ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
「うごごごご……ボクのイレイナさんに悪い虫が――!」
私は大きくため息を吐き、サヤさんに声をかけました。
「あの、部外者は立ち入り禁止なんですが……」
「大丈夫です。ボクとイレイナさんの仲なので」
私はテントの外に顔を出して、スタッフを探しました。
「すみませーん、誰かいませんかー? ここに不審者が――」
「わーっ!? わかりました!わかりましたからぁ!」
慌てて
「それでサヤさん、なんの用でしょうか?」
「えへへ……それはですね、試合前にイレイナさんの無事を祈るキ――」
目を閉じて唇を近づけてきた彼女のほっぺたを、勢いよく両手で摘まみました。
「い、いひゃい! いひゃいです!」
「今度また余計なことを言ったら、その口を縫い合わせますよ?」
ほっぺたが赤くなった頃合いで解放すると、サヤさんは頬を擦りながら残念そうな顔をした後、ローブからくるくると巻かれた羊皮紙を取り出しました。
「これ、あげます!」
「え、いらない……」
なんか受け取った瞬間に怪しげな呪文とか発動しそうですし。
「というか……なんですか、これ?」
「ボクの故郷に伝わる、心を落ち着かせる呪文です!」
半ば無理やり私の手に羊皮紙を押し付け、「いざという時はボクが助けます!」などと堂々とルール無視を公言するサヤさん。渋々ながら巻かれた羊皮紙を開いてみると、なんだかよく分からない呪文が書いてありますが、特に害は無い模様。
そしてどうやってサヤさんをテントから追い出すべきか思案していると、マクゴナガル先生に連れられたハリーが緊張した顔で入ってきました。
「大切なのはベストを尽くすことです。そうすれば――」
サヤさんを見つけたマクゴナガル先生の目が点になりました。
「どうして貴女が此処に?」
「そっ、それはですね~……えーっと、深い事情がありまして」
マクゴナガル先生の顔が私の方を向き、胡散臭げに「ホンマかいな」みたいな目で事実確認を求めてきます。正直者の私は事実を述べました。
「不法侵入です」
「なるほど。グリフィンドール、3点減点」
「イレイナさぁああああんっ!?」
そのままマクゴナガル先生に首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられていくサヤさん。2人を見送った後、入れ替わるようにしてフラン先生が入ってきました。
「――さて、全員が揃ったみたいですね」
選手たちを見て、フラン先生が呑気な口調で言いました。
「それでは解説に入りましょう。第1の課題ですが、金の卵を取る事です!」
もちろん単に金の卵をとるだけじゃありません、とフラン先生は紫色の絹でできた袋の口を開けました。
「さぁ皆さん、中に入ってる模型をとってください。それの本物が、金の卵を護る番人になります。順番は……そうですね、レディ・ファーストでいきましょうか」
ずい、と私とフラーさんが前に出ます。フラーさんは私の全身をじろじろと眺めてから、どこか勝ち誇ったような顔で言いました。
「あなたはまだ、
「は?」
「まぁまぁ」
フラン先生の袋の中からフラーさんが取り出したのは、首の周りに『2』という札のついた緑色のドラゴンの生きた模型でした。ウェールズ・グリーン普通種です。
続いて私が袋の中に手を入れ、最初に触れた模型を取り出すと、『4』と書かれた札のついた黒いドラゴンの模型――ハンガリー・ホーンテール種でした。
続いてクラムさんが『3』の札をつけたチャイニーズ・ファイアボール種、セドリックが『1』のスウェーデン・ショートスナウト種を取り出し、最後にハリーが『5』のオーストラリア=ニュージーランド・オパールアイ種。
全員の手にドラゴンの生きた模型が行き渡ったのを見て、フラン先生がニコニコ顔で言いました。
「皆さんが引いたのが、金の卵を守るドラゴンです。いいですね? そして番号はドラゴンと対決する順番です。1番のディゴリー君は、ホイッスルが聞こえたら真っ直ぐ囲い地へ向かってください」
**
トップバッターのセドリックさんが出てからしばらくすると、外の方から色々な叫び声が聞こえてきました。
まるで全員の頭がひとつになってるように、観客が一斉に悲鳴を上げたり、叫んだり息を吞んでいるのが聞こえてきました。中でもひときわ大きい声が、解説役のバグマンさんとフラン先生です。
『今のは危なかったですねぇ……まさに危機一髪!』
『なんと危険な賭けなのでしょう! さぁ、セドリック選手の明日はどうなる!?』
『あぁーっと! これは残念!』
めちゃめちゃ試合を楽しんでおられました。
そして私はといいますと、ただ単に座って待っていると逆に緊張しそうなので、ポケットからチョコレートを取り出して口に放り込みました。
(腹が減っては何とやらと、元キャプテンのマーカス・フリント先輩もよく言ってましたからね……あ、美味しい)
ちょうどそこで大歓声が聞こえ、セドリックがドラゴンを出し抜いて金の卵を取ったようでした。採点の後にホイッスルが鳴り、緊張気味のフラーさんが出場していくのを見送ります。
『これは危険な賭けに出ました! しかし、うまい動きです!』
『あらあら、これはよくありませんねぇ……おや、なんと!』
しばらくして再びバグマンさんとフラン先生の興奮した陽気な解説が聞こえ、似たような流れが繰り返されます。クラムさんは有名クィディッチ選手なだけあって落ち着いているようですが、ハリーは傍目にも青い顔をしておりました。
見かねた私はサヤさんから渡された羊皮紙を取り出すと、ハリーの手に押し付けます。
「イレイナ、これは?」
「心を落ち着ける呪文です。さっきサヤさんがくれました」
「送り主に不安しか無いんだけど……」
「まぁ、そう言わず」
ちょろっと書かれていたサヤさんの走り書きでは「ボクの故郷に1000年以上前から伝わる呪文です!」とのことで、無心に唱えるだけで雑念が祓われるとのこと。表語文字の上にアルファベットで読みを書いてくれたので、ハリーでも読めるはず。
「かんじーざいぼーさつ、ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー。しょうけんごーうん、かいくう。どいっさいくやく………これ、本当に効果あるの?」
「集中力が乱れていますよ、ハリー。心を無にして唱えるのです」
そのまま2人で、サヤさんから教えてもらった呪文をひたすら唱え続けます。
「「こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー。そくせつしゅーわつ。ぎゃーてい、ぎゃーてい。はらぎゃーてい」」
何度か繰り返していると、いつの間にかクラムさんの番も終わり、いよいよ私の番がきました。
「イレイナ、頑張って!」
「ドラゴンごと返り討ちにしてやりますよ」
***
私はテントを出て木立を過ぎ、囲い地の柵の切れ目にある洞窟のようなトンネルへ入りました。しばらく進んでいくと再び視界が開け、そこには半地下のコロッセオのようなスタジアムが広がっております。
競技場は岩山をイメージしたように大小様々な形の岩石が置かれていて、それを取り囲むよう高い位置に観客席が設置され、何百何千という視線がスタンドから私を見下ろしていました。
そしてすり鉢状のスタジアムの中心には盛り上がった台座のような岩があり、その上にはいくつかの卵と、それを守る大きな黒いドラゴン……ハンガリー・ホーンテールです。
(ふむ、あれが……)
ホーンテールは両翼を半分ほど開き、尻尾を激しく地面に打ち付け、邪悪な黄色い目で私を睨んでおります。
せっかくなので観客席に向かってに女王陛下か首相のように笑顔で手でも振りたいところですが、まずは安全確保が最優先。杖先に魔力を集中させて「目くらまし術」を自分にかけました。
「クリプト-目くらまし!」
冷たい水が体全体にトロトロと流れていくような感触の後、カメレオンのように周囲の景色と同化します。
とはいえ、所詮は目くらまし。過信は禁物です。事実、私が近く岩陰に退避した直後、それまでいた場所に向かってドラゴンの火炎放射が降り注ぎました。
炎が消えたタイミングで岩陰から様子を窺うと、ドラゴンはきょろきょろと私を探しつつも卵から離れるつもりはないようです。どうやら基本的には卵を守る方が優先で、必要以上に近づかなければ襲ってはこない模様。
(さて、どうしたものでしょうか)
私の姿が見えないため、こちらから攻撃しなければドラゴンに襲われる心配はありません。ですが、攻撃すれば姿は見えずとも大体の位置が分かってしまうため、ドラゴンも火炎放射による面制圧で反撃するでしょう。
(やはり陽動作戦で行くのが無難でしょうね)
私はドラゴンから最も離れた場所にある大きな岩の陰まで移動し、近くにあった岩ころに向かって準備していた呪文を唱えました。
「スタトゥアム・エクィエフォース-石よ、騎士像となれ!」
頭の中で1年生の時に戦ったマクゴナガル先生の巨大チェス駒の騎士をイメージしながら、意識を集中させていきます。慎重にドラゴンから見えない位置を選んだことや、火炎放射の射程外まで移動したこともあって妨害されることはなく、徐々に石ころが一点に集まっていき、やがて人間の形へと変化していきました。
最初こそ不格好な石人形でしたが、さらに意識を集中させて調整していくと、徐々に鎧をまとった騎士の姿が露わになっていきます。全身を覆うゴシック式のプレートアーマーに、大振りな両刃のロングソード、凧のような形をしたカイトシールドと呼ばれる大盾、さらにアレンジとして鎧の重量を軽減するために、表面に幾筋もの溝状のあるマクシミリアン式甲冑。我ながら、惚れ惚れするようなカッコいい出来栄えです。
無論、カッコいいだけではありません。
「プロテゴ・マキシマ-最大の防御!」
「フィアント・デューリ-耐久せよ!」
「デューロ-固まれ!」
去年に『防呪チョッキ』を開発した時に覚えた『盾の呪文』や『耐久の呪文』といった防御系の呪文に加えて、『石化の呪文』を加えて騎士像の防御力をこれでもかと上げていき。
「エンゴージオ・タイタニア-巨大化せよ!」
さらに『肥大化の呪文』の上位互換である『巨大化の呪文』を重ね掛けすると、最初は1メートルぐらいだった石像がぐんぐんと大きくなっていきます。大きい事は良い事ですね。
やがて隠れていた岩陰から全貌を露わにしたのは、10メートル近くはあろうかという巨大な騎士像でした。
「おおっと、あれは! まさか―――」
解説のバクマンさんも、ギャラリーの皆さんも。私が何をしようとしているのか理解したらしく、口笛を吹いたりガッツポーズを決めて叫んだりと、気の早い事です。
これは私も、期待に応えるしかありませんね。
「では――」
最後に杖をひと振りし、石造りの騎士に生命を吹き込みます。
「ピエル・ロコモーター-石よ、動け!」
呪文に呼応するように騎士が長剣を右手で構え、左手で背負った大盾を前面にかざしました。臨戦態勢をとった巨大な騎士はドラゴンを見据えると悠然と動き出し、一歩踏み出すたびに地響きが大地を震わせます。
「これはデカい!」
「巨人だ!」
「デカい巨人だ!」
巨大騎士像がドラゴンへと立ち向かっていく様に、観客席は大興奮の渦に包まれました。
『なんと、正面から行くつもりか!?』
『ガチンコ勝負、これは見てみたいッ!』
大騒ぎする観衆と解説に応えて、私は最後の命令を下しました。
「オパグノ-襲え!」
遠隔操作で指示を受けた騎士像は右手で兜の横に長剣を構えて切っ先をドラゴンに向け、左手に持った大盾を前面に突き出します。
そして、そのまま突撃―――。
大地を震わせて前進する騎士に対して、ドラゴンの方も負けじと雄叫びを上げ、15メートルはあろうかという巨大な翼を羽ばたかせます。ゆっくりと空高く舞い上がる様子は神々しさすら感じるほどで、再び吠え声をあげたかと思うと勢いよく急降下―――騎士像の背後を取りました。
対して騎士の方も慣性を利用して大盾を悠然と振り回し、間一髪で火炎放射を防ぎます。しかし、ドラゴンは攻撃の手を緩めることなく騎士像に向かって突進し、そのまま両者は激突―――。
「うぉおおおおおおーーーっ! かっけーーーーッ!」
「やっぱイレイナわかってんだよなぁ! こーいうのが見たかったんだよ!」
「てか、これで喜ばない男の子いなくない!?」
もはや絵面が完全に怪獣映画のそれ。お菓子とドリンク片手に生徒たちは大興奮で、ホグワーツだけでなくダームストラングやボーバトンの観客までお祭り騒ぎ。
その視線の先に映っているのは、巨大モンスター同士の頂上決戦……縦横無尽に大空を駆け、火炎放射で敵を翻弄する空の大怪獣こと『ハンガリー・ホーンテール』。対して重厚な鎧で攻撃に耐えつつ、鈍重ではあるものの重たい必殺の一撃を狙う石造りのデカい巨人、『タイタン・ジャイアント(仮)』。
もっとも私とて何も考えずに戦わせているわけではなく、少しずつドラゴンが卵から離れるように誘導しており、岩陰に隠れながら少しずつ卵に近づいていき。
(ここまで来れば、後は―――!)
無防備になった卵に向かって一直線に猛烈なスパートをかけ、ついに金の卵を掴みました。
「……あれ」
しかし、やっとのことで卵を掴んだというのに、拍手も喝采も起こりません。首をかしげて、解説の席を見ると。
『なんとぉ! ついに盾が砕けました―――!」
『これはピンチです! さぁ、どうやって切り抜ける!?』
皆さん、こっそり卵泥棒に勤しんでいる私より、大怪獣バトルに夢中な様子。
「あのぉ……」
なんとか金の卵を取ったというのに、もはや誰も私のことなど見向きもしていません。もはや卵を守るはずのドラゴンどころか、解説のバグマンさん達まで試合そっちのけですっかり夢中になっておりました。
そして私がポツンと立ち尽くしている間、ドラゴンの猛攻を受けた騎士像は既に大盾を放り投げ、剣を地面に落とし、なんとか屈みこんで左半身の甲冑を盾にドラゴンの火炎放射を耐え忍んでいるところでした。
(仕方ありませんね……この辺で勝負に出ますか)
私は金の卵を左腕で抱えて適当に椅子になりそうな岩に腰かけ、右手の杖を振って騎士像に指示を出しました。
『おっと、石像の動きが変わりました――これは、落とした剣を拾うつもりでしょうか?』
フラン先生の解説に、ドラゴンも「させねぇよ」と言わんばかりに剣に向かって急降下。
『さぁ、どっちが早い?』
一歩間に合わず、先に剣を脚で掴んだのはドラゴンの方……ですが、それこそが私の狙いでした。
「オパグノ・ピュグマキア-殴れ!」
次の瞬間、上昇して飛び去ろうとするドラゴンに向けて騎士像が跳躍し、勢いよくドラゴン目がけて――。
『殴ったぁああああああーーっ!!』
籠手を嵌めた右手で、ドラゴンの横っ面に強力な右フック。観衆は声の限りに叫び、拍手喝采しています。
『効果は抜群だ―――!』
そのまま殴られたドラゴンは吹っ飛んでいき、先生たちや偉い人のいる貴賓席へ。
「うわぁああああああ――!?」
「やばいぞ、逃げろぉおおッ!」
VIPの皆さんが悲鳴を上げる中、吹っ飛ばされたドラゴンは屋根と観客席の一部を崩壊させ、そのままスタジアムの外に投げ出されてしまいました。
『――っと、あ』
そこでようやくバグマンさんは、営巣の上にちょこんと腰かけている、金の卵を持つ美少女の姿を発見したようでした。
『やりました! ミス・セレステリア! 圧倒的なパワーに物を言わせて、見事ドラゴンを正面から倒して卵を手に入れました! これは素晴らしぃぃぃいっ!』
直後、バグマンさんの大声に負けず劣らずの歓声と拍手喝采が爆発します。私は金の卵を両手で大きく空へと掲げ、ドヤ顔でガッツポーズ。
――かくして、試合は終了です。
教員たちも危ない目にあったというのに嬉しそうな顔で、スネイプ先生ばかりかマクゴナガル先生までもがウッキウキ顔になって。
「心躍る試合でした、ミス・セレステリア」
茶目っ気のある表情でマクゴナガル先生が指さした先には、ドラゴンを殴った勢いで床パンチを決めたポーズのまま、固まっている騎士像の姿がありました。
「記念に、校庭のどこかに飾っておきましょうか。あれは良い呪文です」
再び会場が笑いと拍手に包まれ、ワールドカップもかくやという大歓声の中、私は第1の課題を終えたのでした。
デッデッデー デッデ♪ デデデン↓デデデーン↑
タイタン・ジャイアント(仮)
ドラゴンと戦うためにイレイナさんが作りだした、巨大な石造りの騎士。全長約10メートル。幾筋にも彫られた溝が特徴的なマクシミリアン式甲冑に、ロングソードとカイトシールドで武装している。熾烈な戦いの中で大盾を失い、長剣をも奪われたが、不屈の意志で重い拳を叩きこんでドラゴンを沈黙させた。
試合後、その勇姿を讃えてホグワーツの校庭に記念として飾られ、多くの生徒たちを見守っている……らしい。
今回の話ではオリジナル呪文も多かったので、以下で解説させて頂きます。
①「クリプト-目くらまし」
・原作にも名前だけはあった「目くらまし術」。透明マントと同じように周囲の景色と同化する。
②「スタトゥアム・エクィエフォース-石よ、騎士像となれ」
・石を騎士の形をした石像に変身させる呪文。見た目のイメージは映画版「賢者の石」に出てくるマクゴナガル先生の巨大チェスの駒です。
③「エンゴージオ・タイタニア-巨大化せよ」
・「エンゴージオ-肥大せよ」の上位互換で、10メートルぐらいの大きさになる。大きい事は良いこと。
④「ピエル・ロコモーター-石よ、動け」
・「死の秘宝」でマクゴナガル先生が大量の石像を動かしていた「ピエルトータム・ロコモーター-全ての石よ、動け」の下位互換。「トータム」で「全ての」が付与され、複数の石像が動かせるようになりますが、イレイナさんはまだそこまでは出来ないので1体だけ。
⑤「オパグノ・ピュグマキア-殴れ」
・「オパグノ-襲え」に追加で「殴れ」という詳細な指示を加えたもの。