死神の黙示録   作:瑠威

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  蛙は実感する──
  ──やはり歪んでいると
  


第12話

  

  それは──

  マフィア界を震撼させた『ボンゴレリング争奪戦』の前に起こった知られざる事件。

  六道骸の陰謀を退けた若きマフィアたちが、並盛町でつかの間の平穏を楽しんでいた──そんな時。

  遠き異国イタリアで──

 

  王子たちの“ゲーム”が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

  *

 

  港町の裏通り。

  石畳を駆け抜ける1つの影。

  更に、それを追っていくつもの影が疾走する。

  そんな鬼ごっこを見守る影が1つ。

 

  月が厚い雲で隠された夜。

  濃密な闇に包まれながらも、彼らの足取りは全く乱れがなかった。

  まるで、闇の中でこそ、彼らの生きる世界であるかのように。

 

  鬼ごっこを静かに見守っている影は、大きくため息をついた。気配を消し、鬼にも逃走者にも気づかれぬようそこにいた影は、どうやら酷く疲れているらしい。

 

  ニキビひとつ無い綺麗な顔は顔色が悪く、闇夜ということも相まって、更に血色が悪く見えた。

 

  大きく綺麗な瞳の下には、珍しく隈が見受けられる。眠そうに欠伸をしている所を見ると、影──元いい、彼女は寝不足なのだろう。

 

  彼女、独立暗殺部隊ヴァリアーに所属しているリリーは酷く疲れていた。ヴァリアーの中でも新米(ぺーぺー)に属する彼女は、年齢も若いし、身体だってまだまだ現役、体力だって自信があるが、それを全て加味した上で、疲れていた。

 

  全ての理由は、今回の鬼ごっこの逃走者である──ベルフェゴールにあった。

 

  ベルフェゴール、16歳。リリーが所属しているヴァリアーの中でも幹部に属し、そこそこの地位がある。そんなベルフェゴール──これからはベルと略す──とリリーはヴァリアー内でも仲がよく、常日頃から共に行動することが多い。

 

  そんなベルにリリーが異変を感じたのは、少し前だった。16歳の食べ盛りなベルは、そこそこの食欲で、いつも出されたものはブツブツと時々ケチをつけながらも、全て完食していた。

 

  しかし、日が経つ事に、ベルの食欲はなくなっていき、最後には要らないと言い始める始末。

 

  最初は体調が悪いのかと心配した。だが、よく観察して気づいたのだが、どうやら今、ベルには虫歯があるらしかった。冷たい水を飲ませて、嫌そうに、それでいてリリーに気づかれまいと小さい動きではあったが、悶えているベルを見て、リリーはそう確信した。

 

  ベルは暗殺者である。人の命を奪う職業についているんだからもちろん、危険は伴う。命を奪うなら奪われる覚悟だってしないといけない。

 

  だからこそ、いつも自分の体は大切に扱わないといけない。毎日、100パーセントの力を出せないと、死んでも可笑しくないのだ。

 

  リリーはベルに死んで欲しくないと思っている。この先、ヴァリアーには大きな任務を抱えている。それには、どうしてもベルの力が必要で、まだ彼が死ぬには幾分かと早すぎるのだ。

 

  だから、リリーはベルに進言した。その虫歯を治療しようと。

  しかし、ベルという男は、王子というプライドがあった。見知らぬやつに、口を大きく開けて、マヌケな姿を見せたくないと。そんなことをするぐらいなら死んだ方がマシだとまで言い始めた。

 

  そこからは、ヴァリアー幹部に気づかれぬよう配慮した、ベルとリリーの静かな攻防が始まった。

 

  そうして、リリーはベルのせいで夜もマトモに寝れず、結局はヴァリアー幹部に虫歯の件が気づかれてしまう。

  幹部の一人である、スクアーロが無理やりにでもベルの虫歯を治療しようとした。が、頑なに治療を拒んだベルはヴァリアー城から逃走。その追っ手として、部下数名と、スクアーロに怒鳴りつけられたリリーはここまで追ってきた訳だ。

 

(全く、もう16歳なんだから虫歯の治療如きで逃げてんじゃないわよ…)

 

  いつまでたっても子供なんだから、とベルを少し恨みながらも、こうじゃないとベルじゃないわ、と現実を見る。

 

  虫歯のせいで全く力が出せていないベルと、ベルを傷つけないよう配慮された、優しい攻撃をするチンケな泥仕合を木の上からリリーは観察していた。

 

  しかしながらも、リリーはベルの追跡部隊に選ばれた部下の彼らを哀れに思っていた。

 

  ヴァリアーで生きていけているということは、彼らはそれなりに力があるのだろう。だがしかし、彼らが追っているのはベルで、1つでも傷をつけ王族の血を見せようものなら、バーサーカーモードになり、逆に彼らが殺されてしまう。

  かと言って、少しでも手を抜こうものなら、殺す気でやり返してきているベルに殺されてしまう。ベルは部下の1人や2人、大勢死のうと興味を示さないし、悪びれる様子もない。弱いものが死ぬとは当然の摂理だと、彼は思っているのだ。

 

  リリーもそうだったが、この件に関しての拒否権は一切無かった。ブチ切れているスクアーロの前で拒否なんかしたら、逆にこっちが殺されてしまう程にスクアーロはベルに対して怒りを持っていた。

  リリーで拒否権がなかったのだ。彼らはもっとなかったに違いない。

  ああ、哀れだと思う。

 

  さて、どうしようかとリリーは考える。

  捕まえることは容易いだろう。でも、このままベルを連れて帰れば、鬼という名の幹部たちに虫歯の治療を無理やりされることになる。

 

  ベルのためにもそれが1番だとわかってはいるけれど、でも無理やりするのも如何なものかとリリーは思うのだ。

 

  それに、完治した後の報復が怖い。かと言って、このまま連れて帰らなければリリーは幹部の1人、スクアーロの手によって殺されることになるだろう。

 

  これから大仕事が待っているというのに、チンケにこんなことをやらかしてしまっているのだ。スクアーロの機嫌はきっと、過去最高に悪いに違いない。

 

  むむむ、と呑気に悩んでいたら、まさかの跳ね馬がベルを助けた。全く予想していなかった人物が登場したことで、リリーは思わず木から落ちた。

 

  跳ね馬ディーノ。彼はリリーたちが所属しているボンゴレマフィアと深い繋がりのある男である。彼が関与することによって、部下の彼らは手出し出来ない領域となってしまった。

 

  部下がリリーを探す素振りを見せている。全く、思わぬ事態に…と頭を悩ませたリリーはとりあえず、胸ポケットにたまたま入れていた白紙にペンで手紙を書き、草むらから出ていく。

 

  跳ね馬に抱えられたベルを見て、部下の方を一切見ることなく、リリーは頷いた。

  突然現れたリリーに首を傾げている跳ね馬に近づく際、部下の1人に紙を渡した。部下はそれを受け取ると、リリーに一礼し、その場を後にする。

 

  状況を理解できていない跳ね馬がまた、首を傾げた。

 

 

「手間を取らせてしまって、ごめんなさい。私は──何もしないわ」

 

 

  リリーの言葉に反応したのは、ベルを抱えている跳ね馬ではなく、ベルだった。ベルは暴れ、跳ね馬が手を離すと同時にリリーの元へと駆け寄った。

  そして──力尽きた様に気絶したのだった。

 

 

 

 

  *

 

  結局、そこそこの身長があるベルを1人でヴァリアー城まで送り届けることは、女性のリリーには不可能なことで、全くリリーたちを警戒していない跳ね馬が先導の元、リリーとベルは跳ね馬のアジトにいた。

 

  虫歯のせいで顔がパンパンに腫れ上がっているベルと、過度な睡眠不足のせいで刻刻と濃くなっていく隈に酷く青白い顔色をしているリリーを見て、跳ね馬は2人をかなり心配していた。

 

  切り裂き王子(プリンス・ザ・リッパー)の面影ひとつ無いベルを見て、跳ね馬はベルだと思わないし、ヴァリアーの幹部に属していないリリーは、跳ね馬との対面は今回が初めてで、そんな2人を見てヴァリアーを思い出す方が無理である。

 

  なんなら、髪色や歳が近いということから、ベルとリリーを兄妹だと跳ね馬は勘違いしていた。しかも、跳ね馬が勘違いしているとリリーも分かっていながら、訂正することはなかった。勘違いされている方が都合がいいこともある。

 

 

「…で、お前らはなんであんな奴らに追われてたんだ?」

「…私たちの知り合いに、酷く声のうるさい男がいるのだけれど、彼が…脅してくるの」

 

 

  主にベルに向かって早く虫歯を治せ、と。もちろんここまでは言わなかった。彼の前では可哀想な少年少女を演じなくてはならない。正体がバレる方が酷く面倒だからだ。

  それに、嘘を言っているわけでもないし。

 

 

「それは…もしかしてだが、お前の親父さんか…?」

「いいえ、兄よ」

 

 

  スクアーロの立ち位置を家族で表すとするのなら、苦労人な長男だろう。父はどちらかと言うと──ボスの方が似合っている。

 

 

「そうか…」

「父は私たちに興味がないの。時々、グラスを投げたり、花瓶を投げたりするだけよ」

 

 

  この被害も主にスクアーロである。時々、ウザ絡みをしたレヴィが炎で蹴散らされていることもあるが、そこまでは言わない。

 

 

「親父さんの暴力、それに追い詰められた長男が──」

 

 

  馬鹿な跳ね馬が見事な想像力を膨らませている。ベルからやりすぎじゃね?みたいな視線を受けるリリーだが、笑って躱した。

 

  酷く眠気に襲われているリリーは実を言うところ、機嫌が悪かった。幹部が気づく前からベルと激しい攻防を繰り返していたというのに、更に駆り出されたのに怒りを覚えていたのだ。

 

  どうせスクアーロのことだとは跳ね馬にバレないし、それに実を言うならもう少しここで匿って欲しいというのがリリーの心情だったりする。

 

  きっと今頃──リリーの八つ当たりの手紙が部下によって届けられただろうから。

 

 

 

 

  *

 

「ゔぉおい! ざけてんじゃねぇぞぉ!」

 

 

  ベルが虫歯の治療から逃げて早3日。

  リリーがベルを追いかけて早3日。

  未だにベルはヴァリアー城へとは戻ってきていない。それは、ベルを追いかけたハズのリリーも。

 

  オーク製の重いテーブルが、スクアーロの一蹴りで天井まで跳ね上がった。

  スクアーロを知らない人がスクアーロを見たとしても、怒っていると分かるほど、スクアーロは怒りを顕にしている。機嫌は頗る悪い。

 

  しかも、運の悪いことに、機嫌の悪いスクアーロに報告をしなくてはいけない目の前の部下は、もう数分ほど前から自分の死を悟っていた。

 

 

「てめぇ、なめてやがんのかぁ!  あいつに逃げられたあげく、何もできねぇでノコノコ帰ってきただぁ!?  つーか、リリーはどうしたぁ!!」

 

 

  スクアーロから怒声を受け、ひたすらに畏まっている部下は、リリーから手紙を受け取ったリーダー格の男だった。

 

 

「ゔぉおい!」

 

 

  怒鳴るだけではスクアーロのイライラも消えず、遂には部下の髪を持ち上げ、グッと自分の方へ向かせた。

 

 

「なんだ、てめぇ?  文句でもあるってツラしやがって」

「し、仕方なかったのです…」

 

 

  部下はスクアーロの怒気に縮こまりながらも、声を震わせながらも報告する。

 

 

「ま、まさか、ボンゴレ同盟ファミリーであるキャバッローネの“跳ね馬”が出てくるとは…。わ、我々の判断できるレベルを…」

「…だからリリーをつけたんだろぉがぁ!!」

 

 

  スクアーロの怒りは限界値を突破した。ギラりと光る切り長の目はどう目の前の部下を殺そうかと、算段しているようにも見えた。

 

 

「ひ、ひぃ!」

 

 

  そこで、部下は思い出した。

  男はリリーから手紙を預かっていた。恐る恐る、腰ポケットから手紙を取り出した男は、この手紙に自分の命運を全て賭けた。

  自分が生きるのも、死ぬのも、全てこの手紙にかかっている。

 

 

「り、リリー様がこれを…」

「あ゙? リリーのやろうがぁ?」

 

 

  かなり眉間にシワを寄せながらも、部下から手紙を受け取ったスクアーロは、手紙を開く。

  そこに書かれていた内容は──

 

 

『私、眠いからベル捕まえられないかもしれないわ。誰かさんのせいで眠いの。あ、跳ね馬もいることだし、跳ね馬で遊ぶのも楽しいと思うのよ。スクアーロ、貴方はどう思う?』

 

 

  ぶちぶちぶち、スクアーロの何かが確実に切れた。くしゃりといとも容易くぐしゃぐしゃになってしまった手紙を見て、男は死を確信した。

 

  この怒りをどうにかぶつけたいスクアーロは、とりあえず無能で使えない目の前の部下を殺そうと、左手に装着された剣を、振りかぶろうと──。

 

 

「そこまでにしなよ、スクアーロ」

 

 

  間髪入れずにスクアーロを止めたのはマーモンだった。マーモンは面倒なことになったと大きくため息をついた。

 

 

「そもそも、寝不足だったリリーを向かわせたのが君の失敗さ」

「んだとぉ!」

「…彼女は、ベルのせいで約4日間マトモに睡眠をとれてなかったんだ。なのに、リリーを追わせたのはスクアーロだろ?」

 

 

  まるで全てスクアーロが悪いと言うマーモンに、スクアーロは確かに俺が悪いのかぁ…?と一瞬、考えてしまったが、そもそもの原因は虫歯の治療が怖くて逃げ出したベルである。

 

  それを思い出したスクアーロは、自己嫌悪を無くすために頭を横に振る。

 

 

「それに無闇に手駒を減らすのは辞めた方がいいと思うけど。ヴァリアーも復活したばかりだし、それに死体の処理にもお金はかかるんだ」

「…けっ、守銭奴チビがぁ」

 

 

  殺る気が失せたスクアーロは部下を解放した。それを興味なさげに見ていたマーモンが言う。

 

 

「キミ、とりあえず次の指示があるまで待機してていいよ」

 

 

  マーモンにそう言われた瞬間、部下は転がるように、談話室から出ていく。また殺されかけたらたまったもんじゃないからだ。

 

  部下が出て、談話室に残ったのはスクアーロとマーモンを含めたヴァリアー幹部の4人たち。

 

 

「それにしても困ったわねぇ。ベルちゃんも、リリーちゃんも」

 

 

  やれやれとスクアーロが蹴り飛ばしたテーブルを元に戻しながら言ったのはルッスーリアだった。

  そして、この場にいるもう1人の幹部──レヴィが無愛想に口を開いた。

 

 

「どうする…。ボスに報告するか?」

「バカ言ってんじゃねぇぞぉ、レヴィ!!」

 

 

  レヴィの言葉にすかさずスクアーロが声を張り上げた。

 

 

「虫歯の治療が怖くて逃げ出しただぁ?  眠くてベルが捕まえられませんだぁ?  そんなことザンザスに知られてみろぉ!  ただで済むわけねぇだろぉがぁ!!」

 

 

  数日後、ヴァリアーには大きな仕事が待っている。今、幹部が殺されることは何としても止めたい。

 

 

「し、しかし…罰を受けるのはヤツらだけでオレ達は……」

「逃がしたオレらも同罪に決まってるだろぉ!!」

 

 

  この忙しい時期に飛んだ迷惑をかけられたもんだと、再びスクアーロはイライラし始める。

 

 

「…連れ戻したとして、どう治療するんだい? リリーが言っても治療しなかったんだ。それなりにそこでも時間食うと思うけどね」

 

 

  ため息混じりにマーモンは言った。リリーの言うことなら比較的に素直に行動するベルだが、今回ばかりはそういかなかった。だから今、こんな事件にまで発展しているのだ。

 

 

「そうねぇ…」

「あ、寝てる間にやるってのはどうかい?」

 

 

  ぽん、と手を叩いてマーモンは言った。

 

 

「目を覚ます前に、ササッとやっちゃうのさ。起きたら、もうスッキリって感じで。薬なら僕がいいのを手配するから心配しないでいい」

「でも…お高いんでしょう?」

「そこは特別御奉仕価格。殺し1人分の半額という驚きの依頼料さ」

「まあ、それは信じられないわね! これはもうお電話するしか…」

「って、遊んでんじゃねぇぇぇぇっ!!」

 

 

  ドガァァンと先程、せっかくルッスーリアが元に戻したテーブルが再び宙に舞う。

 

 

「寝てる間に治すぅ? すぐに起きるに決まってるだろぉ! それにあいつが大人しく薬を飲むとは思えねぇ!!」

「そうかなぁ?」

「そうだぁ!」

「そうかもねぇ…ちぇっ」

 

 

  つまらないとでも言うかのように、マーモンは舌打ちをした。それを見たスクアーロがまさか、という表情をする。

 

 

「まさかてめぇ、オレたちを騙して金だけ取るつもりで…」

「ここは、基本に立ち返った方がいいのではないか?」

 

 

  先程の茶番を静かに聞いていたレヴィが挙手する。スクアーロの視線がレヴィに移った。

 

 

「基本? 基本ってなんだぁ?」

「虫歯を治すために、古来より伝わる方法があるだろう」

 

 

  レヴィの細長い目の奥で、自信に満ちた光がチラついた。

 

 

「虫歯に糸をくくりつけ、それを勢いよく引っ張るという…」

 

 

  スクアーロの目がギラりと光った。

  その瞬間、スクアーロの膝蹴りがレヴィの腹にマトモに入り、レヴィの顔が苦しそうに歪んだ。

 

 

「ぐぉ……!」

「バカかてめぇは!! まず最初にどうやってその糸をくくりつけるんだぁ!! それにリリーが黙って見てるわけねぇだろぉ!!」

「き、貴様! 誰がバカだと!!」

 

 

  すかさずレヴィがスクアーロの顔面を殴り返した。殴られたスクアーロは、少し赤くなった頬を触り、

 

 

「何しやがんだてめぇ!!」

 

 

  溜まりに溜まった鬱憤、怒りをぶつけ合う様に二人の間で殴り合いが始まった。それを見ていたルッスーリアが呟く。

 

 

「あの子の顔に思いっきり、愛の拳をお見舞いするのよ。そうすれば、虫歯なんてポーンと飛んでいくわ。他の歯や多少お顔が腫れちゃうかもしれないけれど、そこはご愛嬌ってことで」

「で、誰がそれをやるの?」

 

 

  僕は嫌だよ、とマーモンは言う。

 

 

「こっちが殴ったら、あっちも本気でやり返してくるよ。それに、それこそリリーが黙ってないと思うけど」

 

 

  ルッスーリアの額に汗が滲む。

  ベルはヴァリアー1の天才だと謳われ、リリーはまるで予言を聞いているかのような勘の持ち主である。そんな2人を相手にしたら、逆にこっちが殺されることなるだろう。

 

 

「ここはやっぱり…みんなで協力して……」

「貴様がやれ」

「てめぇがやれ」

「ルッスーリアがやってよね」

 

 

  先程まであんなにも意見が食い違っていたというのに、こんな時だけ3人の意見が一致する。

  ルッスーリアの顔を流れる汗が、滝のような量へと早変わりした。

 

 

「ちっ、とにかく何がなんでもあいつらを連れ戻すぞぉ」

 

 

  全く手のかかるガキ共だ、とスクアーロはため息をついた。

 

 

 

 

  *

 

  結局、ベルとリリーはキャバッローネに4日間もお世話になっていた。何度かベルを連れてヴァリアー城に帰ろうと、重い腰を上げたが、ベルがそれを拒否、もしくはDV家族の元には帰らせられないとディーノから引き止められ、帰るに帰れない状況下だった。

 

  未だに、リリーの不眠症は治っていない。別に、自分の合った枕がないと寝れないとかではなく、暗にこの場所が落ち着かない。何があった時に、ベルは今役立たずなのでリリーがどうにか対処しないといけない。そんなことが頭にチラついて、眠りは浅く短いものだった。

 

  日に日にベルの顔は腫れを増し、リリーの隈は濃くなり顔色も悪くなる一方である。

 

  最初はディーノの質問に受け答えしていたリリーであるが、それも2日前のこと。今では眠くても寝られないこの状況にイライラして口を閉ざしてしまった。

  もちろん、頬が腫れ上がっているベルに喋るなんて選択肢はない。

 

  これからどうするんだ、と回らない頭で悩ませていれば、ベルがリリーの肩をポンポンと叩く。

 

  リリーがベルの方を向けば、ベルはトントンと窓を指さした。要するに、あの窓から逃げるぞ、ということだ。ようやくベルも帰る気になったかと、リリーの顔に笑顔が戻る。

 

  こうして2人は、キャバッローネから逃げ出したのだった。

 

 

 

 

  *

 

  風の強い夜の日。

  結局、ヴァリアー城に帰ることはベルが断固拒否し、かと言って雨風が凌げるような安全な場所に行く体力が2人には残っているはずもなく、港の倉庫街に身を隠していた。

 

  近くに真水が無かったので、仕方なく海水で濡らしたハンカチをベルに渡し、地面に座り込んだリリーはうつらうつらと船を漕ぎ始める。が、ハッと目を覚まし、またうつらうつらと…。それを先程から何度も繰り返していた。

 

  そんなリリーを見て、ベルは珍しくいたたまれない気持ちになった。リリーのためにも、やっぱり歯医者に行こうか、と思いが過ぎるが、やはり王子のプライドにかけてあんな場所にはいけないと、考えを消した。

 

  ベルは歯が痛くて寝れやしない。

  リリーもいつなんどき、何があるか分からないため、深い睡眠に入ることもできず、完全に悪循環になっていた。

 

  その時、リリーがまたハッとし、警戒態勢に入る。

  人の、気配がするとリリーは呟く。

 

 

「見つけたぜ」

 

 

  リリーは目を細めた。ベルは思わず、リリーの背中に隠れてしまう。

 

  リリーとベルの前に現れたのは、ディーノだった。少し疲れたような顔をしているが、でもどことなく嬉しそうだ。

 

 

「出てった時はまさか家に帰ったのかとヒヤヒヤしたが…そうだよな、あんな場所には帰れねぇよな」

 

 

  ディーノはニカッと笑ってリリーの頭に手を置いた。

 

 

「お前ら追われてんだろ? 帰る場所もねぇのに、どうしてこんなことしたんだ? 何かあったんなら遠慮なく俺に──」

 

 

  ベルの顔が歪む。

  ベルは闇の世界にどっぷりと浸かった人間である。こういう、いかにも善人ですよ、みたいなやつが気に食わなくて仕方ない。

 

 

「とりあえず帰ろうぜ。話はそれからってことでさ」

 

 

  ベルの気持ちに気づかず、リリーとベルの手を取ろうとしたその瞬間。

 

  キュイ────ン

 

  どこからか、狙撃を受けた。

  リリーはベルを跳ね馬の元へ押しやると、何かあった時のためと日頃持ち歩いている拳銃を取り出し、狙撃ポイントらしき場所に数発撃った。

 

  どんなやつであろうと、こんな場所で殺される訳にはいかない。銃弾が切れてしまえば、いつの間にスったのか、懐からベルのナイフを取り出し、間髪入れずにそれを投げる。

 

  綺麗に一直線上にブレることなく飛んでいくそのナイフは、ベルと遊んでいたおかげである。

 

  リリーが奮闘しているが、遠距離ライフルでの狙撃だ。当たっているとは考えられなく、とりあえず部下を呼ぼうと、ディーノは携帯を取り出した。

 

  しかし、ベルがその携帯を払い落としてしまう。携帯はガタガタと音を立て、コンクリートの上を滑っていく。

 

  ベルの思わぬ行動にディーノは目を丸くした。

  ベルにしてみれば、もうあの屋敷には戻りたくない、という気持ちの方が強く、さっきの行動は咄嗟の判断だった。

 

  ベルはディーノから逃げるように走り出す。表で奮闘していたリリーの手を掴み、ダッシュする。

  ディーノはそれを追いかける様に走り出したが──。

 

  同時だった。

  歯の痛みで注意力の落ちたベルが足を滑らせるのと、焦りのあまり、自分の足に絡まったディーノがつまづくのは。

  リリーが息を飲む。

 

  ベルの真後ろにいたディーノが前に倒れ、ベルとリリーを巻き込む形で3人は夜の海へと落ちていった。

 

 

 

 

  *

 

「ゔぉおい!  まだ見つからねぇのか、ベルとリリーの野郎はぁ!!」

「もう、落ち着きなさいよ」

 

 

  まるで八つ当たりのように部下に怒鳴り散らすスクアーロをルッスーリアがたしなめる。

 

 

「仕方ないじゃない。街はキャバッローネで溢れかえってるんだもの。ここで下手に動いて、私たちのことを知られるのは得策じゃないわ」

「ちぃぃ!!」

 

 

  苛立ちがおさまらないスクアーロは手近にあった木箱を蹴散らし、椅子に座る。が、貧乏揺すりが酷い。

 

  今、彼らは数名の部下とともにキャバッローネの参加にある港街に潜入していた。

 

 

「しかし…惜しかったな」

「はぁ!?」

 

 

  ボロボロと所々包帯が巻いてあるレヴィが声を漏らす。そんなレヴィの声を聞いたスクアーロは怒りの形相で詰め寄った。

 

 

「何が惜しかったってんだぁ!」

「決まっている。オレの作戦が…」

「バカかてめぇは!!  最初から上手くいかわけねぇんだよ。それに…ほぼほぼ返り討ちにあってるじゃねぇかぁ!」

 

 

  レヴィの作戦。それはベルの虫歯をライフルで撃ち抜く、というものだった。

 

  レヴィはスクアーロの言葉にムッと眉をひそめる。

 

 

「しかし、近づけば気づかれる。気づかれれば暴れられる。ならば気づかれない遠くから一気に…」

「虫歯と共にベルの野郎も殺っちまうつもりかぁ!  このバカがぁ!」

 

 

  明らかに失敗しか道のないレヴィの作戦は当然、失敗に終わった。失敗どころか、リリーの的確な銃さばきとナイフさばきのせいで、レヴィは致命傷とまではいかないが、かなりの怪我を負ってしまった。

  あんな遠い距離からレヴィの左肩にリリーの投げたナイフが刺さった時には、流石のスクアーロでも感嘆の声を漏らすほどだった。

 

  夜の海に消えたベルとリリーの消息は一切掴めておらず、こうなったら高くつくがマーモンに頼むしかないとスクアーロは肩を落とした。

 

 

 

 

  *

 

  ねむたい

  すごく、ねむたい

 

  ゆらゆらと、うごいて、あたたかくて──。

 

  目を覚ませば、私は誰かに背負われていたようだった。赤と白のボーダーのシャツに、キラキラと光る金髪。これは確実にベルに背負われている。

 

 

「ベル」

「しししっ、リリー起きたんだ」

「…跳ね馬は?」

「さーな。スクアーロに全任せしたから知らねー」

 

 

  リリーの記憶は、ベルと海に落ちたあとから一切ない。どうしてか、それは気絶した後に、睡眠不足だった身体がチャンスとでも言うかのように睡眠を貪ったからである。…と言っても、大して長い時間眠っていた訳では無い。

 

  しかし、いつの間にかベルの虫歯は抜け落ちている。きっと何かあったのだろうけど、今それを聞く気にはなれなかった。

 

  見慣れた道のりを、足取り軽くベルは進んでいく。どうやらヴァリアー城に帰っている途中のようだ。

 

 

「ベル」

「ん?」

「これからはちゃんと歯、磨こうね」

「…しししっ、ま、しゃーねーな」

 

 

  こんなことが次あったら、確実にスクアーロに殺される未来が見える。

  ベルの背中から伝わる暖かい温度が、再び眠気を呼び覚ました。また、ウトウトしてくる。

 

  それが背中越しでも伝わったのか、ベルは寝ていーぜと言って笑った。

 

  お言葉に甘えようと、思う。

  どうせこの後、スクアーロに叩き起されるんだから、それまで寝ておきたい。

 

  ──スクアーロの説教って長いんだよなあ…。

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