ナイスNTRネイチャ   作:ルイ提督

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未勝利戦

 

 

 

 

 今日も今日とてトレーナー室の扉をくぐった私は思わずため息をついてしまう。いつもならば、出迎えてくれるのは笑顔のトレーナーさんだった。だが、今日の出迎えは不機嫌そうなステイゴールドだった。おまけに、彼女はうつ伏せに倒れているトレーナーをげしげしと足蹴にしていた。

 

「あのさ、だから言ったじゃん? そんなんでも、一応はあたしのトレーナーなんだけど」

 

「わりいな姉貴。でも、こいつがオレに何の相談もなしにレースの出走登録をしてたみたいでよ。それが少しイラっとしてな」

 

「イラついただけで、いちいち暴力は振るわないの! まったく……」

 

「お、おう……」

 

 自然と強くなった語気のせいか、ステイゴールドはトレーナーから足をどけて一歩下がる。そして、私が出した手を彼はよろよろと握り、ふらつきながら立ち上がった。

 

「すまんなネイチャ……お前にはいつも苦労をかけてるな……」

 

「それは言わない約束だよトレーナーさんや……って少しは余裕あるみたいね」

 

「まあガキの癇癪に付き合うのも大人の務めだ」

 

「ガキって言うな! これでも今年から高等部だ!」

 

 顔を赤くして怒る彼女だが、私と比べると一回り体躯が小さいため威圧感はそれほどない。ただ、目つきは相変わらず悪かった。

 

「それでトレーナーさん、今日はどうするの?」

 

「ああ、ネイチャはいつも通り軽いトレーニングに抑えて、ステイゴールドは……何する?」

 

「それを決めるのが仕事だろクソ雑魚トレーナー!」

 

「トレーナーさん……」

 

 随分といい加減なトレーナーにステイゴールドだけでなく私も少しガックリときた。しかし、彼は何故か自信満々でステイゴルードに近づき彼女の耳元で何かを囁いた。

 

「いいか、よく聞けステイゴールド。トレーニングはさておき、今からお前だけにとっておきのレース必勝法を教えてやる」

 

「ああん?」

 

「それはな――」

 

「ほうほう……」

 

 二人でこそこそと何かを話す彼らを私はじっと見守った。反発されても動じないトレーナーと、難しい性格だが意外と素直な所もあるステイゴールドは今のところ順調に関係を築いている。私もそろそろ気持ちを切り替えなくてはいけない。子供じみた嫉妬の感情はレースに勝つためには不要なのだから。

 

「しかしステイゴールド……」

 

「おう、どうした?」

 

「お前のウマ耳、なんか不思議な匂いがするな」

 

「おいおい、これは驚いた……まさか蹴られたいがためにそんな事を言ってるのか?」

 

「安心しろ、臭くはない! 不思議な匂いだ。そうだな、あれは俺が北海道を旅した時に……」

 

「少しはその臭い口を閉じろクソ雑魚トレーナー!」

 

「えっ、俺の口って臭いのか……?」

 

「自覚ないのか?」

 

「…………」

 

 相変わらず喧嘩の絶えない二人に、私はもう一度溜息をつく。一方で、それはそれとしてやっぱり悔しかった。ほんの少し前まで、あのようにトレーナーと軽口を言い合っていたのは私だった。それが今では蚊帳の外だ。

 

 

「はあ、何を考えてるんだが……落ち着けあたし!」

 

 

 ついに取っ組み合いをし始めた彼らをよそに、私は自分の頬を打って気合を入れる。今の私の仕事は身体をなまらせずに回復させる事。それだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから、グラウンドに場所を移した私達は各々のトレーニングに勤しんだ。私は無理のない速度での歩行を続け、ステイゴールドもレースが近い事もあってか軽いランニングを行っていた。しばらくの時間が経過し、水分補給に向かった私にトレーナーは笑顔で水の入ったペットボトルを手渡してくる。それを受け取りながら、私はそっと彼の脇腹を指で突いた。

 

「いてっ……ああっ……ネイチャまで俺に攻撃的に……!」

 

「軽いイタズラですー……それよりトレーナーさん、一つ聞いていい?」

 

「んっ、なんだ?」

 

「どうしてステイゴールドをチームに引き入れたの? あの子ってなんかこう……難しそうな子じゃん?」

 

 そんな事をトレーナーに質問してから、少し自己嫌悪に陥る。もう、言ってしまったのだからしょうがないが、少し嫌味っぽくなったかもしれない。トレーナーはというと、久しぶりに真面目な表情で考えこんでいた。

 

「勧誘理由は一つには絞れない。でもな、俺はアイツの強みを学べればネイチャが今以上に飛躍できると考えたんだ。逆もまたしかりでアイツにネイチャの強みを学んで欲しかった。まあ、あれだ。結構相性良いだろ? ネイチャとアイツは」

 

「あははっ……まだまだ壁はありそうだけどね……」

 

「安心しろって、ネイチャのコミュ力ならすぐに友達になれるさ」

 

「簡単に言ってくれますなー……トレーナーさんは……」

 

 笑顔でサムズアップする彼を前に私は肩をすくめる事しか出来なかった。そして、グラウンドの周回に戻った私に後ろから走って来たステイゴールドが横につく。少し前まで気だるげにランニングをしていた彼女の表情は、今では弱々しく不安そうなものになっていた。

 

「なあ姉貴……」

 

「どしたのー?」

 

「オレ、今度のレース勝てるかな……」

 

「ええっ!?」

 

 トレーナーの前ではあれだけ自信満々だったのに、私には少し素直なようだ。そのギャップじみたものに胸がキュンとしてしまうが、私は冷静に答えを返す。それが先輩としての務めであった。

 

「トレーナーさんはまだ経験は浅いけど、あたしを重賞ウマ娘をしてくれた。だから、彼の指示をきちんと聞けば、未勝利戦くらいよゆうよゆうー! まあ、頑張りなさいな……未勝利戦だけは三着じゃ何の意味もないからね」

 

「姉貴……うん……見ててくれ! 今度こそ絶対勝つからよ……だってオレはステイゴールド様だからな!」

 

「はいはい、応援してるからね」

 

 表情を自信満々に戻し、高笑いをしながらグラウンドを駆けて行くステイゴールドを見送る。彼女の性格はこの短期間で大体理解出来た。少しだけ不安だったが……根は良い子なのであろう。私の足取りは自然と軽くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから約二週間後、ステイゴールドは東京レース場で芝2400mの未勝利戦に挑んだ。直近の未勝利戦で2着であり、名門社台家の出身である彼女はファン投票で一番人気。結果は……

 

 

 

 

 

『ステイゴールド先頭! ステイゴールド先頭でゴールイン!』

 

 

 

 実況音声はステイゴールドの勝利を告げていた。そこそこの歓声が上がる中、私の隣で観戦していたトレーナーは笑顔でガッツポーズを取っていた。

 

「うし……うーし! ネイチャに続いてステイゴールドも無事デビュー! 安泰! これで俺の今後も安泰だぞー! ぐへへっ流石は社台家のウマ娘!」

 

「トレーナーさん……?」

 

 少し生々しい事を言いながら喜びを吠えるように叫んでいたトレーナーには少し引いた。そして、レース場のターフビジョンに勝利後インタビューを受けるステイゴールドの姿が写る。彼女は、やはり自信満々な勝気の笑顔を浮かべていた。

 

『ステイゴールドさん、これで初勝利となりましたが……』

 

『勝った……勝ったぞチクショウ! 見てるかクソ雑魚トレーナー……やっぱオレは最強だな!」

 

『ステイゴールドさん!?』

 

 もの凄く傲慢な事を言いながらも喜びを示す彼女を周囲の観戦者も笑顔で祝福していた。そして、相変わらず自信満々な様子でインタビューを受ける彼女に私は少しだけ感心した。

 

「ねえ、トレーナーさん……あたしが彼女から学ぶべきことって……」

 

「クソ雑魚トレーナー! 打ち上げ行くぞ打ち上げ! 高級肉くらいは奢れや!」

 

「いつの間にここに……ってお前はウイニングライブがあるだろ。希望通り肉は食わしてやるから、準備しろ準備!」

 

「はっ! あったなそんなお遊戯もよ……面倒くせえな!」

 

「おいおい……」

 

 私の話は途中で乱入したステイゴールドに遮られた。そして、面倒くさがる彼女を言葉巧みに説得するトレーナーを見ていて、何だか少しだけ胸が痛くなった。その感覚に首を傾げながらも私は押し黙って彼らのやり取りを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー門限ギッリギリ……寮長って怒ると怖いからねー」

 

「姉貴もアイツが苦手なのか? オレもよ、どうもフジキセキ先輩の耳が親父の愛人と似てて苦手なんだわ……」

 

「いきなり変な話しないでくれる!? ていうか愛人って……」

 

「ああ、うちの親父は物凄く優秀なんだけどちょっとアレな性癖でな。入り婿として社台家に取り入ったのも……まあこの話はまた今度だな」

 

 げんなりした様子のステイゴールドに少し闇を感じながらも、ちょっと次元の違う話に彼女とは育ってきた環境が違うのだとひしひしと感じた。そして、視線を少し後ろに移すと顔面蒼白なトレーナーがとぼとぼとした足取りで歩いている。その姿に私はクスリと笑ってしまった。

 

「トレーナーさん、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない……打ち上げで経費の上限を超えちまったからな……自腹……自腹かあ……」

 

「トレーナーさん……」

 

「ああ、あの和牛、値段の割にそんなに美味しくなかったな。次はもっといいの頼むわクソ雑魚トレーナー!」

 

「お、おう……」

 

 元気のないトレーナーに私は同情しながらも思わず内心で微笑んでしまう。頑張ってる彼には、今度はご飯でも作ってあげようと私はそっと心に決めた。

 

 そして、ウマ娘達が住む寮の門へと近づいた時、入り口にウマ娘が立っている事に気づいた。最初はフジキセキ先輩かと思ったが、栃栗毛のボサボサの長髪を見て彼女ではないと悟る。そして、隣を歩いていたステイゴールドは急にぶるぶると震え出した。

 

「お帰りステイゴールド。やっと帰って来たわね。未勝利戦も、ウイニングライブも見事だったわ」

 

「あ、ありがとうございます……サッカー先輩……なんだか口調がいつもとちが……イタタっ!?」

 

「あらあら、私はいつも通りよ。そうでしょうステイゴールド?」

 

「うっ……うっす!」

 

 出迎えたウマ娘はステイゴールドの腕をガッチリと握って自分の方へと引き寄せる。そして、私とトレーナーの事を値踏みするように見つめた後、クスリと微笑んだ。

 

「貴方が噂のナイスネイチャちゃんね。私、この子と同室のサッカーボーイよ。今後ともよろしくね」

 

「あっ、はい。あたしはチームメイトのナイスネイチャです。よろしくお願いします」

 

「ふふっ、礼儀正しい子ね。トレーナーさんもよろしくお願いしますね?」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 何故かステイゴールドと同じく怯えた様子のトレーナーに首を傾げる。私が見る限り、優しそうな先輩に見える。それに、彼女の競争成績はウマ娘なら自然と耳に入る。確か、オグリキャップ先輩と同時期に活躍してマイルG1を勝利しているトップクラスのウマ娘だったはずだが……

 

「それじゃあステイゴールド、お部屋でお祝いしましょう? 色々と準備してあるから」

 

「こ、光栄です!」

 

「ふふっ、おめでとうステイゴールド」

 

「うっす……」

 

 そのまま、サッカー先輩に引きずられるようにして寮の中へと消えていったステイゴールドを見送った。そして、私も寮へと足を踏み入れる。トレーナーさんとはここでお別れだ。

 

「それじゃあまた明日トレーナー……ってまだ震えてるの? 優しそうな先輩だったじゃん?」

 

「いや、確かにそうだけどトレーナー同士の噂では……まあうん、明日もよろしくな。後、トレーニングの時間以外も、暇があったらアイツの面倒を見てやってくれ。頼むぜナイスネイチャ先輩」

 

「はいはい、任されましたよーっと。それじゃ、ばいばいトレーナー!」

 

「おう、またな」

 

 手を振るトレーナーに私は軽く手を振り返しながら、決意を新たにする。私も、ステイゴールドの先輩だ。カッコ悪い所は見せるわけにはいかなかった。

 

 

 

「頑張れあたし!」

 

 

私はそう口に出して気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょこっと元ネタ解説


社台家の入り婿
ステゴの親父。ウマ娘好きのやべーやつ。人間男性。決してサンデーなんちゃらではない。

サッカーボーイ先輩
マイルチャンピオンシップを勝利した最強マイラーの候補。ステイゴールドの同室。ステゴがグレて口調が悪くなった原因の一つであるウマ娘。


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