ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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年末休暇に入ったので、しばらく連続投稿します。


第19章 ~アストリアの秘密~

 

「ルーピン先生の正体を隠すことを条件に、わたくしは吸魂鬼から身を守る呪文を教わっていたのです」

 

 アストリアさんが、ぽつりぽつりと語り始めました。

 

「グリフィンドール対ハッフルパフ戦に吸魂鬼が現れた時、わたくしは幸運でした。あの場にはイレイナ先輩もマルフォイ先輩もいましたし、すぐ近くにダンブルドア校長やスネイプ先生もいらっしゃいました」

 

 ですが、と続けるアストリアさん。

 

「もし、また吸魂鬼が現れた時、同じような幸運に恵まれるとは限りません。やはり、自分の身は自分で守れるようにならないと」

「それで、ルーピン先生に目をつけたと」

 

 私が聞くと、アストリアさんは「ええ」と頷きました。

 

「どう吸魂鬼と戦えばいいのかを考えた時、ふと汽車でルーピン先生が彼らを撃退したことを思い出したのです」

 

 ホグワーツ特急に乗っていた教師は、ルーピン先生だけでした。汽車に乗り込んできた吸魂鬼が白い靄のようなもので撃退されたのは私も含めて大勢が目撃していたので、少し調べればすぐに見当がつきます。

 

「それからというもの、こうして定期的にルーピン先生から『守護霊の呪文』を教わっているのです」

 

「守護霊の呪文?」

「非常に高度な呪文ですよ」

 

 聞きなれない単語にぽかんとするドラコに、そっと耳元で囁きます。

 

「吸魂鬼は、希望、幸福、生きようとする意欲などを貪り喰らって生きます。ですが、守護霊は人間であれば感じる絶望というものを感じないため、吸魂鬼は守護霊を傷つけることができません。呪文が成功すれば、守護霊が出てきます」

 

 現状ではこの呪文が、吸魂鬼から身を護る唯一の対抗策です。

 

 

「どうやって創り出すんだい?」

「その人にとって一番幸せな思い出を、渾身の力で思いつめながら呪文を唱えた時、一人一人違った守護霊が現れます」

 

 しかし難易度は非常に高く、『普通魔法レベル(O.W.L.(ふくろう))』試験を超えるため、成人でも闇祓いなど一部のエリート魔法使いにしか使えません。

 

 

 それを聞いたドラコは目を剥いて、アストリアを見つめました。

 

「本気かい? 1年生の君が、『O.W.L.(ふくろう)』資格超えの呪文を?」

「年齢は関係ありません。わたくしは、身を守るのに必要だから覚えるだけです」

 

「……教わる相手が狼人間だったとしても?」

 

 ダフネが珍しく硬い口調で、アストリアさんを睨みました。たとえ必要だったとしても、大好きな妹が定期的に狼人間と二人っきり、という状況は心配で堪らないのでしょう。

 

「別に……お姉様には関係ありません」

「拗ねた子供かい!」

「どうせ子供ですわ!」

 

 ダフネに開き直った後、アストリアさんは気まずそうに地面に視線を移します。

 

「まぁ……たしかにお姉様の言う通り、少し無神経でした」

 

 しばらくしてから、絞るように発された声は震えていて。およそ普段のアストリアさんらしくない態度でした。

 

「でも、ルーピン先生の正体を知った時、どうしても言えなかったのです」

 

 だって、とアストリアさんは泣きそうな顔でダフネの目を見つめます。

 

 ローブの袖をぎゅっと握って、何かを耐えるように、堪えるように。かたかた震えながら、漏れてきたのは消えそうなほど小さな声。

 

「わたくしも、一緒だから」

 

「っ――――」

 

 その言葉に、ダフネが息を吞みました。

 

「心配をかけたことは謝ります。でも、こういった秘密を他人に知られる怖さは、わたくしも知っているから……どうしても言い出せなかった」

 

 聞いているダフネが苦しそうな表情になり、安心させるように柔らかく微笑むアストリアさんの顔は、痛々しいほど優しいもので。

 しかし、爪が食い込むほどの力でローブを握りしめていて。

 

 

「ダフネ、アストリアさんはどういう……?」

 

 

 私が質問すると、アストリアさんは小さく目を見開きました。

 

「お姉様、ご友人にも伝えてなかったのですか?」

「……うん」

 

 困ったような薄い笑みを浮かべるアストリアさんに、ダフネは小さな声で続けます。

 

「アストリアが踏ん張ってるんだもん。何もできない私が先に音を上げて、余計なお節介を焼くなんて、そんなこと出来ない」

 

 くしゃり、とダフネの端正な顔が崩れて。

 

「だけど、もう限界だよ……」

 

 ダフネはすがるように、アストリアさんを見ました。

 

 

「お願いだから。もっと周りを頼って、アストリア」

 

 

 **

 

 

 気まずい沈黙が流れた後、最初に口を開いたのはアストリアさんでした。

 

 

「……わたくしは、『血の呪い』に侵されています」

 

 

 血の呪い――それは魔法をもってしても解決できない難病で、それに侵された者は短命であることを宿命づけられます。中には自分の意志とは無関係に蛇に変身してしまう、といった症状を持つ者も。

 

「グリーングラス家の先祖もまた、この呪いにかけられていました。ここ数世代は落ち着いていたのですが、どうやら積もっていた呪いが、わたくしの身体で一気に表面化したようです」

 

 淡々と語るアストリアさんの表情には、何の感情も浮かんでいませんでした。怒るでも悲しむでもなく、ただ「運が無かったな」と他人事のように、ありのままの自分を受け入れている。あるいは、受け入れようとしている……そんな表情でした。

 

 

「グリーングラス家にかけられた『血の呪い』は、身体がとても弱くなるというものです」

 

 一般的に、魔法族はマグルに比べて寿命が長く、魔法の影響もあってか健康で体も丈夫な傾向があります。

 

 一方でマグルであれば即死レベルの危険な病気も多く、大抵の魔法族はそれに対して免疫があるのですが、アストリアさんの場合はそれがありません。軽度の魔法病はもちろん、マグルの病気ですら自然治癒できないほど。

 

 

「だから、ほら」

 

 ちょっぴり恥ずかしそうに、アストリアさんは両手でローブを大きく広げます。

 

「っ……!」

 

 ドラコが息を吞む音が聞こえました。

 

 

 ――アストリアさんのローブの内側には、びっしりとポケットが縫い付けられていて、薬の入った小さな瓶がいくつも常備されていたのです。

 

 

 聞けば数時間ごとの服用はもちろん、天候や月の満ち欠け、気圧などにも左右されるらしく、食事ですら油断するとすぐに不調の原因になるため、常備薬は欠かせないとのこと。

 

 そんな崩れる手前のジェンガみたいな身体で、本来であれば普通の学生生活を送る事すら難しいのに。彼女はボロボロの身体に鞭打って、それこそまさしく「命懸け」で優等生として生活し続けてきたのです。

 

 

「おかげで、ルーピン先生の正体に気づくのはそう難しいことではありませんでしたわ。魔法薬の知識は人並み以上にありましたし、スネイプ先生からも人狼の講義と脱狼薬の作り方を教えて頂きましたので」

 

 薬漬けの日々を送っているにもかかわらず、一向に身体は丈夫にならず、むしろ服用する魔法薬は増えていく一方……それは大人になっても変わらないのだと、聖マンゴの癒者からも告げられて。

 

 

 これだけの不幸を抱えながら、目の前にいる11歳の少女は弱音のひとつも見せません。

 

 

 それどころか――。

 

 

「あまり同情はされたくないので言わせて頂きますが、この程度であれば『血の呪い』の中ではマシな方です。呪いでなくとも数百人に1人ぐらいは病気がちな人はいますし、幸いにもグリーングラス家には私に高価な薬を買ってくれるだけの財力もありましたので」

 

 

 自分の不幸を理由に不貞腐れたりせず、そればかりか自分の恵まれた部分に目を向けて己を奮い立たせる。たとえ強がりだとしても、そうやって意地を張れる人間はきっと強いのでしょう。

 

 

「そういえば、マルフォイ先輩――昔に私がクィディッチが嫌いだと言ったの、覚えてます?」

 

 重い空気を晴らそうとするかのように、不意にアストリアさんが冗談めかして言いました。

 

「わたくし、子供の頃の夢はクィディッチ選手だったんですよ? こう見えて」

 

 そう言って少し恥ずかしそうに頬をかく彼女は、いつもの大人びたお嬢様ではなくて、歳相応の少女の顔をしていて。

 

 それは、ありきたりな夢なのかもしれません。

 

 将来の夢はクィディッチ選手かケーキ屋さん、というぐらい魔法界ではありふれた小さな夢。もし「血の呪い」なんてものがなければ、小さなダフネとアストリアさんは仲良く庭を箒で駆け回っていたことでしょう。

 

 

 それに、思い返せば何度も気づく機会はありました。ハッフルパフ戦のこと、レイブンクロー戦のこと……。

 

 

「ですが、夢はいつか醒めるものです。わたくしの場合は、それが少し早かっただけのこと」

 

 ちょっと惚れちゃいそうなぐらい、カッコいい台詞でした。

 

 たとえ強がりであろうと、その強がりをバネにして自分を奮い立たせることのできる人は、そう多くはないでしょう。そうまで言い切られてしまえば、もはや子供扱いは出来ません。

 

 

 だからダフネも、そしてルーピン先生も。前へ前へと一心不乱に突き進む、アストリアさんを止めることは出来なかった。

 

 

「幸い、身体と違って魔法は別みたいでしたので」

 

 

 だから、魔法にのめり込んだ。ひたすら勉強した。

 

 

 ――魔術を修めている時だけは、こんな身体でも他人に負け劣らないのだと実感できるから。

 

 

 

 

「……ずっと、そうなのですか?」

 

 

 私の言葉にアストリアさんは、迷うことなく頷いて。

 

「せめて学校の成績ぐらい良くないと」

 

 

 恐らくそれが、彼女の強さの正体だったのでしょう。

 

 

 いつも高飛車で余裕な態度で周囲を煙に巻いている裏にある、底知れない()()がようやく分かったような気がしました。

 

 

 魔法こそが、『血の呪い』のせいで好きだったスポーツの夢を絶たれ、恐らくは好きな人と結婚するという夢も難しく、いつまで所謂「普通の生活」を送れるかも分からない彼女に残された、たった1つの希望だったから――。

 

 

(本当に、命と引き換えにしているみたいな生き方ですね……)

 

 

 まるで綱渡りのようなバランスで、薄氷の上を進むが如く。多分きっと、彼女は全てが崩れるまで立ち止まらない――。

 

 

(だから、ドラコはアストリアさんが苦手だったんでしょうか……)

 

 

 努力家のアストリアさんと一緒にいると、彼女に無いものを全て持っている自分が、責められているような気になるから。彼女の前でだけは、どんな言い訳もきかないような気がしたから……。

 

 たとえ『血の呪い』のことなんて知らなくても、周囲にそう思わせるだけの気迫が、彼女からは漂っていました。

 

 

「それで、今度は『守護霊の呪文』というわけですか」

「ええ。こればかりは、流石に難儀していますけれど」

 

 アストリアさんは少し困ったような笑顔を曖昧に浮かべ、ルーピン先生も「果たして、これでよかったのだろうか」と悩んでいるようでした。

 

 ここで「1年生にしては十分だ」といった気休めの言葉をかけても、納得しないし聞く耳をもたないであろうことは明らかです。

 それでは「身の程」という言葉をボロボロの身体で否定し続けてきた、アストリア・グリーングラスという少女の人生に失礼というものでしょう。

 

 

「エクスペクト・パトローナム-守護霊よ来たれ!」

 

 

 アストリアさんが杖を振って叫ぶと、杖先から銀色の霞が現れました。もやもやした半透明の雲はその場で頼りなさげに漂うと、すぐ散り散りになって消え去ってしまいます。

 

 

「既に何度もルーピン先生に教わっているのですが、この状態で行き詰っていまして……必死に魔法の試験で一番になった記憶や、先生方に褒められて嬉しかった記憶を思い浮かべているんですけれど」

 

 無理に作り笑いを浮かべるアストリアさんでしたが、正直に言って私は驚いていました。本物の吸魂鬼が相手でも、1匹程度であれば足止めできるでしょう。

 

 

「高望みしてはいけないよ。ぼんやりした守護霊でも、大変な成果だ」

 

 ルーピン先生も一応「立場上」といった感じでアストリアさんをたしなめますが、どことなく諦めの色が声に滲んでいました。

 

 

(まぁ実際それで諦めるような人なら、そもそも今の霞のような守護霊すら出せてませんしね……)

 

 見れば、ダフネも心配そうな顔をしながらも、チョコレートを食べるように言うのが精一杯でした。

 

 

「ルーピン先生、呪文の発音や杖の動きに問題は?」

「それが、まったく無いんだ。呪文に集中しきれていない、というわけでもないようだし……」

「すみません、わたくしの実力不足で……」

 

 

「―――違う」

 

 

 アストリアさんの言葉を遮った声に、全員が驚いて振り返ります。

 

 

 ぽつり、呟かれた声はドラコ・マルフォイのものでした。

 




 ちなみに、イレイナさんはハーマイオニーと同じく、まだ特に「守護霊の呪文」を習得してはいません。
 
理由としては
・ハリーやアストリアと違って、吸魂鬼が近づいても気絶するほど症状が重くないため、今のところ覚える必要性が薄い
・この時点ではまだ吸魂鬼も魔法省サイドで一応は味方であり、例えばホグズミードに配置されてた吸魂鬼が特に誰かを襲った描写もない
・ハッフルパフ戦の件でキレたダンブルドアが城に入れないように厳命しており、敢えて夜間に無断外出とかしなければ使う機会は恐らく無い
・以上の理由から、「現時点では吸魂鬼と戦闘になる可能性は低い」と考えられ、そうなると対吸魂鬼特化のニッチな呪文を、3年生の時点で急いで覚える必要は低め

 一応、呪文の存在は知ってるので、その気になれば靄の状態で1匹ぐらいなら足止めは出来るけど、本格的に勉強するのは後でいいか、ぐらいの状態です。
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