彼女は知っている──
──でも見守る事しかできない
第13話
ボンゴレリング争奪戦。それは独立暗殺部隊ヴァリアーのボスザンザスとボンゴレマフィア10代目候補の沢田綱吉によって、ボンゴレマフィア次期当主のボスの座を掛けた争いの名称に過ぎない。
イタリアから日本へと飛び立ったヴァリアーの幹部たちはこの日を待ち望みにしていた。特に、ザンザスの右腕としてそばに居たスクアーロにとっては、更に待ち遠しかったに違いない。
それは、リリーも例外ではなく、この日をずっと楽しみにしていた。
しかし、残念なことに彼女はヴァリアーに所属しているが、立ち位置は幹部では無いので、今回のこのリング争奪戦に関わることはできない。
たとえ、ヴァリアー内で一人部屋をあてがわれていたとしても、1人でSランクの任務をあてがわれたとしても、彼女は非常に微妙なライン上の上にいて、幹部かそうではないかと問われると、幹部では無いのだ。
それは彼女自身、了承しているし、ぶっちゃけを言うと、実は彼女、このリング争奪戦において一切の手出しをするつもりは無かった。
「あー、なんだろ。…フライトってこんなに疲れるものだったかしら……」
暗殺部隊なのに、その幹部たちはかなりの個性派揃いで。フライト中だってじっとしてられなくて、ナイフは普通に飛び交うわ、立ち回ったかと思えば殴り合いの喧嘩を始めるわ、酒が入った酒瓶まで飛んでいたこの飛行機内。運転手はきっと生きた心地がしなかったに違いない。
「こればっかしは慣れるしかないわ。…それにみんなテンションが上がってるのよ。珍しくボスまで楽しそうにしてるんだから」
「…だからって機内で炎は投げないで欲しいものよ」
いつ墜落するかたまったもんじゃないとリリーは言った。リリーの隣りを歩いていたルッスーリアはおほほと笑っている。
「ボス達とは対象的に、リリーは機嫌が悪いみたいだけど。何かあったのかい?」
ふよふよと浮かんでいたマーモンだったが、最終的には浮かぶのが面倒になったのか、リリーの腕の中に収まる。
「…んー、日本はねぇ……」
「あら、日本が嫌いなの?」
「そういうわけじゃないのよ」
日本へと来てしまったら、アイツに嫌でも会わないといけない。その事実を受け止めたくないし、出来れば会いたくないとリリーは思っている。
会いたくないヤツさえ会わなければ、比較的リリーにとって日本は好きな国だ。
「…母はどうしているかしら」
「あら、リリーちゃんの母君は日本に住んでいるの?」
リリーの頭の中では、母は日本生まれの現在は日本在住だと記憶している。
リリーが小さく頷けば、ルッスーリアとマーモンが反応した。
「まあ! リリーちゃん、アポを取ることは可能かしら? 是非ともリリーちゃんの母君にアタシ、会ってみたいわぁ!!」
「僕もリリーの両親がどんな人なのか気になるね」
ルッスーリアとマーモンの言葉を聞いてリリーは嫌な顔をする。そんなリリーを見て、ルッスーリアが何が嫌なの?と聞いた。
「…会うことがまず嫌なの」
「でもリリーちゃんはお母さん大好きっ子でしょう?」
「父親には全くの無関心だけどね」
「嫌なものは嫌よ」
頑なに首を縦に振ることの無いリリーを見て、これ以上言ったも無駄だと感じたルッスーリアは残念ねぇと言った。
「8年も一緒に暮らしたんですもの。やっぱりご両親にご挨拶のひとつでもするのが礼儀でしょう?」
「リリーはよく僕にお金をくれるからね。こんないい子に育てた両親の顔を見ておきたかったんだけど」
「リリーちゃん、マモちゃんにお金をあげてたの? 本当に物欲ないのねぇ」
リリーにとって金は持っていても仕方の無いものだと記憶している。家に帰れば余るほど金はあるのだから、リリーにとって金は集めるものに値しないものだと思っているのだ。
「服はルッスーリアが作ってくれるし、どこか出かけるってなったら基本ベルがついてくるからね。大抵はベルがお金を出してくれるし、ベルがついてこない時はスクアーロが頼んでもないのにお小遣いくれるのよ」
「僕には一切お小遣いくれないのに、スクアーロってばリリーを贔屓しすぎたと思うんだ」
ずるいよねぇとマーモンは唇を噛み締めながら言った。少し、不機嫌そうにも見える。
「スクアーロは知ってるんじゃない? リリーちゃんがマモちゃんにお金あげてること」
「そうかなあ?」
「きっとそうよ」
「だろうねぇ…ちぇ」
本当に金のことになるとがめつい赤ん坊である。マーモンみたいに金金言うのもいかがなものかと思うが、リリーのように執着がないのもいかがなものかとルッスーリアは思った。
「だから勘違いしないで欲しいんだけど、このゴスロリは私の趣味じゃないから」
「ふふ、でもアタシの目に狂いはなかったわ! だってリリーちゃん、とても似合ってるんですもの!!」
「…服に着せられてる感はないよね」
でも僕としてはこのフリフリが当たって痒いからどうにかしてもらえると嬉しんだけど、とマーモンは言った。
リリーの私服、隊服全てはルッスーリアの手によってゴスロリチックなものへとなっていた。基本的に軽くて動きやすいかつ、暖かいというパーカーを好んで着ることの多いリリーだったが、歳をとるにつれてルッスーリアからのオシャレへの圧が強くなり、今ではリリーの服においては全てルッスーリアに一任している。
白のレースを好きになることは一生ないし、でスカートのせいで年中無休足はスースーするし、リリーにいいことは何一つとしてない。
しかし、逆らった方が遥かに面倒なのだ。だからもう、諦めている。これから先、パーカーを着れることは無いと覚悟もしている。
「ベルちゃんと並んだら、本当に王子様とお姫様に見えてきちゃうのよ! リリーちゃん品格あるし、アタシはいいと思うけど」
「…初めてゴスロリを着てきた時のリリーの死んだ顔は忘れられないけどね」
恥じらいも何もかもを捨てたあの日のことを、リリーは思い出したくない。少し、あの忌々しい記憶を掘り起こしそうになったが、頭を横に振って思い出さないようにした。厳重に鍵をかけて、二度と思い出さないように。忘れる、そう忘れるんだ。
しししっ、フランス人形みてぇと笑ってきたベルに、死んだ顔をしたリリーを見て珍しく気遣ってくれたスクアーロ、妖艶だ…と呟いたキモオヤジなんか思い出したくない。思い出したくない!!
…こんな姿を彼が見たらなんと言うだろう。笑うだろうか? それとも褒めてくれる? …きっと彼の気分次第だろう。彼の後輩なら静かにグッジョブをしてくる自信があるのだけれど。…これ以上は本当にやめておいた方がいい。大切なナニカを無くしてしまいそうだ。
「それにしてもアタシ、どうしても気になるわぁ。リリーちゃんのご両親。住所だけでも教えてくれないかしら? 住所さえ分かったらベルちゃんでも連れて勝手に行くから」
「その時は僕にも声かけてよね」
「わかったわ」
「…絶対、碌なことにはならない自信があるから却下」
かなり抗議の声を聞くが、全て全無視だ。ヴァリアーの人間性に碌なヤツはいないとリリーは自負している。絶対に合わせてやるものか。
ルッスーリアを置いて、スタスタと歩くスピードをあげれば、誰かとぶつかってしまった。衝撃が行く前にどうやらマーモンは避難したみたいで、リリーの方には怪我は一切ない。
リリーとぶつかった人は女の子だった。大体中学生ぐらいの、綺麗な茶髪をした女の子。くりくりの瞳が特徴的で可愛らしい女の子だった。
「…ごめんなさい」
「ううん、私もしっかり前を見てなかったから、ごめんなさい」
尻もちをついてしまった彼女は立ち上がると、おしりについたホコリをはたいていた。
足元には、彼女が先程コンビニでも買ってきたであろうお菓子と袋が散乱している。
ぶつかってしまったリリーにも非があるので、リリーは落ちている袋を拾い、その中にお菓子を詰めていく。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ。こちらこそ」
「拾ってくれて、ありがとう」
リリーにとってとても見覚えのある彼女は綺麗な笑顔を浮かべてお礼を言ってくれる。
「何してるのさ、リリー。早く行こうよ」
「…ええ」
ふよふよと先に行ってしまうマーモンを追いかけるため、リリーは彼女にお辞儀をひとつし、マーモンを追いかけた。
「…リリー、なんか嬉しそうだね」
「ふふ、全然そんなことないわ」
ホテルに行く足取りはとても軽やかで、マーモンとルッスーリアに怪訝な目で見られたけど、リリーはそれを全て無視した。
*
「…ったく、あのオッサンどこに行ったワケ? やっぱさ、サワダってやつ殺す時に一緒に殺っちまわない? あっちが殺ったことにしてさ」
「ベルに賛成」
「賛成、じゃねぇぇええ!!」
今現在、我慢のできないオッサンのせいで、ヴァリアーはオッサンを捜索中である。どうやら、この1件に関しては、マーモンも絡んでいるらしく、レヴィの居場所を聞いても吐いてくれない。
「つーか。そもそもこんなことになってんのってスクアーロが
「作戦隊長大丈夫ですかー? そんなことだと大きな何かの餌にでもされて死ぬんじゃあないかなあ?」
「ゔぉおい!! 誰が、何の餌になってんだぁ、リリー!!」
「…何のとまでは言ってないでしょうに。耳可笑しいのかよこのロン毛」
「……一々、癇に障る女だなぁ!!」
義手についている剣を私に振り回してくるスクアーロ。このまま私を殺してやろうかと、スクアーロの瞳は物語っていた。
対して、私も珍しくやる気で鎖鎌を組み立てていく。あっちが動いた瞬間に、首を切り落としてやるつもりだ。
「まあまあ、スクアーロが楽しみにしてるのはわかってるし、何にイライラしてるのかは分からないけれど、リリーちゃんもスクアーロに無駄絡みしちゃだめよぉ。今はレヴィを探すのが先決でしょう?」
ルッスーリアの言葉に、私とスクアーロの視線が交差する。
「………」
「………」
そして数秒後、打ち合わせでもしたかのように、同時に舌打ちをした後そっぽを向いた。
「ちぃっ!!」
「けっ!!」
大人しく武器をなおす私たちを見たルッスーリアが全く血の気が盛んなんだから、とため息混じりに言った。
ベルは興味がないのか笑って見守っているだけである。
「あら、あんなところに居たわ」
「…随分人混みになってるわね」
「ふーん、アイツらを殺ればいいワケか」
少し遠くから観察してみるが、大して楽しい訳でもない。早々にレヴィを止めた方が良さそうだ。…レヴィが大切に大切に育て上げたレヴィ雷撃隊(笑)はボロボロにやられてるみたいだし。
「待てレヴィ!!」
うっかり1人で殺しそうになっているレヴィを止めたのはメガホンボイス隊長だった。
「1人で狩っちゃだめよ」
10代目候補たちの前に姿を現してやれば…やはりというか、10代目候補達はとても幼くて、すぐにでも捻りつぶせそうなほどか弱に見えた。
スクアーロを見てビビったり、やはりというか分からないでもないけれど、うちのボスを見て怖気付いたりしていたが…どうやら逃げる気はないようだった。
「…ホント、忌々しい」
「機嫌わりーの」
この際、10代目候補の父である沢田家光が出てきたり、チェルベッロが間に入ることは割愛させて頂く。私は、このリング争奪戦に於いては、ただの観客に過ぎないのだから。
レヴィがいなくなったと報告を聞いてから、どうにも私の機嫌は悪かった。
基本的にスクアーロで遊ぶことは良くあることだけれど、それでも引き際を弁えている私は、武器を取り出して本当の殺し合いをしようとはしないし、程よい線引きができていると、自分では思っている。
けれど先から、どうにもそれはできていない。
…理由は、わかっているのだ。絶対、確実に、あの忌々しい餓鬼が原因だと。
「珍しくね? 何がリリーの中をそんなにさ、ぐしゃぐしゃにしてんの?」
無闇に外に出歩くなとスクアーロに釘を刺されたため、今のところじっとする気であるベルは、退屈そうに机にぐでーと全体重を預けていた。そんなベルを私は頬杖をついて、無心で見守っていた。
「…チラつくの」
「何が?」
私は光の世界では生きられない。
それを知ったのは随分と昔。母の目の前で攫われた現実を受け止めた時だった。
「光に身を投じても、生きていけない。それほど、浸かってしまっているのに。何故、足掻こうとするの?」
ベルの質問の答えにはなっていないだろう。でも、これは私の素朴な疑問だ。
「足掻いたところで、待ってるのは闇よ。表と裏は表裏一体。光と闇も表裏一体。一歩、足を踏み外せば闇へと簡単に落ちていくのに」
「──護りたいんじゃね」
ボソリとベルは言った。
笑っていない、珍しく無表情で、ベルは言う。
「一時の幸せを誰でも護りたいって思うじゃん。きっと、そうなんだよ。幸せってやつを知っちゃってるから、欲が出てくる。ずっと幸せでいたいって思うんだよ。…人間ってそんなもんだろ?」
「一時の幸せ…」
「リリーの言ってることがどいつの何かは知らねーし、どーでもいいけどさ。きっと、足掻いてでも、先は闇だとわかっていても、それでも尚、諦めたくねーんだよ」
「……」
「特に、子を護る親とかな」
くわぁっとベルは退屈そうに欠伸をした。ねみーと呟くベルは本当に眠そうだ。
「…ベル」
「ん?」
改まってベルを呼んだものだから、改まって何?とベルが怪訝そうに聞いてくる。
「……いつもありがと」
「オレ、お礼されることした?」
「うん」
「…ふーん。どういたしまして」
ベルはしししっと嬉しそうに笑った。私も、いつの間にかイライラは消えていて、笑ってしまう。
ベルが立ち上がる。
どこへ行くの?と聞けばスクアーロでもいじって遊ぼーかなーとの事。
「私も行く」
「ついでにオッサン殺そうぜ」
「今日こそは、だね」
そして数時間後。
折角、ベルのおかげで長閑な気持ちでいれたのに、やはりイライラしてしまうのはもう、仕方ないのだ。
アイツにとって──
──彼女は光
彼にとって──
──彼女は光
しかし彼女にとって──
──彼女自身は闇
人それぞれ、護りたいものは違う。
けれど、もう彼女は護られるほど弱くない。
それでも護りたいと思うのは──
──きっと、