 

 

「ありがと、なんか安心した」

「というと?」

 

 私が聞くと、ダフネは吹っ切れたように微笑んできて。

 

「追いかけてきたのが、イレイナで良かったってこと」

「私はただ、追いかけてきただけですよ」

「ただ、追いかけてくれただけなのがいいんだよ」

 

 珍しく詩的なことを言った後、ダフネは「ねぇ」と少し真面目な顔で聞いてきました。

 

「イレイナは……秘密を許してくれるんだね」

「美人には秘密が付き物ですから」

「なるほど、それはあるかも」

 

 ふふっ、と笑うダフネは少し安心したような顔で。

 

「けどさ、いつかきちんと話をしたら……その時は、傍にいてくれる?」

 

 向き合わなくてもいい。認めなくてもいい。ただ、傍にいて欲しい――真っ直ぐに私を見つめるダフネの緑色の瞳に、私も「ええ」と答えて。

 

「飲み代ぐらいは、そっちで奢ってくださいよ」

「けちー」

 

 口をとがらせて返すダフネの表情は、すっかりいつもの快活な彼女に戻っていました。

 




 イレイナさんは性格的に怪物とかを怖がるというより、自分がやらかした姿とかを恐れてそう。

 ダフネの怖いものは「呪いの子」情報があれば想像は出来るかと思いますが、イレイナさんに打ち明けなかった理由はまた後ほど。
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