ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第27章 ~ヴォルデモート卿の召使い~

 

 なんか想像以上にやべー状況っぽいぞ、と私の生存本能が警告した頃には既に手遅れでした。

 

「誰だ!?」

 

 シリウス・ブラックが恐ろしい吠え声をあげ、またもや脱狼薬を落としそうになる私。指名手配中の大量殺人鬼に襲い掛かられても困るので、「ふえぇ……」と敢えて情けない声をあげて抵抗の意志がないことを示しつつ、恐る恐る部屋へと入ります。

 

 

 片手にゴブレットを握りしめたまま両手を上げた私が現れると、ハリー達3人とルーピン先生が目を丸くしました。

 

「イレイナ? どうしてこんな所に……?」

 

 自分の事を棚に上げてロンがぽかんとする(しかも何故か怪我をして包帯を巻いておりました)のを無視して、私はルーピン先生に目を向けておずおずと口を開きました。

 

「えーっと……本日はルーピン先生宛に、お薬のお届けものになりまーす」

 

 差し出されたゴブレットを見たルーピン先生はギョッとした顔になり、慌てて私の元へ近づくとひったくるようにしてゴブレットの中身を飲み干します。

 

「す、すまない! 私としたことが……イレイナ、ありがとう」

「いえいえ。あ、受け取りのサインは結構ですので」

 

 送り主(スネイプ先生)、そこに倒れてますし。

 

 

「では、私はこの辺で」

 

 しれっと宅配便的なノリで帰ろうとする私でしたが、いつの前にか這い寄ったピーター・ペティグリューさんに裾を掴まれてしまいます。

 

「お嬢さん! た、助けてくれ!」

「えっ」

 

 ペティグリューさんはろくに風呂にも入っていなかったのか、近寄られただけでムッとするようなキツめの体臭が。

 

 加えてハァハァと浅い息遣いに甲高い声、下心丸出しで媚びるような瞳、あからさまに挙動不審な動きと、女の子が生理的にちょっと無理な部分をこれでもかというぐらい刺激してきます。

 

「あ、あの……やめてください……」

 

 こう見えて私も14歳の女子生徒。知りもしない赤の他人で、しかも薄汚いネズミのような格好のピーターさんに這い寄られてしまい、不気味さと恐怖の両方で頭が軽くフリーズ状態に。

 

 

「イレイナ、こっちだ。ハーマイオニーの隣に」

 

 見かねたハリーが庇うように間に入ってくれ、ハーマイオニーも安心させるように手を繋いでくれます。

 すかさずシリウス・ブラックがペティグリューを思い切り蹴っ飛ばし、ルーピン先生も冷ややかな顔になりました。

 

 

「シリウス、この子はイレイナ。僕たちの同級生で友達だよ」

 

 ハリーが私の事を紹介すると、シリウス・ブラックは私のネクタイと寮章の色を見て少し意外そうな顔をしました。

 

 それからハリーは肩をすくめて、今度は私に向き直ります。

 

「知ってると思うけど、あの人はシリウス・ブラック。でも、大量殺人の犯人っていうのも、ヴォルデモートの部下というのも、ぜんぶ冤罪だったんだ」

「それはどういう……」

「真犯人はそこにいる、ピーター・ペティグリューだ」

 

 

 

 それからハリーたちは、本当は何があったのかを全て話してくれました。

 

 

 

 ハリーの両親がヴォルデモートに狙われた時、ダンブルドア校長の提案により二人の居場所を「忠誠の術」により秘匿しようとし、その「秘密の守人」には親友であるシリウスが任命されていたということ。

 

 しかしシリウスはヴォルデモートの目を欺くため、周囲に秘密でピーター・ペティグリューを守人にしたものの、実はピーターさんが裏切り者でハリーの両親が殺されてしまったこと。追い詰めたブラックは見事に一杯くわされ、冤罪でアズカバンに放り込まれたこと。

 

 さらに実は2人とも未登録の「動物もどき」であり、ペティグリューはずっとロンのペットのネズミであるスキャバーズとして身を潜め、シリウスは犬に変身してアズカバンを脱獄したこと……。

 

 

 聞けば聞くほど、驚くような話ばかりです。

 

 

 そしてハリー達が最後に、ルーピン先生を見て言い淀みました。

 

「えっと……」

「狼人間の件ですか?」

 

 私が言うと、ハリーたちとブラックさんが驚いたような顔になりました。

 

「君、知ってたの?」

 

 口をあんぐりさせて聞くロンに、私は軽く頷きます。

 

「ダフネとアストリアさん、ドラコも知ってますよ」

「ウソだろ! マルフォイの奴が!?」

「まぁ、色々とありましてね」

 

 それに、と続けます。

 

「スネイプ先生の授業であれだけ人狼について教われば、私じゃなくても気づきますよ。多分、パーシーさんやファーレイ先輩、エステルさん辺りも分かった上で黙ってるんじゃないんでしょうか」

 

 私が言うと、ルーピン先生が「やっぱりそうだったのか」というような顔になりました。

 

 スネイプ先生は人狼の授業だけでは飽き足らず、定期的に優秀そうな生徒に脱狼薬を持って行かせ、私にしたような匂わせ発言で示唆していたのでしょう。

 そもそもパーシーさん達のような7年生になると「N.E.W.T(いもり)試験」が控えているので、監督生や首席となれば「人狼の見分け方」ぐらいは知っていても不思議はありません。

 

 

 しかし逆に考えれば、それだけの生徒が正体を知っておきながら、誰も公言しなかったということでもあります。

 

 たとえ正体が人狼だとしても、ルーピン先生が親身に生徒たちに接してきた日々や指導が変わるわけではない……きっと、先輩たちもそう思ってハーマイオニーのように口を噤んでいたのではないでしょうか。

 

 

 

「そういえば――シリウスさんが無罪なら、スネイプ先生は何で倒れてるんですか?」

 

 ハリーたちに聞くと、なぜか全員にそっぽを向かれました。シリウスさんは「自業自得だよ」と嬉しそうな顔になり、ルーピン先生も気まずそうでした。

 

「一応、スネイプ先生も起こして真実を伝えた方がいいのでは? 連行するにも人手は必要でしょう」

「いや、その必要はない」

 

 シリウスさんが冷たい声で言いました。

 

「こいつは今日ここで殺す。そのためにアズカバンを脱獄したんだ」

 

「ひぃ――っ」

 

 哀れっぽい声で、泣きながら必死に命乞いするピーター・ペティグリュー。

 

「あの方は、あらゆるところを征服していた! 拒めば、わたしが殺されかねなかった!」

「それなら、お前が死ねばよかったんだ!」

 

 シリウス・ブラックさんが吠えます。

 

 

「友を裏切るぐらいなら死ぬべきだった! 我々も君の為にそうしただろう!」

 

 

 え、それはちょっと重いような……。

 

 

 私が少し顔をしかめたのを見て取り、ペティグリューさんがすかさず懇願してきます。

 

「賢いお嬢さん……君なら分かってくれるだろう? 好きでやったわけじゃない、怖くてどうしようも無かったんだ……! お願いだ、助けて……」

 

 哀れっぽく命乞いをしてくるペティグリューさん。

 

 

 

「………」

 

 私は少し考えて、口を開きました。

 

「まぁ、正直なところ他人の為に自分の命を投げ出せる人はそう多くありません。死を恐れるというのは、人として当たり前の感情でしょうし」

 

 たしかに親友の為であれば自らの命すら厭わない、というシリウスさんの在り方は勇敢で美しく、高潔な生き方なのでしょう。

 

 けれど、それは多分「普通」では無いと思うのです。

 

 自己犠牲を当然のことのように自他に期待する価値観は、現代っ子の私としてはやや重く感じてしまう部分も否めません。

 

 

 もちろん保身を優先する在り方が正しいとは思いませんが、それでもペティグリューさんのように自分の命を惜しむのは仕方のないことだと――そうも思うのです。

 

 

 あるいは「お前のような弱虫の、能無しを利用しようとは夢にも思わないだろう」という発言から、シリウスさんはペティグリューさんが狙われることは無いと思っていたのかもしれませんが、やはり見通しとしては甘いような気もします。

 

 

「……13年前の私がバカだったことは否定しない」

 

 そこで初めて、シリウスさんの顔に怒り以外の感情が浮かびました。

 

「ジェームズとリリーは、私が殺したも同然だ……今でも、それを後悔しない日は無い……」

 

 虚ろな瞳から、一筋の涙がこけた頬に滑り落ちていきます。

 

 自分の命よりも大事だった親友。しかし自らの誤った選択が、結果的に彼らを死に追いやってしまい、もう二度と会うことは叶わない………ペティグリューさんを憎むことで抑え込んでいた、深い自責の念が溢れ出していくようでした。

 

 

「ペティグリューさん」

 

 居心地悪そうに俯くピーター・ペティグリューさんに、私は顔を向けました。

 

「私が思うに……あなたの本当の罪は裏切りそれ自体ではなく、その事実と向き合おうとしなかったことです」

 

 せめてヴォルデモートが倒れてすぐ魔法省に出頭していれば、マルフォイ家のように無罪を勝ち取れていたかもしれません。

 

 そうでなくともポッター夫妻を直接殺したのはヴォルデモート本人であるため、殺人犯ではなく殺人幇助犯であるペティグリューさんはいくらか軽い処罰になったはず。

 

 

「だから貴方が本当にすべきだったことは、魔法省に出頭することだったんですよ」

 

 

 ハリーたちには酷ですが、法的には殺人を幇助しただけでは死刑確定とは言い切れず、司法取引などで減刑を求める手段は十分に残っていました。話を聞く限りはブラックさん側の落ち度もあるため、いくらか同情酌量の余地もあったかも知れません。

 

 

 ――にもかかわらず。

 

 

「あなたは犯した罪に背を向けて逃げ出し、挙句の果てに無関係なマグルを12人も巻き込んで、全ての罪をシリウスさんに被せようとした」

 

 

 目先の罰を恐れるあまり、さらに罪を重ねてしまった。

 

 

「もし本当に‟仕方がなかった”と思っているのなら、最後まで正々堂々と法廷で釈明するべきでした。真っ当な方法で、自分の身を守るべきだったんです」

 

 ですが恐らく、ペティグリューさんは自分自身でも「仕方なかった」という言葉に自信が無かったのでしょう。だから目先の罪を回避しようとして逃げ続け、もはや取り返しのつかないところまで来てしまった。

 

「あなたは自分で、残った最後のチャンスまで手放してしまったんですよ」

 

 

「―――っ……」

 

 ペティグリューさんの顔にわずかに残っていた色さえも消え失せ、抵抗する気力も無くしたようにがっくりと項垂れました。

 

 

 それを見て、ルーピン先生が静かに口を開きます。

 

「ピーター、お前はやり過ぎたんだ。ジェームズとリリーを裏切っただけじゃない。シリウスに罪を被せ、無関係なマグルを12人も殺害した……同情の余地が無いとは言わないが、庇いきれる限度を超えている」

 

 ルーピン先生はブラックさんと肩を並べ、杖を上げました。

 

 

「さらばだ、ピーター」

 

 

 

「――やめて!」

 

 

 

 叫んだのはハリーでした。

 

 

 ルーピン先生とシリウスさんが唖然とする中、ハリーはピーターさんを庇うように立ちふさがります。

 

「殺しちゃいけない」

「ハリー、君はコイツのせいで両親を亡くしたんだぞ」

「わかってる」

 

 ハリーは落ち着いて答えた後、吐き捨てるように言いました。

 

「イレイナの言う通り、こいつを城まで連行していこう。アズカバンに相応しいものがいるとしたら、こいつしかいない……」

 

 シリウスさんはまだ何か言いたそうでしたが、ハリーがそれを遮ります。

 

「僕の父さんなら、きっと、親友がコイツみたいなののために人殺しになるのを望まないはずだ」

 

 

 しばらく、沈黙が降りました。

 

 

 ルーピン先生とシリウスさんが顔を見合わせる中、私はそっと口を開きます。

 

「シリウスさん。真犯人を魔法省に引き渡すことが、どんな意味を持つか分かりますか?」

「……私の無罪が証明され、自由の身になる」

「ええ。ですが、そればかりではありません」

 

 私はハリーに視線を向けました。

 

「シリウス・ブラックは、ハリーの名付け親でもあります。つまりは後見人ですね。無罪が証明されれば、後見人としてハリーの養育・看護を行う権利があります」

 

 するとハリーの表情が、みるみる内に変わっていきました。

 

「僕、ダーズリーのところから出れるの……?」

 

 その声は、緊張で震えていて。

 

「シリウスと一緒に暮らせる……?」

「然るべき手続きを踏めば、恐らくは」

 

 

 私がそう告げると、ハリーの胸の中で何かが爆発したようでした。

 

 

「やった!!」

 

 

 すっかり落ち込んだ空気の中、ハリーが歓喜する声が叫びの屋敷中に轟きます。ルーピン先生も目を丸くして、シリウスさんは呆けたように掠れる声で囁きました。

 

「……ハリー、今の言葉は本気なのかい?」

「もちろん! 本気です!」

 

 ハリーが喜びを抑えきれない、といった声で答えるとシリウスさんのげっそりした顔が、急に笑顔になりました。

 

 骸骨のような顔が10歳以上も若返ったようになり、全身から溢れんばかりの喜びを漂わせた少年のような表情。きっとこれが、彼の本当の笑顔なのでしょう。

 

 

「シリウスさん」

 

 私は言いました。

 

「過去の復讐より、親友の息子の未来のために生きる方が、きっと楽しいと思いますよ」

 

 そう告げるとシリウスさんは少し照れたように、しかし決意を新たにした表情で。

 

「なぁ、リーマス」

「分かってる。他でもない、ハリーがそれを望むのなら」

 

 ルーピン先生は穏やかに言うと、城まで連行すべく杖の先から縄を出してピーターさんを縛り上げました。

 

 

「さて、これからピーターを魔法省に引き渡すことについてだが」

 

 ちらり、と床に倒れたスネイプ先生を見やります。

 

「やっぱり、イレイナの言う通りにするのが一番みたいだね」

「おいリーマス、薬は飲んだはずだろ?」

「万が一ということもある。こいつを取り逃がすリスクに比べたら、スネイプ先生を説得するぐらい大したことじゃない」

 

 それでも、明らか嫌そうな顔になるシリウスさん。

 

「絶対に、面倒なことになるぞ」

「なら、暴れないよう説得できるまでは縛っておく。これでいいだろう?」

「……わかった」

 

 シリウスさんは渋々、といった感じでルーピン先生と一緒にスネイプ先生に向けて奪った杖をかざしました。

 

「インカーセラス-縛れ!」

「アグアメンティ-水よ!」

 

 ルーピン先生の杖先から出た縄が気絶したスネイプ先生を縛り、その顔にシリウスさんの杖からどう見ても必要以上の水(たぶん気付けのつもり)が放出されます。

 

「ごほっ、ごふっ―――」

 

「やめるんだシリウス! こんな時に!」

 

 軽く溺れそうになったスネイプ先生にルーピン先生が慌てて止めに入ると、シリウスさんは「失敬、つい昔の癖で」と全く反省の色が見られない顔で悪戯っぽく返しました。なんだか私の知らない、深い因縁がありそうです。

 

「ブラック、貴様―――!」

 

 縛られたままにもかかわらず、2つの瞳にバジリスクのような殺意を滲ませてシリウスさんを睨みつけたスネイプ先生でしたが、その脇にいたペティグリューさんに目を止めると狐につままれたような顔になりました。

 

 

「ルーピン、どういうことだ? なぜ、ヤツがここにいる?」

 

 

 

 かくかくしかじか。

 

 

 

 ルーピン先生が事情を説明すると、ペティグリューさんを見るスネイプ先生の表情がどんどん険しくなっていき、最後には今にも飛び掛かって殺さんばかりの勢いになっておりました。縛っておいたのは正解だったかもしれません。

 

「……というわけだ。これからピーターを城に連行して、吸魂鬼に引き渡してアズカバンに放り込む。異論はないかい?」

「吾輩としては、こんな奴に親友夫妻の『秘密の守り人』を託した大馬鹿者も、一緒に吸魂鬼に引き渡したいところではあるがね」

 

 皮肉たっぷりに言われたシリウスさんは大きく舌打ちしたものの、スネイプ先生の言葉も正論なだけに強くは言い返せないようでした。

 




 ペティグリューについてですが、ぶっちゃけ直接リリーとジェームズを殺したのはヴォルデモートなので、厳密には「殺人ほう助罪」であって「殺人罪」ではなく、すぐ素直に出頭してルシウス・マルフォイみたく「脅されていた」とか「服従の呪文にけられていた」とかで無罪を主張すれば、減刑の余地はあったと思ってたり。
 
 まぁ、目先の確実な損失を回避しようとして、さらに分の悪いギャンブルで一発逆転を狙う的な行為は、割と人間やりがちなんですが。

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