ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第15章 ~防呪チョッキ~

 3年目のハロウィンはトロールが侵入するような事もなく、スリザリン・チーム恒例行事のパンプキンパイ大食い大会でフリント先輩がキャプテンの意地を見せつけて優勝するという知能指数の低い盛り上がりを見せ、談話室に戻ったところで事件が起こりました。

 

 

 凶悪犯シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に侵入未遂――。

 

  

「1年目はトロール、2年目はバジリスク、3年目はシリウス・ブラック! この学校は毎年、ハロウィンに事件が起こらないといけない決まりでもあるわけ?」

 

 夜中に大広間に集まるように言われ、事情を聴いたパンジーが呆れた愚痴をもらし、周囲の生徒もうんうんと頷いています。

 

 

 つい10分ほど前、スネイプ先生から「グリフィンドール寮にシリウス・ブラックが侵入した。まだ城内に残ってる可能性があるから全員、大広間に集まるように」と呼ばれ、私たちも含めてホグワーツの全生徒が大広間に集められていました。

 

 

「教授陣全員で、城の中をくまなく捜索せねばならん。気の毒じゃが、安全のために今夜は皆ここに泊まるように。監督生は大広間の入り口の見張りに立ってもらおう。主席の二人に、此処の指揮を任せようぞ」

 

 

 ダンブルドア校長が告げると、首席の二人は対照的な反応を見せました。男子首席のパーシー・ウィーズリーさんは厳めしくふんぞり返っていますが、女子首席のペネロピー・クリアウォーター先輩は「夜更かしはお肌の大敵なのに……」とあまり乗り気ではない様子。

 

 

「おお、そうじゃ。必要なものがあったのぅ」

 

 ダンブルドア校長が杖を振ると全てのテーブルが大広間の片隅に飛んでいき、もう一振りすると何百ものふかふかした紫色の寝袋があらわれて床一杯に敷き詰められました。

 

「ぐっすりお休み」

 

 

 

 ダンブルドア校長が大広間を出ていくと、たちまち大広間中がガヤガヤとうるさくなります。

 

「まだブラックって城の中かな?」

「ダンブルドアはそう思ってるっぽいけど」

「一体どうやって侵入したんだろう?」

 

 心配そうに顔を見合わせ、身震いしながら話題はシリウス・ブラックで持ち切り。そのうち各々が推測したブラックの侵入方法について議論が交わされます。

 

「姿現し術かな?」

「この城でそれは無理だって。普通に箒じゃね?」

「いや、ポリジュース薬という線も……」

 

 伝言ゲームの様に広がるヒソヒソ話のさざ波は止まる様子を見せず、パーシーさんが苛立った声を上げました。

 

 

「みんな寝袋に入って! おしゃべりは止めたまえ! 消灯まで後10分だ!」

 

 

 パーシーさんが律儀に大声で生徒たちを寝かしつけようとする中、スリザリン生を担当する監督生のジェマ・ファーレイ先輩は、にんまりと悪い顔で生徒たちを集めます。

 

 

「さて、スリザリンの諸君―――時は来た」

 

 

 やけに芝居がかった仕草で、重々しく告げるファーレイ先輩。

 

「今宵、この城には悪い魔法使いが侵入し、危険は身近に迫っております。ゆえに私たちは団結し、1つにならねばなりません」

 

 ファーレイ先輩は両手を合わせ、祈るような姿勢で優しく語りかけます。

 

「汝、隣人を愛しなさい。それ以上に想い人がいれば、もっといっぱい愛しなさい。せっかくなので手を取り合い、なんなら朝まで1つの布団の中でイイ感じになっちゃいましょう」

 

 あれ、なんか一部の男女がそわそわし始めたような……?

 

「愛する者同士が手を取り合い、より親密な関係となり、互いに慰め合い、時に激しく交わり合い、最高の一夜を過ごすことを主はお許しに――」

 

「ならないからね!?」

 

 ピンク色に染まりかけた空気をぶち破って割り込んできたペネロピー先輩が、持っていた枕でファーレイ先輩の頭をぼふっと叩き、寝場所を変えようとしていた生徒たちに待ったをかけます。

 

「生徒は学年ごと、そして男女別に寝ること! 不純異性交遊は禁止です!」

 

 ザビニやブレッチリー先輩たちから「えー」とか「つまんなー」みたいな不満の声があがるのを一蹴し、「シッシッ」と追い立てるペネロピー先輩。パンジーの手を引いて男子の方へ向かっていたダフネも渋々、といった感じで戻ってきました。

 

「残念だったね、パンジー。せっかくドラコと既成事実作るチャンスだったのに」

「ふぇっ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら「うるさいし!」と布団にくるまったパンジーを見て、やれやれと首を振る私とミリセント。

 

「まぁ、パンジーに期待する方が無理ってもんですよ」

「一応は公衆の面前だしなぁ」

「むしろそっちのが燃えるという可能性」

 

「そこ3人! 早く寝る!」

 

 

 **

 

 

 それから数日というもの、学校中がシリウス・ブラックの話でもちきりでした。どうやって城に入り込んだのか、話に尾ひれがついてどんどん大きくなっていきます。

 

 

 

 ――そんな中、私はブラック侵入事件にきな臭い匂いを感じました。具体的に言うと、カネの匂いです。

 

 

 

 その日はホグズミード行きの日で、3年生以上はほとんどホグズミードに出払っていました。ところが私は見てしまったのです。

 

 『3本の箒』にマクゴナガル先生とフリットウィック先生、そしてハグリッドになんとコーネリウス・ファッジ魔法大臣が入っていくのを。

 

 

「皆さん、私は急用ができました」

 

「ちょっとイレイナ!?」

 

 

 一緒にいたダフネたちには悪いのですが、こんなビッグなビジネスチャンスを見逃すわけにはいきません。

 

 

 私は慌てて『3本の箒』に駆け込むと、中では既に4人がマダム・ロスメルタと一緒にテーブルに座って飲んでいる姿が見えました。

 

 

「――吸魂鬼が私のパブの中を二度も探し回っていたことをご存じかしら?」

 

 マダム・ロスメルタの声には刺々しさがありました。

 

「お客さんが怖がってみんな出て行ってしまいましたわ……大臣、商売あがったりですのよ」

「ロスメルタのママさん、私だって君と同じで連中が好きなわけじゃない。だが、連中よりもっとタチが悪い者がいる。シリウス・ブラックの力をもってすれば……」

 

 

 

「―――その、シリウス・ブラックから身を守れるとしたら?」

 

 

 

 突如として割って入った私の声に、先生たちの注意が一気に引きつけられます。

 

「セレステリアさん!?」

 

 フリットウィック先生が驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになり、ハグリッドに支えられます。

 

「これを見てください」

 

 こういう時は勢いです。

 

 私は驚く先生方と大臣に次の言葉を継がせず、すかさずローブの中から黒くて頑丈そうなチョッキを取り出し、それを全員の前に広げました。

 

 

 

「これぞ新商品『防呪チョッキ』です!」

 

 

 

 ――きっかけは、大広間でいつものように悪戯を考えてる双子のウィーズリーさんの前を通った時、聞こえてきた何気ない会話でした。

 

 

「なぁジョージ、『盾の呪文』を帽子にかけて、そいつを被った誰かに別の誰かが呪文をけしかけて、跳ね返る時の驚いた顔を見るって悪戯、今度やってみないかい?」

 

「それです!!」

 

「ど、どうしたんだイレイナ」

「フレッドさん、ジョージさん。お二人からお金の匂いがプンプンしました!」

「マジかよフレッド」

「俺たちってそんなに金ぴか臭いか?」

 

 それからというもの、3人で設計図と構想を練り、この前のイメチェン費用との交換条件のひとつとしてルーピン先生に強力な『盾の呪文』及びその他もろもろの強化系の呪文をかけてもらい、この商品が出来上がったのです。

 

 試作品では帽子やマント、手袋という案もありましたが、「作業の邪魔にならずに常に身に着けられる」という点で最終的にベスト型に絞りました。

 

 マグル界にも防弾チョッキの有効性は実証済みですし、鎧を生地の内部に編み込んで着心地を良くするというアイデアも中世の鎧であるブリガンダインなどに古くより見られます。

 

 

 

 とまぁ、そんな経緯があったということでして。

 

 

 

「今、ホグワーツとイギリス魔法界は、シリウス・ブラックに怯え切っています。そこで人々が求めるものはただ1つ―――安全と安心です」

 

 私が机の上に置いた防呪チョッキに先生たちは興味津々、ファッジ大臣も呆気にとられている今がチャンス。

 

 

「私が『闇祓い』のシーラさんから聞いた話によれば、ここ10年ほどファッジ大臣のお陰で平和だったがゆえに、すっかり『盾の呪文』を忘れている者も多いとスクリムジョール闇祓い局長も嘆いているのだとか」

 

 

 知っている人間の名前を出され、ファッジ大臣の表情が「まぁ、そうだな」と少しだけ緩んだような気がしました。知らない人に胡散臭いと思われず信用を得たい時は、まず共通の知人の名前を出すところから。これは必須テクです。

 

 

「しかし10年以上続いた平和は、シリウス・ブラックの脱獄によって破られてしまいました。もし、ふとした拍子に史上最悪クラスの犯罪者とばったり出くわしたらどうしよう……? そんなことでお悩みのアナタ、この『防呪チョッキ』を着ればそんな心配はもう必要ありません!」

 

 

 私が机の上に設計図の書かれた羊皮紙を広げると、マクゴナガル先生さえも眼鏡をかけ直して興味を引かれたのが確認できました。

 

「このベストには『盾の呪文』で最も強力な、『プロテゴ・ホリビリス-恐ろしきものから護れ』をかけてあります」

 

 さらに追加で『フィアント・デューリ-耐久せよ』を付与した上で、長持ちさせるべく固定呪文をかけることにより、最大5年間は呪文の効果が持続すること……などのメリットを説明していく私。

 

 

「ほ、本当なのか?」

 

 ファッジ魔法大臣がにわかには信じがたい、といった顔になります。実際、魔法省職員にも『盾の呪文』が使えない職員が大勢いることは悩みの種だったのでしょう。

 

 

 もちろんパブの女主人でしかないマダム・ロスメルタや森番のハグリッドなんかは使えないか苦手なわけで、熱っぽく『防呪チョッキ』を見つめていました。

 

「じゃあ、これを着るだけで最高レベルの『盾の呪文』が守ってくれるってこと?」

「信じられん。そんな事が……」

「ですが、もし本当ならば素晴らしい発明ですぞ!」

 

 フリットウィック先生がキーキー声で興奮しながら叫びました。

 

 

「もちろん、嘘でもなんでもございませんよ。流石に『死の呪文』になれば厳しいですが、逆を言えばそれ以外の闇の魔術であれば防ぐことが可能です。また、マグルの戦車に使われる爆発反応装甲を参考に、チョッキを重ねて多層構造にすれば更なる防御力の向上も期待できるのです!」

 

 

「なんと……!」

 

 ファッジ大臣が息を吞み、マクゴナガル先生が眼鏡をクイッとかけ直します。

 

 

「でも、お高いんでしょう?」

 

 

「たしかに最上級の防護呪文である『プロテゴ・ホリビリス』を使える魔法使いが少ない以上、販売単価は19ガリオンとそれほど安くはありません。ですが、今すぐそんな大金なんて用意できなーいというアナタ、ここで耳寄りな情報です」

 

 

 ずい、とハグリッドが期待の目で身を乗り出しました。

 

 

「今すぐ大金がなくとも、手に職を持っていて定期的な収入があれば大丈夫。月々1ガリオンから、毎月自分で好きな金額を指定して分割払いすることも可能なのです!」

 

 最近、アメリカ魔法界にいるジョン叔父さんがマグルからヒントを得て売り出している『リボルバー払い』について、私がそのメリットを力説すると、ハグリッドも「毎月1ガリオンぐれぇなら、節約すれば俺でも払えるかもしれん……」とその気になってくれました。

 

「ちょっと外食やお酒を控えれば、引き換えに得るものは闇の魔術から守られた安心安全で快適な日々! そう考えればむしろ安いぐらいだと思いませんか?」

 

「たしかに……!」

 

「それだけではありません! お高いと感じる方のために、廉価版の「プロテゴ・トタラム-万全の護り」を使ったTシリーズ、および「プロテゴ・マキシマ-強力な護り」を使用したMシリーズ、そして通常の『盾の呪文』を使ったPシリーズ、とH、T、M、Pと財布と相談しながら4種類選べる使用となっております!」

 

 実はこの時、ようやく通常のPシリーズの試作品が完成しただけで、残りはデザインしか仕上がっていなかったのですが、時にはハッタリを利かせてチャンスをものにすることも、ビジネスの現場では求められるのです。

 

 

「おお!」

 

 すると案の定、今度はファッジ大臣が関心を示してくれました。やっぱりコストは大事ですよね。

 

 

「そして大臣閣下、こちらは私に協力してくれた首席2人を含む7年生の監督生4人による、数占いの試算結果なのですが」

 

 私はファッジ大臣に数枚の羊皮紙を渡し、一番最後のページまで一気にめくります。

 

「現在、シリウス・ブラック逃亡事件を受けた吸魂鬼による経済への悪影響、および魔法警察部隊と闇祓いを増員した時の人件費の増加分について、いくつかのシナリオをもとに数占いによるシミュレーション結果を算出してみました」

 

 吸魂鬼の警備は当然ながら経済にマイナスであり、また魔法警察など魔法法執行部の増員は予算はもちろん、人員の育成時間が足りず、しかも必要以上の増員を行えば後の財政を圧迫するという、数占いのシミュレーション結果が。

 

 何より、個々人に張り付くわけにもいかないため、どうしても警備の穴が出来てしまうのが弱点です。

 

 

「しかし『防呪チョッキ』なら、そんな心配もございません! 街に吸魂鬼を配備するより、魔法警察を増員するより、素早く、安上がりに、そして平等に! 全ての魔法使いが、自らの身を護ることが出来るのです!」

 

 

 安い!早い!うまい!とファーストフードのコマーシャルのように、私は商品のウリを分かりやすく訴え、あと一歩で落ちそうなファッジ大臣にねじ込みます。

 

 

「さらに試算では、魔法省から一定の補助金を出して製造ライセンスを競争入札にかけた上で、注文数が200個を超えるとスケールメリットによって単価が安くなり、最も効率的なケースであるとのシミュレーション結果が出ました!」

「なんと!」

「どうです大臣? 買います? 買っちゃいますか?」

 

「ふむ……」

 

 コーネリウス・ファッジ魔法大臣は大きく息を吸い、目を瞑って両手を組んで「偉い人がめっちゃ熟考してます」的なポーズでしばらく沈黙した後、威厳たっぷりに重々しく告げました。

 

「よし……詳しい話を聞こう」

 

 

 取引は無事に成立したようでした。

 

 

 

 結局、その日は試作品と特許申請書をファッジ大臣に渡して、私は大人たちの密談を邪魔しないよう、そそくさと退出しました。詳細は魔法省から追って正式に通達するとのこと。

 

 

 ちなみにその後、なんだかハリーがシリウス・ブラックの件でキレていたのですが、私に詳しい事情は分かりません。

 

 

 

 **

 

 

 

 そんな感じでしばらくしてから、例の『防呪チョッキ』の売り上げはどうだったのかと言いますと。

 

 

「めちゃくちゃ特許収入とライセンス料入ってきますね……」

 

 

 発案者である私とウィーズリー双子、製作に協力してくれた7年のパーシーさん、ペネロピー先輩、ファーレイ先輩、アンネロッテ先輩、そしてルーピン先生の口座には真っ当な商売に対する正当な報酬が、どかすかと毎月のように振り込まれたのでした。

 

 ウィーズリー兄弟は自分の店を開くという野望に一歩近づき、ルーピン先生はスーツに加えてカバンやコートなんかを新調したらしいです。

          




防呪チョッキ
・元ネタは、原作でウィーズリー兄弟が販売していた『盾の呪文』をかけた帽子。帽子よりはチョッキの方が便利そうなので、チョッキ型にしました。

リボルバー払い
・その名の通りリボ払い。魔法界にマグルの悪しき資本主義を持ち込むイレイナさん親戚筋の悪辣さ。
   

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