ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
アストリアさんの件から約2週間、相変わらずチームの士気は低いままでした。
一応は点数でリードしている以上、負け確定でお葬式モードというほど酷いわけではないものの、レイブンクロー戦で猛威を振るったファイアボルトに恐れをなして、どことなく腰が引けているのも事実でした。
優勝杯を前にしておきながら、作戦も「ひたすらグリフィンドールの妨害に徹する」という、どこか消極的なもの。
もっとも、ファイアボルトを警戒して消極的なプレーになることそれ自体が全て悪いわけではありません。
ただ、必要以上の警戒と恐怖心は判断を鈍らせ、観客の多くが敵チームを応援しているというプレッシャーもあってか、どうにもプレーに集中しきれない。
そして試合中において、そうした集中力の欠如は致命的でした。
『さぁ、グリフィンドールの攻撃です。アリシア・スピネット選手がクアッフルを取り、スリザリンのゴールへまっしぐら! あーっと、だめか――クアッフルがイレイナ・セレステリア選手に奪われました』
解説を聞きながら、さしあたり私は上の空な先輩たちに期待しないでゴールに突撃します。グリフィンドールのゴール前で浮かんでいるのは、歯を食いしばってるオリバー・ウッドさん。
去年はなんだかんだでピュシー先輩にほとんど任せきりでしたが、今年は私もシュートの練習を重ねていました。1年分だけ、確実に今年の私は去年の私よりも成長しています。
――問題は。
『なんたって、ウッドは素晴らしいキーパーであります! すっばらしいのです!キーパーを破るのは難し―――やった! 信じらんねぇぜ! イレイナのシュートからゴールを守りました!』
ウッドさんの時計もまた、1年だけ進んでいるということでした。
努力は絶対的には報われますが、相対的には報われるとは限りません。この1年間、努力してきた今年の私は去年よりも絶対に強くなったけれど、去年より強くなった今年のウッドさんはそれ以上でした。
(ウッドさんも引退試合を前に、血の滲むような努力を重ねてきたのでしょうか……)
それからの流れは、悲惨の一言に尽きました。
グリフィンドールが早々とリードを奪ったことで頭に来た先輩たちは、たちまちクアッフルを奪うために手段を選ばない戦法に出ます。
『ガッツン! ジョージ・ウィーズリーの素晴らしいブラッジャー打ちで、ピュシー選手がクアッフルを取り落しました。拾うはジョンソン選手、再びグリフィンドールの攻撃です! モンタギュー選手の打ったブラッジャーをうまくかわしました――ゴール! グリフィンドールの得点!』
アンジェリーナ選手が勝ち誇ったガッツポーズをしていると、イラついたフリント先輩が頭をむんずとつかんで箒から叩き落とそうとし、一斉に会場からブーイング。
フーチ先生のホイッスルが響き渡ります。
「グリフィンドールのペナルティ・ゴール!」
競技場がいっせいに沈黙に覆われる中、アリシア選手がキーパーを破って得点します。
『さて、グリフィンドールの攻撃が続きます。行け、アリシア! ワリントンのブラッジャーだ、かわせ! ――おっと、ここでクアッフルをケイティ・ベルにパス。ベル選手、ピッチを矢のように飛んでいます―――モンタギューの奴、わざとやりやがった!」
ビーターのモンタギュー先輩がベル選手にブラッジャーを投げる代わりに、棍棒を側頭部に投げつけ、ベル選手はつんのめって箒の柄にぶつかり、鼻血を出しました。
またもやフーチ先生のホイッスルが鳴り響き、モンタギュー先輩をしかりつけた後、ベル選手はキーパーを破ってペナルティを決めました。
するとさらに腹を立てたビーターのワリントン先輩が今度はブラッジャーでウッド選手を狙い撃ちにし、またもやグリフィンドールのペナルティ・ゴール。
『40対0! ざまぁ見ろ、汚い手を使いやがって!卑怯者――』
「ジョーダン、公平中立な解説ができないなら……」
「ありのままを言ってるだけです、先生」
分かってはいましたけど、先輩方がヤケクソ気味になっており、ラフプレーからのペナルティ・ゴールで完全に自爆コースに入っておりました。
キーパーのマイルズ・フレッチリー先輩やエイドリアン・ピュシー先輩はラフプレーに加わってこそいないものの、プレー自体が消極的です。
(これはマズいですね……)
ラフプレーが多い事で悪名高いスリザリンチームですが、ラフプレーは必ずしも勝利への執着に直結するものではありません。
それはつまるところ、スリザリン・チームにとってクィディッチは、結局のところ余興の延長線でしか無いがゆえ。
ペナルティのリスクまで考えると「試合に勝ちたいから」というよりは、むしろ「お遊びの延長線」だからこそ、衝動的なイライラをラフプレーで発散してしまうという、無責任さの表れとも言えます。
これまでは上流階級が多いが故の箒の性能差があったからこそ他チームに対して有利に勝ち進んできましたが、実のところ選手の実力だけでいえばそれほどではありません。
対してグリフィンドールはハンデだった箒の性能問題を解決したことで、これまで以上に強いチームに仕上がっていました。
その差をまじまじと見せつけられ、ファイアボルトの圧に観客のプレッシャーも加わって。集中力が乱れてプレーが雑になり、そのせいで不利になって、さらに焦って自暴自棄に陥るという、見事なまでの悪循環。
現在のスコアは60対10ですが、グリフィンドールの得点60点のうち実に50点がペナルティ・ゴールという悲惨な状況でした。
◇◆◇
クィディッチ優勝杯は、僕――ドラコ・マルフォイが今まで参加した試合の中でも最悪の泥仕合だった。
グリフィンドールのリードに焦った先輩たちは、勝つというよりグリフィンドール選手を叩き潰す方を優先しているように見えた。
たとえばモンタギュー先輩は棍棒でアリシア・スピネットを殴って「ブラッジャーと間違えた」と言い逃れようとしたり、ワリントン先輩もジョージ・ウィーズリーの横っ面に思いっきり肘鉄を食らわしたりと、悪い意味で大暴れだ。
対して、グリフィンドールは優勝杯獲得に必要な50点をこちらの自滅で獲得したのに気を良くしたのか、今まで以上にプレーは絶好調。
『グリフィンドール、60対10でリードです!クアッフルはグリフィンドール側が――』
ちらりと観客席の方を見ると、既にスリザリン観客席には諦めムードが漂っていた。
認めたくないけれど、シーカー戦では箒も選手の技量も相手が上、頼みのチェイサー戦でも先制点を許してから完全に勝機がグリフィンドールへ流れているのを見れば、当然の反応だろう。
(くそっ……!)
オリバー・ウッドの猛訓練の賜物なのか、グリフィンドールの勢いは鬼気迫るものがあった。同じ選手として、グリフィンドールがどれだけ猛訓練を重ねてきたのか、まじまじと見せつけられるような試合だった。
あのイレイナやピュシー先輩も、大部分の攻撃パターンを潰されてしまい、完全にマークされている。散発的なシュートこそあるものの、どうにも攻撃が続かない。少しずつ、地力の差が見え始めている。
――これが、負け戦って奴なのかな。
なんとなく、そういう雰囲気を肌で感じる。
思っていた以上に攻撃をことごとく潰されて、防御は易々と抜かれていく。何をしても無駄なんだって、超えられない壁をつきつけられたような感覚。
僕はシーカーだから辛うじて平静を保てているけれど、他のメンバーにかかるプレッシャーと焦り、苛立ちはその比じゃないだろう。
だから、不安を逸らすために自分の首を絞めていると分かっていても、ラフプレーに逃げたくなるのかもしれない。
――ひょっとしてアストリアも、ずっとこんな気持ちと戦っていたんだろうか。
ちらり、とイレイナの方を見る。
先輩たちが冷静さを欠く中、イレイナは珍しく真剣な表情でプレッシャーに耐えながら、逆転のチャンスを探しているように見えた。
選手たちの動きやポジションを冷静に観察して、敵の不意をついて有利なポジションを確保し、敵のクアッフル運びをブロックする。あるいはブラッジャーの角度を正確に計算して回避し、的確なパスを繋ぐ。
自分だってプレイヤーのくせに、まるで戦場全体を俯瞰しているみたいだ。
高い位置から試合会場全体を見渡せるシーカーだからこそ、見えるものもある。それは、負け戦の割にクアッフルのキープ率が高いことだ。
その仕掛け人はイレイナ。
点数で負けていて、先輩たちが冷静さを欠いていて、グリフィンドールが調子づいていて。
それでも、
(こりゃあ、言い出しっぺの僕も負けてられないな……)
なんだかんだで、僕は頭の出来はそう悪くない。だから、及第点レベルの答えはすぐに思いつく。勉強でもスポーツでも、たぶん恋愛や仕事だって。そういうのがスマートさだと思っていた。
だけど、そこをアストリアのように耐えて、あるいはイレイナのように考え抜いて。さらに、その先へ――。
そこにはきっと、とても美しいものがある。
何気に3巻の優勝杯戦、スリザリン視点だとハリーのファイアボルト登場で「不利な箒で決勝戦を戦うドラコ・マルフォイ」という、地味にマルフォイが主人公ムーヴかませる美味しい展開なんですよね(メタな話)
それと本編とは関係ないのですが、あっという間に2021年も終わりですね。皆さま、よいお年を!