ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
やっぱり、ポッターとファイアボルトは強かった。
(負けた……)
あーあ、と溜息がこぼれる。
(本当の本当に、最後の最後まで……たぶん初めて負け戦で粘ったんだけどな……)
少しでもポッターがミスをしたら、足をすくってやる気で戦った。少しでも油断してたなら、どこまでも追いすがってやる気で箒に乗った。
それでも、ポッターは完璧な動きで、ひとつの迷いも間違いも無くスニッチを取った。
(でも、僕だってやり切った)
負けたけど清々しい気分……というのは結局、負け犬の遠吠えでしかないのだろう。悔しいしカッコ悪いし、後悔も沢山あるけど。
今なら、自分以外の誰にも自分を否定させやしない。誰か後ろ指をさす奴がいても、笑顔で「知った事か」って返せるだろう。
そこには、何の後ろめたさもない。本気を出して負けたから、本気を出して開き直れる――そんな単純な理屈だ。
だってスニッチをポッターが掴む瞬間までは、僕はアイツと同等かそれ以上だったから。
負けたのは最後の瞬間だけ。それ以外は負けていなかったという自負がある。
スニッチを掴んだ瞬間だけが、シーカーの存在意義だとは思わない。ちょっと良いプレーが出来たとか、新しい技が成功したとか……そういうのも、きっと小さな「勝ち」だ。
(……そういえば)
ふと、思い出す。それは去年、ホグワーツに入学する前の事だ。
「――ひとつ質問だ。ホグワーツ特急は何のために存在するのだと思う?」
キングズ・クロス駅で両親と別れる直前、急に父上がそんな質問をしてきたっけ。
「えっと……ホグワーツに到着するためじゃないのですか?」
「いや、それなら
言われてみれば、たしかにその通りだ。ポカンとして悩み始めた僕に、父上は数枚のガリオン金貨を渡して言った。
「たしかに目的の1つは移動だが、それだけじゃない。車内販売のお菓子を食べたり、友人と下らない話をしたり、窓の外から景色を眺めたり……ホグワーツまでの道中を楽しみながら、目的地に到着するために、わざわざ列車に乗るんだ」
――その時はいまいちピンと来なかったけど、今なら父上が伝えようとしたことが分かる。
イレイナが10点入れた時に派手なパフォーマンスをしたのも、きっとそれと同じことなんだ。もちろん勝利は大事だけど、その過程はきっと楽しんだ者勝ちなんだって。
もちろん、楽しいだけの時間はいつまでも都合よく続いてはくれない。いつかは笑顔が消えて、歯を食いしばって努力しても、泣きながら我慢しても、どうしようもない時だってやってくる。
もし余裕がなくなって、楽しめなくなっているのだとしたら。その時はそれでいい。
けれど、‟その時”は永遠じゃないんだ。
正直な話、今日の僕はポッターに負けた悔しさで、この後ちょっと不貞腐れたりもするだろう。
それでも来年の試合が始まる頃には、きっと嫌味の10個ぐらいは言って、パンジーやブレーズの前で大口叩けるぐらいには立ち直っているはずだ。
もしかすると天才に見えるイレイナだって、本当は嫌なことがあったらやっぱり逃げ出したりして。ちょっと回復したら「もしかしたら、次大丈夫かも」なんて、おっかなびっくり行ったり来たりして。
そうやって、少しずつ。でも、しっかりと歩き続けていれば。
いつかきっと、欲しいモノにこの手が届くんじゃないかって。
たぶん、そんな風に世界が見えているんだ。
―――その気持ちが、彼女に少しでも届けばいいな、と思う。
ゆっくりでも、他人と違くても構わない。
自分のペースで、一歩ずつ歩き出せばいい。
その延長線上にはきっと、求めてたものがあるはずだから――。
◇◆◇
試合がグリフィンドールの勝利に終わった後、私――アストリア・グリーングラスの隣で、お姉様がポツリと呟きました。
「……結局、負けちゃったね」
「ええ。ですが、少なくとも一人の少女の心は揺さぶられましたよ」
そう返すと、お姉さまはくしゃりと笑って。
「一人どころじゃないと思うよ。私もそうだもん」
けっしてお世辞ではない。
「綺麗だったね」
強さは正義。美しさは正義。そして限界まで研ぎ澄まされた強さは、洗練された美しさになる。その姿に、たぶん惚れてしまったのだろう。
ぎゃーぎゃー騒いだり、ちくしょーって舌打ちしたり、皆わいわい騒いでる。そのぐらい、ラスト15分のプレーは全員を魅了した。
本気になったスリザリン・チームの猛攻に、グリフィンドールの選手たちも全力で応えてくれた。結局、グリフィンドールは守り切ったけど、スリザリン・チームの勢いは鬼気迫るものがあった。
―――終わってほしくないな。
ポッターさんがスニッチをとったとき、ふとそんな風に思った。
―――もっと見ていたいな。
そう思えるぐらい、美しい試合だった。真剣勝負でありながら優雅に踊っているようで、華麗なダンスを舞う選手たちは楽しそうに見えた。
何より、そんな景色を見せようとしてくれた人がいる。
――わたしの為に。
その事実だけで、もう十分。
自信を持って、言い切れる。
今の私はきっと、世界でいちばん幸せな女の子だ。
◇◆◇
そして競技場の反対側では、ピッチになだれ込んだ深紅の応援団にグリフィンドール・チームが囲まれていた。
腕を絡ませ、抱き合い、もつれ合い、声を枯らして勝利を祝っている。キャプテンのオリバー・ウッド選手は涙でほとんど目が見えなくなっていて、マクゴナガル先生すら寮旗で目を拭っていた。
――意外だったのは、泣きはらしていたオリバー・ウッドがスリザリン・チームの方へ歩いてきたこと。
群衆が息をのみ、競技場に緊張が走る。ウッドは波をかき分けるように進んで、地面で大の字になっているマーカス・フリントの前で足を止めた。
無言で手を差し出すウッドに、フリントは「へっ」と笑って。
「……野郎の手をとってもな。美少女つれてきて出直せよ、ウッド」
「あいにく、お前の毒牙にかけるわけにはいかないんだ」
「真面目なこった」
そう言って、フリントは立ち上がって口を開いた。
「いい試合だったな」
ウッドは「あぁ」と言いかけて、思い直したように別の言葉を紡ぐ。
「欲を言えば、もう一戦したかった」
それを聞いて、フリントがふっと笑う。
「試合はきちんと勝ち負けで終わるから、試合なんだぜ」
それはきっと、さよならの言葉だ。
二人は今年で卒業する。泣いても笑っても、これが最後の試合だ。これまでホグワーツで過ごした日々に、練習の毎日に別れを告げて、それぞれの人生の分かれ道を進んでいく。
――だからせめて、最後ぐらいはグリフィンドールもスリザリンも無く。ただのクィディッチを愛する、同じスポーツマンとして。
「フリント、正直お前の腕ならプロでも……」
「先は言うな。そこまでだ」
言いかけたウッドの言葉を、フリントが遮る。
「意外かも知れないが、オレはこう見えて賢いんだ。夢と現実の区別ぐらいはできる」
「……そうか」
ずっと続けてきたからこそ、努力を重ねて腕を磨いてきたからこそ。自分の能力と気力の限界が、誰よりも分かってしまう……そんな事もある。
そして選択を迫られたマーカス・フリントは、既に決断を下したのだ。
ならば、もう部外者はどうこう言える立場に無いだろう。
「じゃあ……本当に、お前のラフプレーもこれで最後なんだな」
「ああ。試合前の場外乱闘で、お前にかけ損ねた呪いもまだまだあるってのによ」
フリントの言葉に、ウッドもニヤリと笑う。
ありがとう、なんて死んでも言わない。そんな間柄ではないし、今でもやっぱりクソ野郎だと思ってる。たぶん、向こうも同じだろう。
けれど――。
「楽しかったぜ、フリント」
「元気でやれよ、ウッド」
そう言って、互いの手を握る。
――これが選手としての、最後の握手だから。
これ以上ないぐらい、お互いの指を強く握り締める。やっぱり傍目には、互いの指を握り潰そうとしているようにしか見えないけど。
二つの大きな背中は、どこか名残惜しそうに見えた。
そんな彼らを照らす太陽は、赤く眩しく輝いていて。
大きく広がる空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
原作通り優勝杯を逃したスリザリンですが、得られたものも少なくない・・・はず。
優勝杯の話が長くなってしまいましたが、次からは本編に戻ります。