ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第18章 ~脱狼薬~

     

「イレイナ、これが何だか知ってるかい?」

 

 談話室でお茶していた私とダフネの前に、ドラコ・マルフォイが怪訝な顔をして現れたのは、全くの偶然でした。その手にはゴブレットが握られており、中には変な色をした液体が入っております。

 

「見たところ、魔法薬っぽいですが……」

「どしたの? これ」

 

 ダフネが聞くと、ドラコは首を傾げながら答えました。

 

「さっきスネイプ先生に呼び出されて、ルーピンに渡すように言われたんだ。作り方もご教示くださったんだが、僕には何の薬かよく分からなかった」

 

 聞けば聞くほど、変な話です。魔法薬をルーピン先生に渡すためだけにドラコを呼び出すというのも、わざわざスネイプ先生が自分でルーピン先生のために薬を調合しているというのも、不可解でした。

 

 

「スネイプ先生は、まぁその、ルーピン先生を好ましいと思ってはいらっしゃらない」

 

 はっきり「嫌い」と言わないあたりに、ドラコの気配りを感じます。

 

「にもかかわらず、ルーピンのために魔法薬を調合なさった。でも自分では渡さず、敢えて僕を呼びだした。つまりスネイプ先生は、僕に何かを期待している」

「それが分からないから、成績優秀な美少女2人の知恵を借りようと?」

「……もう敢えてツッコミはしないが、要するにそういう事だ」

 

 話を聞く限り、どうやら自分を気に入ってくれている、スネイプ先生の期待に応えたいという、ドラコなりの承認欲求みたいなものを刺激されたようでした。

 

 

「ダフネはどう思います?」

 

 グリーングラス家は、代々家業として製薬業を営んでいます。こういうのには詳しいはず。私が聞くと、ダフネは「う~ん」とこめかみに手を当てて目を瞑るというベタな仕草の後、口を開きました。

 

「まずこの薬だけど、たぶん市販されてないのだと思う。聖マンゴとかじゃないと処方してもらえないような、難病に用いられるような高い薬だよ」

「だからスネイプ先生がわざわざ調合したと」

「そう」

 

 スネイプ先生の魔法薬の腕は一級です。裏を返せば、そうした人間に調合してもらわなければならないほど、ルーピン先生は重い病に侵されているということになります。

 

「まぁ、ルーピン先生って最初はあんまり健康そうに見えませんでしたし、今でも定期的に病欠しますよね」

「月1ぐらいだから、けっこう多いよねー」

 

 問題は、何故わざわざドラコにそれを渡すように指示したのか。ついでに言えば、作り方を教えてくれたというのも変な話です。

 

 

 あまり自分の寮監の悪口は言いたくないのですが、正直スネイプ先生はあまり面倒見の良い方ではありません。

 

 授業でこそスリザリンを贔屓しますが、それ以外は放置が基本です。マクゴナガル先生のように進路相談に乗ってくれたり、フリットウィック先生のように寮の祝い事のために飾り付けを手伝ってくれたり、みたいな親切さはありません。

 

 

「ちなみに、材料とか手順とかって覚えてます?」

 

 私が聞くと、ドラコは「うろ覚えだが」と前置きした上で口を開きました。

 

「たしか、トリカブトを使って……」

 

 それからドラコの記憶を頼りに、トリカブト系の薬を辞書で調べたりしましたが、結局わからずじまいでした。

 

 

 ですが、分からなかったということによって、ひとつだけ分かったことがあります。

 

「多分これ、新薬ですよね。だから古い本には載ってない」

 

 教科書に載っている薬であればともかく、新薬となると私としてもお手上げです。

 

「とりあえず、そろそろ持っていきましょうか。謎解きに夢中になって、用事を果たせないのも本末転倒ですし」

「そうだな。じゃあ僕はこれで……」

 

 

「待って!」

 

 

 ドラコがゴブレットを持っていこうとした時、突然ダフネが大声を上げました。

 

「ダフネ?」

 

 驚く私とドラコを他所に、ダフネは鞄から天文学の教科書を引っ張り出し、天文現象カレンダーのページを開くと、「やっぱり……」と意味深な言葉を漏らしました。

 

「ドラコ、念のため私も付いてくよ。イレイナも、一緒に来てくれる?」

「別に構いませんが……何か分かったのですか?」

「うん、確証はないけど……」

 

 どうやらダフネは、直接ルーピン先生に確認することにしたようでした。

 

 

 **

 

 

 なんだかダフネの様子がおかしい、そのことにドラコと私が気づくのに時間はかかりませんでした。

 

 

 薬を届けるだけだというのに、杖をもてあそびながら下手くそな鼻歌を歌っていて、しかも全くリラックスしてない緊張した表情。

 

「今日のダフネ、いつもよりおかしくありません?」

「ああ、ダフネがおかしいのはいつもだが、今日は特に変だ」

 

 ルーピン先生の部屋まで辿り着くと、部屋の中から何やら話し声のようなものが聞こえました。どうやらルーピン先生の他にも、来客がいるようです。

 

 

「ごめんくださーい」

 

 扉に鍵はかかっておらず、そのまま中に入ってしまいます。ですが、そこで私が見たものは衝撃的な光景でした。

 

 

 部屋の中には、二人の人間がいました。一人は床に仰向けに倒れており、もう一人―――ルーピン先生が覆いかぶさるようにしゃがみこんでいます。

 

 

 そして私は、倒れている方の生徒の顔と名前を知っておりました。

 

 

「アストリアさん……?」

 

 

 私が小声で尋ねると、ルーピン先生がはっとした顔でこちらに振り返ってきます。そのすぐ下でぐったりと弱々しく倒れていたのは、ダフネの妹アストリア・グリーングラスさんでした。

 

「アストリア!」

 

 私を押しのけ、悲鳴を上げて部屋へ飛び込むダフネ。動転している彼女に驚く私とドラコの前で、ダフネはアストリアさんを庇うように自分の背中へ引き込み、サッと杖をルーピン先生に向け始めました。

 

 

「え、ちょっ――ダフネ!?」

 

 何が何だか分かりません。

 

 

「イレイナ、ドラコ、杖を構えて!」

「待ってください! お姉様、ルーピン先生は――」

 

 慌ててアストリアさんが体を起こして何か言いかけますが、ダフネがそれを遮ります。

 

「アストリアも隠れてて!」

 

「落ち着きなさい、説明するから!」

 

 ルーピン先生も青ざめた顔で叫んでいます。

 

「君の妹がここにいるのには訳がある。頼むから……」

 

 

「アストリアは食べても美味しくないよ!」

 

 

 震えながらも、気丈に妹を守ろうとするダフネ。ようやく、それで私も気づきました。

 

「まさか……そういうことだったのですか!?」

「そうだよイレイナ、ルーピン先生はアストリアを騙して食べちゃうつもりだったんだ!」

「なんと恐ろしい……教職員の風上にも置けないクソやろーじゃないですか!」

 

 まさかホグワーツで、こんな事案が起こってしまうとは。それも、いたいけな11歳の少女相手に。

 

「待つんだ二人とも、私に説明させてくれ。お願いだから……」

 

 懇願するルーピン先生ですが、女の敵にかけてやる慈悲はありません。

 

「お姉様も、イレイナさんも誤解ですわ! 私は自分の意志でここへ来ました」

「アストリアは騙されてるんだよ!」

「騙されてなどいません! ルーピン先生は大丈夫です!」

「アストリアさん、ダフネの言う通りです。いいですか、本当の悪人というのは善人を装って近づくものです」

 

「一体どういう状況なんだ!?」

 

 完全に置いてけぼりを食らったドラコが叫び、私とダフネは顔を見合わせます。とても良い先生だったので告発するのは心が少し痛みますが、いたいけな少女を毒牙にかけようとしたのであれば、黙っているわけにもいきません。

 

 

「「ルーピン先生の正体は――」」

 

 ダフネと同時に、私はルーピン先生の恐ろしい正体を口にしました。

 

 

「狼人間なんだよ!」

「教え子に手を出すロリコンの性犯罪者で……―――えっ?」

 

 

 痛々しい沈黙が流れました。

 

 

 今や、全ての瞳がルーピン先生に集まっています。ルーピン先生は青ざめていましたが、落ち着いて口を開きました。

 

「いつもの君達らしくないね、ダフネもイレイナも。まず最初に言っておくけど、イレイナの推測は完全に誤解だ」

 

 心外だ、という視線で見つめられ、私はダフネの方に向き直ります。何故だかダフネも「どうしてそうなる」みたいな目で私を見つめておりました。

 

 

「だってダフネが、ルーピン先生がアストリアさんを食べちゃうとかなんとかって」

「イレイナ、大丈夫? 今日、キャラちょっとブレてない?」

 

 

 そんなこと言われましても……。

 

 普通、教師が生徒を食べると言ったら、言葉通りの意味だと思わないじゃないですか。あっちの方の意味だと思うじゃないですか。

 

 

「もちろん、言葉通りの意味でもアストリアを食べようとした事は一度もない。狼人間は人を噛むことはあっても、食べはしないよ」

 

 そういえばスネイプ先生が代理で「闇の魔術の防衛術」の授業をする時、やたらプッシュしてくる狼人間の話の中で、彼らの生態についてそんな事を言ってたような。

 

(たしかに、言われてみれば狼人間の特徴とルーピン先生には共通点もありますけど……)

 

 ぶっちゃけ、非常識過ぎて疑おうとも思ってませんでした。

 

 というか、生徒たちに内緒でこっそり狼人間を雇っているだなんて、ホグワーツのコンプライアンスは一体どうなっているんでしょうか。狼人間の雇用それ自体はともかく、隠蔽していたというのは問題のような。

 

 まぁ、正直に「新しい教師は狼人間ですが、ちゃんと万全の対策してるから大丈夫です」と発表したら納得してくれるかというと、それはそれはで文句を言う人も出てくるので「敢えて発表はしないけど、聞かれたら説明義務は果たす」といった逃げ道は用意されてるかもしれませんが。

 

 

「――あ、ひょっとして」

 

 私はドラコの持つゴブレットを見やり、ようやくスネイプ先生の意図に気づきました。

 

「スネイプ先生がお喜びだろう。彼は最後まで私の雇用に反対し続けていた。そして彼は私の症状が何を意味するか、誰か気づいて欲しいと思って人狼の授業をしたんだ」

 

 ルーピン先生が続けます。

 

「その薬をドラコ、君に持ってこさせたのもそうだ。魔法薬学の得意な君なら、あるいは君たちの仲を知って、誰かがその薬が『脱狼薬』だと気づくかもしれないとスネイプ先生は考えたんだ」

 

 ルーピン先生は次にダフネを、そしてアストリアさんを見やります。

 

「もし私の正体を最初に見破れる者がいるとしたら、君達だろう。この最新の『脱狼薬』の開発には、グリーングラス製薬も大きく関わっているからね」

 

 ダフネは杖を構えたまま、無言で頷きました。

 

 

「じゃあ、お前は本当に……」

 

 ドラコの顔が蒼白になっていき、ルーピン先生を見つめる瞳に恐怖の色が混じります。ルーピン先生の顔に奇妙な震えが走りました。

 

 

 

「ああ。私が狼人間であることは否定しない」

 

 

 

 ドラコが小さく悲鳴を上げて後ずさります。

 

「近寄るな! 狼男め!」

 

 ルーピン先生が苦しそうな顔になり、小さく溜息を吐いて自分の杖を私たちの方へ転がしてきました。

 

「ほら、これならどうだい? 君たちには武器がある。私は丸腰だ。話を聞いてくれるかな?」

 

 私は素早く杖を拾い上げました。ですが、まだ狼人間に変身する可能性が残っている以上、油断はできません。

 

「ドラコ、早くその薬をルーピン先生に渡してください。それを飲めば、狼人間になっても理性は残るはずです」

 

 私が言うと、ドラコはルーピン先生に近づかなくて済むよう、いったんゴブレットを地面に置いてから、浮遊呪文でルーピン先生の手元まで移動させます。ルーピン先生はそれを受け取ると、美味しくなさそうな顔で飲み干しました。

 

 

「先生、まだ本質的な質問に答えてもらってません」

 

 ルーピン先生が飲み終わると、ダフネが口を開きました。

 

「どうして、アストリアがここにいるんですか?」

「それは――」

 

 

 

「わたくしが、ルーピン先生と取引をしたからですわ」

 

 

 

 声のした方へ思わず視線を向けると、そこには今にも倒れそうな顔で立ち上がっている、アストリアさんの姿がありました。

   




 クリスマスイヴ投稿です。

 夜中の密室で女子生徒と男性教員が二人きり、何も起こらないはずが……(事案的なことは何も起こってません)
 
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