ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
※やや独自設定あり
ハリーと別れた後、私――ハーマイオニー・グレンジャーは情報収集を始めた。
ちょうど日曜日ということもあって、心なしか学校全体が賑やかに感じる。そんな中でも、やはり話題となっているのは代表選手たちのことだ。受け止め方は人によって千差万別で、肯定的な意見もあれば否定的な意見もある。
まずハッフルパフだが、基本的には快く思わない意見が多い。個人的にイレイナと親交のあるセドリックやエステルさんなんかが寛容の精神で事態を丸く収めようとしているためか、表面的には大人しいものの、陰口までは止めようがないのが現状だ。
そしてレイブンクローでは「年齢線」を突破した英知を賞賛する声がある一方で、やはり不正や悪目立ちを批判する声もある。印象としてはあの手この手で試行錯誤していたイレイナにはやや擁護派が多く、逆に「僕はやってない」の一点張りのハリーにはやや批判派が多い。
これがグリフィンドールになるとハリー擁護派とイレイナ批判派が増え、スリザリンではそれが逆になる。
個人的に意外だったのは、グリフィンドールとスリザリンにも、それぞれハリー批判派とイレイナ批判派が一定数いたことだ。
「――なんかさ、イレイナ最近ちょっとやり過ぎだと思わない?」
廊下を歩いていると、中庭の方からそんな声が聞こえてきて、思わず足を止める。ちらっと物陰から覗き見ると、スリザリン上級生の女子グループがたむろしている姿が目に入った。
「あー、やっぱそう思う? 私もそんな気がしてたんだけど、なんとなく言いづらくてさ」
「それなー。あの子の周り、純血名家ばっかだし」
「向こうも悪気はないんでしょうけど、もう少し自重して欲しいわよね」
どうやらスリザリンも一枚岩ではないらしい。
やたらと純血名家の多い4年生がイレイナ支持でまとまっているため、寮としては支持に傾いているが、学年によって温度差はあるようだ。
「けど、しょうがないよ。イレイナかわいいし」
「まーねー」
「いや普通にイレイナのことは好きだよ? いい子だし面白いし」
「でも、たまにちょっとねぇ……」
「うんうん、言いたいことはわかる」
スリザリンのコミュニケーションは難しい。
これがグリフィンドールなら、話は簡単だ。味方か、さもなければ敵で、非常にシンプル。けれど、スリザリンになると、右手で握手しながら左手で殴り合う、といった微妙なバランス感が求められる。
「ぶっちゃけ、自己顕示欲ありありだよねー。いかにも優等生、みたいに気取ってるけど」
「私は他の人と違いますー、的な?」
「それ、それ! めっちゃわかる!」
「あははっ! てか、ウチら本人のいないとこで言いたい放題とか性格悪過ぎじゃない?」
「そうだよ。特にユフィ、そんなんだから後輩に怖がられるんだって」
「言えてる言えてる。てか、よくそれで監督生なれたね?」
「前任のファーレイ先輩よりかはマシですー」
「セリーナ、ちょっとユフィ抑えてて。今から多面鏡でファーレイ先輩にチクるから」
キャラ崩壊気味に「うぉおおおいっ!?」と叫んだ女子生徒には、私も見覚えがあった。ユーフェミア・ロウル……純血カースト最上位に位置する聖28一族で、スリザリン6年生の女子監督生だ。
編み込みのある薄い茶髪のロングヘアに、オリーブ色の瞳をした淑女然とした魔女で、名家に恥じぬ品行公正な優等生……というのが周囲の評判だが、割と裏表のある性格らしい。
それなりにイレイナたちとも交流はある方で、大広間で何度か一緒に談笑している姿を見たこともある。
「あ、そういえばさっきのイレイナのくだりで思い出したんだけど」
「なになに?」
「この前イレイナから聞いたヘアミスト、試してみたら超絶いいの!」
「えー、何それメッチャ気になるんだけど」
「スカーレット、今それ持ってる?」
「待って……あった! ちょっと試してみる?」
赤毛の女子が小瓶を取り出すと、群がるようにしてクンクンと匂いを嗅ぐロウルたち。
「あー、成程ね。こーいう系かぁ」
「でも待って! 私これ結構好きかも」
「私も私もー!」
さっきまでピリッとした毒を吐いていたかと思えば、今度は新作の化粧品について話が始まり、そのままダイエットからスイーツへと話題が移っていく。
(こうしてみると、根っからの悪人という気はしないわね……)
優秀で目立つ後輩がいれば嫉妬し、力のある純血名家を敵に回さないように振る舞い、一応は悪口は良くないという常識は持ち合わせている。話やロジックの一貫性よりノリを重視して、その場でウケそうなことを適当にポンポン言う。趣味が似ていると分かれば、分かりやすく甘くなる。
要するに、流されやすい割に面倒くさい部分も沢山ある、ごく普通のティーンエイジャーなのだ。
**
そしてスリザリン生から必ずしもイレイナに好意的とは限らないように、グリフィンドールでも全員がハリーを応援しているわけでもないようだった。
「あんまり寮の中じゃ言えないけど、やっぱり不正は良くないよ」
玄関ホールの隅でフレッドたちに向かって、ハリーに対する苦言を呈したのは、2つ年上のアリシア・スピネットだった。シュッとした爽やかな雰囲気のスレンダー美人で、ミルクベージュ色のミディアムショートをサイドだけアシンメトリー気味にしていている。
「あれじゃハッフルパフの人たちにも悪いし……」
すかさずフレッドとジョージが反論する。
「つっても今更だろ? 審査委員会からOKも出てるし、結果オーライだって」
「そうそう。我ら、大胆不敵なグリフィンドールぞ?」
「正義あっての大胆さだと思う……」
だが、双子の方にはイマイチ響いてないようだ。
「アリシア、なんか最近パーシーに似てきたな」
「監督生になったからかな?」
「もー、これだからウチの男子は! こっちは真面目に話してるのに!」
むくれるアリシアをジョージがいなし、フレッドがアンジェリーナに声をかける。アンジェリーナは癖のある黒髪を運動部らしくアップのポニーテールでまとめ、ひたすらクアッフルを指の上で回していた。
「アンジェリーナはどう思う?」
「え? 何の話?」
「ハリーと対抗試合のこと」
「知らん。てか、そんなことより早くクィディッチしたい……何も中止にしなくてもいいじゃんか……」
未だにクィディッチ中止という現実を受け止め切れていないアンジェリーナに、双子とアリシアが顔を見合わせた。
「アンジェリーナの方はウッドに似てきたな……」
「こりゃきっと、来年にはキャプテンだぜ」
「私は監督生の仕事もあるし、どう考えてもアンジーの一択でしょ」
「アリシア、俺たちも同い年って忘れてないかい?」
「え、君たちマクゴナガルからキャプテンに指名される可能性が万に1つでもあると思ってたの?」
ちなみにグリフィンドールのキャプテンは、マクゴナガル先生がクィディッチに熱を上げていることもあって寮監による指名制だ。
他の寮だとレイブンクローは立候補した生徒の中から選挙で選ぶのが通例で、控えめな生徒の多いハッフルパフは誰も立候補したがらないために匿名投票による多数決。スリザリンは建前上は寮監の指名制だけど、スネイプが無関心なために実質的には前キャプテンの推薦制だとか。
***
そんな感じで否定するでも肯定するでもなく、受け止め方は時と場合と人による……というのが日曜の午前中だったが、そこで手をこまねいて待っているイレイナたちではない。
イレイナたちの動きは素早かった。
昼食後、ハッフルパフのテーブルには意外な面子が顔を出していた。黒のパーカーにショートパンツ、スニーカーというボーイッシュな恰好をしたパンジー・パーキンソンだ。シルバーネックレスとピアスがうまくポイントになっていて、黒髪のボブカットによく似合っている。
「――それでパンジーちゃん、イレイナちゃんのことなんだけど……あれ、どうやったの?」
興味深々といった様子で質問してきたのは、同学年のハンナ・アボット。金髪を三つ編みにしている大人しい少女で、オフの日だからか縁なしメガネをかけている。
「んー、色々と試し過ぎたせいで確証はないっぽいんだけど」
大勢のハッフルパフ生が聞き耳を立てる中、パンジーはイレイナから聞いた十数もの突破方法を語って聞かせた。
「――そんな感じで、ムーディの話だと『錯乱の呪文』なんじゃないかって」
気だるげにパンジーが話し終えると、ハッフルパフ生たちが「その手があったか」と感心したような顔になる。
既に大勢がイレイナが『年齢線』を突破しようと試行錯誤する姿を目撃していたこともあり、驚いたというよりは、好奇心が勝っているようだ。
「でも、よく他校の校長たちが許可したわね」
「かなり抗議したみたいだけど、フラン先生がうまく仲裁したみたい」
「校長同士で示し合わせて、ゼロ点しか付けないって話だっけ?」
「それそれ」
「大人ってえげつないよなー」
「結果的に白馬の王子様となったわけか。セレステリアも幸運なことだ」
ザカリアス・スミスが皮肉っぽく言うと、数人のハッフルパフ生が嫌味な笑い方で同調した。ハンナのように「イレイナだし仕方ないか」という反応の生徒たちがいる一方で、やはり快く思わない人たちも一定数いるようだ。
パンジーはスミスたちに一瞬ムッとした表情を向けてるも、すぐに澄ました表情で反論する。
「けど、たかが4年生に出し抜かれるような魔法をかけたダンブルドアの方にも問題があるんじゃない?」
すると、スミスは意外そうな顔で眉を吊り上げた。
「ふむ……それも一理あるか」
そのまま謎の上から目線で続けるザカリアス・スミス。
「たしかに、あのご老人も大口を叩いておいて不甲斐ない。‟今世紀で最も偉大な魔法使い”が聞いて呆れる」
「つーか今さらでしょ。1年目からトロール、2年目はバジリスク、3年目はシリウス・ブラックって立て続けに出し抜かれてるし」
「今年はイレイナとポッターってわけか。もはや恒例行事だな。日刊預言者新聞でリータ・スキーターが‟時代遅れの化石”と小馬鹿にするのも無理はない」
「ほんっとそれ。もう歳なんだし、そろそろボケてきてんじゃない?」
パンジーとスミスの会話に周囲も徐々に「わかる~」などと同調し始め、ダンブルドアをネタにする空気が広がっていく。
それからは、ほとんどダンブルドアの悪口大会だった。
ずっと抑え込んでいた不平不満が、ダンブルドアというサンドバッグを見つけて、一気に爆発してしまったのだろう。
基本的にハッフルパフ生は大人しい人が多いけど、集団になると強気になる側面もある。不要な争いを好まないがゆえに無意識に多数派意見に合わせがちで、長い物には巻かれろ式の保身を重視するスリザリンとベクトルは違うものの、群集心理に流されやすい点では似ているのかもしれない。
けれど、そんな彼らを非難することはできなかった。
この場にいないダンブルドアに責任転嫁することで鬱憤のガス抜きが出来れば、それだけイレイナたちに対する風当たりは弱くなる。
たぶん、パンジー・パーキンソンはこうなるよう会話を誘導したのだ。あるいは、そうするようイレイナに指示されたのか、スリザリン全体で話し合ったのだろう。
ふと他のテーブルを見渡してみると、やはりというべきか、どこのテーブルにも大勢の生徒に囲まれているスリザリン生がいた。
(これはクロね……)
もともとスリザリンの団結力は、他の寮よりも強い。しかも、この手のズルというか小細工については、皆がノリノリで嬉々として乗っかる。味方にしたいかと言われれば微妙だけど、敵に回したくはないなと思う。
他人をスケープゴートにするようなやり口は、正直あまり感心はできない。
けれど、別にダンブルドア相手に嫌がらせできるわけでもないし、結果的にハリー達への誹謗中傷が軽減できるのであれば、結果オーライと言えなくもないだろうか……。
それがいかに甘い考えだったか、私は翌週の「魔法薬学」の時間に思い知ることになる――。
***
次の日になって『魔法薬学』の授業に向かおうとすると、廊下で難しい顔をしたハリーを見つけた。
視線を追うと、ドラコ・マルフォイを始めとするスリザリン生たちが、ハッフルパフやレイブンクローの一団と何やら楽しげに声を弾ませている。
よく見るとスリザリン生は皆、ローブの胸に大きなバッジを付けていて、赤い蛍光色の文字が燃えるように輝いていた。
―――セドリック・ディゴリーを応援しよう! ホグワーツの真のチャンピオンを!
これ以上ないぐらい、露骨なゴマすりだった。
「マルフォイ、君はセドリックを応援するのかい?」
しげしげとバッジを眺めるアーニー・マクミランに、マルフォイが気取った声で答える。
「僕たちの誠意を表そうと思ってね。ホグワーツの代表は、あくまでディゴリーだ」
残念ながらバッジに夢中のアーニーは、マルフォイが打算的な目で見ていることに気づいていないようだ。
「マクミラン、君も1つどうだい? 値段は1シックルだ。もちろん売り上げは全額、ハッフルパフに寄付する」
もはやあからさまな買収だった。
「マルフォイの奴、また姑息な手を……」
隣でハリーが蔑むような表情を浮かべた。
「あんなあからさまに媚を売られたら、むしろ逆効果――」
「へ、へぇー……思ってたより、話が分かるじゃないか」
想像以上にアーニーはチョロかった。
他の生徒たちも興味深そうに眺めている。ザカリアス・スミスはマルフォイの狙いに気付いた上で悪い話ではないと割り切ったらしく、レイブンクローの生徒たちもネタとして面白がっているようだ。
「ポッター、気に入ったかい?」
私たちの視線に気づくと、マルフォイが嬉しそうに大声で言った。
「でも、これだけじゃないんだ――ほら!」
マルフォイがバッジを強く押すと、燃えるような赤い蛍光色の文字とセドリックの顔が消えて、代わりにハリーの顔と緑に光る別の文字が浮かび上がった。
―――汚いぞ、ポッター。
バッジの中でハリーの顔が文字に押し潰されていく様子に、パドマやジャスティンが思わず吹き出す。悪気はなかったらしく、ハリーが睨むと慌てて他の生徒の背中に隠れるようにして逃げ込んだ。
「あら、とっても面白いじゃない」
顔を火照らせたハリーに代わって、私は皮肉たっぷりに返した。
「ほんと、お洒落だわ」
「ならグレンジャー、君にも1個あげようか?」
マルフォイがバッジを差し出した。
「けど、僕の手には触らないでくれよ? 手を洗ったばっかりだから、穢れた血で汚されたくないんだ」
次の瞬間には、ハリーが杖をマルフォイの顔に突き付けていた。
「こいつ―――」
「ちょっと、ハリー!?」
慌てて引き留めようとするも、それを遮るようにマルフォイがハリーを挑発する。
「やる気か? ポッター」
周囲の生徒たちがそくさくと遠巻きに離れていく中、マルフォイは落ち着き払った様子で杖を取り出す。
「今度は庇ってくれるムーディはいないぞ? 仲裁してくれるイレイナだって――」
「これは何の騒ぎかしら?」
柔らかでありながらどこか冷たい威厳のある声が、廊下の奥から響いた。スリザリン生が慌てて居住まいを正す。
「……ロウル先輩」
マルフォイが苦々しげに呟いた。
現れたのは、スリザリン5年のユーフェミア・ロウルだった。先日、友人たちと談笑していた時とは別人のように、冷ややかでありながら気品と上級生の貫禄を感じさせる振る舞い。どうやら後輩の前ではカッコつけたいタイプの人のようだ。
「まずは二人とも、杖を下ろすように。私はファーレイ先輩と違って、とりあえずトラブルは決闘で解決といった、雑な体育会系っぽい方法は好みません。必要に応じて減点の上、ミスター・フィルチの下へ連行します」
それからロウルは4寮の生徒から偏りなく説明を聞き、小さく溜息を吐いてから残念そうに告げた。
「グリフィンドールとスリザリン、それぞれ3点減点」
すぐさまマルフォイが噛みついた。
「おや、ロウル家のご令嬢ともあろうお方が『穢れた血』を庇うのですか?」
「まさか。マルフォイ家のご子息に、監督生として礼節を教えているだけよ」
マルフォイの皮肉をさらりと受け流し、ロウルは冷ややかに続ける。
「純血主義を主張するのは構わないけれど、時と場所は弁えて欲しいわね」
随分オブラートに包んではいるが、要するに「見えないところでやってくれ」ということだ。
偽善的な建前と呼べばそれまでではあるものの、スリザリンでも露悪的な純血主義の本音を振りかざすことが憚られる程度には、時代に合わせて変化しているとも言える。
マルフォイは不満そうだったが、さすがに同格の純血名家で年上の監督生を相手に何度も抗議するほど馬鹿ではない。
トラブルが沈静化したのを見て、ロウルは満足したように薄ら寒い笑顔を浮かべた。
「早く教室に入りなさい。スネイプ教授の授業に遅れるわよ。―――ああ、ポッターさんはここに残ってちょうだい」
マルフォイがニヤニヤしながら「汚いぞ、ポッター」のバッジを点滅させて教室に入り、面食らうハリーにロウルが告げた。
「そう身構えなくても大丈夫よ。バグマンさんがお呼びだというだけの話だから」
「バグマン?」
「ええ。これから『杖調べ』を行うだとか。自分の杖を持って、選手選別の際に入った部屋へ向かうように」
ホッとしたような表情を浮かべるハリーだったが、後に『杖調べ』の儀式でマルフォイのバッジ以上に散々な目に遭おうとは、この時は知る由もなかった――。
前回に引き続きイレイナさんはお休みですが、裏では手を回してる様子(状況的に出ると逆効果になる恐れもあるので……)。
ダンブルドアは犠牲になったのだ……。
アリシア・スピネット
・グリフィンドール・クィディッチ・チームのチェイサー。双子やディゴリーと同期。本作では監督生。原作6巻でロンがキーパーと監督生を兼任していたので、選手と監督生の兼任は可能だと思われます。
ユーフェミア・ロウル
・「呪いの子」に出てくるデルフィーニの養母。世代は不明ですが、ハリー達と同年代から親世代の間ぐらいだと思われるので、本作では兄世代に。純血主義のスタンスはワ〇サップ署長。