ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「イレイナ、ちょっといいかしら?」
クリスマスが近づく中、休日の図書館から出ていこうとした私を呼び止めたのは、何冊もの本を抱えたハーマイオニーでした。何やら深刻そうな顔をしています。
「構いませんが……場所を移しましょうか」
適当な空き部屋に二人で入り、暖炉の前に座り込むと、ハーマイオニーが抱えた本が全て法律関係であることに気づきました。
「誰か訴えるんですか?」
怪訝な顔で質問すると、ハーマイオニーは疲れた声で答えました。
「逆よ。弁護側なの……マルフォイがハグリッドを訴えた話は聞いてるでしょ?」
「ええ、一応は」
なんとなく、次のセリフが予想できました。
「ねぇイレイナ、バックビークを無罪に出来ると思う?」
予想通り、内容はハグリッドの弁護に関する話でした。魔法生物による襲撃に関する事件の判例集から探しているようですが、なかなか裁判で使えそうなのが見つからないとのこと。
「本来、そういうのはハグリッド本人が弁護士を雇うべきだと思うんですが」
「ダンブルドア校長先生が弁護なさってくれたんだけど、クビを回避するので精一杯だったみたい」
「だとすると、正直なところ厳しいでしょうね」
ダンブルドア校長は弁護士では無いものの、魔法省に大きな影響力を持ち、いくつか法律の制定に有識者として関わっています。それでも無理だというのなら、しょせん学生に過ぎないハーマイオニーたちに法廷闘争は荷が重いでしょう。
私がそう言うと、ハーマイオニーも「やっぱり、そうよね……」と気落ちしてうなだれます。
「頭の中で分かってはいるんだけど、どうしてもあんな状態のハグリッドを放っておけなくて……」
なんだか将来、ダメ男に引っかかりそうな気がするのは気のせいでしょうか。
(ともあれ、授業がひたすら『レタス食い虫』の世話、というのは私としても困るんですよね……)
ぶっちゃけ時間の無駄といいますか。ハグリッドには早く立ち直ってもらって、有意義な授業にしてもらいたいものです。
ついでに言えばハグリッドの監督責任もゼロとは言いませんが、ドラコの方も非が無いかと言えばそんな事も無く。
何より本来であれば両者の間で解決すべき問題のせいで、裁判について調べているハーマイオニーはもちろん、授業の劣化で他の生徒たちまで害が及んでいる状況は、あまり健全とはいえません。
「……では、こういうのはどうでしょうか」
私はハーマイオニーに、ひとつのアイデアを提案しました。
***
クリスマス休暇を前にした最後の『魔法生物飼育学』の授業、震えるような12月の朝にハグリッドは城にある厩舎の一角に生徒たちを集めました。
寒い冬に野外授業が基本の「魔法生物飼育学」で室内授業になったこと、そしてようやくレタス食い虫から解放されたこともあってか、この日はグリフィンドール生だけでなくスリザリン生も少しだけ授業への期待が高まっている様子でした。
「へぇ、今日は『レタス食い虫』じゃないのね?」
パンジー・パーキンソンが小馬鹿にしたような声を出します。
「もっとも休暇明けには元通り、という可能性はまだ残ってるけど」
「安心してください。しばらくはレタスを刻む作業には戻りませんよ」
「イレイナ、どうして分かるのよ」
「全滅したらしいです。レタスの食べ過ぎで」
「あら残念w」
言葉とは裏腹に、パンジーの口元はめっちゃ笑っておりました。
「みんな集まったか!?」
建物の中でいつもより大きいハグリッドの声が反響します。ここ最近ずっと塞ぎ込んでいたハグリッドにしてはしっかりした声で、何か吹っ切れたようにも聞こえました。
「よし、始めるぞ。もうちっと、寄ってくれ」
ハグリッドは厩舎にある大きな暖炉の前に生徒たちを集め、暖炉の前に置かれた大きな鍋を覗き込むように言いました。平たい底の鍋にはぬるま湯が張られており、その中には小ぶりのメロンほどの卵がいくつも置かれています。
「ディリコールの卵だ。ディリコールが何か分かる者は?」
ハグリッドの質問に、ぱらぱらと手が上がります。
「よぅし、そんじゃ一番最初に手が上がった……イレイナ、どうだ?」
「ディリコール、別名ドードー鳥はモーリシャス原産の飛べない鳥です。その肉は食用にも使われ、マグル界では乱獲されて絶滅したことになってますが、実は危険を察知すると『姿くらまし』と同様の魔法で瞬間移動ができます」
私の完璧な回答にハグリッドが頷いてスリザリンに10点を与え、ちらりと手元にある『怪物的な怪物の本』を見やります。
「えーっと……教科書にも書いてあるみてぇに……おっと、27ページだ! 27ページの前から10行目……ディリコールはさっきイレイナが言ったように『姿くらまし』しちまうから、専用の『姿くらまし』ができないような施設で飼うことになっちょる」
つまり『姿くらまし』除けの魔法のかかっている、ホグワーツでも飼うことは可能です。
「それから、こいつらの雛は『姿くらまし』が出来ねぇ。そこんとこは魔法使いと一緒だ」
そんな感じでしばらく説明が続いた後、パキッ!と何かが割れるような音が響き、ハグリッドが「そろそろだな」と視線を鍋に向けました。
「よーし、みんな卵を見てくれ! この鍋は保温できるよう魔法がかかっていてな。そろそろ雛が孵るぞ!」
すると雛が孵る様子を一目見ようと、生徒たちが鍋を一斉に覗き込みます。見ると、たしかに時おり内側からトントンと殻を突っつくような音が聞こえました。
「こいつらは最初に見たもんを親だと思うようになる。人数分あるから、みんな自分の卵を決めるんだ!」
ハグリッドの号令を受けて私たちはそれぞれ卵を選び、ハグリッドが別に用意した小さな鍋に卵を移し替えました。小鍋の方もじんわりと温かく、しばらく待っていると――。
ぱきっ。
殻が割れ、中からディリコールの雛が顔を出しました。
「これが……」
「どうだ、かわいいだろう?」
「ええ、まぁ」
見た目はヒヨコのようですが、それよりいくらか大きい体は大きく、丸々としていて。茶色い羽毛はふわふわとしており、鳴き声はヒヨコそのもの。
周囲を見れば、他の生徒たちの卵も徐々に孵っているらしく、厩舎いっぱいにピヨピヨという可愛らしい鳴き声が聞こえています。
「かわいー!」
ダフネはさっそく雛に夢中で、平静を装うパンジーも口元に浮かんだ微笑を隠し切れてはおりません。ミリセントはザビニと雛の大きさで競っており、基本ハグリッドにアンチなスリザリン生も今日は珍しくほっこりムード。
「なかなか悪くない毛並みをしていますね……」
柔らかな羽毛を撫でてると、なかなか心地が良いものです。ひたすら雛を愛でている生徒たちと同様、私も思わず頬が緩んでしまいます。
「こいつらは早く育つよう品種改良されてる。3か月も経てば立派な大人だ―――だから、名前は付けん方がええ」
ほのぼのした雰囲気の中、そう説明するハグリッドの声が少し曇ったのを感じ取れたのは、私とハーマイオニーの2人だけでした。
「よぅし!」
しばらくしてハグリッドが大きな手を叩き、生徒たちを集めます。
「そんじゃ、盛り上がってるとこ悪ぃが、みんなにゃ宿題のクリスマスプレゼントだ!」
そこらで「えー」とか「そんなー」みたいな呻きが漏れる中、ハグリッドは厩舎の隅に置かれていた大きな木箱を持ってきながら口を開きました。
「俺からの宿題は、クリスマス中にこいつらの世話をすることだ――いいな? ちゃーんと、自分で面倒を見るんだぞ」
そう言ってハグリッドが木箱から小さな鳥籠を取り出し、私たち一人一人に手渡していきます。
「さっきも言ったが、こいつらはまだ『姿現し』できねぇ。たまには籠から出して遊んでやってくれ。餌は朝昼晩、水とふやかしたパンくずをやりゃあいい」
鳥籠の中には小さな皿が二つあり、小皿いっぱいの水とパンくず、そしてたまには葉物野菜をあげると良いとのことでした。
「こういう宿題なら大歓迎なんだけどな!」
授業終了後、愛おしそうに雛を見つめるダフネに、他のスリザリン生もうんうんと同意します。ドラコやパンジーも口にこそ出さずとも、ハグリッドにしては良い授業だったと思っているようでした。
こうして私たちはクリスマスの間、ディリコールの雛たちと過ごしました。
私たちが近づけばピヨピヨと可愛らしい鳴き声をあげ、餌を与えれば嬉しそうに嘴いっぱいにほおばり、鳥籠から出せば私たちのあとを小さな足で必死に追いかけてきます。
たとえ擦り込みであったとしても、ディリコールの雛にとっては私たちが唯一の親でしたし、私たちの方も親として出来る限りの世話をしました。
休暇が終わって学校に帰る頃になると徐々に羽毛の色が変わり、体の方もまるまると太って所謂「ブサカワ」な感じになっていましたが、それでも愛着の湧いた生徒の中にはダフネのようにベッドで添い寝をしたり、怪我をしたディリコールを自分で手当している生徒もちらほら見かけるように。
この頃になるとディリコールにも個性のようなものが現れ、生徒たちも互いのディリコールを判別できるようになっていました。
例えば私の雛は何故かゆで卵が好物で、逆にドラコのディリコールはクラシック音楽が好きらしく、談話室にあるレコードの前で気持ちよさそうにうずくまっている姿を何度か目撃しました。
「なんとも優雅なディリコールですね」
「何となくなんだが、ヴァイオリンよりピアノの方が好きみたいなんだ」
レコードの前から離れようとしないから困ったもんだ、とぼやきつつもディリコールの世話をするドラコの表情は満更でもなさそうでした。
ディリコールたちが精肉用に出荷されたのは、それから僅か2か月後のことでした。
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最初の授業で紹介されたように、ディリコールの肉は食用にも使われます。その肉は脂肪が多く、こってりと脂っこいのが特徴で、スープや煮込み料理に使われることが多いです。
もちろんモーリシャスにいる野生のディリコールは保護されているものの、その他の国にいるディリコールは基本的に品種改良された食用の家畜で、孵化からおよそ3ヵ月で屠殺時期を迎えるのでした。
授業ではあくまで「飼育体験」ということで、クリスマス明けに全ての雛はハグリッドが引き取り、それからは新しく調達したレタス食い虫や
しかし希望者にはハグリッドが「最後には食肉にする」と念押した上で、授業でレタス食い虫の代わりにディリコールの世話をすることが認められ、半分ほどの生徒がこちらを希望しました。
そしてディリコールの世話を選んだ生徒は、出荷の1週間前になるとほとんどが名残惜しそうに思い思いの時間を過ごし、最後の日を迎えます。
出荷の日、私たちには2つの選択肢が与えられました。
精肉所へ出荷されるのを見送るか、息絶える最後の日まで自分で世話をするか。第2の選択肢を選んでも、特殊な魔法で品種改良されているため、長くて残り1か月の命ということでした。
生徒たちの選択も様々でした。
――家畜として生まれてきた以上、専用の施設で適切に処理され、綺麗なお肉として美味しく食べてもらうことが一番の幸せだと考える人。
――食べるために生まれた家畜を、食べるために育ててきたとはいえ、どうしても殺すという決断が出来ず、羽は抜け落ちて食事も受け付けないほど衰弱したディリコールが、ある日ふと鼓動を止めるまで世話をし続ける人。
誰もが考え抜いた末に、それぞれのやり方でディリコールの一生を見届けました。
それから私の周りであった変化といえば、バックビーク裁判で原告のドラコが処刑を取り下げて罰金という形で示談が成立したり、ハーマイオニーとロンの間にあったペット論争が「双方のペットを籠に入れる」という形で落ち着いたとか、そんなところでした。
「………」
私がハーマイオニーに提案し、ハグリッドに授業するよう促したこの方法が正しいことだったのか、あるいは早まった行いだったのか。それは今でも時折、思い出しては悩みます。
そして冬が過ぎ、春が訪れる頃には全てのディリコールたちがホグワーツから姿を消していました。厩舎も綺麗にフィルチさんが掃除してくれ、最初からディリコールなど存在していなかったかのように。
けれど、誰も忘れたりはしませんでした。そこには確かに、いのちがあったのです。
魔法生物飼育学、実用的な側面としては農業高校なんかの畜産系の授業っぽいのもあるのかなと。
作中でも触れましたが、一応は「飼育体験」がメインなのでクリスマス明けにはハグリッドが引き取っております。
そこから先の飼育は「最後には出荷する」と念押しの説明をした上での自由選択となっており、「出荷しない」という選択肢も用意されています。また、精肉されたディリコールを食べさせる、といったことはしていません。
結果的にバックビーク裁判とスキャバーズ・クルックシャンクス論争は沈静化したものの、モヤモヤ感が残るオチで正直なところ作者としても悩んだのですが、ハリポタ3作目以降のダークな雰囲気や魔女旅の鬱回っぽい話も入れたいなと考えて今話を投稿させて頂きました(うまく雰囲気を出せたか怪しいですが、大目に見て頂ければ幸いです)。