ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※後半、ルーピン視点になります。
結局、その夜の真相は闇に葬られました。
公式に真実とされていることは、夜中にスネイプ先生と校庭を歩いていたハリーたちに吸魂鬼の大群が襲い掛かり、あやうく5人とも魂を抜かれかけたということ。一応、嘘はついていません。
詳しい事情についてはスネイプ先生の口添えもあって、吸魂鬼がまったく手に負えないことが証明されたことにより、ようやく魔法省も吸魂鬼をアズカバンに送り返すよう指示を出しました。
そして、私はというと――。
「君がやってくるのが見えたよ」
ホグワーツの駅に立つルーピン先生が、微笑みながら振り返ってくれました。
「……やはり、辞められてしまうんですね」
ルーピン先生はトランクを掲げて、「ああ」と答えました。
「どんな理由であれ、私は脱狼薬を飲み忘れるという重大な過失を犯した」
優しい先生にしては珍しく、厳しい口調できっぱりと告げるルーピン先生。
「たとえ未遂でも、あってはならない事だった。だから、私は大人として責任を取らなきゃいけない」
それが大人の世界なのだと――そう説く先生の言葉は、まるで最後の授業のようで。
「でも……」
「それに、確認したら君が『叫びの屋敷』で言っていた通りだった」
私の言葉を遮って、ルーピン先生は少し自嘲的な表情を浮かべます。
「君たちとハーマイオニーだけではなく、パーシー、ペネロピー、ジェマ、アンネロッテなんかも
さすがは首席に監督生だ、とルーピン先生はどこか嬉しそうに微笑みました。
「けれど、いつまでも君たちの善意や、ダンブルドア校長のご好意に甘えるわけにはいかない。先日の件で考えを改めたよ」
スネイプ先生にも脱狼薬の調合や授業の代理で随分と負担をかけてしまった、と付け加えるルーピン先生。やむにやまれぬ事情とはいえ、自分をフォローするために職場にしわ寄せが及んでいる事に対して、様々な苦悩もあったのでしょう。
「そう……ですか」
だから私には、そう答えるのが精一杯でした。
あれだけ真面目に仕事に取り組み、生徒たちからも慕われていたというのに。それを人狼であるという、好きで選んだわけでも無い理由で辞めなければならないというのに。
けれども、不思議とルーピン先生の顔に悲壮感はなく、どこか晴れ晴れとしていて――。
「先生は……その、それでいいんですか?」
つい、気になってそんなことを聞いてしまいます。
辞めないで欲しい、と説得するのはきっと違うのでしょう。きっとこの決断もルーピン先生が悩んだ末に、最善だと思って選択したケジメなのでしょうから。
その意思は尊重したい。けれど――。
「どうして、先生はそんな顔をしていらっしゃるのですか……?」
シリウスさんの無罪が分かって憑き物が落ちた、という先日『叫びの屋敷』で見た表情とは少し違う。どこか、何か希望を見つけたような顔。
「私がこの学校に赴任して良かったと思えることがあるとすれば――」
ルーピン先生がにこりと笑いました。
「こんなにも多くの生徒たちが私が人狼であると知った上で、それでも
それは、とても優しい表情で。
「君たちは私を
◇◆◇
私―――リーマス・ルーピンにはかつて、掛け替えのない友人たちがいた。
こんな身体のせいで友達なんて出来ないと思っていたのに、周囲から距離をとろうとする私に近づいて友達になってくれた。そして私の正体が人狼と知ってもなお、友達であり続けてくれた。
3人の、大切な友人たち……彼らのお陰で、私は輝かしい学生時代を過ごせた。
そしてジェームズとリリーが殺され、ピーターも死んだことになり、シリウスがアズカバンに入った日。世間ではヴォルデモート卿が滅んだ祝日だったかもしれないが、私にとっては人生最悪の日だった。
掛け替えのない友を一度に全員失い、まるで足元がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくようだった。
それからの日々は、ひどく空虚だった。
その日暮らしの仕事を細々と続け、誰と親しくなることもなく、あてもなく孤独に彷徨うばかりの日々……ダンブルドアの誘いでホグワーツに来た時も、正直なところ大きく期待はしていなかった。
いずれ人狼であることがバレて、辞任せざるを得ない状況に追い込まれる。秘密を知らずに慕ってくれている生徒も、本当の私の正体を知ったらすぐに怯えて逃げていくはず……そして実際、その反応は正しくて、仕方の無い事だと。
学生時代のような良き友人に恵まれることは、きっともう二度と無い。
そう思っていたのに――。
「せんせーっ!」
威勢の良い声と共に、驚く私とイレイナの前に飛び込んできたのは、いつも元気いっぱいな金髪の女子生徒。
「ダフネ!? それにアストリアさんまで、どうして……」
「イレイナってば、まーた美味しいとこだけ独り占めしようとして!」
「バレましたか」
イレイナもクスッと笑い、ぽかんと呆けた私に笑いかけた。そんな二人の姿に、アストリアは少し呆れているようだった。
「先生、最後にもう一度ホグワーツを眺めてください」
「きっと良いことあるよ!」
そう笑いかけた二人の表情を、私は知っている。
それはかつて、ジェームズとシリウスが悪戯を成功させた時、よく浮かべていた顔だ。付き合わされていた私はきっと、今のアストリアのような顔になっていたことだろう。
「何を言って―――」
口を開きかけた瞬間、城の方から何か光り輝くものが飛び出してくるのが見えた。それは夕暮れの空高く飛んでいき、沈みかけの夕空で大きく弾けた。
「花火……」
それは魔法で作られた大きな花火だった。赤、青、黄、緑……それぞれの寮を象徴するカラーで、満開の花火がいくつも打ち上げられていて。
目を凝らして見上げてみれば、双子のウィーズリー兄弟たちをはじめ、何人もの生徒が箒で空を飛んでいた。異なるネクタイを付けた生徒たちが杖を片手に、笑顔で花火を打ち上げている。
やがて花火は1つにまとまっていき、夜空に大きな文字が浮かび上がった。
―――ルーピン先生、1年間ありがとうございましたッ!!!
夕闇にきらめく花火の輝きは、まるで私の行く道を明るく照らしてくれているようで。
不意に込み上げてくる感情に、胸が締め付けられる。
湧き上がってくるこの気持ちは、一体なんだろうか。
不安とも喜びとも違う、もっと別の感情だ。ふわふわとした夢を見ていて、夢ならば醒めないで欲しいと、そう願っているような――。
「先生」
アストリアが優しく口を開いた。これまでの彼女とは違う、どこか穏やかな表情だ。
「きっと先生なら、大丈夫ですよ」
その言葉で、ようやく自分の気持ちの正体が何なのかを悟る。
――この気持ちはきっと、寂しさだ。
今日この日、私はホグワーツを退職する。もう、イレイナたちに授業を教えることも、ハリーにジェームズたちの昔話をすることも、試験で教え子たちの成長を実感することもない。
セブルスが嫌味を言いながら薬を煎じてくれることも、大勢の女子生徒にホグズミードへ拉致されてショッピングに付き合わされる、なんてことも二度とないだろう。
それを悟った瞬間、この1年ホグワーツで過ごした日々が、生徒たちと過ごした毎日が――洪水のように押し寄せてきて、私を飲み込んでいく。
教師を辞めるという決断に、後悔はない。
こうなることも、覚悟はしていたはずだ。
それなのに―――。
別れとはこれほどまでに切なくて、寂しくて、苦しいものだったのかと。今更ながら思い出す。
こんな気持ちになったのは、本当にいつぶりだろうか。
「―――」
何か言いかけて、直前で言い淀んでしまう。
本当はもっと上手く感謝の気持ちを伝えたいのに。言葉だけでは言い表せないほどの、ありがとうを伝えたいのに。
「……困ったな。さよならが言えなくなりそうだ」
そんな言葉しか出てこない私に、返したのはイレイナだった。
「そういう時は“またね”って言えばいいんですよ」
「……まったく、これじゃどっちが先生か分からなくなりそうだ」
本当に、私は良い生徒を持った。この1年で自分には勿体ないぐらいの、最高の生徒たちに大勢出会えた。
だからせめて、最後ぐらいは笑顔で別れよう。
「君たちのことは決して忘れない。この1年間は、本当に楽しかった」
出発を告げる汽笛が鳴る。私はそれに乗り込んで、窓から顔を出す。そして見送ってくれる生徒たちに、心からの感謝を込めて叫んだ。
「また会おう! その時まで、さようなら!」
ゆっくりと、汽車が走り出した。
だんだんと加速していって、汽車はどんどん先に進んでいく。ホグワーツが遠ざかって、イレイナたちが徐々に小さくなっていく……。
**
こうして、私の教師生活は終わった。振り返れば、短いようで長い1年だったと思う。
これから先、どこへ行けばいいのかなんてわからない。けれども、今までのような不安や孤独感はもうなかった。
思い返せば、そこにはきらきらと綺麗で優しい思い出が。
きっとそれは、これから旅を続けていく内にも増えていく。
彼女たちが、そう教えてくれた。
大丈夫、と背中を押してくれたから。
私も前を向いて、まだ見ぬ明日へと一歩を踏み出そう。
―――そう強く念じて。
いつもより少しだけ、背筋をピンと伸ばした。
ルーピン、自己都合により退職。
魔女旅のテーマの1つは「出会いと別れの物語」ですが、ルーピンも自主退職になったとはいえ、ホグワーツでの出会いと別れを通じて少し変われたのかなと。
これにて「アズカバンの囚人」編は完結です!
いつも感想をくださる方、また誤字報告をくださる方に、改めてお礼を申し上げます!
次回から「炎のゴブレット」編ですが、引き続き楽しんで頂けるよう頑張りたいと思います!