『どうだ、ナイスネイチャ。いい景色だろう?』
『………』
『ネイチャみたいな超かわいいウマ娘を乗せて、俺の愛バも興奮気味だな! そうだろう相棒……えっ、ネイチャのお尻があったかくて気持ちいいだって? こら、ウマッ気を出すのはやめろ! 俺だってネイチャの素晴らしい膨らみが背中に……ほぐわっ!?』
『最低……』
ゆっくりと流れる風と雄大な自然風景が、私の頭突きによって乱される。蛇行する景色の中、私はヘルメットの中で大きくため息をついていた。
『ちょいちょい、トレーナーさんや。あたしにも限度ってものがあると思うんだよね。そりゃあ、お母さんがスナックをやってたから、そういう下ネタ大好きなお客さんを見て慣れてるけど、流石にこれ以上はセクハラだからね?』
『すまん……コイツに同期の野郎以外を乗せたのが久しぶりだからな。思った以上にもう感謝感激でいっぱいで……ばわっ!?』
『だから、そういうのはダメ! もうっ……ホントに……』
再び蛇行する景色の中で、私はインカム越しに聞こえてくる彼の口説き文句に思わず赤面してしまう。彼のこういう所は嫌いだけど、それも全て私のためだと理解している。だからこそ、私は胸から溢れる思いを止めるのに必死だった。ただでさえ、彼に迷惑をかけているのに、こんな感情を表に出すわけにはいかなかった。
『さて、それじゃあ少し速度をあげようか。そうだな、これくらいがウマ娘の最高速度かな』
彼の操る鉄の愛馬がマフラーから唸り声をあげる。インカム越しに鼻唄を奏でる彼に、私は少しだけムっとした。確かに、この鉄の馬……バイクの方が私よりも速いかも知れない。それでも、彼の隣だけは譲りたくなかった。
『ごめんねトレーナー。あたしの怪我のせいで、シニアの大切な時間を棒に振ってる。チームにはあたししかいないし、トレーナーの評価だって……』
『気にするなネイチャ。トゥインクルシリーズは最初の三年が肝心とか何とか言われてるけど、シニアで何年も戦ってる奴らだっている。それに、お前は素晴らしい素質を持っているんだ。怪我が治れば、G1レースにもきっと勝てるさ』
『トレーナー……』
『それより、今はツーリングを楽しめ。ほら、富士山が見えてきたぞ。うーん、快晴、快晴……』
トレーナーの関心するような声に釣られて、私は流れる景色をじっと見つめる。視線の先には、晴天の中でくっきりと見える日本の霊峰の姿があった。その雄大さに少し気圧されながらも、私はジャケットに包まれた大きな背中を抱きしめた。
『ねえ、トレーナー』
『どうした?』
『ありがとね』
『ああ、楽しんでくれてるならなによりだ』
トレーナーの鉄の愛バが再び唸り声を上げる。だから、私は振り落とされないように、彼の背中を抱きしめ続けた。
それから一時間後、私は展望台代わりのドライブインにてトレーナーと一緒にベンチへと腰を降ろしていた。彼はと言うと、さっきからソフトクリームを必死に舐めている。彼は、バイク乗りという奴は降り立った地で必ずソフトクリームを食べなければならないと力説していた。そんな彼に生返事を返しつつ、私は自販機で購入した紅茶をちびちびと飲んでいた。
「それで、どうするのトレーナー? あたしはしばらく競技も出られないし練習も軽い物しか出来ないんだよね。そうなると、トレーナーの役割って何があると思う? まさか、しばらくニートするわけ?」
「ネイチャ……俺はお前だけの専属トレーナーで……」
「はいはい、ネイチャさんはそんな口説き文句には屈しませーん。ホントにあたしに遠慮しないで、チームに新人を入れましょうよ。トレーナーの今後の評価が悪くなるのは、ネイチャさんとしても申し訳ないっていうかさ…ねっ……?」
「ネイチャ……お前は本当に……うっ……ネイチャ~!」
「泣くほどなの!?」
私より背の高い大人の男性が、グスグスと涙を流し始めた。そんな彼に私はドン引きする一方で、少しだけ刺激されてしまう母性に自分自身で少しイラついた。
そんな時、この小さなドライブインに喧しい騒音が響き渡る。左右にフラフラと斜行しながら駐車場に入ってくる柄の悪い連中。一言で言えば”ド低能のゴミクズ共”だ。そんな数人のバイク集団が奏でるその音は、トレーナーのバイクとは違っていくらか下品な物だった。
「珍走か……今時珍しい……ネイチャ……目を合わせないようにしとけ」
「はいはい、まあ、いざとなったらこのネイチャさんに任せなさいな。あたし、ああいう奴ら嫌いなんだよね」
「落ち着け、触らぬ神に祟りなしって奴だ」
正直言って、ウマ娘は人間の男性100人が相手でも決して負けないフィジカル的強さがある。骨膜炎による多少の足の痛みはあるが、負ける気はしなかった。そして、トレーナーの憂慮をよそに、下品なバイクから降りた四人が残念ながら私達へと近づいて来た。
「おうおう、オレのシマで仲良くデートか? 羨ましいねぇ」
「…………」
「おい、男のくせにダンマリか? はっ! だらしねえクソ雑魚だな! 返事くらい出来ないのか!?」
「んだとコラァ! ガキの癖に生意気言ってんじゃねえぞ!」
「トレーナーさんっ!?」
あれだけ落ち着けとかなんだとか言っときながら、私のトレーナーはかなり喧嘩っ早かった。全身を黒色の特攻服で固めた不良……恐らくこの集団のリーダーであろう存在に彼は思いっきりガンをつけていた。その姿に私は委縮するより先に、少し呆れていた。
「ほう、度胸はけっこうあるみたいだな。このオレを前にして動じないか」
「うっせわチビ! 誰がお前みたいなチビ助に動じるか!」
「あ゛あ゛!?」
「やーい、チービ!」
不良が目つきの悪い三白眼でトレーナーを睨み返す。そして、トレーナーは子供以下の煽りを不良に言い放っていた。そんな状況をよそに、残った三人の不良は抱き合って怯えていた。
「やべえっ、あの男、姉御の禁句を言いやがった!」
「落ち着きなさいコスモバルク! 流石のお姉さまも通りすがりの一般男性に手をあげるような事はしないはずよ」
「エイシンヒカリ先輩、あーし怖いッスよ~」
「貴方も落ち着くのよ。メイケイエールちゃん」
私は膠着した状況で動けずにいた。くだんの不良は運の悪い事に四人全員がウマ娘。流石の私も、彼女達には手出しをして勝てる自信はなかった。だが、私の大切なトレーナーの危機だ。だからこそ、痛む足を一歩前に踏み出して……
「つーか良いなお嬢ちゃん……よく見たらかなり有望そうなウマ娘じゃないか……」
「はあっ!?」
「小さいながらも鍛え抜かれたしなやかな足。なるほど、君も競走馬として頂点を目指しているんだな。こんな所でこんなにも素晴らしい素質を持ったウマ娘に会えるとは……もはや運命……」
「あっ……うっ……!?」
みるみるうちに顔を紅く染めていく不良に私は少しカチンとくる。そして、同様に甘い言葉を私以外のウマの骨に言い放ったトレーナーにもイラッと来た。それは取り巻きの三人も同じだったようだ。
「姉御おおおっ! 流石にそりゃないぜ! 一昔前のレディース系不良漫画パターンは勘弁してくれ」
「そうよお姉さま! その展開は手垢のついた古すぎる展開すぎです!」
「あーし、姉御が男に屈するとこは見たくないっす!」
三人の声に私も思わずうんうんと頷いてしまった。そして、次の瞬間、私のトレーナーは予想外の行動に出た。彼は、ダボダボの特攻服の彼女に手を伸ばし、思いっきり太ももを撫でまわしていた。
「うーん……いい……素晴らしい……」
「ひゃうっ!?」
「おっ、なんだよ。あまり耐性がないのか? ぐへへっ、決めたよ。俺がお前を最強のウマ娘に育てあげて……」
「調子乗ってんじゃねーぞこらああああああああっ!」
「あばーっ!?」
どうやら蹴り上げられてしまったようだ。トレーナーは物理的に天高く舞い上がっている。そのまま地に落下したトレーナーはピクリとも動かなくなった。
「トレーナーっ!?」
「けっ、調子に乗るからだ。まったく、オレがそんなカワイイなんて……ぐぅっ!」
相変わらず顔の紅い彼女に私はトレセン学園で学んだ護身術の構えを取る。勝てるか分からないが、せめて一発は仕返ししてやりたかった。それを見た不良のリーダーは私を見て不敵に笑っていた。
「ひれ伏せ! 雑魚が! オレは”沈黙の日曜日”のヘッド! 世界のステイゴールド様だ! 生意気な真似をした彼氏の責任は、彼女であるアンタにとって貰うか!」
「かかっ、彼氏じゃないって! い、いきなり何を言ってくれるんだか!」
「んだよっ! あんだけゲロ甘な空間作っといて……って……えっ……!?」
不良……ステイゴールドの三白眼がこちらをじっと見つめてくる。色白な肌と、艶のある黒髪を一本結びのおさげでまとめた彼女は、確かにトレーナーさんの言う通り、かなり鍛えられたウマ娘だった。
「もしかして、ナイスネイチャさん……?」
「えっ……? んーっと……確かにあたしはナイスネイチャさんですよ?」
「!?」
ステイゴールドはまるで幻視できるほどのマガジンマークを浮かべていた。
そして、またも顔を紅く染めた彼女は、小声でボソボソと喋り出した。
「お、おう……あれだ……んー……ごほんっ! わたくし、実は貴方の大ファンなんですのよ。サインを頂けませんこと?」
それが、私とアイツの初めての出会いであった。
ちょこっと元ネタ解説
ナイスネイチャ
三着と言ったらこの子。ワイド馬券のPRキャラにもなった。
ステイゴールド
ウマ娘で言うとゴールドシップとナカヤマフェスタの父親。
稀代のシルバーコレクター。
現在アプリ版に実装されていないが、ゴルシのストーリーで夢に出てきて何か囁いてるのは間違いなくコイツ。