ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※視点がハリー視点からロン視点に変わります。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。


第23章 ~屋敷しもべ妖精福祉振興協会~

 

 スリザリン主催の合コンから数日が経って12月に入るころ、僕――ハリー・ポッターは2つの事柄に頭を悩ませていた。

 

 ひとつは僕の想い人である、チョウ・チャンのことだ。

 

 レイブンクローのシーカーで学年はひとつ上だけど、僕より頭ひとつ小さくてとても可愛い。小顔で身長の割に等身は高く、肩幅も狭くて華奢な印象を受ける。

 

(幸い、あれからチョウにまだ男の影は無い……)

 

 例の合コンはいかにも駆け引き上手な美形スリザリン生ばかりが半分以上を占めたこともあったせいか、ロマンチックな振る舞いの裏に見え隠れする打算に引いたというか冷めたというか、そんな感じらしい。

 

 けれど、まだ他の男にチョウが誘われてない事と、僕が彼女を誘えるかどうかは別問題だ。

 

 あれから何度かチョウに近づこうとしたものの、その度に彼女の取り巻きがクスクス笑ったり、ヒソヒソ囁いたり、キャーキャー笑い声をあげたりするので、なかなか二人っきりになるチャンスがない。

 

「女の子ってさ、なんでいつも誰かとつるんでるだろ……これじゃ誘えないよ」

「ドラゴンを倒した君なら余裕だろ?」

 

 数日前なら僕もロンと同じことを思っただろうけど、今ならドラゴンともう一回戦う方がラクかもしれないと思える。

 

 

 そしてもう一つの悩みの種はというと、ここ最近すっかりすっかりお馴染みになった光景のことだ。

 

 

 

「――こうした状況を変えるべく、私たち『屋敷しもべ妖精福祉振興協会』は今! 繰り返される奴隷労働という蛮行を糾弾し、虐げられた者たちの声を代弁すべく! ここに立ち上がったのです!」

 

 

 

 連日のように夕食時の大広間前に響く大声……そこにはデカデカと『S.P.E.W.』と書かれた旗をかかげ、ビラを配りながらメガホンでアジる活動家こと、ハーマイオニー・グレンジャーがいた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ハーマイオニーが、ついにイカレちまったぞ。

 

 

 僕――ロン・ウィーズリーが最初にハーマイオニーを皮肉った時、ハリーは「そんな大袈裟な」と楽観視していたけど、今ではその判断が失敗だったと認めている。

 

 色気づいたハリーも大概だったけど、怪しげな政治活動というか社会運動にのめり込み始めたハーマイオニーは、もっと手に負えない。

 

 

「―――にもかかわらず、自由であるはずの学び舎は構造的暴力の温床と化し、中世の暗黒時代に逆戻りしたかのような圧政が人知れず続いているのです! 」

 

 

 どうやらハーマイオニーはワールドカップの後に見た、クラウチの屋敷しもべ妖精に対する対応に、相当ショックを受けたらしい。それからというもの、いくら連中が働くことを生き甲斐にしている生き物なんだと説得しても、まったく聞く耳を持とうとしない。

 

 挙句の果てに『S.P.E.W』とかいう怪しい団体(僕らは密かに『反吐(スピュー)』って呼んでる)を作り始めて、僕とハリーをほとんど無理やりその一員に捻じ込んだ。信じられるかい?

 

 そして当の本人は活動家気取りで、こうして夕食後に大広間から出てすぐの廊下で演説をするのが日課になっている。

 

 

「―――魔法界は彼らを私たちと同じ『ヒトたる存在』と定義しながら、事実上の二級市民……否! 奴隷として虐げてきました! このようなことが許されていいのでしょうか!?」

 

 

 そんなわけで今日も僕はハリーと一緒に「早く終わってくんないかなぁ」とぼやきながら、例の『反吐(S.P.E.W.)』の手伝いをする羽目になっていた。

 

 

「―――こうした二枚舌は現代社会において、我々の信用を大きく傷つける行為に他なりません! 今こそ、魔法界に巣食う虚偽と欺瞞に満ちた悪習を終わらせ、我々は真に自由で公平な社会を目指すべきなのです!」

 

 

 

 計算外だったのは、ハーマイオニーがスリザリンのイレイナに協力を求めたことだ。

 

 

「ね? 酷い話だと思わない?」

 

 ハーマイオニーが「奴隷制、はんたーい」みたいな小難しい話を始めると、イレイナは「成程なるほど」と神妙な顔で頷いていたけど、その口元がうすら笑いを浮かべているのを僕は見逃さなかった。

 

 

 イレイナはスリザリンにしては話が分かる子だけど、いわゆる「良い子」かというと絶対にそんなことはない。

 フレッドとジョージの社交性とトラブルメーカーぶりにパーシーの頭脳を足して、ビルみたいな顔の良さとチャーリーの運動神経を加えて煮詰めたみたいな、色んな意味でやべー奴だ。

 

 

「とりあえず、ネタとしては面白そうですね」

「ネタでもジョークでもありません!」

 

 案の定、ぷりぷりしているハーマイオニーを軽くあしらって面白がっている。ハリーと一緒に「なんとかしてくれ」「お手上げだ」という視線を送ってみるたけど、却って逆効果だったかもしれない。

 

 

「ふむ。私に助力を頼むあたり、ハーマイオニーも中々お目が高い」

 

 

 なにせ信頼と実績が違いますからね、とイレイナは自画自賛する。そして割と完璧超人だから、ロックハートと違って否定できないのが悔しい。

 

 覚えているだけでも、1年目にはクィディッチ賭博、2年目は胡散臭いお祓いグッズとエロ本、3年目は防呪チョッキ、4年目は多面鏡と結構な商才がある。

 

「――分かりました。いいでしょう。ですが、条件があります」

 

 イレイナはそう言うと、ハーマイオニーが続きを促すのを見て口を開いた。

 

「私を顧問として迎える以上、私の方針に従ってください」

「わかったわ」

「では、契約成立ということで」

 

 にやり、と不敵に笑うイレイナ。絶対にロクなことにならないぞ、と僕はハリーに耳打ちしたけど、すぐにその言葉を撤回することになる。

 

 

「では最初に―――書記のハリーと会計のロンですが、労働の対価に宿題丸写し権をあげてやってください」

 

 

 思わず、ハリーと顔を見合わせた。なんてこった。

 

「ハリー、今度からイレイナのこと天使って呼ぼうぜ。いや、女神の方がいいかな……?」

「商売と慈愛の女神、聖イレイナ……悪くないね」

 

 ハーマイオニーは「そんな裏取引みたいなこと……!」って不満げだったけど、イレイナの一言が一瞬で全ての反論を粉砕した。

 

「ハーマイオニー、“奴隷労働”って知ってます?」

「うぐ」 

 

「やーい」

 

 キッとハーマイオニーから睨まれたけど、そういう話なら僕だって『反吐』……じゃなくて屋敷しもべなんちゃら協会の一員になることにやぶさかじゃない。

 

 

 ――それからイレイナのコンサルティングが始まった。

 

 

「ハーマイオニー、自分の話を街頭で人に聞いてもらう時、一番大事なのは何か分かりますか?」

「えっと、やっぱり主義主張の一貫性と論理性?」

 

「見た目です」

 

 身も蓋も無い事を言うイレイナだけど、すっごく分かる。クラウチとかパーシーみたいなのが小難しい話をブツブツ演説してたって、たぶん誰も聞きやしない。

 でもフラーとかイレイナみたいな美人が街角でハキハキと何か話してたら、つい足を止めてしまう通行人は少なくないと思う。

 

 実際、去年のルーピンなんかはグリーングラス妹の暴走で元から高かった評価が天井知らずになってたし、ロックハートなんか中身ゼロのくせに見た目だけで話を聞いてもらえてたし。

 

「話の中身の前に、まず‟話を聞きたい”と思わせる人になりましょう」

 

 そんなわけでハーマイオニーはイレイナに連れ去られ、メイクだのヘアセットだのを手伝ってもらってから、演説するようになった。

 

 ちなみにキチンと化粧したハーマイオニーは、イレイナとかダフネとかのイケてるキラキラ女子グループに自然と馴染めるレベルで、普段のガリ勉もっさり頭どこ行った?みたいな変貌っぶりだ。

 

 

「次はスピーチ術ですね」

 

 イレイナがハーマイオニーに指示したのは、例えば次のようなことだ。

 

 

 心得その1・・・短く、分かりやすいフレーズを繰り返す。

 心得その2・・・言葉だけでなく、ジェスチャーも欠かさない。

 心得その3・・・単調にならないよう、話にストーリー性を持たせる。

 心得その4・・・授業と食事が終わって、ヒマな時間帯を狙う。

 

 

 熱心にメモするハーマイオニーに、イレイナは話し続ける。

 

「掴みは聞き手が共感しやすいように、身近な話題から始めます。最初は静かに語りかけるように、しかし所々に間を作って期待を持たせ、徐々にジェスチャーを交えてください」

「じぇ、ジェスチャー……」

「そうです。最終的に人の心を動かすのは、話し手の情熱です。貴女が本当に屋敷しもべ妖精たちのことを考えているのなら、その熱を身振り手振り全身で表現してください。魂の叫びを、皆さんに届けるのです……!」

 

 おお、なんか凄そう。ハリーもうんうん頷き、ハーマイオニーも鼻息荒く意気込んだ。

 

「私、やってみるわ!」

「その意気です。では、さっそく練習しましょう。大きく息を吸って、拳を握って――」

「こ、こう?」

「まだまだ恥じらいが見えますよ。しもべ妖精たちを思う気持ちより、恥じらいが大きい内は気持ちなんて届きません。もっと激しく、熱く、全身で語るのです」

 

 最初こそたどたどしい棒読みだったハーマイオニーのスピーチだったが、それは徐々に熱を帯び、拳を勢いよく振り上げ、朗々たる声をホグワーツに響かせていった。

 

「そう、そんな感じです。さっきよりも全然よくなりました。もう一回、やってみましょうか」

「ええ!」

 

 テンションの上がったハーマイオニーと、そんな彼女にレクチャーするイレイナ。その結果、最初は辻説法のようだったハーマイオニーの演説も立派なアジ……熱弁へと変化して通行人の興味を引いている。

 

 

 

「―――私には夢があります! それはいつの日か、この国の魔法使いが立ち上がり、すべてのヒトたる存在が平等であるという理想を、真の意味で社会に実現させるという夢です!」

 

 

 そんなハーマイオニーの努力が実ったのか、はてまたイレイナのプロデュースの成果か分からないけれど、『反吐』は今じゃホグワーツ珍百景のひとつとして、ちょっとした名物だ。

 

 見れば、ダームストラング生やボーバトン生もこんな面白いネタはないとばかりに、カメラで写真をとったり、ジョーク・グッズとして色とりどりの会員バッジ(通称:反吐バッジ)を購入する人もいる。

 

 

 そしてフレッドとジョージの2人を売り子として、キュートにデフォルメされた屋敷しもべ妖精のイラストやら無駄にスタイリッシュな『S.P.E.W.』のロゴやらがプリントされた、シャツだのトートバッグだのマグカップだのを土産として売りさばいていた。

 

「へい、そこのボーバトンのお嬢さん! イギリス土産に1つ買っていかないかい? 」

「5個買ってくれたら、1個オマケにつけてやるよ!」

 

 ちなみに一番人気は何故かハーマイオニー自身のキメ顔がモノクロでプリントされたグッズ(通称:グレンジャー雑貨)で、最近売り上げが『セドリック・ディゴリーを応援しよう!』バッジを超えたらしい。

 

「チェ・ゲバラ雑貨じゃないのよ!」

 

 完全に悪戯グッズとかジョーク土産の扱いにされたことで、最初こそハーマイオニーも憤慨して意味不明なこと言ってたけど、これまたイレイナに説得されていた。

 

「世の中は目立ってナンボです。悪名は無名に勝ると言うじゃないですか」

「たしかに、認知度は重要だと思うけど……」

「支持者の数は知名度に比例します。聞いてくれる人が増えれば、そのうち真面目に聞いてくれる人も出てきますって」

 

 そんな感じで、とりあえずは妥協して期間限定でアジテーション&ネタ路線で行くことに決めたらしい。

 

 

 

「――たしかに今はまだ夢物語かもしれません! ですが、いつの日か理想が現実となる時、我々は真に自らの社会を偉大に感じ、誇りに思うことが出来るのです!」

 

 

 そして実際イレイナの言う通り、まずはアーニー・マクミランのようなちょっと意識高い系の生徒から集まり始め、しまいにはビクトール・クラムまでが熱っぽく訴えるハーマイオニーの演説に聞き入るようになっていた。

 

 

「――ハイランドの雄大な山々から、湖水地方の美しい丘の上から、ロンドンの摩天楼から! この美しい社会に、自由と平等の鐘を鳴り響かせましょう!」

 

 

 そんな感じで演説が終わったころには、クラムを含めて十数人ぐらいの聴衆がパチパチと拍手をしていて、ハーマイオニーは少し嬉しそうだった。

 

 

 

 ちなみに『反吐グッズ』の製造を担当しているのは、なんとサヤだ。

 

「――フレッドさん、ジョージさん! 追加のグッズ、持ってきましたー!」

 

「おう!」

「サヤもお疲れさん」

 

 サヤは日頃のエキセントリックな思考・言動とは裏腹に、意外と魔法の腕は悪くない。そんな彼女が何故こんなことに協力しているのかというと。

 

「ハーマイオニーさん、これ終わったら魔法薬の調合ちょっと見てもらっていいですかー?」

「ええ、もちろん。ちょっと待っててね」

 

 例の合コンの後、唐突にサヤがハーマイオニーに取引を持ち掛けてきたのだ。「活動に協力する代わりに、魔法薬学の調合に関するアドバイスが欲しい」と。

 

 ハーマイオニーはいたく感激したらしい。

 

 活動に(一応)参加してくれたことは元より、勉強で後輩の女子に頼られたことも嬉しいらしく、「もちろんよ!なんでも聞いて!」などと安請け合いしてしまった。

 

 けれども僕は知っている……サヤの善意には裏があるということに。関わりたくないから口には出さないけど。

 

「じゃあ、ボクは先に談話室に戻っているので!」

 

 そのまま風のようにびゅーっと去っていくサヤ。なんというか、本当に嵐のような子だ。

 

 

 

「ロン、そこ計算間違ってるよ」

「え、どこ?」

 

 ちなみに僕は会計として、フレッドとジョージが売った『反吐』グッズの売り上げを羊皮紙に書き込むのが仕事だ。ハリーは書記ということになっているけど、イレイナから自動速記羽ペンを購入してからは割と暇を持て余している。

 

 

 ハリーと一緒に計算をしていると、大広間から夕食を食べ終わったらしいイレイナが不敵な笑顔でやってきた。

 

「うふふ……売り上げは順調みたいですね」

 

 ちなみに『反吐グッズ』の黒字のうち3割はコンサル料として、イレイナの手元に入っている。4割はフレッドとジョージの取り分で、残った3割が活動費用という割とアコギな商売だ。

 

「ねぇロン、僕ちょっと前から思ったんだけど」

 

 ふと思い出したようにハリーが言う。

 

「ハーマイオニーの活動って、完全にイレイナのセコいビジネスに利用されてるだけじゃ――」

「友よ、それ以上いけない」

 

 少なくともこの茶番が続いている間、ハーマイオニーは僕たちに宿題を丸写しさせてくれる。そこが重要だ。

 

「おや、ようやくハリーも気づきましたか」

 

 ひょっこりイレイナが顔を出してきた。悪い魔女の顔で。

 

「バレてしまっては仕方ありません」

「君って……」

「というのは半分ほど冗談で」

 

 半分は本当なんかい。

 

「ハーマイオニー、ちょっといいですか?」

「あっ、イレイナどうしたの?」

「今週の日曜午前なら、会合の都合がつくようですよ」

 

 イレイナがそう言うと、ハーマイオニーは嬉しそうに破顔した。

 

「ダンブルドア校長とスネイプ先生、フラン先生なんかも来るの?」

「話は通しておきました」

「やった!」

 

「何の話だい?」

 

 僕が聞くと、イレイナはこう答えた。

 

「ハーマイオニーの活動が真に実を結ぶためには、生徒たちに訴えるだけじゃ足りません。ホグワーツの屋敷しもべ妖精の待遇改善を本気でやろうとすれば、先生方に納得してもらわないと」

 

 たしかに、そりゃそうだ。

 

 とはいえ、スネイプの研究室に押し入って屋敷しもべ妖精の解放なんて訴えたら、グリフィンドールが何点減点されるか分かったもんじゃない。

 

 そんなわけでイレイナがアポをとって先生方を一堂に集め、ハーマイオニーが改めて現状の改善を訴える場を作る………というのが、『反吐』活動の次なるステップのようだった。

 

 

 そして僕たちの誰一人として、ハーマイオニーに最大の試練が訪れるだなんて、思いもしなかったのだ。

  




ハリー
 意中の相手に親しい異性がいないからといって、簡単に話しかけられる訳でもない問題。

ハーマイオニー
 イレイナたちのコンサルティングで美人化に磨きをかけている&演説も上手くなり、図らずも選挙パフォーマンスのノウハウを身に着けたことで、たぶん将来に魔法大臣とか目指そうと思った時に役に立つ。

クラム
 ハーマイオニー目当てで演説を聞いている。

S.P.E.W.
 良くも悪くも資本主義に毒された模様。

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