ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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第21章 ~それぞれの思惑~

 

 第1の課題を終えてから、僕――ロン・ウィーズリーは親友のハリー・ポッターと一緒に『透明マント』の中に隠れて、雪の降りしきるホグズミードの『三本の箒』の前にいた。

 

 

 

 ――なんでこんなことになっているかというと、少し時をさかのぼる。

 

 

 

 第1の課題を終えてから、ハリーを取り巻く環境は改善した。

 

 ファイアボルトとドラゴンとの壮絶な追跡劇はそれなりに盛り上がり、多くの生徒たちが既成事実としてハリーのことを認めるようになったからだ。スリザリンですら「あの子、よく見たら中々かわいい顔してるわね……」なんて言い出す女子が現れる始末だ。

 

 週末がやってくる頃には、僕たちはすっかり日常を取り戻していた。

 

 3人で一緒にハグリッドの授業を受けたり、大広間でベーコンやトーストを食べたり、談話室の暖炉の前でチェスやトランプで遊んで、休みの日にはホグズミードで買い物をする。そんな当たり前のような毎日が、こんなにも幸せだったなんて。

 

 

 ハリーの疲れも回復した頃に、僕は少し気になっていたことを聞いてみた。

 

「そういえば君、なんでリータのデタラメ記事が出てもだんまりだったんだい?」

 

 すると、どういうわけかハリーの顔が赤くなった。

 

「えーっと、その……」

 

「私も気になるわ」

 

 ハリーは言いにくそうにしていたが、ハーマイオニーからも質問されて渋々ながら口を開いた。

 

 

 ――きっかけは、マルフォイがからかってきた時のことらしい。

 

 

「ポッター、授業で泣き出した時のためにハンカチいるかい?」

 

 当然、ハリーはイライラして足早に立ち去った。だが、すぐに後ろから別の声をかけられた。

 

「ハーイ、ハリー!」

「ああ、そうだとも! 死んだ母さんのことで泣き腫らしてたところだよ! これから――」

 

 もうウンザリだと言わんばかりに振り向きざまに怒鳴りつけたハリーが見た相手は、マルフォイではなかった。

 

 レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンだ。華奢で小柄、色白の綺麗な肌と艶やかな黒髪で、笑顔がとても可愛い。ハリーは去年のレイブンクロー戦から意識しまくってて、たまにすれ違うと挙動不審になる。

 

 

「違うの――ただ、羽ペン落としてたから……」

 

 意識してる女の子から親切にされたのに、人違いで怒鳴ってしまった……なんて馬鹿なことしたんだろう、とハリーはしょんぼりしているチョウを見て酷く後悔したらしい。そりゃそうなる。

 

「あ……そう……ごめん」

 

 羽ペンを受け取りながらモゴモゴと返すハリーに、チョウは優しく首を振った。

 

「ううん、気にしないで。ご両親のこととか、課題のこととか、色々と大変だと思うし……」

「それは、その……うん、実はそうなんだ。心配してくれてありがとう」

 

 おいこら男子。

 

 

「……というわけで、否定するに出来なくなっちゃって」

 

 

 僕とハーマイオニーは顔を見合わせ、大きな溜息を吐いて脱力する。

 

 当事者にとっては大事な話なんだろうけど、他人が聞いたら本当にどうでもいい話だった。たしかに僕の知らないところで、ハリーはいつの間にか大人びていたらしい。というか色気づいていた。

 

「でも、まぁ……考えようによってはチャンスだ」

 

 気恥ずかしそうにするハリーを勇気づけるように言う。

 

「君はカッコよくドラゴンを出し抜いて、課題をクリアした。チャンだって惚れたはずだ!」

「そう……かな?」

「そうに決まってる。きっとモテモテだぜ?」

 

 そんな僕たちをハーマイオニーには残念な子を見るような目で見ていたが、不意に「あっ」と声を漏らした。

 

「どうかしたの?」

「思い出したことがあるの……ラベンダーから聞いた噂なんだけど」

 

 ハーマイオニーは少し迷ってから、再び口を開いた。

 

 

「今週の日曜――もう今日なんだけどね……にスリザリン寮主催で、美男美女を集めたお見合いパーティーを『三本の箒』でやるらしいの」

「もしかして……」

 

 ハリーの呟きに、ハーマイオニーが頷いた。

 

 

「ええ。チョウも呼ばれてるかも」

 

 

 

 その一言で、ハリーが固まった。それはもう、バジリスクに睨まれたように。

 

 

「………」

「おいハリー、しっかりしろって」

 

 表情の抜けたハリーをガクガクと揺らす。しばらく為すがままになっていたハリーだったが、おもむろに決意の滲んだ声で言った。 

 

 

「……止めなきゃ」

 

 ハリーが言った。

 

「チョウがスリザリンの悪い奴らに騙されないように、僕が何とかしないと」

 

 ハーマイオニーが信じられない、といった顔でハリーを見た。

 

「それ、正気で言ってる?」

「もちろん正気だ」

「なら早くマダム・ポンフリーに診てもらうことをオススメするわ」

 

 しかしながら、恋する男子に撤退の二文字は無い。ハリーの決意は固く、今度こそハーマイオニーは呆れ返った。

 

「はぁ……恋は盲目ね。でも、招待すらされていないのに、どうやって止めるつもり?」

「父さんが残してくれた透明マントがある。こういう時こそ、頭を使わなきゃ」

 

 ハーマイオニーは匙を投げた。

 

 

 ―――そんなわけで、僕はハリーと一緒に透明マントを被って『三本の箒』の前にいる。

 

 

 

 見慣れた『三本の箒』の入り口には『本日貸し切り』の看板が立てられ、既に中からは賑やかな笑い声が聞こえてくる。グリフィンドールのパーティーでも小部屋を貸し切ることぐらいはあるけど、店ごと貸し切るところにスリザリンとの資金力と組織力の差を感じてしまう。

 

 

「ハリー、覚悟は出来てるかい?」

「今さら後には引けないよ」

 

 

 

 しばらく待っていると、セドリック・ディゴリーが友人たちと一緒にやってきて、扉を開いた。わずかな隙を逃さず、僕たちはサッと忍び込んだ。

 

 

 屋内に入ると、すぐディゴリーたちの姿を認めてスリザリン監督生のユーフェミア・ロウルがやってくる。

 

「来てくれてありがと。外、寒かったけど大丈夫? なんか温かいものでも飲む?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ディゴリーがロウルから温かいバタービールを受け取ると、すぐに大勢のスリザリン女子たちが集まってきた。

 

「やっほー! セドリック元気してた? そのマフラー似合ってるね!」

「この前の試合、すっごくカッコよかったよ~! 私、寮違うけど思わず応援しちゃった!」

「セドリックせんぱーい! お久しぶりでーす♪ 私のこと覚えてますー?」

 

 レイブンクローやハッフルパフ、ボーバトンにダームストラングの女子たちまで代わる代わるセドリックの所に集まって来て、手を振ったりハイタッチしながら距離を縮めてくる。噂どおり各寮・各校からイケてる感じの男女を集めた感じで、クラムやイレイナの姿もあった。そのくせフラー・デラクールは招待されていないようで、こういうところは実にスリザリンらしいダブルスタンダードだと思う。

 

 

 

 ***

 

 

 

 テーブルにお洒落な料理が並び終わってパーティーが始まると、すぐに『三本の箒』は生徒たちの楽しそうな声で埋め尽くされた。グラスを片手に自由に席を移動し、気に入った相手を口説こうと饒舌になる。

 

「僕たちもチョウのテーブルに行こう」

 

 ハリーの言葉に頷いて、場所を変えようとした時のことだった。

 

 

 不意に周囲がざわめき、その視線の先を追うと、見慣れた灰色の髪が目に入る。向かい合ったテーブルの先には、これまた見覚えのあるイケメンが一匹。

 

 

 イレイナとセドリック・ディゴリーだ。

 

 

 お似合いというかなんというか、さっそくダンスパーティーのお誘いでも始まるような雰囲気がある。まぁ、あのイレイナに限って自分からそんなこと――。

 

 

「おや、セドリックさんも招待されたんですね」

「ユーフェミアに逆らうと後が怖いからね」

「監督生同士とはいえ、パワーバランスの不均衡が垣間見えますね……」

 

 まぁ私も似たような理由で参加したんですけど、と返すイレイナ。

 

「それで、誰か気になる子とかいました?」

 

 

 わーお、めちゃくちゃそれっぽい。

 

 

 サラッと切り出してくるイレイナに、密かに聞き耳を立てていた野次馬たちが一斉に「うぉおおおおっ!」と沸き上がる。

 

 そんな中、案の定と呼ぶべきか。

 

 

「いいいいいイレイナさん! ボク、まだ何も聞いてませんよ!?」

 

 

 グリフィンドールの後輩で、自分のことをイレイナのパートナーだと思い込んでいるストーカーこと、サヤが血相を変えてイレイナに詰め寄った。

 

(ほんとあの子、イレイナがいる所には何処だろうと現れるな?)

 

 主催者のユーフェミア・ロウルが「手違いでもあったのかしら……?」などと名簿を確認している内に、イレイナにぐいぐい詰め寄るサヤ。

 

「いや、だってサヤさんには何も言ってませんし……」

「ボクというものがありながら!?」

 

 サヤはそう叫んだあと、キッとディゴリーの方を睨んだ。

 

「……泥棒猫」

「お、落ちいてくれ。なんか人に注目されてるし、ここは少し場所を移して……」

「なんですか、人前で聞かれたら困るような話なんですか。へー」

 

 可愛らしい顔に似合わない低い声で、間髪入れずに切り返してくるサヤ。

 

「サヤさん、とりあえず落ち着きましょう」

 

 困ったようなイレイナを見て、ついにスリザリン生の中から動きがあった。

 

 

「やめておけ、そこの3年生。イレイナ、こんなチンチクリンより僕と――」

 

 

 緊張で普段より5割増しぐらい青白い顔になったドラコ・マルフォイが、しかし意を決したようにイレイナに声をかける。

 

 

 ――ガタッ。

 

 

 直後、スリザリン女子のテーブルからパンジー・パーキンソンが立ち上がり、ひっくり返ったゴブレットの中身が隣の女子生徒のローブにかかった。だが、パンジーはそれどころではないといった険しい表情でマルフォイの背中を見つめていて、傍目にも面倒な状況であることは明らかだ。

 

 しかも、そんなパンジーの様子を知ってか知らずか、事態を面倒にした張本人たちは当事者2人で盛り上がっている。

 

「なんですか、そんな上から目線の男にボクの可愛いイレイナさんはあげませんよ!?」

「ふんっ。そういう君こそ、イレイナの何なんだ?」

「永遠の愛を誓い合った仲ですッ!!」

「イレイナ思いっきり仏頂面なんだが」

 

 それから、マルフォイはやや硬い顔でイレイナの方を見る。

 

「君もだ、イレイナ。サヤはもちろん、ディゴリーも敵なんだぞ!?」

 

 何人かが、マルフォイの胸に視線を向けた。

 

 

 ――セドリック・ディゴリーを応援しよう!

 

 

「……」

「……」

 

 ハリーと顔を見合わせる。向こうも言いたいことは一緒のようだった。

 

「いいバッジだね」

「ああ、説得力が違うよ」

 

 

 一方のディゴリーは、さすが上級生の余裕があった。苦笑いしながら、イレイナに向き直る。

 

「マルフォイも心配してるけどいいの?」

「まぁ、気持ちは嬉しいんですけど」

 

 マルフォイが一歩前に踏み出した。パンジーも慌てて身を乗り出したが、その前にイレイナが口を開いた。

 

「パンジーに殺されちゃうので、ちょっと……」

 

 マルフォイの動きが止まった。パンジーはガッツポーズを決めた。

 

「けど、君がどう思うかも大事だと思うよ?」

 

 ディゴリーの余計な気遣いに、マルフォイが「いいぞ、ディゴリー!」と熱い手のひら返しをキメるのが見えた。その後ろにいるパンジーは、鬼婆の形相になった。

 

 

「とはいえ……うーん」

 

 イレイナが改めてマルフォイを見て、瑠璃と灰色の目が合う。マルフォイの頬が心なしか赤くなる。イレイナの方も少し照れくさそうに目を背け、そして。

 

 

「ごめんなさい……その、ドラコのことは友達と言いますか、えっと………弟、みたいなものだと思っていたので」

 

 

((えっ、なんかトドメ刺してる……!))

 

 

 隣では、流石のハリーも表情が引きつっていた。

 

「ええっと、気持ちは嬉しいんですよ? でも、なんていうか……ほら、姉弟とかで踊るのって気持ち的に恥ずかしいじゃないですか」

 

 イレイナは慌ててフォローに走ったつもりらしいけど、意図に反して言葉のアバダケダブラが次々にマルフォイに突き刺さっていく幻覚が見える。

 

「その、スリザリンの内輪のパーティーでふざけてダンスする分には構わないんですけど、オフィシャルな場だと……ちょっと」

 

 イレイナもう止めるんだ。マルフォイのメンタルはとっくにオーバーキルだ。ほら、なんか正面からブラッジャーの嵐を受け止めたようにフラついてるし。

 

「はは……もう僕、試合終了していいよね……?」

 

 吸魂鬼にキスされた人間ってきっとこうなるんだろうな、みたいな顔になるマルフォイ。

 

「……大丈夫、もう何も怖くない……」

 

 そのままおぼつかない足取りで、フラフラと此処ではない何処かへ去っていった。慌ててパンジーが後を追いかけ、そんな2人を苦笑いで見守るスリザリン生たち。

 

 

 ハリーと目を合わせる。

 

 

 

 ――いたたまれない。

 

 

 

「……なんだろ、マルフォイには強く生きて欲しい」

「あれはイレイナが悪いよ」

 

 

 ちなみに、サヤの方はというと。

 

 

「改めて名簿を確認したのだけど、貴女やっぱり招待客じゃないわよね? 」

 

 名簿を確認し終えたユーフェミア・ロウルが、ぞろぞろと取り巻きを引き連れてサヤに詰め寄っていく。

 

「グリフィンドールは一人も呼んでいないはずなんだけど。なんでいるの?」

 

 しかしサヤは複数人の上級生を相手にして臆する様子もなく、得意げにふんぞり返る。

 

「ふっふーん、ボクを店から追い出そうとしても、そうはいきませんよ!」

 

 そして胡散臭げな瞳で睨むロウルたちに、サヤはしてやったりとばかりに言い放った。

 

「何故なら実はボク、ここでキッチンのバイトしてるので!」

「だったら早く仕事に戻りなさい」

 

 それはそう。

 

 ちなみにホグズミードでは休日に大勢の生徒たちがやってくるので、店側も休日限定で学生アルバイトを雇うことがある。身近な人だとフレッドとジョージが「ゾンコの悪戯専門店」で修業を兼ねたバイトをしていて、悪戯用品の開発資金はそこで稼いだ給料から出ている。

 

 

「早く戻らないと、マダム・ロスメルタに言いつけるわよ」

「うぐ……仕方ありません。今回は大人しく引き下がりましょう」

 

 渋々、といった様子で厨房へと向かうサヤ。意外にあっさり引いたかと思えば。

 

「こうなったら、最後の手段を使うしかないようですね……あとでハーマイオニーさんに頼まないと」

 

 転んでもタダで起きるつもりは無いらしい。

 

「サヤとハーマイオニーって、なんか接点あったっけ?」

「ポリジュース薬を作ってた時ぐらいだと思うけど」

 

 

 ―――あっ。

 

 

 もっかいサヤを見る。

 

 

「ふふふふふ……要はボクだとバレなきゃいいだけなんですよ……」

 

 

 関わってはいけない、と本能的に察する。僕とハリーは透明マントを被ったまま、チョウ・チャンのいるテーブルへと退散した。

 

  

 

 ***

 

 

 

 サヤとマルフォイが消えたあと、困惑する僕――セドリック・ディゴリーにイレイナが向き直った。

 

「すみません、うちのドラコとサヤさんが」

 

 もはや保護者である。前々からそんな雰囲気はしていたけど。

 

「それで、さっきの話なんですが」

 

 なんとなく胸がざわつくのを感じつつ、僕は咳払いしてから口を開いた。

 

「今度のクリスマス・ダンスパーティーのパートナーの事だよね?」

「ええ。セドリックも知っての通り、私たち代表選手は強制参加の奴です」

 

 彼女の言う通り、クリスマス・ダンスパーティーは三大魔法学校対抗試合の伝統行事だ。互いに親睦を深める機会でもあり、4年生以上が参加することになっているけれど下級生でも招待は出来る。そして、代表選手は最初にパートナーとダンスを踊るのだ。

 

 慎重に言葉を選ぶ。

 

「特別気になる相手とかは、まだいないかな」

 

 敢えて「特別」という単語を追加した。もともと性別問わず友達は多い方だから、その範囲内でもっと話してみたい、仲良くなりたい、という相手であれば心当たりはある。

 

 けれど、それ以上に気になるという相手が特にいないのも、また事実だった。

 

「というか、見つけるためにこのパーティーに参加してるからね」

「ですよね」

 

 まるで天気の話でもするかのように、淡々と話しかけてくるイレイナ。その瑠璃色の瞳にじっと見つめられると、かぁっと少し体の奥が熱くなるのを感じた。冷や汗なんかも出てきたかもしれない。

 

 ひょっとして。いや、でも。まさか。

 

 どうしようもなく緊張してきて、心拍数が徐々に上がってくるのを感じる。そんな僕の変化を彼女は知ってか知らずか、イレイナは口を開いた。

 

 

「今度のダンスパーティー、よければ一緒にどうです?」

 

 

 ひょいっと、一歩踏み込まれる。

 

「もちろん、無理にとは言いませんが……」

 

 彼女の言葉に僕が答える前に、助け舟あるいは野次馬が入ってくる。

 

「あ、イレイナずるい。私も私もー」

 

 割り込んできた声は、イレイナと仲良しのダフネ・グリーングラスのものだった。金髪をゆるく巻いて、誰からも好かれるタイプの快活な子だ。

 

「どうどう?」

「ダフネ、この私に勝てると思ってるんですか」

「えー、分かんないじゃん」

 

 「ねぇ?」と返すグリーングラスさんの後ろでは、他のスリザリン生たちが面白そうに見物している。

 

「ちなみにダフネは、どうしてセドリックなんですか?」

「えっ、顔?」

「せめて一目惚れと言ってあげてください……」

 

 ご本人が目の前にいるでしょうに、と呆れたようなイレイナの声。

 

「大丈夫、気にしてないよ」

 

 あはは、と返す。

 

「個人的には、素直なのは嫌いじゃないしね」

 

 良い悪いは別にして、外見というのは重要な要素だ。一昨年のロックハートや去年のイメチェンしたルーピンがいい例だし、僕だって周りの女子が自分をどう見ているか気づかないほど鈍感ではない。

 

 もちろん外面だけでなく内面についても、それなりには評価して欲しいという気持ちはある。とはいえ、グリーングラスさんとは今までほとんど会話をしたことがないから、いきなり内面について語られるのも少し違和感がある。それよりは正直に外見に惹かれたと告白された方が、ずっと誠実だと思う。

 

 

「でも、ごめん」

 

 

 ――もし、僕の考えが間違っていなければ。

 

 

 

「ありがとね、イレイナ」

 

 ずっと澄ましていたイレイナの顔が、初めてポカンという表情になる。

 

「今の提案、第1の課題を教えてくれた事で僕が気負わないように気遣ってくれたからでしょ?」

 

 イレイナにはドラゴンのことを教えてもらった借りがある。であれば、それを律儀に返すのが僕――セドリック・ディゴリーという人間だ。

 

 だから彼女は、分かりやすい方法で借りを返す方法を提示した。

 

 

 ――ダンスのパートナーになってくれませんか?

 

 

 もし僕がここでOKすれば、これで第1の課題の借りはチャラだ。

 

 とはいえ、あくまで提案という形をとっているから、最終的な決定権は僕に委ねられている。僕が別の相手と踊って、借りは違う方法で返すという選択肢も残されている。あるいは「課題内容を教えたのはイレイナの勝手で、返す義理はない」と感じていれば断ればいいだけの話。どれを選んでも、僕が気負わないように配慮されている。

 

「おや、バレてましたか」

 

 イレイナは少し照れくさそうな顔で、まじまじと僕の顔を見る。

 

「まぁ、セドリックさんの推測でほぼ当たりなんですけど、あまり美化されると恥ずかしいですね。ちゃんと個人的なメリットもありますよ」

 

 少し頬を掻いてから、イレイナは言葉を続ける。

 

「ほら、私たちってお互いめちゃくちゃモテるじゃないですか」

「それ自分で言う?」

「事実ですので」

 

 言い方はともかく、言わんとするところは痛いぐらいによく分かる。声に出すとほぼ全員の男子を敵に回すから言えないけど、いわゆるモテ過ぎて逆に困るという奴だ。

 

 もちろん人並みに嬉しいという気持ちはあるけれど、どうしようもない事や知らない事で恨みを買ったりすることも少なくないし、断る方もそれなりには辛い。次の日から気まずくなるのはマシな方で、本人から逆恨みされたり、その友人から「頑張ってたのに振るなんて酷い!」みたいに悪者扱いされることも少なくない。

 

 そこまでいかずとも、あわよくばと下心をもって近づいてくる人の相手をするのは単純に疲れるし、時間も奪われる。例えば僕なら監督生という立場を利用されて相談という体裁でアプローチをとられると断りづらいし、イレイナのいるスリザリンでは純血の力関係が絡んでくる。

 

 

「でも、私たちがパートナーになれば、周りも諦めてくれると思いません?」

 

 少し本音を滲ませたイレイナに、僕も正面から向き直った。

 

 

「けど、君は……好きな人とかいないの?」

 

 

 モテ過ぎる有名人、というのも意外と不自由だ。だから彼女は、周囲が納得するような形でうまくやり過ごそうというのだろう。そのための相手として、同じような立場の僕が好都合だという理由も、ありそうな話だ。

 

 けれど、イレイナ自身は恋愛についてどう思っているのか。

 

 同じように「特別好きな人はいない」と答えるのだろうか。

 あるいは「恋愛より友情だ」と答えるのだろうか。

 

 

 イレイナは考えて。

 

 

「それが……よく分からないんですよね」

 

 少し困ったような表情を浮かべた。

 

「恋愛小説も読んで、ラブソングも聞いてみて、綺麗な話だなとは思いました。けれど」

 

 

 ――どうにも感情移入できなくて、と彼女は言った。

 

 

「例えばドラコと話してて楽しいなーとか、セドリックのこと親切だなーとか、ダフネのこともっと知りたいなー、みたいに感じることはあるんですよ。けれど、だからといってサヤさんみたいにそこまで誰かに夢中にはなれないと言いますか」

 

 サヤは極端な例だと思うけれど、恋愛感情と好意がどう違うのかよく分からない、というのはきっと彼女の本音なのだろう。

 

「でも、みんな恋愛の話とか好きですし、ザビニとかトレイシーとかすぐ誰か好きになっちゃいますし、逆にパンジーとかずっとドラコに夢中ですし……皆さん、いつの間に大人になったんですかね?」

 

 冗談めかして語るイレイナだったけど、その表情にはどこか戸惑いのようなものも感じられた。

 

 きっと大して仲良くもない相手に夢中になられても戸惑う気持ちの方が大きいし、逆に仲の良かった友達からそれ以上の好意を向けられても同じような熱量で返すことは出来ない。

 

 だから、なんとなく断ってしまう。

 

 興味が全く無いというわけではない。ただ、頭ではどんなものか分かっているつもりなのに、心でそれを感じることはできない。

 

 

 周りは次々とそういうものに夢中になっていくのに、自分だけが取り残されてしまったようで。

 それをクールぶって無関心を装うほど子供でもなくて、けれど理解できるほど大人でもなくて。

 

 

「……ほんと、難しいよね」

 

 遠い所にいたはずのイレイナが、少し近くにいるように感じた。

 

 

「とはいえ、ロウル先輩からも相応の相手をパートナーにしろってプレッシャーかけられてますし、ここまで話が大事になった以上は無下にするわけにもいきませんし」

 

 お節介な人ですよね、と付け加えたイレイナの言葉に少し笑ってしまう。

 

 スリザリン寮は寮生同士の結束が強いというけど、それなりに純血や学年に成績、人脈、容姿などで総合的に評価される、面倒な人間関係もあるのだろう。

 

「なので、現状だとセドリックがパートナーになってくれると、私としては一番助かります」

「助かる……か」

 

 上手な言葉選びだな、と思った。勘違いしないように予防線を張りつつ、外堀を埋めていく感じ。

 

 

 ―――僕は、どうするべきだろうか。

 

 

 少しだけ時間を置いて、そして。

 

 

「いいよ」

 

 あれこれ思考を巡らせた割には、あっさりと答えが出た。

 

「一緒に踊ろう」

「……いいんですか?」

 

 キョトンとしたイレイナの顔は、いつもの大人びた彼女というより、年相応の少女のもので。綺麗というより、可愛いといった表現がしっくり来る。

 

「これで貸し借りは無し、だよ」

 

 人が動き出すためには、理由がいる。薄っぺらい大義名分だとしても、それが無ければ動き出せない人だっている。

 

 状況に流された、と言えばそうなのかもしれない。ちょっとだけ気になる気持ちは嘘じゃないけれど、運命的な出会いもなければ、2人だけの特別な物語なんてものもない。

 

 それでも、小さな理由があった。断ることが少し憚られて、乗っかると少しだけお互い都合が良くて、たまたまタイミングが合った。

 

 けれど、いわゆる‟ご縁”なんて大半がそんなもので。弱くて薄っぺらな理由から始まって。

 そこにどういう意味を付けるのかは結局、その後の行動次第なのだ。

 

 

 だから――。

 

 

「よろしく、イレイナ」

「はい、こちらこそ」

 

 直前まで緊張していた割には、パートナー選びは拍子抜けするぐらいアッサリと決まった。

 

 

 **

 

 

「………あれ?ということは」

 

 パートナーが決まったところで、ずっと横で黙って会話を聞いていた、グリーングラスさんが呟く。

 

「私、フラれた!?」

「まぁ、そうなりますね」

「がーん」

 

 特に残念でも無さそうに、オーバーに仰け反るグリーングラスさん。

 

「ごめんね、グリーングラスさん」

 

 そう返すと、彼女は慌てて笑顔を作った。

 

「いえいえ! 別にセドリック先輩が謝るようなことじゃないです! 私も困らせたかったわけじゃなくて……ただ、その」

 

 健気に訴えるグリーングラスさんが言葉に詰まり、少し俯く。それほど本気でなかったとしても、誘いを断られれば誰でも多少は落ち込むだろう。

 

「……思い出」

「えっ?」

「せめて最後に少しだけ……セドリック先輩との思い出、もらってもいいですか?」

「グリーングラスさん……」

 

 潤んだ緑色の瞳が、微かな期待を含んで僕を見つめてくる。

 

「具体的にはグラドラグス魔法ファッション店にある、高級ドラゴン革のレースアップブーツが欲しいです」

「……君、人からよく図太いって言われたりしないかい?」

 





 イレイナさんにパートナーはセドリックに決まりましたが、サヤさんも何やら企んでいるようで・・・? 

イレイナさんの評価
・ドラコ「弟みたいな感じ」
・サヤさん「重い……」
・セドリック「基本いい人だし、周りも納得しそう」

 イレイナさんの現状としては「自分はあまり恋愛とかよく分からないからそこまで興味ないけど、周りがみんなノリノリだから付いていけなくて困惑して悩んでる」みたいな状態です。

 人によっては解釈違い等もあるかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。

 ちなみにハリーたちがどうなったかは、また後ほど。
 玉砕したマルフォイがどうなったかも、また後ほど。
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