ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第16章 ~リータ・スキーターの特ダネ?~

 

 「杖調べ」から程なくして、リータ・スキーターの記事が公開された。

 

 

 僕――ロン・ウィーズリーはハリーについて書かれたインタビュー記事を一目見た途端、とんだゴシップ記事だと瞬時に理解した。

 

 

『―――両親が今の僕を見たら、きっと誇りに思うでしょう。ええ、夜になると時々、今でも両親を思って涙が溢れます……でも、恥ずかしいとは思いません。両親が僕を見守ってくれていると思えば、試合がどんなに怖くても勇気が湧いてくるから……』

 

 

 いや誰だよ。

 

 

 少なくとも、僕の知っているハリーじゃない。同姓同名の別人にしては写真が似すぎているけれど、ホグワーツに入ってから4年間ずっと隣のベッドで寝ているハリー・ポッターは、夜な夜な両親のことを思い出して泣いたりしない。

 

 

 にもかかわらず、不思議なことにハリーは記事を否定しようとしなかった。

 

 

「なんだよ……やっぱり目立とうとしてるんじゃないか」

 

 イライラしながら呟くと、ハーマイオニーが気遣うように声をかけてきた。彼女はこのところ、なんとか僕とハリーの間を取り持とうとしている。

 

「ロン、ハリーだって本当は否定したいのよ。昨日会った時は‟次にリータ・スキーターを見かけたら、あの悪趣味なバッグに尻尾爆発スクリュートの幼虫を入れてやる”ってキレてたし」

 

 それはちょっと見てみたい……という本音はさておき、ハリーの本音は彼女の言葉通りなのだろうというのは僕にも想像できた。

 

「なら、早くそうすればいいんだ」

「……したくても出来ないのよ」

 

 ハーマイオニーの表情は悲しげだった。

 

「顔の広いイレイナですら、学校の全員とは友達じゃない。ましてやハリーのことなんて、話したことすらない生徒の方が多いわ」

 

 大多数の生徒から見たハリー・ポッターという有名人は、名前は知ってるけど性格や人柄までは知らない、ほとんど赤の他人で――世間的には14歳の子供でしかないなのだ。

 

 

「結局、いくら‟生き残った男の子”でも、14歳の子供の言葉に重みは無いの」

 

 

 ずばりと痛いところを指摘してくるハーマイオニー。

 

 

 この学校でハリーと一番仲の良かった僕でさえ、ハリーを信じ切れなかったのだ。それほどハリーと親しくない生徒であれば猶更だろう。たかが14歳の子供の言葉より、日刊預言者新聞に大人が書いた記事を信じる方が普通の反応だ。

 

 

「……ハリーは今、何してるの?」

「図書館で過去の対抗試合について調べる、って言ってたわ。何か課題の参考になりそうな手がかりが見つかるかも、って」

「それは……君が言ったから?」

 

 ハーマイオニーは首を横に振った。

 

「代表選手はみんなそうしてるわ。最初はイレイナ、次はクラム、それからセドリック、フラーと続いて最後がハリー」

「……ふーん」

 

 どんなに泣きごとを言っても、第1の課題は待ってくれない。頭のいいイレイナなら理解しているだろうし、優等生のディゴリーもそれに続くだろう。クラムとフラーのことはよく知らないけれど、代表選手に選ばれるほどの人間だ。馬鹿でも臆病者でもないはず。

 

 そんな彼らを見て、ハリーも思うところがあったのだろうか。

 

 たぶん、そうなのだろう。不満や悩みを抱えていても、代表選手に選ばれた以上は課題に立ち向かうしかないのだと、どこかで腹をくくったのだ。

 

 

 気づけばいつの間にか、僕の親友は背伸びをして、一足先に大人の階段を駆け上り始めている。不意に込み上げてきた何とも言えない気持ちに、どんな名前を付ければいいのだろうか。ちょっと前まで、いつも兄弟のように一緒だったのに――。

 

 

 変わったといえば、ハーマイオニーもそうだ。

 

 ハリーが代表選手に選ばれた翌日、荒れていた僕の話に付き合ってくれた彼女は随分と大人びたもので。

 やたらと正論を振りかざして論破しようとしていた昔と違って、他人の立場や気持ちへの思いやりが感じられて。

 

(……なんだよ、二人とも)

 

 なんだか自分だけが置いてけぼりにされたような気持ちになって、僕は寂しさを隠すように顔を背けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 『呪文学』の授業へ向かうためにハーマイオニーと二人で廊下を歩いていると、途中でスリザリンの一団とすれ違った。

 

 向こうも僕たちに気付いて、顔を輝かせたマルフォイがおどけるように例の新聞記事を読み上げた。

 

「おい、君たちも読んだかい? この記事――‟ハリーはホグワーツで愛を見つけた。親友のコリン・クリービーによると、ハーマイオニー・グレンジャーなる女子と離れることは滅多にないという。マグル生まれの飛びきり可愛い女子生徒で、ハリーと同じく優等生の一人である”」

 

 芝居がかった口調で派手に抑揚をつけながらマルフォイが煽ると、パンジー・パーキンソンが小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

「飛び切り可愛い?あの子が? 何と比べて判断したのかしら――シマリス?」

 

 すかさずミリセント・ブルストロードがプッと吹き出し、他のスリザリン生たちもけらけらと笑う。

 

「シマリス可愛いよねー。自分は好きだよ」

「ていうか、ちゃんと目元とかもメイクすれば化けるのにね」

「あと前歯の矯正と髪のケア」

「わかる。そしたら普通に抱ける」

 

「ぐっ……でも性格悪そうじゃない!」

 

 あんたが言うな、と心の中でパンジーに突っ込みを入れる。ついでに言わせてもらうと、性格悪そうな美人ならスリザリンの方が多いと思う。何故かそこが逆に魅力的だとかオトし甲斐があるみたいな意見は、グリフィンドールでも最近増えてきたけど。

 

 ただ、よく観察するとどうもハーマイオニーを嫌ってるのはパンジーだけで、他はそれほどじゃないように見える。化粧についてのダメ出しがすごいけど、理不尽に難癖をつけているという感じではない。

 

(いやいやいや……騙されるな、僕。相手はスリザリンだぞ……)

 

 たしかにスリザリン生であっても、イレイナのような例外はいる。けれど、その友達までが同じとは限らない。

 その証拠にイレイナと仲良しのダフネ・グリーングラスでさえ、着崩した胸元を見れば「セドリック・ディゴリーを応援しよう!」バッジを付けている。

 

 疑心暗鬼を抱えたままバッジをジッと見つめていると、不意にこちらを向いたダフネと目が合う。彼女は僕の視線に気づくと、緑色の瞳を三日月のように細めた。

 

「あー、ロナルド君のえっちー♡ そんな風にジロジロ見たらダメだよー♪」

 

 違う、そっちじゃない。

 

 とは言いつつも反射的にダフネの胸元から視線を逸らすと、その先には凍てついた表情を浮かべて、ゴミを見るような瞳をしたハーマイオニーがいた。

 

「ほんと、男の子って……」

「待つんだハーマイオニー、これは非常によくある誤解だ」

「嘘おっしゃい」

 

 ハリーの時と違って僕の言葉は信じてくれなかった。なんでだ。

 

「まー、気持ちはわかるぞ」

 

 孤立無援の僕に助け舟を出してくれたのは、ニヤけ顔を浮かべたブレーズ・ザビニだった。

 

 色黒の肌に整った顔立ち、ワックスで波打った感じに整えた黒の長髪、優男風のすらっとしたスタイル。耳にはピアスを開け、こなれた感じで制服を着崩している。チャラそうなイケメンって表現がよく似合う男だ。

 

「でも場所は弁えようぜ? 彼女の目の前で違う女のおっぱいガン見はマズイっしょ」

「場所の問題じゃないしハーマイオニーは彼女じゃないしおっぱいも見てないッ!」

 

 必死に否定すると、セオドール・ノットがうんうんと同意するように頷いた。

 

 こちらは筋張って背が高く、ひょろっとしていて、スリザリンではイレイナの次ぐらいに成績がいい。くすんだ金色の前髪を紫色の瞳にかかるぐらい伸ばしていて、いつもポーカーフェイスなことも相まって、どんよりとした陰気な奴だ。

 

「そうだぞザビニ、男は女の胸が好きに決まってるだなんて偏見だ」

 

 真顔で語るノットと目が合う。

 

「やっぱ脚だろ。な?」

 

 お前はお前で何を言っているんだ。あと僕に同意を求めるな。

 

(こいつら、本当は悪い奴らじゃなくて、頭が悪い奴らなのかな……?)

 

 呆れつつも、少し新鮮味も感じる。イレイナやマルフォイ以外のスリザリン生とまともに会話するのは、これが初めてかもしれない。ブレーズ・ザビニやセオドール・ノットは、こういう連中だったのか。

 

 

「――そういやさ」

 

 今度はミリセントが何かを思い出したように、会話をハーマイオニーに話を振った。

 

「グレンジャーにずっと聞きたかった事があるんだけど」

 

 にわかにハーマイオニーが身構えると、ミリセントが興味津々といった顔で質問する。

 

「ポッターとウィーズリー、どっちが本命だ?」

「……貴女もそういうお年頃なのね」

 

 食い気より色気といった感じのスリザリン女子たちに向かって、ハーマイオニーが物憂げにぼやく。

 

「2人とも友達よ」

 

 けれどスリザリンの面々は納得していないようで、口々に聞いてくる。

 

「3人の時もあるけど、2人っきりで食事とかもするわよね?」

「それは、まぁ……」

 

 トレイシー・デイビスの質問にハーマイオニーが歯切れ悪く答えると、間髪入れずにダフネが続く。

 

「じゃあ、休みの日に2人でホグズミードに買い物とかは?」

「する、けど……」

 

 それからパンジー・パーキンソン。

 

「誕生日とクリスマスのプレゼント」

「それも、する……」

 

 

「「「「ほーん」」」」

 

 

 にまーっと口元を緩め、妙にイラっとする表情を浮かべるスリザリン生たち。

 

 

「なんなのよ、もう!」

 

 耐えきれなくなってハーマイオニーが叫ぶと、マルフォイが例の新聞記事をヒラヒラさせた。

 

「その様子なら、リータの記事も当たらずとも遠からずのようだな」

「いいえ、デタラメです。第一、あんなのを信じるならイレイナのだって――」

 

 そこでイレイナのインタビュー記事が目に入る。

 

 

 ―――私の質問に、ホグワーツ1の美少女は不敵に笑って答えた。「負ける気がしませんね、地元ですし。ここから3連勝」と。

 

 

「………」

「………」

 

 

 めちゃくちゃ言ってそう。

 

 

 うぐ、と言葉に詰まりながらもハーマイオニーが仕切り直す。

 

「イレイナはともかく、今どき男女の友情だって珍しくはないでしょ? もし私とハリーが付き合ってることになるのなら、貴女たちだって誰かマルフォイあたりと付き合ってるって話になるじゃない」

 

 ハーマイオニーの反論を受けて、マルフォイのニヤけ顔が固まった。パンジーは言いたいことを口に出すべきか悩んでいるように唇をヒクつかせ、ダフネからは「きゅぴーん☆」みたいな効果音の幻聴が聞こえた。

 

「そういえば私、昔ドラコと付き合ってたよね!」

「ああ、言われてみればそんなことも……って違う!流れるように嘘をつくな!」

「え~、よく‟私ドラコのお嫁さんになる~”って何度も言ったら照れてたじゃん。覚えてない?」

 

 ダフネに肘でぐいぐい押され、耳を真っ赤にしたマルフォイが反論する。

 

「5歳だか6歳ぐらいの時の話だ! というか、あの時の君はお菓子くれた相手には誰構わず言ってただろ!」

 

「あったなー。社交パーティーで会う度にダフネに言われてたっけ」

「たしかフリント先輩とかロジエール先輩にも言ってたわよね」

「懐かしいわねぇ。私たちの代、みんな社交パーティーで言われてたし」

 

「えっ」

 

 不意にノットの口から低い声が漏れた。

 

 

「俺、一度も言われたことない……」

 

 

「………」

「………」

「………」

 

 なぜかマルフォイ、そしてブレーズ・ザビニと目が合う。そして不思議なことに男同士、口に出さずとも気持ちが通じ合った。

 

「ほらノット、その……たまにはそういうこともあるさ」

「元気出せって。胸より脚なんだろ?」

「ていうか基本、僕も含めて言われたこと無い奴の方が多いぜ」

 

 唐突に生まれた友情っぽい何かに突き動かされ、皆してノットの肩を叩く。男の友情は時として、寮の垣根を超える事もあるのだ。

 

「あー、そういえばザビニ、今度ハッフルパフの連中と一緒にホグズミードで飲み会するとか言ってなかったか?」

 

 意外と面倒見がいいのか、マルフォイがザビニに合コンの話を振った。そこにノットも誘ってやれという意図らしいけど、ザビニは難しい顔をする。

 

「あるにはあるけどよ、来る女どもはディゴリー目当てだし、他もオレみたいに小綺麗なオスばっかだぞ。ノットとディゴリーじゃ、トカゲがドラゴンと張り合うようなもんだ」

 

 もっともな事を言うザビニだったが、ノットの方も色々と開き直ったのか、不敵な笑みを浮かべて。

 

「ふっ……案ずるなザビニ、相手がディゴリーだろうがクラムだろうが遅れはとらない」

「どっから出てくるんだその自信」

「いざという時はノット家の資金力が火を噴く」

 

 なんだろ、僕、だんだんノットのこと分かってきたかも。

 

 

「……まぁ、金に弱そうな女ならアテが無いわけじゃないさ」

 

 どこか投げやりにザビニが呟く。

 

「そうだな、パッと思いつくだけでも……」

 

 パッと思いつく女子といえば――。

 

「イレイナか」

「イレイナだね」

「イレイナしかいないでしょ」

 

 大体みんな考えることは一緒のようだった。けれど、そこで意味深な表情を浮かべたダフネが待ったをかける。

 

 

「あー、イレイナはダメだよー。先約入ってるから」

 

 

 そして「嘘だろ?あのイレイナが?」みたいな顔で唖然とした僕たちに向かって、ダフネは自信ありげに口を開いた。

 

 

「相手はクラムだよっ」

 

 

「「「えぇっ!?」」」

 

 

 思わず素で叫ぶと、見事にスリザリンの連中と声が被った。というか、そこ情報共有されてなかったんかい。

 

 

 僕たちの反応を見て満足したのか、ダフネは「ふっふーん」と得意げな笑みを浮かべて語り出す。

 

「実はですね、見ちゃったんですよ。この前、イレイナがカルカロフ校長に呼び出されてるの」

 

 ダフネがダームストラングの生徒から聞いた話では、その部屋にビクトール・クラムも呼ばれて小1時間ほど話し込んでいたらしい。

 

 

「これはもう、どう考えてもカルカロフ校長が2人をくっつけようとしているとしか考えられないでしょ!」

 

 そうかなぁ……?

 

 妙に自信ありげなダフネだったけれど、他は僕も含めて半信半疑だった。

 

 たしかに最近、あんまり自由時間にイレイナの姿を見ることはない。でも、多分それは対抗試合のために色々と対策してるからであって、その中にダームストラングへの偵察とかが含まれてるだけのような気がする。

 

 などと思っていると、ザビニがとんでもないことを言い出した。

 

 

「だってクラムの奴、グレンジャーに気があるんじゃねーの?」

 

 えっ。

 

「これはユフィ先輩から聞いたんだけどさ、あいつが図書館にいる時って基本、グレンジャーがいる時ばっからしいんよ」

 

「………」

「………」

「………」

 

 僕たちは一斉に固まった。続いて、パンジーやミリセントたちから「んで、どうなん?」という視線が注がれる。

 僕とハーマイオニーは目を見合わせ、再びスリザリン生に向き直った。

 

 

「「ないないないない」――アイタッ!?」

 

 

 全力で否定してあげたのに、どういうわけかハーマイオニーにはたかれた。世の中ほんと理不尽だ。

 

「だって私、一度も話したことないのよ?」

「一目惚れとかあるじゃん」

「でも、他にもっと可愛い子がいるでしょ。フラーとかイレイナとか―――あっ」

 

「ほらぁ、結局イレイナに帰ってきたじゃん」 

 

 それ見たことか、と得意げな顔になるダフネ。

 

「……君がそこまで言うからには、証拠はあるんだろうな?」

 

 胡散臭げにマルフォイが聞くと、ダフネは自信満々な表情のまま、全員に近くへ来るよう手招きする。

 

 

「実はね、ここだけの話なんだけど――」

 

 

 それから、再び爆弾を投下した。

 

 

「今夜、禁じられた森でイレイナとクラムが逢引きするんだって!」

  




 色々と書き直しとかあって、しばらくぶりの更新になってしまいました(汗)

 4巻は登場人物たちも成長してきて思春期に入る時期なので、イレイナさん以外の視点も増えてきますが、何卒お付き合い頂ければ幸いです。

 ロンも少しづつ成長中。

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