ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※最後の方に、ルーピン先生の正体バレについての扱いを追記しました。
「――違う」
そんな言葉が口を突いて出てきたことに、誰よりも僕――ドラコ・マルフォイ自身が驚いていた。
でも、ひとたび口を開いたら言葉が止まらなかった。
「試験で一番だとか先生に褒められたとか、そんなのしか思い浮かばない君じゃ失敗して当り前だ」
自分には魔法しかないから……きっとそれが、アストリアにとって唯一の救いだったのだろう。
だから、死ぬ気で頑張る。命と引き換えにしてでも、魔法だけでも勝ちたい。その気持ちは、痛いほどよく分かった。
「たしかに君は強いよ。でも、それだけだ」
初めて、アストリアの気丈な顔に「困惑」の二文字が浮かぶ。
――自分の身は自分で守る。守れるようになりたい。だから、もっと強く。
それが彼女の原動力だったのだろう。そうありたいと願うことも、きっと間違ってはいないはずだ。
だって世の中は結局のところ、弱肉強食なのだから。
弱い個体は、強い個体の食い物にされてしまう……そういった自然の摂理を、僕たちスリザリン生は「当然のこと」「仕方のないこと」として受け入れる。
もし、これがグリフィンドールの連中だったら、善悪の問題だと捉えるだろう。
きっと「弱いものイジメはいけない」とか「正直者がバカをみるのはよくない」といった正義を追求し、そうでない既存の構造を否定する。
でも、僕たちのようなスリザリン生は違う。
「スポーツでも勉強でも仕事でも、涙の分だけ強くなれるなら、そんな楽なことは無いさ。他人より苦しんだら勝てるようになるなんて、そんな風に世の中は出来ていない」
そういうのが現実だ。目の前にある現実を否定したって始まらない。だから現実の方を受け入れ、その中でどう狡猾に立ち回るかを考える。
それでも何かを変えたい、と願うのならば。
まず周囲に振り回されないぐらい、強い自分になるしかない――。
アストリアが、ひたすら力を欲して努力し続けたのも、ある意味ではスリザリン型の現実主義的な思考の裏返しだ。自分の「弱さ」を自覚しているからこそ、誰より「強さ」に執着する。
だから、きっとアストリアは正しい。その在り方はどこまでも理性的で、論理的で。機能美すら感じるほどに、無駄なく研ぎ澄まされている。
穏やかに、静かに。でも、文字通り命がけで。
目の前にいる少女は、たった一人でここまで己の可能性を突き詰めた。
(そりゃあ、魔法も上手くなるに決まってるさ……)
そんな生き方ができる人間は、間違いなく強い。
常にそういった生き方が出来るのなら、それは正しいだろう。合理的だろう。理想的だろう。
――ただ、多分それを『
「……っ」
そう口に出した瞬間、ダンッと勢いよく踏み出したアストリアに胸倉を掴まれた。
「貴方にだけは、言われたくありませんわ……!」
ぎりっ、と歯を食いしばる音が聞こえたような気がした。喉まで出かかった罵詈雑言を押さえつけているであろう唇は真一文字に結ばれ、綺麗な緑の瞳が10センチ以上も高い僕を見上げて睨みつけている。
澄ました顔をしていても、とっくに限界だったのだろう。
こうして近づいてみると、完璧な表情の端にわずかな綻びが見えた。ダフネから教わったであろうナチュラルメイクで巧妙に隠されてはいるものの、夜遅くまで勉強していたであろう目元にはクマが、顔色にも疲労と苛立ちが滲んでいる。
アストリアに『守護霊』を出せない理由なんて、考えてみれば分かり切った事だ。イレイナの言う通り‟幸福な記憶”が必要なのだとしたら、こんな状態のアストリアに出せるはずがない。
今にも泣きそうな顔で、たった一人でボロボロのまま戦い続けて。誰に助けを求めることも頼ることも無く、好きでも楽しむでも無く。
こんな悲壮感まる出しで守護霊の呪文を唱えたって、逆に寄ってくる吸魂鬼の数を増やすだけだろう。
間違いなく、僕だったら投げ出している。
泣きそうな顔ですり減った精神を抑え込んだり、震えながら細い両脚で踏ん張ったりしない。
とっくに父上の権力や一族の金とコネに頼って、純血主義を振りかざして立場の弱いマグル生まれでもいびって憂さを晴らしている。
不器用な子だな、と思う。
こんな事は人に言えないけど、自分がそこまで努力家でも善人でもないことぐらい、僕にだって自覚はある。
出来れば努力しないで生まれにあぐらをかいて、都合の悪いことは他人のせいにして、嫌なことがあれば弱いヤツに八つ当たりして現実逃避。
もちろん全く努力をしない事もないけれど、100点のテストで80点もとれれば割と満足だ。気に食わないウィーズリー家より大きな屋敷に住んでいる、というだけで何となく嬉しい。
そんな小さな自己満足を積み重ねて、開き直って生きていく。
キラキラした夢なんてないし、ドラマチックな志も、揺るがない信念みたいなものもない。
けれども、試験に向けて人並みに努力はしているし、それなりにシーカーとしての負けん気だってある。
ただ、何事においても「ほどほど」というのを無意識に見極めて、うまく自分をセーブしている。
誤解を恐れずに言えば、自分は「器用な人間」なのだと思う。そういう生き方こそが、スリザリンらしいといえばらしいし、僕はそれを誇りに思っている。
でも、きっとそれをアストリアに言葉で伝えたところで、たぶん響かないんだと思う。自分の意志で戦い続けている彼女に対して「もっと肩の力を抜けよ」なんて、余計なお世話どころか侮辱にも等しい。
―――だから、僕は。
「なぁ、イレイナ」
ちょうど良いところにいた、天才美少女の力を借りることにした。他力本願とか言うな。
「今度のクィディッチ優勝杯、ポッターたちに吠え面かかせてやらないか?」
にやり、と少し悪い顔で聞いてみる。
「君だって、去年から負けっぱなしは嫌だろう?」
ふふ、っと悪い笑顔が返ってきた。
「ドラコ、さすがに発想が安直過ぎやしません?」
「こんな格言を知ってるかい?
とりあえず適当に取り繕ったけど、本音を言えば僕だって自信はない。けれど、たとえ相手がファイアボルトだろうとポッターに負けたくないのは事実だ。
アストリアの秘密をこのタイミングで知ってしまったのも、きっと何かの縁だと思う。
「まぁ、せっかくの機会ですからね。優勝杯とってアストリアさんの守護霊が作り出せるのでしたら、お安いご用ですよ」
イレイナはそう言って、肩をすくめた。
実に彼女らしい答えだった。
けれども、きっかけなんて些細な理由でいいと思う。
良い意味でも悪い意味でも、僕たちは必要以上に思いつめたりしない。熱い手のひら返しなんてしょっちゅうだし、人によってはそれを「俗物」って呼ぶのかもしれないけど。
思い立ったが吉日、なんて言葉もある。運命の悪戯に身を任せてみるのだって、きっと、たまには悪くない。
***
ルーピンの件はとりあえず、一時的に保留ということになった。最初はすぐにでもバラそうと思っていたけど、悪い顔をしたイレイナに耳打ちされて考えを改めた。
「――商売というのは、細く長く続けるのが成功の秘訣ですよ」
敬愛する父上も、よく「敵は弱みを握って、生かさぬよう、殺さぬように」みたいなことを言ってるし。政敵のスキャンダルをダシに便宜を図ってもらうのは、マルフォイ家の常套手段でもある。
何より、今は狼男よりクィディッチだ。
優勝杯がかかっていて、スリザリン寮全体が僕たちクィディッチ・チームに大きな期待を寄せている。学年末テストなんてお構いなしに練習量が増えていっても、文句は言えない。
気づけば、それからの時間はあっという間に過ぎていった。
かくしてクィディッチ優勝杯の当日、ホグワーツは完全にお祭り騒ぎだった。会場はぎっしりと詰め込まれるように溢れかえり、各々が応援するチームの旗を振って大盛況だ。
そして怒涛のような歓声の中、選手がピッチに現れる。
「行け!グリフィンドール!」
「ライオンに優勝杯を!」
1000人いるホグワーツ生のうち約3/4が紅の薔薇飾りを胸につけ、グリフィンドールの旗や横断幕を振る中、200人ほどの群衆は緑のスリザリンの旗にシンボルの銀色の蛇を煌めかせている。
「キャプテン、握手して!」
フーチ先生の合図と共に、フリント先輩とウッドが互いの手を握り潰し合う恒例行事の後、試合が始まった。
何気に「幸福な記憶」を必要とする守護霊の呪文って、よくよく考えたらハリーみたいな生い立ちが不幸めな魔法使いとの相性悪い気がします。