ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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『炎のゴブレット』編、開始です。

※今話はハリー視点になります。


第4巻 炎のゴブレット
第01章 ~ダーズリー家~


 その日、僕――ハリー・ポッターは普段より早く目が覚めた。

 

 昼までに学用品やら箒はもちろん、「透明マント」や「忍びの地図」といったものをトランクに詰め込み、ボールペンやノートなどの文房具――2年前からイレイナが堂々と持ち込み始め、なんだかんだで便利なのでマグル生まれや半純血を中心にホグワーツへ逆輸入される形で広まりつつある――を忘れていないか、部屋の隅々まで念入りに調べる。

 

 

 そして日曜の17時を前に、プリベット通り4番地には極度に張り詰めた空気が漂う。魔法使いの一行がまもなく訪ねてくるということで、ダーズリー家はガチガチに緊張して苛立っていた。

 

「きちんとした身なりで来るように言ってやったろうな、連中には」

 

 バーノンおじさんは歯をむき出して怒鳴る。ダドリーがぶくぶくと太ったせいでダイエットに巻き込まれ、夏の間ずっと不機嫌なのだ。

 

「お前たちの仲間の服装なら見たことがあるぞ。まともな服を着てくるぐらいの礼儀は持ち合わせた方がいい」

「その心配はないと思うよ」

 

 重要な商談に備えるような一張羅の背広を着こんだバーノンおじさんに、僕は肩をすくめて答える。もしこれがロンの家族とかならともかく、今回はその心配はない。

 

「当然、車で来るんだろうな?」

「もちろん」

 

 

 **

 

 

 そして17時ぴったりに、ダーズリー家のチャイムが鳴らされた。恐る恐る扉を開けたバーノンおじさんの前に立っていたのは、大きな紙袋を持ったイレイナと母親のヴィクトリカさんだった。

 

 

「こんばんは。ミスター・ダーズリー、それからミス・ダーズリーも」

 

 

 そう挨拶したヴィクトリカさんは、上品な白いブラウスに膝丈の黒いタイトスカートというシンプルで清潔感のある恰好をしており、どう見てもマグルの綺麗めなOLにしか見えない。

 

 呆気にとられたようなダーズリーたちにヴィクトリカさんが微笑み、ほっそりとした指で髪を片方の耳にかけると、ふわりと香水の良い匂いが漂った。東洋の花のような、かぐわしい香りで不思議と気が安らぐ……。

 

 

「初めまして、ヴィクトリカ・セレステリアです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 

 想像していた「魔法使い」のイメージと丸っきり違うイレイナのお母さんに、バーノンおじさんは毒気を抜かれたような顔で「う、うむ」と頷いて握手をする。

 

 

「バーノン・ダーズリーだ。グラニングズ社の取締役を務めている」

 

 

 それでも社会的地位でマウントをとろうとしたバーノンおじさんが名刺を取り出すと、ヴィクトリカさんは「頂戴します」と丁寧に受け取り、自身も慣れた仕草で名刺を取り出した。

 

 

「私の方は、ハンプシャーのサウサンプトン郊外で法廷弁護士(バリスター)をしておりますわ」

 

 

 ヴィクトリカさんの名刺を見て、バーノンおじさんとペチュニアおばさんの表情が変わった。

 

 イギリスの弁護士は2種類に分けられていて、裁判所に立つ法廷弁護士(バリスター)と法律相談や法律関係の行政書類や契約書の作成を行う事務弁護士(ソリシター)に分けられる。前者は資格取得が難しい分だけあって、社会的ステータスも医者より上だ。

 

「もし何か困りごとがありましたら、お気軽に相談してください」

 

 少しだけ首を傾けて、にこっと微笑むヴィクトリカさん。

 

 

 これはハーマイオニーから聞いた話だけど、弁護士は魔法族と両方に融通が利く数少ない職業の1つらしい。

 

 大陸だと「まず○○法○○条という総論的な成文があって、そこから各論におろして個別の事件がどの法律に該当するか」といった演繹法的な考え方らしいけど、僕たちの住むイギリスでは法律より判例が先にあって「ある事件について過去の裁判所はこういう判断をして、このケースも似てるから同様の判断になる」といった帰納法的な思考で動いている。

 

 つまりイギリスの弁護士には、事件が起こってから必要な判例を引っ張り出して、法務や立証に活用する応用力が求められる。逆にいえば法律を暗記することは大陸の弁護士ほど重用視されないので、法律の考え方や応用力さえあればマグル界でも魔法界でもやっていけるというわけだ。

 

 

「むむむ……」

 

 名刺を隅から隅まで見て、ようやくバーノンおじさんもヴィクトリカさんが「まとも」な人種だと判断したらしい。威圧するような雰囲気が少しだけ和らいだ。

 

「どうやら、少し思い違いがあったようだ………歓迎しよう。ようこそ、ミス・セレステリア」

 

 それでもバーノンおじさんは扉を閉じるとき、道路に停められていたクライスラーの黒いジープ・グランドチェロキーを見て「アメリカ車か……ふんっ」と鼻を鳴らしていたのだけど、ヴィクトリカさんはあまり気にしていない様子だった。

 

 

 ヴィクトリカさんが僕の横を通ると、甘い香りが一段と鼻腔をくすぐる。なんとなく違和感を感じるも、それを口に出す前にイレイナが話しかけてきた。

 

 

「ハリー、お久しぶりです」

 

 

 久しぶりに見るイレイナは、少しだけ背が伸びたように見える。灰色の髪も艶が増し、癖毛気味だった質感は落ち着いたストレートに変化していた。

 

 

「イレイナも元気そうだね」

 

 挨拶を返すと、イレイナは続いてダドリーに目を留める。ダドリーは反射的に尻を押さえた。

 

「……具合でも悪いのですか?」

「いや、あれはハグリッドのトラウマで」

 

 つい思い出し笑いをしそうになるのを堪えて、そのままリビングに座る。ちなみにイレイナは白いノースリーブシャツと青いフレアスカートにショートブーツという格好で、清楚感のある爽やかなコーディネートだ。

 

 

「では、――つまらないものですが、もしよろしければどうぞ」

 

 そう言ってイレイナが紙袋から取り出したのは、色彩豊かなゼリーの詰め合わせセットだった。すぐさまダドリーが目の色を変え、ペチュニアおばさんも目を見開く。

 

「これは……」

「パリの老舗フーシェ社の季節の彩りジュレです」

 

 イレイナが淀みなく答える。

 

 ダドリーがダイエット中だということは伝えていたので、わざわざカロリーが低めのお菓子を選んでくれたのだろう。ダイエット中には嬉しい甘味で低カロリーかつブランド品という、口うるさいペチュニアおばさんですら、ぐうの音も出ないほど完璧なギフトだ。

 

「い、今お茶をお出しますわ」

 

 ペチュニアおばさんの口からその言葉が飛び出た時、僕は一瞬耳を疑った。「ま」の付くものは何であれ嫌うダーズリー家らしからぬ対応だが、いそいそとアールグレイを用意するペチュニアおばさんを見る限り、聞き間違いではなかったらしい。

 

 ダイエットで限界寸前だったバーノンおじさんも久々の甘いものが食べられるせいか上機嫌に見え、ダドリーは早くもそわそわしている。まさに夏休みの珍事だった。

 

 

 **

 

 

「たしかに最近ではアメリカのSUVが流行ってきているようですが、やはりステーションワゴンの方が車高や重心の面で走行時の快適度が違ってきましてな……」

 

「あら、そうなんですの?」

 

 30分後、ダーズリー家のリビングではすっかりくつろいだ様子のヴィクトリカさんが、バーノンおじさんの車談議に相槌を打っていた。

 

「たしかにアウトドアではお宅のようなSUVが向いてるでしょうが、日常生活とのバランスを考えると我が家のマークIIIキャバリエのように、燃費の良いステーションワゴンがオススメですぞ。いざとなればオフロード用にカスタムも出来ますしな」

 

 ペチュニアおばさんも時おり「紅茶のおかわりはいかが?」なんて聞いていて、すっかり気を許している。

 

 

 そしてダドリーとイレイナはというと――。

 

「あっ、ダドリーずるいですよ。初心者殺しとか大人げない」

「いきなりヨッシーなんか使うから、小回りきかなくて自滅するんだ」

 

 どういうわけかダドリーが「マリオカート」を持ってるという話になり、イレイナが「そのソフト持ってないので、ちょっとやってみたいです」と言ったのをきっかけに、嬉々としてダドリーが自分の部屋からスーパーファミコンを引っ張り出してリビングのテレビでイレイナと遊びだしたのだ。

 

「だから慣れないうちはマリオかルイージにしとけって言ったんだ」

「うぐぐ……ノコノコごときに負けるとは」

「ドーナッツ平野とノコノコビーチは飽きたし、次はチョコレー島かオバケ沼にしようぜ」

 

 遊んだことが無いから分からないけど、絶対にダドリーは自分が有利なコースか、イレイナが不利なコースを選んでる。

 

(それにしてもこの「マリオカート」ってゲーム、見てるだけでも割と面白いな……)

 

 

 大人たちを見ると、車談義を終えたバーノンおじさんがチラチラとダドリーの使うノコノコの一挙手一投足に一喜一憂していて、ヴィクトリカさんとペチュニアおばさんはダドリーのダイエット論について花を咲かせ始め、どうやら結局は運動した方がいいんじゃないかという方向に話が進んでいるようだった。

 

「痩せるにしても、健康的に痩せた方がいいと思いません?」

「そう思って何度か試したんですけど、どうにもジョギングや水泳はダドリーちゃんに合わないみたいで……」

「じゃあ、ボクシングとかどうかしら? あれだけ恵まれた体格なら、いいとこまで行けると思いますよ」

「うちのダドリーちゃんがボクシング…………ねぇ、バーノンはどう思う?」

「悪くないと思うぞ。あれは高貴なスポーツだ。ダドリーにふさわしい」

 

 最初のサンドバッグが僕になるような気がして不安しかないけれど、ダイエットで飢え死にするのとどっちがマシかと聞かれると微妙なところだ。

 

 

 

「あら、もうこんな時間! すみません、ついご好意に甘えてしまって」

「いえ、お気になさらず……」

 

 17時55分になり、ようやくヴィクトリカさんが思い出したように時計を見てそう言い、ペチュニアおばさんは知り合いを誘うように「せっかくなので夕食でも――」と言いかける寸前でハッとした顔になる。

 

 

「では、ハリー君は私たちで預かりますので」

「う、うむ」

 

 狐につままれたような表情のまま、バーノンおじさんが鷹揚に答える。バーノンおじさんもペチュニアおばさんも、今になって目の前にいる女性が魔女だということを思い出したような表情だった。

 

 

「じゃあな、小僧」

「おじさんとおばさん、それからダドリーも」

 

 18時前にダーズリーたちに別れを告げ、イレイナと一緒に黒いジープ・グランドチェロキーZGに乗り込む。よくよく考えてみると、こうして平和裏にプリベット通り4番地から離れるのはこれが初めての事かも知れなかった。

 




 先週はリアルが忙しくなってきて、お休みを取らせて頂きました。なるべく週1で投稿していきたいと思っていますが、今後は不定期になるかもしれません。何卒、ご理解の程を頂ければと思います。


ジープ・グランドチェロキー
・古き良きアメ車を感じるSUV。たぶんイレイナ父の趣味。

ヴィクトリカさんの香水
・法律スレスレの濃度で、魅惑系統の魔法薬が成分に含まれている。ビジネス用。ダーズリー家が和んでるのはそのため。
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