ハリー・ポッターと灰の魔女 作:アストラマギカ
木曜日、マクゴナガルの「変身術」が終わると僕――ハリー・ポッターを含めて生徒全員が、大広間に集まるように言われた。
何の事だろう?と思いつつも大広間に辿り着くと、そこにはスリザリンやハッフルパフ、レイブンクローの4年生以上が勢ぞろいしていた。
教職員席にはスネイプとスプラウト先生にフリットウィック先生、巨大なラッパのようなものが生えた蓄音機を準備しているフィルチに、なぜかフラン先生も一緒に座っていた。
「皆さんにお話があります。既に知っている生徒も少なくないかもしれませんが、クリスマス・ダンスパーティーの日が近づいてきました」
マクゴナガル先生がいつものお堅い口調で生徒たちを見渡すと、そこかしこで女子のクスクス笑いと男子のニヤニヤ笑いが起こった。
当日は夜8時から深夜12時までダンスパーティーが行われるとのことだが、もはや大半の生徒にとっては今さらな話だ。ダンスを楽しみにしているか、面倒に感じているか、プレッシャーを感じているかは個人差があるけれど。
「4年生以上は3大魔法学校対抗試合の伝統として、ボーバトンやダームストラングのお客様と共に、楽しいクリスマス・イブの夜を
ダームストラングの名前が出たところで、生徒たちの視線は一斉にハーマイオニーへと向かった。ビクトール・クラムがハーマイオニーを誘ったという大事件は瞬く間に3校を駆け巡り、もはや知らぬ生徒はいないほどだ。
――クラムから誘われた後、ハーマイオニーは一旦返事を保留していた。
「お誘いは嬉しいけれど……もう少し、お互いを知ってからの方がいいと思うの」
クラムの方も「ヴぁかりました」と急かすことなく、食事の時に簡単な世間話をするなど正しく国際交流をしていたのだけれど、これがロンを不機嫌にさせた。
「あいつはダームストラングだ! ハリーの敵なんだぞ!」
ロンはハーマイオニーがとんでもない罪を犯したかのように、事あるごとに責めるようになじった。
「なのに君ときたら――クラムと――ハリーの敵と、ベタベタしている!」
「敵ですって? そもそも三大魔法学校対抗試合は、外国の魔法使いと知り合いになって、友達になることが目的のはずよ」
「違うね!敵を倒して、勝つことが目的だ!」
ロンが叫ぶと、ハーマイオニーはムスッとして眉をひそめた。
「あら、あの人が到着した時、大騒ぎしてたのは誰? サインを欲しがったのはどなた?」
「あいつはカルカロフの生徒だ」
ロンは歯ぎしりするように言った。
「ハリーに近づいて弱みを握ろうとしているか、例の『反吐』活動を利用して、君を浮かれさせて騙そうと――」
失礼な言いがかりに、ハーマイオニーもカチンと来たらしい。
「そう――それがあなたの本音ってわけね! あなたがビクトールをどう思っていて、『S.P.E.W.』のことと私のことを内心どう思っていたか、よく分かりましたとも!」
ハーマイオニーはキッとロンを睨みつけて、荒々しく人ごみの中へと去っていく。
「おい! どうするつもりだよ?」
「返事をするの! 答えはもちろん――イエスよ!」
そんなわけでハーマイオニーはクラムのパートナーとなり、ロンを除いた大勢のグリフィンドール生から祝福の言葉で迎えられていた。『S.P.E.W.』の一件で有名になっていたこともあってか、ハッフルパフ生やレイブンクロー生も、多くは喜んでくれている。
スリザリン生に至っては、こっちが呆れるぐらい露骨に手のひらを返した。
トレイシー・デイビスやソフィー・ローパーなんかは今まで散々「穢れた血」とか陰口を叩いてたくせに、ハーマイオニーが“ビクトール・クラムのパートナー”になった途端、馴れ馴れしく「ハーマイオニーちゃん」とか「グレンジャーさん」とか呼び出す始末だ。
「なんか一周回って、まだ未練がましく私の陰口叩いてるマルフォイとかパンジーの方が清々しく思えてきたわね……」
「人間なんてそんなもんですよ。ノリで陰口叩いたり、雰囲気でベタ褒めする生き物ですから、大事なのはそれにうまく乗っかる事です――って悪い大人の人が言ってました」
イレイナの言葉を聞いて、何故かメガネをかけたコガネムシみたいな女の人が思い浮かんできたけど、たぶん気のせいだろう。
――そんなこんなで。
生徒たちのざわめきをよそに、マクゴナガル先生が語り続ける。
「いいですか、1000年以上にわたって我が校に受け継がれてきた名声を、たった一晩で汚してはなりません。生徒一人一人が自覚をもって、それぞれの役目を果たすように」
ブレーズ・ザビニやロジャー・デイビース、シャーリー・フォーセットにトレイシー・デイビスといった異性関係の派手な生徒が友人たちから「お前のことだぞw」と煽られ、わざとらしくとぼけたり笑顔で中指を立てている。
「ダンスは身体を伸び伸びと放つのです。男の子の中には雄々しいライオンが、そして女の子の中には優雅な白鳥が飛び立つ時を待っていることでしょう」
マクゴナガル先生が言うと、ロンが冗談めかしてシェーマスに話しかけた。
「‟優雅な白鳥”って、エロイーズ・ミジョンとか?」
「それ言っちゃダメな奴だぜ、ロン」
クラムの件で鬱憤が溜まっていたとはいえ、ニキビ面のエロイーズ・ミジョンをからかったバチが当たったらしい。ニヤニヤ笑っていたロンたちは、ふと動きを止めたマクゴナガル先生に目をつけられてしまった。
「これから私が見本を見せます―――ミスター・ウィーズリー、こちらへ」
「そんな!?」と慌てふためくロンをマクゴナガルが手招きし、渋々ながら広間の中心に移動するロン。背後ではディーンたちが忍び笑いを漏らしていた。
「ではウィーズリー、右の手を私の腰に回して」
「え、どこ?」
「腰です」
心底嫌そうな顔のままロンは唇を真一字に結び、やがて覚悟を決めたようにマクゴナガルの腰に右手を回した。他の生徒たちは必死に笑いを堪えている。
「左手は伸ばして……はい、ワン・ツー・スリー」
フィルチが蓄音機で音楽を流し始め、ぎこちないステップを踏み始めるロンと、けっこう上手に踊り出すマクゴナガル先生。スリザリンの椅子では、マルフォイはもちろんダフネたちまで噴き出しているのが見えた。
「ウィーズリーに素敵なパートナーが出来て残念だよ」
「あれは一生ものの思い出になるね」
さすがにスリザリン生に囃し立てられている中で乗っかるのは可哀そうだと思ったのか、意外にもフレッドとジョージは静かに俯いていたけれど、時おり笑いを堪えるように震えてはお互いを肘でどつき合っていた。
「さぁ、では皆さんも一緒に!」
そしてマクゴナガルが合図をすると、僕たちもペアを組んで簡単なダンスの練習をすることになった。パートナーのいる生徒はその相手と、いない生徒は近くの生徒とだ。
近くにいたパーバティと練習している間、周囲の様子を横目に見ると―――パンジー・パーキンソンとドラコ・マルフォイのペアが目に入った。
パンジーは普段のキツめの性格が嘘のような笑顔で全身から幸せオーラを放っているし、マルフォイの方も日頃の嫌味な金持ちドラ息子ぶりからは考えられないぐらい、優雅かつ紳士的にパートナーを務めている。
(というか、普通にダンスすごい上手いな……!?)
これまでの積もり積もった恨みがあるから口には出さないけど、2人ともダントツに上手い。純血名家同士だからダンスの技術はもちろん、幼馴染でもあるから息もぴったりだ。
2人だけでなく、スリザリン生は全体的にダンスの上手な生徒が多かった。名家出身の生徒は子供の頃から社交慣れしているし、そうでなくとも駆け引き上手なスリザリン生には恋愛経験豊富な生徒が多いから、異性の手をとっても変に緊張しないでリラックスしてる印象だ。
もっともスリザリン生なら誰でも上手というわけではないらしく、セオドール・ノットはロボットのようにカクカクした動きだったし、意外にもイレイナはそこまで慣れていないようで何度かセドリックの足を踏んでいた。クラッブとゴイルに至っては、言うまでもないだろう。
**
「ポッター、こっちに来なさい」
しばらくダンスの練習をしていると、教職員席にいるマクゴナガルから手招きされる。イレイナとセドリックもそこにいて、スプラウト先生やフラン先生もお茶を飲んでいた。
「いいですか、ポッター。代表選手とそのパートナーは伝統に従い、ダンスパーティーの最初に踊るのです」
顔が赤くなるのを感じる。今さら驚きはしないけれど、まだ相手を見つけられていないというプレッシャーから、内臓が萎びていくような感覚がした。
「つまりポッター、貴方は必ずパートナーを見つけなければなりません」
「……はい」
弱り切った声で返事をすると、視界の隅でスネイプが嗜虐的に嘲笑を浮かべるのが見えた。
「慣れないことかもしれませんが、これも伝統なのです。あなたもホグワーツの代表なのですから、しなければならないことをするのです。必ずパートナーを連れてきなさい」
「でも……僕にはまだ――」
「ええ、そうでしょうとも」
マクゴナガル先生がふん、と鼻を鳴らした。
「ですが、ハッフルパフとスリザリンの代表選手は既にパートナーを見つけました」
「あー……」
セドリックの方を見ると少し申し訳なさそうな顔をされ、イレイナは何でもないといった様子で軽く肩をすくめるだけだった。なんだかんだで、2人ともちゃっかりしている。
(まぁ、実際お似合いだもんね……)
丁度いい組み合わせというか、しっくり来るペアというか、そんな感じだ。
寮も学年も違う異性同士という割には、そこそこの交流はあるようだし、二人ともクィディッチ選手で他寮にも友人が多いなどの共通点も少なくない。それに二人とも優等生だけどタイプは逆で、常識人のセドリックと常識外れなイレイナなら互いを補える気もする。
そして何より、二人とも華があった。
立てば美少女、座れば乙女、歩く姿はプリンセス………というのが男子のイレイナ評で、それをイケメン・ハンサム・王子様に置き換えれば大体セドリックだ。
ただし高身長のセドリックと小柄なイレイナだとクアッフル1個分以上の身長差があるため、美男美女カップルというよりは美形の兄妹ペアという方が個人的にはしっくりくる。
「つまりは、そういうことです」
マクゴナガル先生が僕を見据える。ここで僕だけ「パートナーが見つかりませんでした」というのは、やはりグリフィンドールの沽券に関わるのだろう。
スネイプに目をやると、小馬鹿にしたような含み笑いがますます大きくなっているような気がした。
「分かりましたね、ポッター」
「……はい」
もう一度ハンガリー・ホーンテールと戦う方がマシかも、と思いながらも僕は首を縦に振るしかなかった。
**
「――よくやった、セレステリア」
マクゴナガルが去って僕が途方に暮れていると、少し離れた場所ではスネイプがこれ見よがしにイレイナを褒めていた。
「これほど早くパートナーを見つけるとは……しかも相手が監督生で代表選手となれば、吾輩も鼻が高い。どこに出しても恥ずかしくない、完璧な組み合わせだ」
どう聞いても僕への当てつけで、言葉の節々にマウンティングの匂いを感じる。もし僕が良い感じにパートナーを見つけられなければ徹底的に嘲笑ってやろう、といった魂胆まで見えてくるようだった。
「おや、そういえば」
苦々しげにスネイプを睨みつけていると、不意にイレイナが口を開いた。
「スネイプ先生って、誰と踊るんでしたっけ?」
「……は?」
スネイプが間の抜けた表情で固まる。マクゴナガル先生の目が丸くなり、スプラウト先生はブッ!と飲みかけの紅茶を噴き出した。フリットウィック先生は食べかけのクッキーを喉に詰まらせ、フラン先生が必死の人命救助活動を行っている。ダンスの練習をしていた生徒たちも、一斉に動きを止めた。
「わ、吾輩の相手……だと?」
スネイプが裏返った声で返すと、イレイナは「ご冗談でしょう?」と疑うような目つきになる。
「ええ、先生のダンスのお相手です」
「……吾輩はダンスなどせぬ」
「いえ、してください」
案の定、イレイナは「お前は何を言っているんだ」みたいな表情で大きな溜息を吐き、腰に手を当ててビシッ!とスネイプを指さした。
「スネイプ先生は代表選手たる私の所属する、誉れ高きスリザリン寮の寮監です。そのようなお方がパートナーの一人も見つけられず、クリスマス・ダンスパーティーを大広間の片隅で一人さみしく迎える……なんて哀愁漂う姿を、他校の生徒たちがいる前で見せられるわけないじゃないですか」
割と正論なイレイナの言葉に、狼狽えるスネイプ。
スリザリン生からは女子生徒を中心に「そうだそうだー」とイレイナを支持する声が上がり、マルフォイは憐みの目でスネイプを見ながら「神よ、迷える子羊を救いたまえ」とばかりに軽く十字を切っていた。
気づけば、いつの間にやらレイブンクロー生やハッフルパフ生までもが興味津々で耳を凝らし、もっとよく見ようと背伸びしている。もちろん、グリフィンドール生は全員が笑いを堪えるのに必死だった。
「し、しかし、吾輩は教職員であるから――」
「でしたら猶の事、率先して生徒たちの模範となるべきかと」
「………」
ついにスネイプが耐えられず、イレイナから目を逸らした。
そのまま同僚の先生たちに「たすけて」みたいな視線を送るも、スプラウト先生は本を読んでいるフリをしてスネイプを見捨てた(ちなみに本は逆さまだった)。フリットウィック先生は窓の外を見上げてヘタクソな口笛を吹くという古典的な手で誤魔化し、フラン先生に至っては笑顔でサムズアップ。
「ミネルバ………」
最後の希望とばかりに、縋るような目でマクゴナガル先生を見つめるスネイプ。マクゴナガル先生は大きく息を吸って、眼鏡をくいっと直した。
――そして。
「ミス・セレステリアの主張はもっともなことです。たしかに、私たち教職員は生徒の模範となるべき存在……特に私たちは寮監なのですから、各々の代表選手に恥じない振る舞いをせねば」
「待つのだミネルバ……いま一度考え直して―――」
「
問答無用、といった口調でマクゴナガル先生は言ってから歩き去ってしまい、後に残されたスネイプは途方に暮れて立ち尽くしていた。
僕はこの日、生まれて初めてスネイプに心の底から同情した。
スネイプ「解せぬ」
(スネイプにとって)予期せぬ課題……原作だとたしかスネイプのパートナーには触れられてなかったような気がしますけど、ボイコットでもしてたんでしょうか?