ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「杖調べ」のために私が呼ばれたのは、魔法薬学の授業前でした。
呼び出された部屋にはバグマンさんが座っていて、他の代表選手たちの姿も見えました。ハリーは濃い赤紫色のローブを着た記者のリータ・スキーターさんのインタビューにイライラしながら答えており、クラムさんは普段通りむっつりと片隅で沈黙していて、フラーさんは楽しそうにセドリックに話しかけています。
バグマンさんによると、私たちを呼び出した理由は課題をこなすにあたって私たちの杖に問題が無いか調べるためということでした。
「――僕、目に涙なんかない!」
突然の大声に思わず振り向くと、顔を真っ赤にしたハリーがスキーターさんを睨みつけているところでした。そのまま話は終わりだと言わんばかりに椅子を蹴り、強引にインタビューを打ち切るハリー。
「えーっと……」
気まずい空気の中、バグマンさんが取り繕うように苦笑いを浮かべ、私に目を留めました。
「じゃあハリーのインタビューはここまでで……次はイレイナ、君の番だよ。さぁ、こちらはリータ・スキーターさんだ」
久しぶりに見るスキーターさんは相変わらず、念入りにかっちりとセットしたカールの金髪が、角ばった顎の顔つきと絶妙にチグハグで、宝石で縁が飾られたメガネやワニ革のハンドバッグという成金趣味な恰好でした。
「イレイナ、久しぶりざんすね」
「ええ。この前は多面鏡のこと、記事にして頂いてどうもです」
3人の美人発明家が両面鏡を改良して起業したという話は、スキーターさんの取材で『ガレージからダイアゴンへ』というタイトルで掲載されており、それなりに宣伝効果もありました。
もっとも、その時は先輩たちがそつなくインタビューをこなしてくれたということもあり、リータさんから直接取材を受けるのは今回が初めてです。
「それじゃ、さっそくインタビューに入るざんすよ」
リータさんはそう言って自動速記羽ペンQQQを取り出し、話し始めました。
「では、イレイナ――三校対抗試合にかける意気込みは?」
「えーっと……」
そう言いかけて、私は羽ペンに気を取られました。まだ何も言っていないのに、黄緑の羽ペンが走り書きを始めます。
『――優勝カップしかいらない、ということでいいんじゃないでしょうか』
「イレイナ、羽ペンのことは気にしない事ざんすよ」
いやいやいや。
「これから出る課題をどう思う? わくわく? それとも怖い?」
「やはり不安もありますが、やるからにはベストを尽くすつもりです」
再び羽ペンが羊皮紙の上を疾走し、その後に新しい文章が読み取れました。
『――楽勝、負ける気がしませんね。
ハリーとセドリックも地元やん……。
「他の代表選手はほとんど年上ざんすけど、怖くなったりしないかしら?」
「そうですね……」
しかし私がコメントを考えている間にも、羊皮紙の上をスケートするようにヒュンヒュン音を立てていったり来たりして、さっさと文字を書いてしまいます。
『――眼中ありませんね。自分が(代表選手)5人の中で一番強い。ここから三連勝です』
そんな感じでリータさんの手元では、ブレない飛ばし記事が次々と書かれていきました。
適当な頃合いを見計らって、私はリータさんに聞きました。
「あの……これ、インタビューする意味あります?」
残念ながら往々にして取材というものは、いくら気をつけても記者の主観が混ざってしまうものではあります。コップに水が半分‟も”入ってると思う記者もいれば、半分‟しか”入ってないと思う記者もいるわけでして、記者が人間である以上は人によって多少の個性が出てくるのは仕方がありません。
とはいえ、程度の問題というものはあるでしょう。
「せめて私の発言を切り取り報道するとかならまだしも、さすがに発言を捏造するのはどうかと……」
「でも、読者は喜ぶざんす」
リータさんは時おり羽ペンを止めて微修正しつつ、語ります。
「あたくしの書いた記事や本が売れるのは、買ってくれるお客様がいるからざんす。だからあたくしもお客様のために、彼らが喜ぶような刺激的な記事を書く」
「要は売れれば何でもいいと?」
「ええ、表現の自由に感謝ざんすね」
ふっふっふ、と悪い顔でニヤけるリータさん。
「売り上げは嘘をつかないざんすよ。最終的に買うかどうか決めるのは結局、一人一人のお客様ざんしょ?」
「読みたくなければ日刊預言者新聞を買わなければいい、ということですか」
私の言葉にリータさんは「そう」と頷きました。
「ただの一度だって、あたくしは自分の記事を買うよう読者に強制したことはないざんす。あたくしの記事が読まれて、日刊預言者新聞が売れているのは、結局それを買って読む読者がいるから」
報道といっても所詮は商売なのだ、という事なのでしょう。需要があるから供給があって、リータさんが売れないものを客に押し売りしているわけでない以上、誰が何を売り買いしようが本人たちの自由なのだと。
「あたくしの記事が間違っているというのなら、反論記事を書けばいい。どっちの真実を信じるか、選ぶのはお客様ざんす」
「報道倫理、という言葉もありますよ?」
私の言葉に、リータさんはフンと鼻を鳴らしました。
「その“倫理的な正しさ”とやらを判断するのは、一体どこの誰なんだろうね? ファッジ? ダンブルドア? あるいはお嬢ちゃんご自身?」
得意顔で際どい事を言うリータさん。
「それとも『虚偽報道禁止法』だとか『偏向報道規制法』みたいな法律を作って、魔法省に『中央倫理委員会』だとか『魔法道徳警察』あたりの部署でも作って検閲させてみる?」
「それはそれで、お手本のようなディストピア世界の基本レシピになりそうですね……」
たしかに、規制というのは難しいものです。最初は善意の取り締まりであったとしも、気づいた時には理想からかけ離れた弾圧へと変質してしまうことも少なくありません。誰かの利益を守るために利用されたり、あるいは特定の集団を抑圧するためであったりと。
「読者は自分が買いたい記事を買えばいい。あたくしも書きたい記事を書いて売る。そうやって無数の売り買いの中で売れない記事は消えていって、最後に売れる記事だけが残って全員が満足する……商売の世界って、そういうもんざんしょ?」
「随分と開き直った考えではありますが……まぁ、理屈の上では理解は出来ます」
かといって心から納得まで出来るものではありませんが。
もちろん売れているものが絶対に正しい、というリータさんの考えにも一理あるでしょう。しかし、単に欲しい物がないから仕方なく買うしかない、という状況も考えられます。人口の多いアメリカ魔法界であれば全国紙が3つぐらいあるらしいのですが、イギリス魔法界で全国紙といえば日刊預言者新聞ぐらい。となれば好むと好まざるとに関わらず、情報取集のために買わざるを得ないでしょう。
――少なくとも、現状では。
不意に思い出されたのは、先ほどのリータさんの言葉でした。
『――あたくしの記事が間違っているというのなら、反論記事を書けばいい』
日刊預言者新聞はイギリス魔法界で唯一の全国紙ですが、一応、他にもマイナーな新聞が無いわけではありません。別に法律で日刊預言者新聞が保護されているということもないため、既存のメディアが気に食わなければ新しいメディアを立ち上げてみる、という選択肢もあります。
(幸い、アテもありますしね……)
出版社を立ち上げたロックハート先生をそそのかして参入を促してみるのも面白そうですし、先輩たちのいるGM社で新聞に代わるメディアサービスが展開できれば、株主である私の懐まで温まるかもしれません。
「……なにか、悪いこと考えているね?」
「いやいや、リータさんほどではありませんよ」
澄まし顔で私は肩をすくめました。
「ただ、貴女を批判する記事を書いて売ったら、それはそれで儲かりそうだなと思いまして」
するとリータさんは一瞬、虚を突かれた顔になった後、ニターッと含みのある笑みを浮かべて。
「面白そうざんすね……ペンの喧嘩なら、いつでも受けて立つざんすよ」
「随分と自信がおありですね。自分の地位が危なくなるとは思ったりはしませんか?」
「まさか。燃えれば燃えるほど、新聞は売れるものざんしょ?」
「なるほど」
たしかに、人は刺激を求める生き物です。過激になればなるほど、批判や誹謗中傷が集中すればするほど――それは話題になり、より多くの人々がこぞって買い求めるようになるでしょう。
まさに悪名は無名に勝る、といったところでしょうか。
目的のために手段を選ばないスリザリンなら一定の理解が得られそうな考えですが、正義感の強いグリフィンドールなんかでは、かなり嫌悪感をもたれそうな考えでもあります。売り上げのために何でもするような態度に、気分を害する人たちもいるかもしれません。
「リータさん、貴女は炎上させた人々の怒りの矛先が、自分自身に向かう可能性だってあることを理解した上で、こういう記事を書いているんですよね?」
彼女の記者としてのスタイルは、売り上げの為に事実をねつ造し、人々を焚き付け、注目を浴びて、売り上げを伸ばそうというもの。
ですが、大勢の人々の注意を惹くほど強い炎は、いずれ火をつけた本人ですら制御できなくなるかもしれません。ですから当然、自分がつけた炎によって焼かれる可能性もあるわけでして。
リータさんはペンでどぎつく書いた眉を吊り上げ、答えました。
「もちろん」
じゃなければ新聞記者などとっくに辞めている、と。
「あたくしは仕事で新聞記者をやってるざんす。いくら真実をありのまま伝えたいって思いがあったところで、書いた記事が売れなきゃ給料泥棒扱い。嬢ちゃんはまだ学生だから分からないかもしれないけどね、社会人の世界じゃ業績が全てざんすよ」
何か悟ったような涼しさで、どこか遠い昔を思い出すように。しかしハッキリと言い切ったリータさんの言葉には、決して他人事ではない感情がこもっているような気がして。
気づいた時には、素朴な疑問が私の口を突いて出ておりました。
「真実をありのままに書いた記事は、売れなかったんですか?」
私の質問にリータさんは羽ペンの動きを止めて、こちらに向き直ってから。
「それが売れる世界なら、新聞記者はほぼ廃業ざんすね。その世界の読者はきっと新聞代わりに、厳しく事実検証された学術雑誌の査読付き論文でも読んでるに違いないざんしょ?」
そうでない以上、人々が求めているのは必ずしもありのままの真実ではないのだと――彼女は続けました。
「誰だってお金を払って読む以上、自分にとって都合がいい真実が欲しいに決まってる。例えばグリフィンドールが欲しがっているのはダンブルドアを賞賛する記事で、スリザリンが求めているのはダンブルドアを批判する記事……あたくしは、その中から一番人気のあって売れそうな記事を提供してるだけざんす」
再び羽ペンを走らせるリータさん。
「あたくしがダンブルドアを『時代遅れの遺物』だとか悪く書けば、それを喜んで買ってくれる人たちがいる。彼らは楽しく新聞を読んで満足して購読料を支払い、それで日刊預言者新聞はあたくしのような記者を食わせる給料が払えて、あたくしも給料日にはお気に入りの店で美味しいお酒が飲める……世の中は、そうやって回っているざんす」
「いつか、ダンブルドア校長に背後から刺されるかもしれませんよ?」
「そしたら次の日のトップニュースは、それで決まりざんすね!」
けらけらと可笑しそうに笑い声を上げるリータさん。ここまで堂々と言い切られてしまうと、いっそ清々しさすら感じます。
「全力で目先の売り上げを追いかけてますね……」
「目の前の仕事に全力で取り組んでいれば、結果は後からついてくるものざんす」
「そこだけ切り取れば、ありがたいアドバイスに聞こえますね」
「そうざんしょ」
ようやく記事を書き終えたのか、リータさんは羽ペンを止めてインタビュー記事を丁寧に折りたたんだ後、それを大事そうにバッグに入れてパチンと口を金具で留めます。
「良い記事を書くコツは、流れに逆らうのではなくて、流れにうまく乗ること」
リータさんは不敵な表情を浮かべながら、私に言いました。
「流れに逆らえば溺れるけれど、乗りこなせば早く先へと進める――嘘も方便ざんすよ。これは世知辛い世の中に身を置く、汚い大人からのアドバイス」
ふふふ、と薄い笑みを浮かべるリータさん。そこにあったのは、決して綺麗なだけではない社会人の世界で汚く生き抜いて、泥臭くしたたかにのし上がってきた大人の顔で。
「………覚えておきましょう」
彼女のアドバイスがいつか役に立つ日が来るのか、あるいは役に立たないままでいられた方が幸せなのか。それはまだ分かりません。
ただ、軽く聞き流してしまうには、少しだけ重みがあり過ぎるような気がして。
「今日は楽しく話せてよかったざんす!」
そんな感じでインタビューが終わり、聞けば明後日ぐらいには日刊預言者新聞から、このインタビューをもとにした大本営発表がなされるとのことでした。
***
リータさんのインタビューが終わった後は、杖職人のオリバンダー老の手で選手一人ひとりに対して「杖調べ」が行われました。
「では、ミス・セレステリア。貴女から、こちらに来てくださらんか?」
オリバンダーさんは早速、腰に巻くタイプのホルスターから取り出した杖を手に取り、しげしげと眺めました。
「おお、これは貴女が最初に儂の店で購入してくれた杖じゃな? ハンノキにドラゴンの心臓の琴線、32cm、無言呪文に最適……上々の状態じゃ。よく手入れされておるの」
「はい、何事も日頃からの積み重ねが大事ですので」
ピカピカに磨かれた私の杖を見て、ハリーが慌てて手垢だらけの自分の杖をこっそりローブで擦り始めます。しかし日頃の行いのせいか、杖先から金色の火花がパチパチと飛び出してしまい、フラーさんに「やっぱり子供ね」という顔で目を細められて顔を真っ赤にしておりました。
オリバンダーさんは私の杖を調べ終えると、「完璧な状態」と太鼓判を押してくれました。
そのままフラー、セドリック、クラム、ハリーと杖調べが続き、最後に全員で記念写真を撮影して、杖調べは終了です。
問題は、後日――代表選手のことが日刊預言者新聞に掲載された日のことでした。
リータ「よし、楽しく話せたな」
リータ・スキーター、スポーツの飛ばし記事だけ書いてればみんなハッピーなんじゃないか説。