ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
最後の授業は、魔法薬学でした。
担当するのはスリザリンの寮監でもある、スネイプ先生です。先生の趣味なのか、教室の壁にはズラリと並んだガラス瓶。その中にはアルコール漬けの動物がぷかぷかと浮いています。
「え、普通にキモいんだけど」
パンジーが顔を引きつらせ、ダフネも小さく悲鳴を上げます。女子ですか。
対照的にドラコとミリセントは、目を輝かせてガラス瓶を見つめていました。これは男子ですね。
しばらくすると、グリフィンドールの生徒がぞろぞろと現れ始めました。魔法薬学は彼らと合同授業のようです。ちょうどハリーたちも見えたので、軽く会釈すると向こうも微妙な表情で返してきました。
それを見たドラコが近くに寄ってきて、耳打ちしてきます。
「イレイナ、グリフィンドールの連中とつるむのは止めておけ」
「そう言われましても」
グリフィンドールとスリザリンの仲が悪いのは知っていますが、私に関していえばまだ向こうから喧嘩を売られたわけではありません。
「安心してください。先に手を出したら負けなので私から喧嘩を売ろうとは思いませんが、売られたら喜んで買いましょう」
「その日はそう遠くないと思うけどね」
ドラコが肩をすくめると同時に、バンッ!と勢いよくドアが開いてスネイプ先生が入ってきました。マクゴナガル先生の登場も衝撃的でしたけど、こっちも別ベクトルの迫力があります。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ」
育ちすぎた蝙蝠のように黒く長いマントを靡かせ、スネイプ先生は教室の前まで進むと向き直って淡々と喋り始めます。
「吾輩の教えるこのクラスでは、杖を振り回すようなバカげたことはやらん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管を這い巡る液体の繊細なる魔力……真にこの素晴らしさを諸君らが理解できるとは思っておらん」
決して大きな声ではないのですが、スネイプ先生の言葉には有無を言わせぬ迫力があり、瞬く間に大勢の生徒が「あ、これ逆らっちゃダメなタイプの先生だ」ということを察します。
「吾輩が諸君らに教えることができるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である……もっとも、諸君らが吾輩のこれまで教えてきたウスノロたちよりマシであればの話だが」
しかしこの話、やっぱり長くなるんでしょうか。
「全員が理解できるとは思っておらぬ。素質を持つ一部の者だけに、人の心を操り感覚を惑わす方法を伝授してやろう」
スネイプ先生の話が終わると、薄暗い教室がシーンと静まりました。静寂が場を支配する中、スネイプ先生の視線が一点に注がれます。
「ポッター!」
スネイプ先生の鋭い声が地下牢に響き渡り、いきなり指名されたハリーが飛び上がるのが見えました。
「アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギを加えると何になる?」
いきなり超難問。6年生レベルの問題だったような。これはハリーのようなマグル育ちにはキツイかもしれません。というかキツイ。
こういうとき両親が魔法使いだと、家に古い魔法の教科書があって少し有利かもしれません。本を読むのが好きな子供であれば、半ば趣味で読みふけっているうちに覚えてしまう、なんてことも。そう、この私のように。
グリフィンドール生のかたまっているテーブルを見るとハーマイオニーも暗記していたらしく、勢いよく手を上げるもスネイプ先生はこれを無視。ハリーはどうやら分かっていないようで、ロンも首を力なく横に振っていました。
「……わかりません」
「チッ、チッ、チ──どうやら有名なだけではどうにもならんらしい。ではもう一つ。ベゾアール石を見つけてこいと言われれば、どこを探すべきか」
困ったときのベゾアール石。多くの毒に対する解毒剤となるため、テストで解毒剤の名前を聞かれたら、とりあえずベゾアール石って書いとけばなんとかなるはず……お父さんの教科書にそんな落書きがあったことを思い出しながらハリーの方を見ると、困ったように首を横に振っていました。
「わかりません」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようと思わなかったわけだな、ポッター、え?」
答えられなかったハリーにスネイプ先生が嫌味を言う中、ハーマイオニーは相変わらず手を上げ続けています。
そういえば彼女、フリットウィック先生の呪文も、マクゴナガル先生のマッチ棒を針に変える課題も一発合格したそうで。
(これは負けていられませんね)
私もハーマイオニーに負けじと手を上げると、スネイプ先生が視線を向けてきました。
「ほう、セレステリアには答えが分かるのか」
ハーマイオニーを無視して、スネイプ先生が私にだけ質問してきます。スリザリン贔屓の噂が実証された瞬間でした。
「はい。まずアスフォデルとニガヨモギを合わせると、強力な眠り薬となります。見た目は水のように澄んでいて透明で、成分が強すぎると生涯眠り続けることもあることから、取り扱いには厳重な注意が必要です。そして2つ目の質問ですが、ベゾアール石はヤギの胃からとれる、しなびた内臓のような繊維質の茶色い石です。入手は困難ですが、多くの毒に対する解毒剤になります」
「よろしい、完璧な答えだ。スリザリンに4点」
ふっ。
ドヤ顔で着席すると、ドラコたちスリザリン生が「よくやった!」とばかりにガッツポーズしてるのが見えました。グリフィンドールからは恨めしげな視線を感じますが、文句はスネイプ先生に言ってください。
「では、最後にポッター。モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何かね?」
最後の質問にもハリーは答えられないようで、部屋中の視線が自然と私の方へと向くのを感じます。
「…………………」
すとん、と。
私は涼しい顔で着席します。スネイプ先生も察してくれました。
「……なんですかミリセント、言いたいことがあるならどうぞ」
「いま完全にイレイナが3つとも答えられる流れやったやん……」
「私、実は予定調和って嫌いなもので」
対してグリフィンドールでは、ハーマイオニーがここぞとばかりに立ち上がって挙手しています。さっきから無視され続けてるのにめげないメンタルは、さすが大胆不敵なグリフィンドール。
そんな事を考えていると、あくまでハーマイオニーを無視するスネイプにハリーも腹をたてたのか、煽り返していました。
「分かりません。ハーマイオニーが分かってるようですから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
ハリーの言葉に生徒が数人笑い声を上げたものの、スネイプ先生の不快そうな顔に数刻と経たずに止みました。
「座りなさい、グレンジャー。では答え合わせだ。1つ目の魔法薬について補足すると、『生ける屍の水薬』との異名もある。ベアゾール石に関しては、セレステリアの完璧な回答通りだ。そして最後のモンクスフードとウルフスベーンだが、同じ植物でトリカブトのことだ。アコナイトとも呼ばれる」
最後の質問、ほぼトリビアのような……むしろハーマイオニーなぜ知ってたし。一般的に広く知られてるトリカブトさえ知っておけば、他の別名は別に知らなくても良いような気がしなくもありません。
「諸君、なぜ今の話をノートに書き取らんのだ?」
スネイプ先生の言葉に、私たちは慌てて羊皮紙に羽ペンで書きとり始めます。
そういえば授業とは全く関係ないんですけど、なぜホグワーツではノートに羽ペンと羊皮紙を使うのでしょうか? 書きにくいし消せないし、かさばるったらありゃしません。シャーペンとまで言わずとも、ルーズリーフぐらいはマグルを見習ってほしいものです。
「それからポッター、君の無礼な態度でグリフィンドールは1点減点」
――はてさて。
最初に一波乱あったものの、その後の授業は割と質の高いものでした。
マクゴナガル先生と同じく、厳しいながらも要点をきっちり抑えてポイントを簡潔にまとめてくれます。とりあえずノートをしっかりとって暗記できれば、及第点は普通にいけるレベルの出来です。
その後、スネイプ先生は生徒を二人組のペアになるように分け、魔法薬の調合の実習が始まりました。おできを治す薬で、調合はそれほど難しくありませんが、間違うと割と危ない薬です。
私はミリセントと組みました。ペアを探す基準はもちろん、材料の角ナメクジを私に代わって触ってくれそうなイケメンです。
「という訳でミリセントさん、干しイラクサの分量は私が計っておきますので、その間に角ナメクジをお願いします」
「あいよ」
ミリセントは嫌な顔ひとつせず、ヌメヌメした掌ほどもある角ナメクジを、ひょいと掴んで1匹ずつ沸騰する大鍋に入れていきます。これはイケメン……。隣でぎゃあぎゃあ言ってナメクジを押し付けあってるパンジーやダフネとはえらい違いです。
そしてドラコが角ナメクジを完璧に茹でたからみんな見るように、とスネイプ先生がそう言った時、事件が起こりました。
教室全体に強烈な緑色の煙が立ち昇り、シューシューという大きな音が教室中に響き渡ります。慌ててローブで鼻と口を守ってから周囲を見渡すと、発生源はネビルと黄土色の髪をした少年の鍋でした。
「馬鹿者!」
スネイプ先生が怒鳴り、魔法の杖を一振りすると、こぼれた薬が跡形もなく消えて行きます。地味に凄い。
「大方、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたのだろう? フィネガン、ロングボトムを医務室に連れて行くように」
苦々しげにスネイプ先生は黄土色の髪の子に言いつけ、だしぬけにネビル達の隣で作業をしていたハリーとロンに矛先を向けました。
「ポッター! 針を入れてはいけないと何故言わなかった? 彼が間違えれば、自分の方がよく見えると考えたのかね?グリフィンドールもう1点減点」
これはさすがに理不尽だと思いましたが、空気の読める私はダフネとひそひそ話。
「薄々気づいていたんですけど、ハリーってスネイプ先生にめちゃくちゃ嫌われてません?」
「好きな人ほどイジメたくなっちゃうんだよ、男の子って」
「ダフネ、深いですね」
「いや、そうはならんでしょ」
ミリセントはちょうど時計回りに5回かき混ぜ終わったところでした。最後に私が杖を振るとピンク色の煙が立ち上り、おできを治す薬は完成です。
今度はハーマイオニーよりずっとはやい。これにはスネイプ先生もニッコリでした。
まだ優等生のイレイナさん。
たぶんハリー達を見て笑うことはないだろうけど、積極的に助けるでもなく、「まぁ、過去になんかあったんだろうけど、面倒臭そうだし関わらんでおこ」って察した上で遠巻きに見守るタイプかなぁと。