ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
翌日、深夜まで続いたカラオケで寝不足の身体に「元気爆発薬」を注入し、私たちは『サークル』の中庭に設置された『移動キー』でクィディッチ・ワールドカップ競技場に直行しました。
まだ太陽が昇り切っていない早朝、霧に覆われて荒涼とした荒れ地を20分ほど進むと、何百というテントが立ち並ぶ会場が現れます。
皆さんとはそこで別れ、私はアメリカの魔法使いたちが集まる区画へと移動しました。
アメリカにはアイルランド系が多い事もあって、全体的にアイルランド贔屓で垂れ幕もシンボルである三つ葉のクローバーが多い印象です。
「セーレム魔女協会」と書かれた光る横断幕の下で楽しそうに勝敗予測にふける中年の魔法使いたちの脇を通り抜け、ちろちろと流れる小川を伝って行った先にある林の前まで歩くと、ひときわ大きなコットンテントが現れました。
(たしか、ここが指定されたテントのはずなんですが……)
両親から渡された地図を何度もチェックして、テント脇に「セレステリア様御一行」と書かれた立て看板も確認しましたが、やはりこの場所で間違いないようです。
しかし、そこにいたのは私の両親ではなく――。
「うふふ……あはは♪」
得体の知れない魔女が蝶々と戯れておりました。
髪色は夜闇のように黒く、それに合わせたような暗い色のローブにとんがり帽子、胸には星をかたどったブローチ。
このまま帰ろうかな、などと思いつつも私は迷った挙句に、怪しげな年齢不詳の魔女に声をかけました。
「すみません。ここ、私たちの家族に割り当てられた場所なのですが……」
すると私に気づいた魔女は笑顔のまま、小首をかしげて「あら?」と返事を返してきます。
「あらら? ひょっとして貴女が……イレイナさん?」
初対面の変な魔女に名前が知られている、という事実に少し警戒する私。
「私のこと、ご存じなんですか?」
「ええ。実は私、あなたのご両親とは知り合いなんですよ」
それが私と彼女―――星屑の魔女、フラン先生との出会いでした。
***
聞けば彼女は現在、アメリカのイルヴァーモーニー魔法学校で教師をしており、せっかくのクィディッチ・ワールドカップということでイギリスにやってきたとのこと。
「ということは、フラン先生もクィディッチ好きなんですか?」
「いえいえ、全く興味ありません」
「ならば、何故わざわざワールドカップに来たんでしょうか……?」
「有給を消化する絶好の理由だからに決まっているでしょう」
「………」
「というのは半分ほど冗談で」
半分は本当らしいです。
「イレイナ、今年ホグワーツで三大魔法学校対抗試合が開催される話は聞いていますよね?」
フラン先生の言葉に、私はこくりと頷きました。
――
それは700年以上の歴史を持ち、ヨーロッパで最も大きく由緒正しい3つの魔法学校――イギリスのホグワーツ魔法魔術学校、フランスのボーバトン魔法アカデミー、北欧のダームストラング専門学校――から選ばれた代表選手が技を競い合う魔法試合のことです。
しかし中世に起源を持つ歴史ある行事なだけあり、なにかと「伝統だから」という理由で危険度も当時の基準のまま続いてしまい、現代に入って対抗試合中に代表選手たちの死亡事故が相次いだ事が問題視され、コカトリスが大暴れして校長全員が負傷した1792年の試合を最後に長らく中止されていました。
ところが国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチさんの尽力により、実に200年ぶりに三大魔法学校対抗試合が復活することとなったのです。
ワールドカップの開催といい、三大魔法学校対抗試合の再開といい、その2つをどちらもイギリスに誘致したことといい、立役者であるクラウチさんの有能さと功績は計り知れません。パーシーさんが尊敬するのも納得の辣腕ぶりと呼べるでしょう。
そんな三大魔法学校対抗試合なのですが、政府高官だの財閥一族だのが多いスリザリン生の間では公然の秘密という扱いで、私も最初に友人経由で聞いた時はともかく、今さら驚くようなことではありません。
「ですが、たしかイルヴァーモーニーは参加しないはずでは?」
少し当惑しながら質問すると、フラン先生はあっさりと頷きました。
「ええ、参加はしません」
ですが、と続けるフラン先生。
「ボーバトンとダームストラングの生徒がホグワーツに来るとなると、当然ながら試合が終わるまでの1年間、誰かがホグワーツで彼らにも授業を教えなければならないじゃないですか」
「あー、なるほど」
なんとなく話が見えてきました。
「つまり教員が人手不足だから、応援要員としてイルヴァーモーニーからも人員を派遣することになったと」
「そういうことです」
一応、ボーバトンとダームストラングも校長が随伴するのですが、校長業務もあってあまり生徒たちの授業に時間を割くわけにもいかないらしく、かといってあまり大勢の先生を連れてきてしまうと、今度は本国に残る生徒たちの授業が進みません。
そのためホグワーツとの合同授業なんかで埋め合わせはしているらしいのですが、どうしても時間割が合わなかったりした場合のためにフラン先生が呼ばれたとのこと。
「実はイルヴァーモーニーの方でも三校対抗試合の再開には大きな関心を寄せていましてね。近々、ブラジルのカステロブルーシューと日本のマホウトコロあたりで似たような対抗試合をやらないかという計画なんかも持ち上がっていまして」
どうやらフラン先生はその計画にも関わっているらしく、視察も兼ねてイギリスに派遣されてきたという話でした。
「でも、フラン先生だけで足りるんですか?」
「もちろん。その気になれば私、大半の教科は教えられるので」
そういえばGM社で見かけたフラン先生とマクゴナガル先生の共著論文は高度な変身術の理論だったので、見た目に反して意外と凄い人なのかもしれません。
「後はそうですねぇ……久しぶりの母校も満喫したいというのもありまして」
「そういえばフラン先生って、ご出身はイルヴァーモーニーじゃないんですか?」
「ええ。こう見えて出身はホグワーツなので、貴女の先輩になります」
「マジですか」
「マジです」
「ちなみに寮はどちらで?」
「決まっているじゃないですか。かしこいかわいいレイブンクローです」
「………」
まぁ、レイブンクローには頭が良い生徒が集まる一方で、研究気質というか変人も多い(ロックハート先生とかクィレル先生とかトレローニー先生とか)ので、言われてみれば納得の組み分け結果かもしれません。
「イレイナ、あなた今ちょっと失礼なこと考えてませんか?」
はて、なんのことやら。
「ですが、それならどうしてホグワーツではなく、わざわざイルヴァーモーニーの教授に?」
「やっぱりそこ、気になるんですね」
静かに私を見つめ返すフラン先生の表情は柔らかいものでしたが、綺麗な青い瞳は真剣な眼差しで。ひょっとしたら根深い事情があるのかもしれません。
過去に事件でも起こしてイギリス魔法界に居られなくなったのか、あるいは何かやりたいことがあってアメリカン・ドリームを掴みに渡米したのか……あれこれと頭の中で憶測を巡らせる私に、フラン先生は「うふふ」と微笑み、そして。
「たまたまポストが空いてたからですよ」
「………」
単純にマグル界と同じく、やはりアカデミアの世界で安定した仕事を得るのは難しいというだけのようでした。
ただでさえポストが少ない上に、前任者が辞めない限りは募集が無いという状況を考えれば、同じ英語圏の学校で若いうちから先生の仕事を得られたフラン先生は、むしろ恵まれてる部類。
世知辛い世の中です。
***
そんな他愛もない話をしている内に、ようやく私のお母さんもやってきました(お父さんは仕事で来れませんでした)。しかも、後ろには何故かシーラさんまで一緒に付いてきています。
「久しぶりね、フラン。変わりないかしら?」
「ええ、おかげさまで」
お母さんが声をかけると、フラン先生も笑顔でにっこりと返します。それからフラン先生は、闇祓いらしくトレンチコートで身を固めたシーラさんの方に向き直りました。
「シーラ、あなた変わりましたねぇ」
「どこのババアの台詞だよ……」
老人じみたフラン先生の反応に、シーラさんは呆れかえりながら溜息を洩らしました。
「つーか、アタシから見たらフランの方こそ変わったけどな」
「そうですか? 私の方は、昔からこんな感じだったでしょう?」
「いんや、昔はもっと喧嘩っ早い奴だった。今じゃ隠居してるご老体みたいで、どうにも張り合いがねぇ」
「寂しいですか?」
「別に。前みたいに喧嘩ばかりしてた頃よりかは、今の関係の方が好きかな。楽だし」
かなり打ち解けた様子で会話をする二人は、聞けばホグワーツでは同学年とのことでした。
「同期つってもフランはレイブンクローで、アタシはグリフィンドールだから、最初のうちは話が合わなくて喧嘩ばかりしてたな」
「ですねぇ。あの頃はグリフィンドールの皆さんが全員、無鉄砲で目立ちたがり屋のヤンキー集団に見えたものです」
「アタシに言わせれば、レイブンクローこそ頭でっかちで根暗な陰キャの集まりにしか見えなかったけどなー」
そんな水と油で喧嘩ばかりしていた2人を引き合わせたのが、卒業直後に1年だけ「闇の魔術に対する防衛術」を担当していた私のお母さんということでした。
スリザリンOBでもあったため、寮監だったスラグホーン先生から「面白い生徒を
「いま思えば、当時にしちゃ珍しい社交クラブだったな。アタシはグリフィンドールでフランはレイブンクロー、スラッギー爺さんとヴィクトリカさんはスリザリンときたもんだ」
「スラグホーン先生もああ見えて、あの人なりに四寮の融和に努めてたんじゃないかしら?」
「実際、そのコネでシーラは魔法警察から闇払いへ、私もイルヴァーモーニーの仕事を紹介してもらったようなものですし、だいぶスリザリンへの偏見は無くなりましたよねぇ」
スラグホーン先生が才能を見出した生徒限定ではあるものの、各寮の上位グループ同士で寮を横断するようなコネクションの意義は少なくなく、寮同士の諍いが起こるたびにクラブのメンバーが対話の窓口となっていたそうな。
感慨深そうに思い出に浸りつつ、フラン先生が「ああ、そういえば」と続けます。
「イルヴァーモーニーに赴任してからは、余計に“寮が違っても所詮はホグワーツ内の違い”って思うようになりましたね」
「まぁ、アメリカの魔法使いから見ればグリフィンドールもスリザリンも全部“イギリス人”だろうしな」
「そうそう」
イギリス魔法界からアメリカ魔法界へと旅したフラン先生の言葉はさりげないものでしたが、中々に奥深いものを感じさせる言葉でした。
***
「――さて、そろそろ行きましょうか」
そんなこんなで大人たちが思い出話に花を咲かせて徐々に日も落ちてきた頃、お母さんが切り出しました。
周りを見れば他の魔法使いたちも徐々にスタジアムへ移動し始め、試合の開始前といった雰囲気へと変化していきます。
「私、予約が遅れてあんまり良い席とれなかったんですよね……」
「観戦できるだけマシじゃん。こちとら今から警備の仕事と来たもんだ」
フラン先生とシーラさんとはそこで別れ、私は両親と一緒にスタジアムの上層にある貴賓席へと向かいます。
一般席に長い行列が出来てるのを横目にVIP待遇で悠々と通り過ぎていき、辿り着いたボックス席はスタジアム全体が見渡せる最高のポジションでした。
スタジアムは楕円形で、そこから客席が外側に向かって船の船体のようにせり上がる構造。貴賓席はちょうどゴールポストと同じ真ん中より少し高いぐらいの位置にあり、そこから扇状に突き出したボックスシートとなっていておりました。
(ふむ、これは中々……!)
10万人もの魔法使いの大群による熱気は凄まじく、この時ばかりは私も素直に感嘆します。
それからしばらくしてやって来たのは、ミリセントとザビニ、そしてノットの3人でした。
「よっ、イレイナ久しぶり。元気してた?」
「こっちにいるってことは、アイルランド応援組だな!?」
「これで勝つる」
ちなみに反対側の貴賓席にはブルガリア応援組が座っていて、遠目にダフネとドラコ・マルフォイが手を振ってくるのが見えました。パンジーとアストリアさん、クラッブとゴイルにカロー姉妹も一緒で、互いの顔にブルガリア応援旗を書き合ったりしています。
「――イレイナ、そろそろ始まるわよ」
それから30分ほどした後、お母さんが着席するように促し、まもなくしてワールドカップの幕が上がりました。
「Ladies & Gentlemen――第422回クィディッチ・ワールドカップへ、ようこそ!」
実況のルード・バグマンさんの声が響き、観衆が叫びと拍手で応えました。何千という国旗が振られ、互いの国歌がさらに会場を盛り上げます。
それから試合前の余興として、両チームからマスコットの演出が始まりました。
ブルガリアの余興は、ヴィーラという輝く肌と銀色の髪を持った美女の姿をした魔法生物のダンスでした。
ついつい、この世のものとは思えないほど美しく華麗なダンスに目を奪われ、なんだか見ていると心が奪われて頭が空っぽに―――。
「おーい、イレイナ戻ってこーい」
音楽が止むと、近くに座っていたミリセントが頬を引っ張っていることに気づきます。隣ではザビニとノットが飛び降り自殺寸前の恰好で固まっており、反対側のドラコ・マルフォイはパンジーに後ろから両手で目を塞がれていました。
「ねぇ、前から思ってたんだけどイレイナってさ――」
「あ、そろそろアイルランドの余興が始まりますよ」
続くアイルランドの余興では、大きな花火が打ち上げられて三つ葉のクローバーがスタジアムの上空に広がった後、金色の雨のようにレプラコーン金貨が降り注いできました。
「そういやイレイナ、いくら賭けたん?」
今度はザビニが話しかけてきました。
「40ガリオンですね。ザビニは?」
「10ガリオンだけど……てか、そんな大金どっから出したんだ?」
「投資がうまくいったもので」
ちなみにワールドカップの賭けは公営賭博でして、主催者であるイギリス魔法省が力を入れるのも当然と言えるでしょう。
――結局、試合は160対170でアイルランドの勝利に終わりました。
アイルランドがチェイサー戦で始終圧倒していて、ブルガリアのシーカーであるクラム選手が惨敗を喫する前にスニッチを取って試合を終わらせるという展開でした。
しかし私としては、むしろ試合そのものよりも『サークル』で見た『Riddle 94』の驚くべき予測精度に驚愕です。これは改良すれば、なかなか面白い商品になるんじゃないんでしょうか。
その後は皆でテントに戻ったものの、試合終了後も興奮は冷め止みません。
「
「全部ボルチャノフが悪いわ」
大人たちは口々に試合の感想を言い合い、ジョッキを片手に酒盛りで大いに盛り上がっておりました。
**
やがて夜も更けていき、周囲も「そろそろ遅くなったので寝るかー」みたいな雰囲気になった時のことでした。
「あら、何かしら?」
ふとお母さんが呟き、耳を澄ませてみると、どこからか叫び声や悲鳴が聞こえてきます。
「酔っぱらい同士が喧嘩でもしてるんでしょうか?」
ちょっと確認しようと外に出ると、遠くの方でいくつものテントが燃えているのが見えました。人々が悲鳴を上げて逃げ回り、断続的に爆発音や閃光も見え、まるで戦争で爆撃を受けているかのよう。
「あれは……」
その中心にいたのは、怪しげな仮面を被った黒いローブの一団でした。
「
いつの間にか隣にいたお母さんは、冷ややかな目つきで黒ローブの集団を睨んでおりました。テントに火をつけたり、空中にマグルを浮かべて嘲笑している様子はどう見てもヤバイ集団そのもの。
(これはちょっと、ただの変態仮装行列じゃ済まされませんね……)
幸い、死喰い人たちは私たちのいるキャンプとは逆方向に向かっているようで、こちらには逃げてきた人々の群れが殺到してきます。
「こっちだ! 早く!」
聞き覚えのある声に振り替えると、闇祓いのシーラさんが逃げる人々を避難誘導している姿が目に入りました。
「ここまではあの連中もやってこないから、落ち着いて――」
そこでシーラさんが私に気づき、近づいてきます。
「イレイナ! そっちは大丈夫か?」
私が頷くと、シーラさんが少しホッとしたような溜息を吐きました。
「悪いな。これでも少ない予算をどうにか捻出して500人の特務隊を用意したんだが、さすがに10万人もいると酔っぱらいだの賭博のトラブルだのでどうにも……」
しかし、シーラさんの言葉はそこで途切れ、次の瞬間には爆発的な悲鳴が上がりました。
空高く打ち上げられた、口から蛇を吐き出す髑髏……それは『闇の印』と呼ばれる、ヴォルデモートのシンボルでした。
この『闇の印』はヴォルデモートへの忠誠の証として死喰い人の左腕に刻まれ、その最盛期には闇の陣営が誰かを殺した時に打ち上げられた忌まわしいサインで、未だに恐怖の象徴として多くの人に恐れられています。
「……こりゃあ、今夜は徹夜で残業だな」
呻くようにシーラさんが呟き、遠い目をしながら私たちの方に向き直りました。
「んじゃ、アタシはこれから避難誘導とか騒動の犯人捜しだとかマスコミ対応だとかしなきゃならないからもう行くけど……あまり長居しない方がいいと思う」
その言葉にお母さんが「元よりそのつもりよ」と返すと、シーラさんは短く頷いてそのまま『闇の印』が打ち上げられた方角へと消えていきました。
「イレイナ、私たちも『姿くらまし』で帰りましょう」
お母さんの言葉に頷いて手を繋ぎ、私たちもワールドカップ会場を後にしたのでした。
クラウチJr.「14年前からアイツら死喰い人ではなくなった。あんなのは死喰い人じゃなくて、‟変態仮装行列”ですよ!」
魔女旅でお馴染み、フラン先生の登場です。本作ではホグワーツ卒業後、イルヴァーモーニーで教授をしております(同じ英語圏だし、言葉も通じるので)。
寮は本作だとフラン先生はレイブンクロー、シーラさんはグリフィンドールとさせて頂きました。異論等もあるかもしれませんが、大目に見て頂けると幸いです。
諺に「金持ち喧嘩せず」とありますが、スラグ・クラブのメンバーがエリート同士で寮の垣根を超えた繋がりをもっていて、対立があった際には対話の窓口になる、みたいな展開はあるかもと思っていたり。