ハリー・ポッターと灰の魔女   作:アストラマギカ

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※前回に引き続き、ロン視点
※一部ストーリー上の展開でマグルに批判的な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。


第24章 ~ハーマイオニーの受難~

 

 『屋敷しもべ妖精福祉振興協会』の次なる目標として、僕――ロン・ウィーズリーの親友ハーマイオニーが定めた目標は、先生たちの説得だった。

 

「――ではハーマイオニー、専門家である先生たちを説得するのに必要なことは何だと思いますか?」

「主張の論理性とそれを裏付ける根拠かしら?」

「その通りです」

 

 イレイナは根拠を示すためには、まず類似する事例を集めることから始めるべきだとアドバイスした。

 

「論より証拠――自分の主張を裏付ける根拠となる事例を集めれば、おのずと結論も課題も見えてきます」

「そういうものなの?」

「文献調査と事例検証を甘く見てはいけませんよ。ちなみに私はそれで、既に第2の課題が何か解き明かしました」

 

 隣にいたハリーが「えっ」と目を点にするのをよそに、ハーマイオニーは「分かったわ!」と意気込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 かくして迎えた日曜日、大教室にて『大英しもべ妖精学会 1994年度・冬季研究発表会 特別講演』と銘打たれたセッションで、ハーマイオニーは1時間ほどの講演を始めた。

 

 

 「魔法使いと屋敷しもべ妖精の労使関係に関する一考察 ~ホグワーツを事例に~」

 

 

 そんな感じのタイトルで、何十冊もの本やら先行研究やらを元にヒアリングやアンケート調査を加えた、超大作をプレゼンしていくハーマイオニー。

 

 

「――こうした歴史的な経路依存性を踏まえつつ、本研究では“屋敷しもべ妖精は社会的圧力の中で滅私奉公するよう洗脳され、奴隷労働を強いられている”という仮説を実証することを目的とし……」

 

 

 生徒もアーニー・マクミランみたいな意識高い系から、ザカリアス・スミスのように冷やかし目的で参加した冷笑系、純粋に学術的な興味で参加したレイブンクロー生、僕とハリーみたいな友人づきあいで参加した人、そしてどういうわけかビクトール・クラムまで出席していて、すぐクラム目当ての生徒たちで教室は一杯になった。

 

 

「では、なぜ屋敷しもべ妖精は生涯無給で隷従する事を名誉とし、主人に対して絶対的な忠誠を誓い、逆に相応の対価や自由を求める事を不名誉とするのでしょうか?」

 

 

 だってそういう生き物だからじゃないの?と僕を始め多くの聴衆が困惑する中、ハーマイオニーが映写機で映し出したのは意外なものだった。

 

 

 ――明らかに深夜と思われる夜景をバックに、大量の書類と怪しげなドリンクが乱立するデスクで、虚ろな顔をしながらスーツ姿で黙々と働くマグルたち。

 

 

「残念ながら屋敷しもべ妖精の自発的な無給労働の実態について、魔法界で研究蓄積は私の知る限り存在しません。そこで類似の先行研究として、マグル界における労働問題についての研究事例を調べました」

 

 

 冷やかし目的で来ていたと思われるパンジー・パーキンソンら何人かのスリザリン生が、予想外の展開にクスクス笑いを止めて、興味を惹かれたように身を乗り出した。

 

 

「意外かもしれませんが、屋敷しもべ妖精のような働き方は、マグルの一部で時おり見られる光景であり、中には働き過ぎて死亡してしまう人すらいるほどです」

 

 ハーマイオニーは「もちろん全てのマグルがそうではありませんが」と付け加えたものの、パンジーら純粋魔法族の生徒たちは軽く引いていた。

 

 

「彼らは時として給料が出ずとも長時間の残業や休日の出勤・接待などを厭わず、そうした扱いに異を唱えることは不名誉とされ、自らの身や家庭をも顧みず()()()()粉骨砕身で働くのです」

 

 

 ザカアリアス・スミスが漏らした「そいつらキチガイなんじゃないか……?」という呟きは、たぶん純粋魔法族たちの思いを代弁している。

 一方でマグルに育てられたハリーや親戚にマグルがいる生徒たちは引きつった苦笑いを浮かべていて、ハーマイオニーの話が捏造でないことを証明していた。

 

 

「多様なマグル界では‟労働は悪”とされている地域もあれば、‟家庭より仕事”が社会規範となっている地域もあります。そのような違いが生じる理由は、果たして一部のマグルだけが‟奴隷のように仕えることを喜びとする、変わった生き物だから”なのでしょうか?」

 

 

 ここでハーマイオニーは最初の仮説――屋敷しもべ妖精は社会的圧力の中で滅私奉公するよう洗脳され、奴隷労働を強いられている――を再び持ち出し、マグルの仕事中毒や過労死、やりがい搾取と同じ状況が屋敷しもべ妖精にも生じているのではないかと主張した。

 

 

「マグルのケースでよく指摘されるのは、仕事とプライベートの自己同一化です」

 

 

 例えば、職場以外の人間関係を断ち切り、家族ごと会社に縛り付けることで「会社だけが自分の居場所」だと思うように人格改造したり。あるいはプライベートを重視することを「プロ意識がない、無責任だ」などと否定し、滅私奉公するように洗脳したり。

 

 

「続いて、屋敷しもべ妖精へのヒアリング調査の結果をご覧ください」

 

 

 ――解雇された屋敷しもべ妖精が新しく仕事を見つけるのは難しいのです。

 

 ――ご主人様には、あたくしが必要です。あたくしの助けが必要なのです!

 

 

 第1の課題のあと、厨房で再会したドビーとウィンキーの発言(さすがに名前は伏せられていた)だったが、ハーマイオニーはそれを次のように解釈したらしい。

 

 

「‟ここを辞めるようなら他でもやっていけないぞ?”と転職の困難さに付け込んだり、あるいは‟お前がやらなかったら周りが困るんだ”と仕事に対する責任感に付け込んだり……マグル界の労働搾取でみられるのと似たケースが、屋敷しもべ妖精と魔法族の間にも存在すると私は考えています」

 

 

 では、なぜ付け込まれてしまうのか。

 

 

「これは推測ですが、屋敷しもべ妖精は基本的に生まれてから死ぬまで同じ名家に仕え続けるため、他者や教育に触れる機会が少ないことが原因なのではないかと考えています」

 

 

 魔法族であれば、ホグワーツや職場で沢山の他人と接し、多種多様な価値観を知ることができる。

 

 けれど、屋敷しもべ妖精たちが仕えるべき家とその家族以外の他人との繋がりを持たず、また「しもべ」として必要なスキル以外の知識を学ぶ機会がないのだとしたら……。

 

 

 ――社員は家族だ。家族だから、自分を犠牲にしても尽くさなければならない。そして家庭内の問題には、他所が口を出すべきではない。

 

 

 マグルの悪徳企業が社員を洗脳するのと同じ手口で、屋敷しもべ妖精たちも洗脳されていったのではないか。それが、ハーマイオニーの立てた仮説だった。

 

「続いて、実証分析に入ります。アンケート調査の結果は、お手元の資料4ページに……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「――発表は以上になります。ご清聴ありがとうございました」

 

 発表の最後にハーマイオニーが軽く礼をして、映写機のスライド画像に「Thank You!」の文字が表示されると、司会役のイレイナが口を開いた。

 

 

「では、講演に関する質問に移りたいと思います。質問のある方は挙手をどうぞ」

 

 

 さっと、教室のあちこちで先生たちの手が上がった。最初の質問者は僕たちの寮監、厳格で知られるマクゴナガル先生だった。

 

「ホグワーツ副校長のミネルバ・マクゴナガルです。ミス・グレンジャー、大変興味深い発表をありがとうございました。その上で、ひとつよろしいでしょうか」

 

 マクゴナガルはそう言って立ち上がり、ハーマイオニーの方を見つめた。

 

「聞き逃したのかもしれませんが、そもそもの『洗脳』の定義について確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 洗脳っていったら洗脳じゃないの? と一瞬そんな風に思ったけど、改めて説明しろと言われるとちょっと悩む。でもハーマイオニーは僅かな間を置くだけで、すぐに口を開いた。 

 

「はい、いわゆる『洗脳』とは一般的に『強制力を行使して、ある人の思想を改造し、別の思想へと変化させる』ことを指します」

「ではミス・グレンジャー、屋敷しもべ妖精たちが『洗脳』されていたことは、どうやって証明するのでしょうか? 屋敷しもべ妖精たちには、どのような『強制力』が使われていたのですか?」

 

 開幕から畳みかけるような怒涛のマクゴナガル攻勢に、ハーマイオニーもしばらく口をパクパクさせていたが、ややあって思いついたように「あ、はい!」と声を張り上げた。

 

「手元の資料の3ページ右をご覧ください! M家で働いていたDさんという屋敷しもべ妖精の事例があります!こちらのケースでは主人による虐待が繰り返し行われた結果、自分で自分を罰するように調教されたとの回答が得られました」

 

 それからハーマイオニーが詳細を説明し、どうだ?と言わんばかりに見返すとマクゴナガルは少し面白そうな顔になった。

 

「説明をありがとうございます。該当するケースが存在することは分かりました」

 

 ただ、とマクゴナガルは付け加えた。

 

「屋敷しもべ妖精にも、我々のように個人差があります。このDさんという屋敷しもべ妖精のケースが、どこまで他の屋敷しもべ妖精に当てはまるのか知るためにも、もう少しサンプルが欲しいですね」

 

 最後のはコメントです、とマクゴナガルは言って質問を終えた。ハーマイオニーは少し赤くなっていた。

 

 

 

「はい、では次の方――」

 

 司会のイレイナがそう言うと、またもや数人の手が上がった。

 

「それではフラン・ビエラ教授、よろしくお願いします」

 

 イレイナが指名してマイクを浮遊呪文で渡したのは、イルヴァーモーニーのフラン先生だった。フラン先生は「おっほん」と咳払いして、何を考えてるか分からない糸目のまま質問する。

 

 

「基本的な質問で恐縮ですが、なぜホグワーツを研究対象地として選んだのか、その理由をお聞きしても?」

 

 

 えー、そこ聞くの? そんなもん「身近だから」じゃ駄目なの? という僕たち生徒たちの反応に、フラン先生は付け加えた。

 

「例えばですね、屋敷しもべ妖精が多く働いている場所というなら、魔法省でもいいわけですよ」

 

 言われてみれば……そこは盲点だったかも。

 

「もう一点、屋敷しもべ妖精の大半は名家の屋敷で働いています。むしろ一般的な話をするのであれば、名家を巡ってアンケート調査なりをする方が適切ではないでしょうか?」

 

 ニコニコとした笑顔のまま、えげつない正論の暴力でハーマイオニーを殴りかかるフラン先生。

 

 なんかもう、僕ちょっと怖くなってきた……。

 

「えっと、はい。ビエラ教授のご指摘はごもっともかと思います」

 

 ハーマイオニーは毅然として答えた。

 

「まずは2つ目の質問への回答となりますが、フクロウ便で聖28一族をはじめとする名家に調査協力を依頼したのですが、残念ながら快い返事は得られませんでした。各家庭のプライベートなどもあり、こうした場で発表するのは今後も難しいかと」

 

 ちょっと棒読みだけど、どうやらフラン先生の質問はある程度予想していたらしい。

 

「そこで私は、研究対象を公共の場に絞ることにしました。魔法省を選ばなかったのは、あちらで働いている屋敷しもべ妖精の中には専門性の高い仕事についていることも多いため、より一般的な家庭内労働に従事しているホグワーツを対象とした方が、適切だと判断したからです」

 

「その言い方だと、消去法でホグワーツを選んだように聞こえるのですが?」

 

 ヒェッ……。

 

「あ、いや、そういう訳ではなくて―――」

 

 あたふたとするハーマイオニー。

 

「えっと、魔法省で屋敷しもべ妖精が働き始めたのは近代以降のことで………はい、先行研究や文献との整合性と連続性をとるためにも、古くから屋敷しもべ妖精を雇用しているホグワーツを対象とした方が、……その、私の『屋敷しもべ妖精は社会的圧力の中で滅私奉公するよう洗脳され、奴隷労働を強いられていた』という仮説を裏付けるのにふさわしいと考えました!」

 

 ちょっと苦し紛れな部分もあったけど、どうにかハーマイオニーは乗り越えた。

 

 

 

「では、他に質問のある方は挙手をお願いします。えーっと、じゃあ―――ダンブルドア校長」

 

 イレイナの手から、マイクがダンブルドアの手に移る。ダンブルドアは「ほっほっほ」と大御所っぽい好々爺じみた微笑みを浮かべ――。

 

「ありがとう。では、素人質問で申し訳ないのじゃが……」

 

 うん、僕もう分かってきた……自分で素人とか言ってくる人、絶対に素人でも何でもない。

 

 

「肝心のホグワーツで働いている屋敷しもべ妖精に対して、ヒアリング調査は行ったのかね?」

 

 

 恐らくマクゴナガルやフラン先生ですら敢えて口に出さなかった研究の穴に、直球で切り込んでくるダンブルドア。

 

「いや、たしかに文献をよく調べておる。労働問題という枠組みの中でマグルの先行研究を取り上げ、共通点を探そうという着眼点も実にユニークじゃ。それだけに、どうしても気になってのぅ」

「えっと、一応したにはしたのですが……」

 

 もごもごと口ごもりながら、触れてほしくなさそうな様子で答えるハーマイオニー。そんな彼女を見て、ハリーと目を合わせる。

 

(僕も立ち会ってたから分かるけど、いざヒアリングしてみたら「現状に何の不満もありません!」って答えばっかりで、その結果を公表したら奴隷労働仮説が成り立たなくなっちゃうしな……)

 

 

 しかし伊達に学年二番(去年と一昨年はイレイナが一番だった)の秀才をやっているわけではなかったらしく、自説にとって不利な調査結果を補足資料として提示しつつも、ハーマイオニーはこう切り返した。

 

「本研究においては“屋敷しもべ妖精は洗脳されている”という仮定を置いており、屋敷しもべ妖精のヒアリング回答は洗脳による影響が疑われるため、調査結果の活用は要検討といった風に考えております」

 

 仮定とはいえ、洗脳されている人間の証言はアテにならないはずだ、という理論武装だ。

 

「また、ヒアリングの信ぴょう性についても改めて慎重に評価する必要があると考えています。例えば裁判等において証言は重要な証拠であるものの、相手によって内容が変化してしまうという不安定さが指摘されています」

 

 ハーマイオニーが指摘したのは、少数派の屋敷しもべ妖精たちが遠慮して、多数派の魔法族にとって都合がいい回答をしている可能性だった。

 極端な話、例のあの人の支配下で「純血主義は素晴らしいと思いますか?」とマグル生まれに質問しても100人中100人が「はい」と答えるに決まってる、という理屈だ。

 

 ダンブルドアはゆっくりと頷いた。

 

「たしかに、その点は難しい問題じゃ。これらの分野の研究はイギリスでは多くないが、大陸の方ではゲラート・グリンデルバルドがいかにして人心を掌握し、また同調圧力を利用して勢力を拡大したかについて、少し前まで盛んに研究が行われておってのぅ。後でいくつか参考になりそうな論文を、君に紹介しよう」

 

 単に論破しようとするのではなく、指摘によって生じた新しい課題について解決策に向けたアドバイスまで行うあたり、さすが大御所ダンブルドアといった貫禄だった。

 

 

 しかしハーマイオニーがホッと息を吐く間もなく、続けて手を挙げたのはスネイプだった。

 

「吾輩の知識不足が原因かとは思いますがね――」

 

 スネイプは意地悪く、ねっとりした声で言った。

 

「ホグワーツの生徒を対象にした、屋敷しもべ妖精に対する意識調査についてなのだが」

「はい」

「どうにもサンプルに偏りがあるように思える。君のお友達が多いグリフィンドール生が明らかに多く、対してスリザリン生の回答は1割にも満たない。そして性別と年齢についても、君が話しかけやすいであろう同性の女子生徒と、面倒なアンケートであっても断り切れない下級生ばかり」

 

 ニタニタと薄ら笑いを浮かべるスネイプに、ハーマイオニーは今度こそ涙目になる。

 

「グレンジャー、賢い君ならバイアスという言葉は知っていると思うが」

「…………知っています」

「サンプルの偏りについて、どう処理したのかね?」

「えっと、その」

「もし吾輩の知らぬ新しい手法なり理論なりに従ったというのなら、是非ともこの場で教えて頂きたい」

 

 悔しそうに歯ぎしりするハーマイオニー。

 

「……ご指摘いただいた点については真摯に受け止め、改めて今後の課題に………」

 

 ほとんど消え入りそうな声だった。

 

 

「グレンジャーさん、私は専門外なので詳しくないのですが――」

 

 その後も、色々な先生が矢継ぎ早に質問をしてくる。

 

「ミス・グレンジャーの仮説設定ですが、指標の客観性に疑問が――」

「比較研究をもっとされた方が――」

「資料7ページで引用されてる法律は儂が作ったのじゃが――」

 

 

 そんな質問と答弁が延々と1時間ほど続いた。地獄を見ているかのようだった。

 

 

 時おりハリーと顔を見合わせるも、「いたたまれない」以外の感想が出てこない。

 

 ただ見ているだけの僕たちまで震えそうになっちゃうような怒涛の質問を受けて、最後まで逃げ出さなかったハーマイオニーを僕は本気で尊敬した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――えー、まだまだ質問やコメント等はあると思いますが、時間になりましたので本日のセッションはここで終わりにしたいと思います。質疑応答の続きがあれば、後日フクロウ便でお願いします」

 

 

 時計を見ながらそう締めくくったイレイナの声が、まるで天使の救いのようにすら聞こえる。

 

「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」

 

 そしてほとんど公開処刑みたいな質問タイムを終えると、先生方からは割れんばかりの拍手が送られた。

 

 

 フリットウィックとスプラウトが「今年はなかなか骨のある学生がおりますな」「全く、喜ばしいことです」みたいな会話をしてる中、マクゴナガルがハーマイオニーに近づいてきた。

 

「ミス・グレンジャー、お疲れ様でした。大変だったでしょう」

 

 にこやかに微笑むマクゴナガル。

 

「先ほどは厳しいことを言ったかもしれませんが、貴女の歳でここまで調べられる魔女はそう多くありません。期待していますよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そしてハーマイオニーは先生たちから解放されると、僕とハリーは一目散に駆け寄った。

 

「ハーマイオニー!」

「大丈夫!?」

 

 僕たちが駆け寄ると、ハーマイオニーはようやく緊張がほぐれたのか、わっと泣き出した。どうしたらいいか分からず、困惑しながらハリーと一緒に頭を不器用に撫でたり背中をさすったりする。

 

 

「あ、イレイナがグレンジャー泣かせた」

「いーけないんだ、いけないんだー♪」

「せーんせーに言ってやろー♪」

 

「いや泣かせた原因はむしろ先生方なんですが……」

 

 いつもの取り巻きスリザリン女子3人組の煽りを軽く受け流し、イレイナはフラン先生にぼやいていた。

 

「あの、さすがに大人げないと言いますか……相手は14歳の子供なんですから、もっとこう手心をといいますか」

「イレイナ、それは違いますよ」

 

 人差し指を立て左右に振り、否定のジェスチャーをするフラン先生。

 

「貴女たちぐらいの年齢の子は逆に、子供扱いした方がもっとヘソを曲げます」

「そういうもんですか」

「そういうもんです」

 

 よく分かんないけど、あの二人は割と気が合うらしい。あとイレイナはなんで自分も保護者側みたいなノリで話してるんだろう……?

 

 

 

「ハーミー・オウン」

 

 意外だったのは、ビクトール・クラムがハーマイオニーのところへやってきたことだった。

 

「えっと、何か用かしら?」

「とても面白い発表、でした。ヴぉくから、いくつか質問してもいいですか?」

 

 まさか屋敷しもべ妖精の労働問題でクラムに質問されるとは思ってもいなかったらしく、ハーマイオニーはしばらくポカンとしていたが、すぐに頬を赤らめて「ええ、もちろん!」と嬉しそうに返した。 

 

「ハーミー・オウンがこの活動を始めたのは……あー、その……お金のため、ですか?」

 

 予想外の質問に、ハリーがクスッと吹き出す。恐らくクラムは、『S.P.E.W.』活動を利用してコラボグッズを売りさばいていた、イレイナたちとグルだと思ったのだろう。

 

 ハーマイオニーは首を振った。

 

「そういう人もいるけど、私は違うわ」

「では、何のためですか?」

「自分が正しいと信じていることを、やってみたいからよ」

 

 まだ目元は少し泣き腫れていたけれど、ハーマイオニーはきっぱりと答える。

 

「たしかに、今日の発表では色んな問題点を指摘されたわ。だから、これからどう改善すればいいのか考えるつもり」

「ハーミー・オウンは……まだ、続けるつもりなのですか?」

「ええ。むしろ燃えてきたわ」

 

 あれだけボコボコにされて、それでも折れずに立ち上がろうとするハーマイオニーを見て、もう呆れるやらおかしいやらで言葉も出ない。

 

 けれど、クラムはじーっとハーマイオニーを見つめて、真剣な声で言った。

 

「変わらない、かもしれません。もっと悪くなる、かも」

「かもしれない。けど、変えたいのよ」

 

 ハーマイオニーは挑むような目つきで、正面から大柄なクラムを見上げる。見つめ合うような格好のまま、再びクラムが口を開いた。

 

「ありがた迷惑……かもしれません」

「そうならないよう、少しずつ段階的に進めていくつもり」

 

 ハーマイオニーは続けた。

 

「マグルのイギリスが誇る民主主義だって、最初から受け入れられたわけじゃない。中世の小作人にいきなり選挙権を与えたって、ありがた迷惑でしょうね。けど、時代も人の価値観も、少しずつ変わるものよ」

 

 もちろん人権だの選挙だのが当たり前の権利として認められるまでには、多くの犠牲と血が流れた。今なお問題点をあげればキリがないし、それを理由に民主主義を否定する地域だって少なくはない……そうハーマイオニーは語る。

 

「だとしても、やはり私はより良い明日を願わずにはいられないわ」

 

 救国の英雄だって、過去には無駄な犠牲を何人も出しただろう。伝説的な名選手だって、何度も無様に負けただろう。偉大な発明家だって、何回も失敗した。それでも、彼らは挑戦し続けた……そう言ってから、ハーマイオニーはどこか誇らしげに。

 

「偉大なマグルの発明王、トーマス・エジソンはこんな言葉を残しているの」

 

 

 ――私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ。

 

 

「無数の挑戦と失敗があったから、マグルたちは魔法なしでも技術や制度を発展させられた。マグル学でバーベッジ先生も、そうおっしゃっていたわ」

 

 ハーマイオニーはそれから、ダフネたちとおしゃべりしているイレイナを一瞥した。夏休みにGM社で画期的な魔道具を発明するために、何度も失敗を重ねたことを思い出しているのだろうか。

 

 

 ハーマイオニーは再びクラムに視線を向けた。

 

「クラムだってワールドカップの時、自分が正しいと信じたからスニッチを取ったのでしょう?」

 

 話題の矛先が自分に飛んだことで、クラムは虚を突かれたような表情になる。それから、苦しそうに顔をしかめた。

 

「ヴぉくは……」

 

 クラムは俯き、黙り込んでしまう。

 

 敵チームが160点もリードしてる試合でスニッチを取って敗北したクラムのプレーは、賛否両論だった。絶対に縮められない点差を前にダメージを最小限に抑えたと支持する声もあれば、なぜ仲間を最後まで信じなかったのかと非難する声もあった。

 

 

「ヴぉくはあの時……本当は、スニッチを取りたくは無かった」

 

 

 逆転勝利の可能性に賭けたかった、と感情を絞り出すように語るクラム。

 

「けれど、取らなけれヴぁいけなかった……ヴぉくはプロだから、ヴぁがままは許されない。現実を見ないと、いけなかった」

 

 プロだという言葉とは裏腹に、その姿は僕たちと同じように悩んだり迷ったりする、一人の青年にしか見えなくなって。

 

 そんなクラムに、ハーマイオニーは。

 

 

「……あなたは、大人なのね」

 

 

 ハッとクラムが顔をあげた。

 

「あなたはきっと、正しいことをしたのだと思うわ。自分の為ではなく、チームの為に。やりたいからではなく、やるべきことをした」

 

 大人とは、プロとは、そういうものだ。大成功を夢見るのではなく、現実的な最適解を選ばねばならない。自分の行動には、常に責任が付きまとうのだから。

 

 

「たぶん私もホグワーツを卒業したら、色々なことを諦めたり、もっと現実を見て妥協を覚えなきゃいけないんだと思う。あなたのような、大人にならなければいけないんだと思う」

 

 でも、とハーマイオニーは優しく微笑んだ。

 

「だからこそ――今はまだ、夢を見て、それを追いかける子供でいたいのよ。いつか大人になった時に現実を見て、悔い無く立ち止まれるように」

 

 

 背も伸びたし、オシャレも覚えた。

 人によってはバイトも始めて、キスだって済ませているけれど。

 

 僕たちはまだまだ青臭くて夢見がちな、どうしようもない年頃で。

 大人が見れば明らかに遠回りな道を、笑っちゃうぐらい全力で走っている。

 

 

「貴女は……強い人だ」

 

 クラムは熱に浮かされたようにハーマイオニーをまじまじと見つめ、ぽつりと呟いた。そして、不意に片膝をつく。

 

 驚くハーマイオニー、僕とハリー、先生たち、そしてイレイナたちスリザリン生の視線が集中するのをものともせず、ビクトール・クラムははっきりとこう口にした。

 

 

「ヴぉくと一緒に―――ダンスを踊ってくれませんか?」

 

 

 

 えっ?

 

 

 

「「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇッッッ!!!?」」」」」

 

 




東洋のとある会社しもべマグル
「会社しもべマグルが仕えるのは、お金のためじゃないのです!お客さまを幸せにした分だけ“ありがとう”が返ってくるのです!それを集めるために働くのです!」

 イギリスでもワーカホリックは社会問題になってるみたいですし、たぶんハーマイオニーには屋敷しもべ妖精の「好きで働いている」が某飲食店のガリガリの人みたいに見えてるんじゃないのかなぁという。
 
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